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第25話 騙し、騙されて

頼れる仲間たちを失い、滅亡の危機に直面した織田大和守家の家老・坂井大膳は、思い切った策に打って出ます。


その策とは・・・「寝技」というべきものでした。

 坂井大膳は日々寂しさを募らせていた。

 これまで共に謀議を重ねてきた仲間たち、弟の坂井甚介、河尻左馬丞、織田三位らはみんな死んでしまった。

 織田大和守家の行く末は、ひとり大膳の双肩にかかってきていたのだ。


 大膳は自信を失いかけていた。


(もはや、この清洲の城の維持も難しい・・・。誰ぞこの城に引き入れ、後ろ盾を得ねば・・・!)


 大膳が考えたのは別の勢力を清洲城内に引き込み、その武力を背景に復活することだった。

 見ようによっては、虎の威を借る狐のような策だった。


 大膳がそのパートナーに選んだのは、守山城主・織田孫三郎信光だった。

 織田信長・達成兄弟の叔父にあたる、言わずと知れた織田弾正忠家の重鎮だ。

 信長と達成が当主の座を巡って水面下で争うなか、「第3の男」として家中で一定の存在感を放っていた。

 信光が信長を支持することで信長の地位は保たれていたし、達成との全面衝突も回避されていたのだ。


 大膳も食えない男だ。


 信光を強引に自陣営に引き込み、微妙なバランスで成り立っている弾正忠家を揺さぶることも見越していた。

 信光という重石がなくなれば、兄弟ゲンカが始まるかもしれない。

 そうなれば、巻き返しは十分に可能だ。


(孫三郎は守護代の座をエサにすれば、食いついて参ろうぞ。この城にさえ誘い込めれば、あとはどうとでもできよう。)


 守護代を織田信友と信光の二頭体制にし、信光を清洲城に入らせる。

 城に入れたらこっちのもの、信友と同様に裏で操るように持っていくなり、手に余るようならば始末して守山城をいただくなり、やりようはある。

 そのあたりの寝技は、大膳が得意と自負するところだった。


 しかし、信光は信光で役者が上だった。

 書状を受け取った信光は、すぐさま大膳の意図を見破った。


(さて・・・どうしたものか。黙殺しても良いが、それでは芸がない。苦肉の計ではないが、敵中に入ってその内臓を食い破る方が面白かろう・・・!)


 秘かに那古野城の信長のもとへ密使が走った。


 ……………………………………………………………


「ほう、それは面白い!」


 守山からの密使を引見した信長は、いかにも楽しげな声をあげた。


 この時代、機密漏洩を避けるため、用件をすべて手紙に書かず、重要なことを使者に話させるスタイルが多く使われた。

 これなら使者が敵に捕まっても、使者が白状しない限り内容が漏れない。

 今回もその形であり、おかげで記録役として側にいた俺の耳にも内容が入ってきた。


「清洲城をだましとり、わしにくれるとな?」


「はっ。そのかわり、於多井川を境にして下四郡の東半分をいただきたいとの仰せにございまする。」


「ふむ、良かろう。ただし、熱田は譲れぬぞ。あと、守山城は孫十郎叔父上(織田信次)に譲ってほしい。深田の城は手狭ゆえな。」


「では、ただちに馳せ帰り、わが主・孫三郎に伝えまする。」


 話を聞きながら、俺は頭の中で内容を整理していた。


 要は、那古野城を信光に渡すかわりに、清洲城を信長が得るという密約だった。

 信光は坂井大膳の誘いに乗ると見せかけて清洲城を乗っ取る腹づもりだったのだ。


 実現すれば、重要な収入源である熱田は信長の勢力下にとどまるが、信光は那古野城周辺を支配下に収めて勢力を拡大できる。

 また、東半分を信光が取るということは、信光に末盛城の織田達成に対して命令できる権限を認めるということだ。

 相当に信光の力が強まることになり、信光はかなり得をする。

 弟の信次に守山城を譲るといっても、大人しい信次であれば信光に取り込まれることだろう。


 では、信長はどうか。


 清洲城を得ることで、事実上守護代の立場に立つことができる。

 当主としての権威を高めることにつながるのだ。


 しかし、那古野を譲るため領地が増えるわけではない。

 新たに得る清洲は敵地なので、すぐ支配が安定するかわからない。


 単純な損得では、信長の利益は信光より少ないと言えるだろう。

 では、なぜ信長はこの条件を受け入れたのだろうか。

 俺は湧き上がる疑問をぶつけずにいられなかった。


「恐れながら・・・」


「なんじゃ。」


「なぜ、あの条件を呑まれたのですか?清洲は得られますが、那古野を譲らねばなりません。孫三郎様に比べて、殿が得る利益は少ないように思われますが・・・。」


「清洲を得て、武衛様にお戻りいただく。さすれば、わしは守護代に等しき者となる。那古野は惜しいが、清洲はもっと惜しい。」


「しかし、孫三郎様が力を持てば、今までどおり殿を盛り立ててくれましょうか?」


「案ずることはないわ。いずれは尾張一国、斬り従えてくれよう!」


「なるほど、感服いたしました。」


 どうやら、信長は今の自分に最も必要なのは、当主としての権威だと見定めているようだ。

 そのために清洲を押さえ、守護代に等しい権威を得たいと考えたらしい。

 いずれ織田弾正忠家だけでなく尾張国を自分が統一するとの自信も見せていて、十分な成算もあるようだった。


 間もなく、守山城の信光から、信長の出した条件を了承したとの返事が届けられた。

 そして、信光の計略が動き出した。


 ……………………………………………………………


 天文24年(1555年)4月19日、織田信光は清州城南櫓へ入った。

 表向きは坂井大膳の招きを受け、織田信友と同格の守護代としての入城だ。

 あらかじめ起請文(誓約書)を送り、大膳に対して何のやましい心も持っていないと表明までしていた。


 翌20日、大膳は味方してくれたことに対する御礼を述べるため、南櫓へ向かうことにした。


 だが、大膳は一筋縄ではいかない、用心深い男だ。

 先触れの者を南櫓へ送るとともに、別の者に言いつけて南櫓の様子を見に行かせた。


 大膳の先触れの者が南櫓を退出すると、たちまち櫓の中の空気が変わった。

 しかし、それは歓迎の宴の準備による物音ではなく、鎧の触れ合う音や物々しい武者たちの喧騒であった。

 明らかに兵を伏せて大膳を討ち取ろうとする気配だった。

 その様子を見た大膳の配下は、慌てて大膳の元へ帰って報告した。


「さては・・・我らをたばかる計略であったか。かくなる上はやむを得ぬ。命を惜しむ者は、わしに付いて参れ。すぐ城外へ逃れようぞ!」


 言うが早いか、大膳は腹心の者たちに守られながら、慌ただしく城外へと落ちていった。

 信光が裏切った以上、清州城を維持することは不可能と見たのだった。

 大膳は無事に信光らの兵に捕まることなく、はるばると駿河まで逃れ、織田弾正忠家の宿敵・今川家へ亡命を果たした。


 一方、先触れの後、信光はジリジリとしながら待っていたが、待てど暮らせどいつまで待っても大膳は来ない。

 ついに業を煮やした信光は、自分から仕掛けることにした。

 兵を出し、大膳と守護代・織田信友への攻撃を開始したが、大膳はすでに風をくらって逃げたあとだった。


 哀れなのは信友である。

 散々に操り人形として利用された挙げ句、最期は大膳に見捨てられ、信光の兵に追い詰められて自害させられた。

 ここに織田大和守家は滅亡した。


 信光は約束通り清州城を信長に明け渡し、那古野城へ移った。

 清州城に入った信長は、早速斯波岩竜丸の元服と家督相続の儀式を行った。

 ようやく岩竜丸は正式に尾張守護となり、斯波義親と名乗ることとなった。

 だが、当然ながら斯波家に実権が戻ることはなく、飾り物の国主として清州城に住む生活が始まったのだった。


 ここに、尾張国中部は織田弾正忠家の勢力圏が東西に貫いて広がることになった。

 西から清州城主の信長、那古野城主の信光、末盛城主の達成の3者が並び立つ構図だ。


 織田信秀すら果たせなかった大和守家の打倒の裏で、弾正忠家の不協和音が広がろうとしていた。

あれだけしぶとかった織田大和守家があっけなく滅亡してしまいました。


やはり「主君殺し」の汚名はそれだけ大きかったということでしょうか。


次回は、織田弾正忠家内部の争いが表面化し始めます。

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