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第27話 暗雲

織田信光の死は、信長・達成兄弟の間でクッションとなる者がいなくなったことを意味しました。


じわじわと拡大を図る達成陣営に対し、信長はなかなか有効な手が打てません。


そんななか、新たに信長の強力な味方が失われようとしていました。

 この時期、信長は信光に続いて強力な味方を失いつつあった。

 岳父・斎藤道三(利政から改名)が美濃国の実権を失いつつあったのだ。


 先年の天文23年(1554年)2月末ごろに出家し、諱の利政から道三と名を改めていたが、その出家じたい道三の意図したものではなかった。

 元々道三の権力基盤は不安定だったが、ついに国主の座を追われ、引退させられたのだ。


 ただ、道三も黙って引き下がるようなタマではない。

 稲葉山城を嫡男の斎藤新九郎高政に譲り、鷺山城を隠居城と定めたが、なお前国主として影響力を及ぼし続けようとした。

 稲葉山城下に館を構えるとともに、次男孫四郎や三男喜平次とともに稲葉山城内に詰め、権勢を誇っていた。


 新当主となった高政からすれば、やりにくいことこの上ない。

 高政は口数が少なく落ち着いた雰囲気の若者だが、新しい政策を打ち出そうとする意欲が高かった。

 美濃国内を掌握できず、これといって画期的な政策を実施できなかった父・道三が、いつまでも口出ししてくることが煙たくて仕方がなかった。

 高政は西美濃の国衆を中心に広く支持を得つつあり、自信を深めていたのだ。


 一方、道三は物静かな高政を覇気のない若者と断じ、その器量を低く見ていた。

 国衆の圧力に屈して高政に家督を譲らねばならなかった悔しさから、しだいに高政を当主の座から引きずり下ろし、次男の孫四郎を新当主にしようと画策するようになった。

 また、三男の喜平次に一色右兵衛大輔と名乗らせ、このふたりを可愛がるようになった。


 父子の確執は、最悪の形で世間に晒されることになった。


 高政は天文24年(1555年)10月13日から仮病をつかい、引き籠ってしまった。

 父の道三や高政の弟たちすら面会が許されず、病状が良くないとしか伝わってこない状況で日が過ぎていった。


 そうするうち、寒さがこたえるようになったか、弘治元年(1555年)と改元があった後の11月22日、道三がひとり稲葉山城下の館へと移った。

 孫四郎と喜平次の兄弟は城内の自室に残った。

 高政が待ち望んでいた、道三と弟たちが離れる瞬間が訪れたのだった。


 早速、高政は叔父の長井道利を使者に立て、弟たちへとつかわした。


「我が主よりの使いで参りました。お兄君は重篤、もはや明日をも知れぬありさまにございます。御二方に対面して申したき儀があるゆえ、ただちにおいで願いたいとのこと。」


「ただちに?」


「随分と性急でございますな。」


 道利が伝えた兄の言葉に、弟ふたりは顔を見合わせた。

 このところ寝込んでいるのは知っているが、死にかけているとは思っていなかった。

 しかも、唐突な招きには言い様のない不安を感じてしまう。


「兄君は、もはや余命幾ばくもない、元気なうちに弟たちと心ゆくまで語り合い、今生の別れをしたいと仰せじゃ。かなえておやりなされ。」


 しみじみと道利が語った。

 道利は孫四郎たちにとっても叔父にあたる。

 その言葉に心を動かされ、孫四郎らは道利と同道し、高政の部屋へ向かった。


 それは死出の旅路だった。


 次の間に着くと、長井道利は刀を置いた。

 兄弟も同じように刀を外した。

 奥の間に通されると、饗応の席が設けられていて、孫四郎が上座に、喜平次が次の座を占めた。


「お盃を」


 給仕の者がご馳走を出し、酒を注ごうとする中、するすると近づいた日根野弘就が、やおら名刀・作手棒兼常を抜き放ち、まず孫四郎を斬り伏せた。

 続いて、喜平次が斬り殺された。


 一瞬の出来事だった。


 高政の命により、ふたりの死体は城下の父・道三のもとへ送りつけられた。

 これ以上ないくらい残酷な、宣戦布告だった。


 仰天した道三は、身の危険を感じてすぐさま館を引き払うことにした。

 だが、タダでは転ばぬ男だ。

 稲葉山城下の井口(いのくち)の町に火を放ち、稲葉山城をはだか城にし、素早く鷺山城へ逃走した。

 そして、挙兵のため慌ただしく味方を募りはじめた。


 それまで信長の頼もしい味方だった道三は一気に凋落し、信長はまた一つ後ろ盾を失ったのだった。


 一方、斎藤高政は父との訣別を宣言し、斎藤の姓を捨てて母方の本姓である一色姓を名乗りはじめ、一色義龍と改名した。

 そして、こちらも国内で味方を募りはじめた。


 それだけではない。


 義龍は花押のみにこだわった父・道三の文書発給形式を改め、印判状スタイルの文書を正式採用し、大量に発給することで地盤を固めようとした。

 また、知行宛行状(部下に土地を与えることを保証した文書)において貫高制を貫き、貫高による土地の把握を進めようとした。

 また、将軍家との関係を深めて旧国主・土岐家との訣別を進め、戦国大名としての脱皮を図ろうとした。

 信長にとって、強力な敵が隣国に生まれつつあった。


 ……………………………………………………………


 織田信次の逃亡と織田信光の死により、守山城と那古野城の城主は不在となった。

 守山城は角田新五ら信次の家臣団が籠もり、織田達成に降伏して城を維持していたが、那古野城は突然の城主の死により秩序の維持が困難となっていた。


 実力者・信光の後の城主となれば、生半可な人物を城主や城代として置いても、混乱を収められるかわからない。

 当主としての力量を見せたい信長にとって、この人事に失敗することはできない。


(有力者がいなくなった後の人事って、ホンマに難しいよな・・・。多数が納得する人事やないと、どんな混乱が起こるかわからんし。)


 数日に渡って悩む信長の様子を間近で見て、俺は信長の境遇を気の毒に思った。

 信長の側近や兄弟はまだ若く、重要な城を任せられるだけの力量を持つまでに経験を積んだ人間があまりいないのだ。

 白羽の矢を立てたのは、力量・家柄は申し分ないが、信長にとって全幅の信頼を置けるとは言えない人物だった。


 林佐渡守秀貞は、元服当初から亡くなった平手政秀とともに信長の家老をつとめ、織田弾正忠家の家臣の中でも最高位の重臣だった。

 荒子城の前田氏を与力とするなど、那古野城周辺に一定の勢力を持ち、那古野城代として睨みをきかすことができるだけの力量があった。


 ネックとなるのが、信長の家老でありながら「反信長、親達成」の色合いがどんどん色濃くなっている点だった。

 最悪の場合、完全に達成陣営へ寝返って、信長へ矛を向けてくる恐れがあった。

 実際、表明はしていないが林秀貞・美作守兄弟は信長からの離反の意思を固めていた。

 信長の危惧は現実に起こりうるものだったのだ。


 それでも、あえて信長は秀貞に那古野城代の重職を授けた。

 後年の信長は猜疑心(さいぎしん)(疑う心)の強い人間となるが、この時点ではまだ21歳の青年だ。

 使える手駒が他になかったという事情もあるが、亡父・信秀が自分の家老に付けてくれた秀貞の忠誠を信じたい思いがあったのかも知れない。


 その代わり、守山城に対しては積極的に達成の支配に対してクサビを打ち込む大胆な手を打った。

 守山城内の有力者、角田新五や坂井喜左衛門らと交渉し、次兄の織田信時を城主に据えたのだ。


 信長にはふたりの異母兄がいた。


 長兄はかつて安祥城主だった織田信広だが、安祥城を今川軍から守り通せなかったことで、家中での評価を下げていた。

 また、信長ともそれほど親密な間柄ではなかった。


 一方、次兄の信時は利発な人との評判が高かった。

 信長と仲が良いくらいだから人柄にもクセがなく、家中に目立った敵もいなかった。

 達成との仲もまずまずであり、最適な人材と言えた。

 唯一の不安要素があるとすれば、経験がまったくないということだった。


 守山城は冷戦状態にある犬山城との最前線に位置していて、重要な城だ。

 いつまでも城主不在という状況は避けたい。

 信長がかかげた大義名分に対し達成も反対できず、押し切られたのだった。

 こうして、守山城は親信長派に塗り替えられた。


 信時を何度も熱心に推したのは、佐久間信盛だった。

 当初、信長はそれほど熱心ではなかった。

 経験不足の信時に守山城主がはたして務まるのか。

 その点には最終的に目をつぶり、メリットを重視して思い切って抜擢したのだ。


 織田信時は城主となれたことを喜び、口添えしてくれた佐久間信盛に自分の旧領であった下飯田村の屋斎軒100石の領地を譲った。

 また、信長も献策を行った信盛にそれまでの家臣にはない能力を認め、重用するようになった。


 ポスト信光の織田弾正忠家の体制は曲がりなりにも成立した。

 だが、そのバランスは今まで以上に危ういものだった。

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