第28.5話 道三の国譲り状の謎
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第29弾です。
今回のテーマは、道三の国譲り状の謎です。
第29話に登場した、道三の国譲り状について取り上げました。
筆者の考えを書いてるだけですので、興味ある方はご一読ください。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「道三の国譲り状の謎」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
国譲り状の謎?第29話でチラッと出てきたけど、どんな謎があんの?
大田勇介
まず、そんなものがホンマにあったのかどうかの謎がある。
ヨシロー
どういうこと?
マタスケ
実は、国譲り状と呼ばれる手紙は現存してない。ただ、京都の妙覚寺という寺に、「信長に国を譲ること伝えたで〜!お前は妙覚寺に入って出家しろよ〜」みたいな内容の、斎藤道三の息子宛遺言状が伝わっているらしい。
ヨシロー
直接の証拠はないってことか。でも、息子への遺言状に書いてあるんやったら、ホンマにあったんちゃうん?
マタスケ
ところが、その息子宛遺言状がホンモノかどうかって疑惑が持たれてる。
ヨシロー
えっ!?それもニセモノなん?
マタスケ
筆者が個人的に気になってるのは、「弘治二年四月十九日」って書いてあることやねん。道三が戦死する前日の日付やな。
ヨシロー
その日付の何がおかしいん?次の日の戦いで死ぬの覚悟してたわけやろ?
マタスケ
いや、おかしいのは日付の書き方やねん。当時の手紙は、月日は書くけど、年は書かないのが一般的やった。だから、「弘治二年」ってハッキリ書いてあるのに違和感があるんよ。
ヨシロー
年書かんかったら、いつの手紙かわからんやん!
マタスケ
うん。だから、現代の学者さんたちが手紙の年代特定に苦労してはるねん。手紙の内容や差出人、宛先から判断して、何年の何月何日しか考えられへん!っていう風に特定してる。
ヨシロー
でも、そんだけでニセモノって言い切れんのか?
マタスケ
確かに。筆者も研究者じゃないから、「年が書かれてる手紙=ニセモノ」とまでは断定できん。ただ、内容も信長にとってあまりに都合が良すぎるのが、ニセモノ説のひとつの論拠になってる。
ヨシロー
信長に都合いい内容やから、信長がニセモノ作ったんちゃうかってこと?
マタスケ
まぁ、信長が作ったとは限らんけど、可能性は十分あるかな。筆者は、『コンスタンティヌスの寄進状』を連想させるって感じてるみたいやな。
ヨシロー
コンスタンティヌスのきしんじょう?
マタスケ
中世ヨーロッパ最大の偽書とも言われる有名な偽文書やね。ローマ皇帝コンスタンティヌスが、帝国の西半分をローマ教皇に寄進、つまり寄付したという内容やった。これを根拠にして、ローマ教皇は西ヨーロッパの支配権を主張した。思いっきりニセモノやってんけどな。
ヨシロー
パチモンの文書で支配したってこと?めちゃくちゃ悪いヤツやな。
マタスケ
一応、「ローマ教皇=神の代理人」やねんけどな。そんな悪く言うなって!けど、道三の国譲り状も内容的には似てるやろ?偽文書の可能性は疑われても仕方ないよな。
ヨシロー
けど、今作では国譲り状、普通に出てきてるやん!何で?
マタスケ
ニセモノとハッキリ決まったわけじゃないし、あった方が信長の度重なる美濃出兵の動機がクリアになるから。ま、物語の展開の都合ですよ。
ヨシロー
筆者の開き直りっぷりもクリアそのものやな。
ナレーション
お後がよろしいようで。




