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第24話 萌芽

斯波義統を死に追いやった争乱はひとまず終わりました。


だが、多くの流血を呼んだ争乱の余波は、至るところに影響を与えていました。

 織田大和守家との戦が終わり、俺にも平穏な日常が戻ってきた。


 何より気になったのは、父や兄の安否だった。

 色々と情報を集めたが、彼らの生死は結局わからなかった。

 僅かに侍女が数人逃れただけで、守護をはじめとする男たちは闘死や自害を遂げ、燃え盛る館と運命を共にしたようだ。

 おそらく、父や兄も同じ運命をたどったのだろう。


 俺は2人の捜索を諦め、遺骸のないまま葬儀を行い、墓を建立することにした。

 そして、俺は太田家の家督を継ぐことになった。

 他に候補者もおらず、継承はスムーズに終わった。


 清洲城下にあった太田家の屋敷は焼けたが、幸い安食村の館は戦火のなかでも焼け残った。

 成願寺に避難していた者たちを呼び戻し、元のような生活を送ることができそうだった。


 彼らが館に戻ってくると、一気に賑やかになった。


 伝兵衛とさきさんの子供たちは、相変わらず元気だ。

 長男桐葉丸と次男霜衣丸は、それぞれ12歳と10歳となり、ずいぶんと身体が大きくなった。

 あと数年すれば、ふたりとも元服し、家臣の列に加わることができるだろう。

 長女の燕ちゃんはお母さんに似て、おっとりした可愛らしい女の子になった。

 彼女も7歳となり、あと7,8年もすればこの時代での結婚適齢期を迎える。


 父親の伝兵衛は浮かない顔で、口数も少ない。

 兄弟のように育った新介の死がこたえているのだろう。

 俺も父や兄の死は、想像以上に心にくるものがあり、気持ちはよくわかる。


 毎日いるのが当たり前のように感じていた人たちが、急にいなくなる。

 その現実感のなさに徐々に慣れてくると、今度は寂寥感がどっと襲ってくるのだ。


 こればかりは時間に解決してもらうほかないのかも知れない。

 幸い、伝兵衛の家族は全員無事だった。

 元通りの生活が、しだいに前向きな心を取り戻させてくれることだろう。


 ただ、心のケアが最も必要なのは、未亡人となった兄嫁・せつさんだ。

 気丈に振る舞っているが、彼女は夫や義父だけでなく、一連の兵乱の中で実父や兄など実家の家族たちも失った。

 実家の山田家の関係者で生き残ったのは彼女だけとなり、非常に困難な状況に追い込まれていた。


 俺はせつさんと面会し、今後のことについて相談することにした。

 気がひけるが、仕方がない。


「義姉上。このたびのご不幸、お悔やみ申し上げます。」


「又介殿、お心遣い痛み入ります。」


「その後、ご実家のみなさまで、どなたか無事の知らせはありませんか?」


「ございませぬ。恐らくは、もう・・・。」


 語尾が震えて涙声になった。

 さすがの彼女も、感情を抑えきれない。


「よろしければ・・・ずっとこの家にいていただいても構いませんよ!伝兵衛の子供たちも喜びますし。」


 この家を出たら、彼女には誰もいなくなった実家しか行く場所がない。

 昔なじみのいなくなった実家より、ここの方が居心地はいいはずだ。

 せつさんは俺よりひとつ歳上、28歳の若さだ。

 まだ余生を送るというには早すぎる。

 この家でゆっくり心の傷を癒やし、それから今後のことを考えてもいいんだ。


「よろしいのですか?又介殿は太田家のみならず、山田家をも背負いこむことになりまするぞ?」


「・・・?ええ、構いません。あなたが不幸になれば、亡くなった兄が悲しむでしょうし。」


「かたじけのう・・・ございます・・・。」


 せつさんは涙を流しながら、感謝を口にした。


 だが、この時、ふたりの間に重大な勘違いが生じていたことに、俺はまったく気づいていなかった。


 俺はあくまでせつさんが兄嫁として引き続き家族の一員にとどまるだけだと考えていたが、せつさんや周囲の人たちは俺がせつさんと結婚する意思を示したととらえたのだ。


 夫婦が死別した以上、新たな婚姻関係を結ばない限り、家同士のつながりはいったんリセットされる。

 この場合、「俺がせつさんに太田家へとどまるよう求めた=太田家と山田家のつながりを保つためにプロポーズした」とみなされたのだった。


 この時代の結婚は、家同士を結びつけるために行うもの。

 ついつい現代的な感覚で話してしまった俺は、思いもよらない結果に直面することになったのだ。

 俺が勘違いに気づいたときには、新介らの喪が明けた後のせつさんとの結婚が既成事実となっていた。


 ……………………………………………………………


 末盛城主・織田信勝は、このところイライラを抑えきれずにいた。

 不快の原因は、2つ歳上の実兄・信長だった。


 父・信秀が亡くなってから1年あまり。

 信長は父の葬儀で抹香を位牌に向かって投げつけるという、前代未聞の華々しい(?)デビューをし、誰の目にもバカ息子と映っていた。

 信勝も兄の醜態を見て、近いうちに破滅するだろうと冷ややかな視線を向けていた。


 ところが・・・。


 信長は意外にしぶとかった。

 破天荒な信長では家を治められず、いずれは織田弾正忠家全体が自分の方になびいてくると予想していた信勝にとって、現状は驚き以外のなにものでもなかった。


 確かに、鳴海城の山口父子ら領国南部の勢力は離反した。

 しかし、それ以上に大きな混乱はなく、外敵との戦いでは勝ちを重ねていた。

 今川家との紛争を何とか切り抜け、織田大和守家との抗争にも勝利し、清洲城下を2度に渡って焼き払った。


 もちろん、それらは自分や守山城主の叔父・信光の援助のおかげだと信勝は考えていた。


 だが、叔父の信光や美濃の斎藤利政らは信長の軍事的才能を認め、今では信長を支持するようになっていた。

 信勝にとって、理解に苦しむことだった。


 そして、信長への援軍を率いて中市場の勝利の立役者となった柴田勝家が、復命報告のなかで信長のことを称賛しはじめたとき、その違和感は不快感へと変わった。


 足軽の槍が少々長いことが、どうだというのだ。


 信勝には、勝家がなぜ主君ではなく、その兄を褒めたたえるのか理解できなかった。

 理解できたのは、いくら信長の破滅を待っていても、近いうちにはそれが実現しそうにないということだった。


 既に天文22年(1553年)10月、信勝は信長の勢力圏である熱田へと支配の手を伸ばしていた。

 熱田の豪商・両加藤家のうち、東加藤家に対して盛んに文書を出し、自分の陣営に取り込もうとしていた。

 信長はもう一方の西加藤家へ文書を発給して、権益の確保に必死だった。


 また、信勝は信長の家老、林秀貞兄弟に狙いをつけ、味方にしようとしていた。

 水面下では静かに争いが始まっていたのだ。


(かくなるうえは・・・思い切った手を打たねばならぬ!)


「中市場の戦い」後ほどなく、信勝は「織田達成」と改名した。

 そして、「弾正忠」の受領名を名乗りはじめた。


「弾正忠」は織田弾正忠家の当主が名乗ってきた受領名だ。

 これは、信勝改め達成が織田弾正忠家の当主として振る舞うことに等しい。


 また、「達」の字は斯波義統の前代の守護・斯波義達に由来する。

 義達は織田一族のうち守護代のみに偏諱として「達」の字を与えていた。

 つまり、「達」の字を含めた諱を名乗るということは、織田大和守家と同格であると宣言したのだ。


 これに対し、信長は表立って動きを示さなかった。

 しびれを切らした達成に対し、信長は忍耐強かった。


 まだ周囲に敵は多く、今は織田弾正忠家のまとまりを崩すべきではない。

 怒りを押し殺し、じっと機会を待っていた。

何とか緩いまとまりを保ってきた織田弾正忠家にも、内紛の萌芽が芽生えはじめました。


それは悲しい兄弟のすれ違いでした。

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