第21話 惜別
一瞬の油断が呼ぶ、血なまぐさい兵乱。
主人公たちに悲しい別れが訪れます・・・。
突然、フラグ(特定のイベントの発生を引き起こすもの)が立った。
転生者である俺にだけわかるフラグだった。
天文23年(1554年)7月12日、突然に主君の斯波岩竜丸が川遊びに行くと言い出した。
真夏の暑い盛り、守護館の中はうだるような暑さで、冷たい川の水が恋しくなるのは良く分かる。
だが、守護館に詰める屈強な侍たちのほとんどを引き連れ、川遊びに繰り出すというのはやり過ぎではないか。
俺には嫌な予感しかない。
結局、岩竜丸に対する俺の働きかけは、うまくいかなかった。
岩竜丸はともかく、父の斯波義統らは守護代の織田信友ら織田大和守家を敵視し、信長ら織田弾正忠家へ段々と露骨に接近していった。
今や守護の斯波家と守護代の織田大和守家は、隠しようもないくらい険悪な関係となり、俺の目には同じ城内でいつ武力衝突が起きても不思議がないような状況に映っていた。
史実とほぼ変わらないというのが、清洲城内の現実と言って良いだろう。
そんな中での館をほぼ空っぽにしての川遊び、俺の頭の中では危険を告げるアラートが響き渡っていた。
だが、主君の仰せとあらば、致し方ない。
俺は思考を切り替えた。
残されたわずかな時間を使い、せめて父や兄に警戒をうながすのだ。
危機意識もなく、織田信友らを挑発し続ける斯波家の面々がどうなっても自業自得というやつだが、父たち周囲の者が巻き込まれるのはやるせない。
「右近、いるか!?」
「はっ、御前に!」
側近の右近が俺の前で膝を着き、頭を垂れた。
「私はこれから父上と兄上に会い、大事な話をして来る。出発までには戻る。後の準備を頼む!」
「ははっ!」
俺は父や兄が詰めているだろう、守護・斯波義統の居室へと向かった。
なるべく早く2人に会い、警戒態勢を取ってもらわねばならない。
幸い、2人は控えの間で他の老臣たちと控えていた。
「父上、兄上!!大事な話があります。」
「・・・わかった。ここでは迷惑となろう。よそで話すといたそう。」
息急き切ってやって来た俺の形相に、必死な何かを汲んでくれたのだろう。
父は、兄と俺を伴って無人の小部屋へと移動した。
「さて、大事な話とは何じゃ?」
「大和守様が謀叛(反乱)を起こそうとしております。武衛様をお連れし、城外へ逃げる準備をしていただきたいのです。」
一瞬、静寂が周囲を包んだ。
しかし、思ったより驚きが少なかったのは、父も兄も剣呑な城内の様子に薄々気がついていたからだろう。
「又介、何か証はあるか?」
兄にそう言われて、言葉に詰まる。
確かな証拠など何もない。
まさか、「顛末を知っている」などと言えるはずもない。
「・・・いや、確かな証拠はありません。ただ、館が手薄となることを考えれば、逆心を起こすのではないかと。」
「証はない、か。・・・あい分かった。人を出し、警戒を怠らぬようにいたそう。それで良いな!?」
「ありがとうございます。では、私は急ぎますので、失礼いたします。」
右近のところへ戻ると、ちょうど慌ただしく出発の準備が終わり、そろそろ出発という頃合いだった。
何とか間に合ったことに安心しつつ、俺は右近らと共に岩竜丸の供の列に加わって出発した。
父が警戒すると請け合ったのだから、間違いないだろう。
そう自分に言い聞かせながらも、俺は後ろ髪をひかれる思いで何度も守護館を振り返った。
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その頃、清洲城内の別の場所で謀議が進行していた。
坂井大膳、河尻左馬丞、織田三位らが額を突き合わせるようにして、議論していたのだ。
「今朝ほど若武衛様(斯波岩竜丸のこと)が若侍たちを連れて出立された由。何でも、川遊びじゃと申しておったとか。今、武衛様の館に詰める人数はせいぜい数十人。しかも、武衛様の御連枝のほかは老人ばかりにござる。」
河尻与一が状況を説明した。
「ふむ、やるか。兵は神速を尊ぶと申すしな。」
リーダー格の坂井大膳が好機とみて襲撃を提案した。
「して、武衛様を害し奉りまするのか?」
織田三位が守護・斯波義統の命を奪うかどうか確認した。
「まずは隠居や退去いただくよう、言上しよう。だが、承服いただけねば・・・やむを得まい。」
坂井大膳が場合によっては殺害もやむなしとの判断を示した。
「では・・・」
短い会談を終えると、諸将は手勢をまとめるために散っていった。
彼らの主君である織田信友には一言の相談もなかった。
所詮、信友は彼らの傀儡(操り人形)でしかなかったのだ。
坂井大膳らの慌ただしい動きは、太田和泉守が派遣した見張りの目にとまった。
見張りは早速戻って報告した。
「そうか、大膳殿らがな。又介が申した通りじゃな・・・。」
「父上、早速武衛様へ申し上げ、避難いただきましょう!それに、又介にも知らせませぬと・・・!」
「うむ。武衛様にはわしが言上する。又介への連絡は、そちに頼む。」
「かしこまりました。」
和泉守は斯波義統に拝謁を求め、大膳らの怪しい動きを伝えてどこかへ避難することを進言した。
「・・・みな、どう思う?」
脇息にもたれながら、義統は左右に侍る斯波一族たちに意見を求めた。
いかにも動くのが億劫な様子だった。
「なりませぬぞ!大膳らが戦支度をしているとの知らせだけではごさいませぬか。もし、大膳らがよそへ攻めるのであれば、あたふたと逃げ出した武衛様の威厳などあったものではございませぬ!!」
「しかし・・・」
「和泉守、そちはなぜ執拗に武衛様を城の外へお連れしようとするのじゃ!?何か魂胆があるのか?」
忠誠心まで疑われてしまっては、和泉守も何も言えなくなってしまった。
大膳らが謀叛を起こすという確証もないのだ。
最も、確証が得られたときは、すでに手遅れかも知れないが。
引きあげてきた父の顔が晴れないのを見て、新介は不首尾を悟った。
こうなれば、又介の心配が杞憂に終わることを願うだけだ。
だが、直後に聞こえてきた喧騒は、太田父子の淡い希望を打ち砕くものだった。
数百に及ぶ大和守勢はたちまち守護館を取り囲み、内部に押し入ろうとした。
守護を守るわずかな家臣たちが、これを食い止めようと迎撃に出た。
表広間の入り口で、何阿弥とも知れぬ同朋衆(芸能等の技能で仕えた僧侶集団)の謡唄いの名人が敵を切りまくり、狭間を守る森刑部丞兄弟も同じく大勢の敵を切りまくって負傷させ、裏口からは柘植宗花が打って出て暴れまわった。
太田父子は館を取り巻く敵に対し自慢の射芸をふるったが、敵は館の周囲の建物の屋根に登り、雨のように矢を浴びせかけたため、次第に圧倒された。
暴れまわっていた味方も、やがて森兄弟が柴田角内という者に討ち取られたのをはじめとして次々に倒れていった。
和泉守と新介はカラリと弓を投げ捨て、腰の太刀を抜き放った。
その刃は敵に向けられることはなかった。
互いに向き合い、左手で相手の右肩を抱えるようにしつつ、切っ先は相手の喉へと向けられていた。
「新介よ、思い残すことはないか?」
「ございませぬ。太田の家は又介が立派に継いでくれましょう。何の懸念もございませぬ。」
「さようか。いざ!」
次の瞬間、ふたりは折り重なるように崩れた。
二人の後ろの館では、火と黒煙が上がり始めていた。
その炎の下、斯波義統はじめ一族・家臣数十名が自刃して果てた。
侍女たちの中には堀に飛び込んで助かった者もいたが、溺れ死んだ者も出た。
厳しいことを言えば、守護たちが自ら招いた運命であったが、一緒に多くの者が哀れな最期を遂げたのだ。
その頃、又介への元へと急ぐ武士の姿があった。
新介は最も信頼する側近で乳兄弟の安食伝兵衛に命じ、万が一館への襲撃があった場合には急報できるよう待機させていたのだった。
伝兵衛は駆けながら、溢れる涙を抑え切れなかった。
実の兄弟のように育った新介の死を悟り、心のなかで別れを惜しんでいたのだ。
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伝兵衛が目の前で膝をついたとき、俺は事態を察した。
それでも、俺は伝兵衛の報告を促さずにいられなかった。
「大和守様、ご謀反!館を四方から取り囲み、激しく攻め立てておりまする。それがしは館に火の手が上がるのを見届け、こちらへ参りました。」
「そうか。館から逃れた者は?」
「女衆が幾人も堀へ飛び込んだものの・・・武衛様がお逃げ遊ばされた様子はございませぬ。」
「わかった。ご苦労であった。」
俺は、そばで聞いていた岩竜丸に向き直り、直ちに避難することを進言した。
「若武衛様、いや、武衛様。ここは危のうございます。このまま那古野城へ落ち、織田上総介様を頼りましょう。」
「父は・・・父は亡くなられたのか!?」
「おそらくは。ここにもやがて敵が押し寄せて参りましょう。ご決断を!」
だが、たちまち周囲から異論が噴出した。
「しばし待たれよ。もし知らせがまことであれば、太田殿は武衛様を見殺しにせよと仰せられるか?」
「さよう!武衛様の危機とあらば、お救いするのが道理。ここで退いては、孝道にもとるのではないか!?」
正論かもしれないが、俺は腹の底から立ち昇ってくるイライラを抑えかねた。
(気持ちはよく分かる。彼らの親族の中にも館に詰めている者はいるだろうし。けど、川遊びの軽装で救援に向かっても、返り討ちにあうだけやろ!何でそんなこともわからんねん!!)
「そもそも、太田殿の言い分はいぶかしい。あるいは大和守と通じて・・・」
「やかましいっ!!」
その場が一瞬でシーンと静かになった。
普段怒気を露わにすることがない俺の一喝に、ビビってしまったのだろうか。
「俺の父や兄、数多の家臣たちが命を張ったんは、主君を守るためや!何でお前らも主君を守ることを考えへんねん!!」
「・・・那古野へ参ろう。」
岩竜丸の一言で行き先は決まった。
浴衣姿の岩竜丸を守りながら、足早に那古野へと向かった。
俺は伝兵衛に安食村へ行き、家族へも知らせるように命じた。
あえて伝兵衛に行かせることで、母のたみさんや妻のさきさんらに無事な姿を見せてやりたかった。
いざというときには、成願寺に避難するよう言い含めた。
家族を失った喪失感とともに、俺の心の中には初めて強烈な憎しみの感情が込み上げていた。
主人公の父・和泉守と兄・新介が、物語からご退場されました。
架空とは言え、筆者の頭の中で命を吹き込み、送り出した人物の死は悲しいものがあります。
2人の退場時期は連載当初から決めておりました。
なるべく情が移らないように当初の構想より出番を減らすなどしましたが・・・結局、情が移ってしまいました。
今話を書きながら、やっぱり2人を生かそうかと何度も考えました。
でも、今後の展開は彼らの死ありきのものとなっていて、如何ともし難い。
書いててこんなに葛藤するとは、自分でも予想外でした。




