第20.5話 主殺しってよくあったん?
大田勇介と藤田吉郎の対話コーナーの第21弾です。
今回のテーマは、主殺しってよくあったん?です。
下克上の典型のような主殺しについて簡単に書いています。
興味がある方は、ご一読ください。
ナレーション
さぁ、始まりました!親友ふたりによる、夢のひととき。今回のお題は・・・「主殺しってよくあったん?」です!!では、おふたり、お願いします。
藤田吉郎
第21話で守護が守護代にやられてたけど、あんな感じの話が結構あったんかってことやな?
大田勇介
そやね。結論から言うと、主殺しは割と多く見られるけど、今回のような守護とか高い身分に対する主殺しは意外に少ない。
ヨシロー
エライさんに対しては、そこまで激しい「下克上」ってなかったってこと?
マタスケ
うん。足利義輝に対する三好三人衆や松永久通、大内義隆に対する陶隆房(晴賢)、上杉房能に対する長尾為景(上杉謙信の父)などやな。守護が力を保って戦国大名化するケースも多かったし、下克上が起こっても追放などで終息する場合も多かったから。
ヨシロー
何で追放で済ませたんやろ?復活するかも知れんやん?
マタスケ
おぅ、怖いこと言うな・・・。まぁ、やっぱり権威ある存在を殺害までしてしまったら、風当たりが強くなるからやろな。よっぽどの悪者やない限り、殺された人物には同情が集まるしな。
ヨシロー
風当たり強なったら、やっぱ具合悪いん?
マタスケ
そりゃ、将軍やら守護を倒したら、新しい政権を作らなアカンわけやん。風当たり強なるってことは、支持されんってことやからな。政権運営に困ることになるわな。
ヨシロー
んじゃ、さっきの主殺したちは苦労したんやな?
マタスケ
せやねん。みんな新しい主君を立てるんやけど、だいたい終わりが良くない。三好三人衆や松永久通らは仲間割れして結局京から追い出されたし、陶晴賢は大内義隆の仇討ちを大義名分にした毛利元就に討たれた。長尾為景も国内の統制に苦労し、息子の上杉謙信の代まで持ち越された。嫌になった謙信が「家出」したこともある。
ヨシロー
ん?主君倒したのに、新しい主君立てるんか!?何でや!?自分が主君になったらええやん!
マタスケ
戦国時代は「下克上」の時代のイメージがあるけど、室町幕府がつくった権威が強く残ってた。そんなに何でもありの世界やなかったんよ。トップの首をすげ替えてもうまくいかんのに、自分がいきなりトップになんかなったら、一瞬で終わるのがオチやで!
ヨシロー
じゃあ、何で殺したんや?全然メリットないやん!!
マタスケ
そうやな。たぶん、彼らも最初から殺す気はなかったと思うで?こじれにこじれて、最後に不幸なことになったんやろな。彼らの主君はみんな自害してる。ホンマは隠居させるか追放しようとして、死なせてしまったんかも知れん。
ヨシロー
そいつは色々と不幸な話やな。
マタスケ
主殺しは後の時代になればなるほど、悪名が高くなるしな。損な役回りやで、まったく。
ヨシロー
いや〜、悪○商会のみなさんには足向けて寝られんな!!
マタスケ
そうそう、ああいう人たちがいて、初めて話が締まるしな・・・って、何でやねん!全然ジャンルちゃうがな!!
ナレーション
お後がよろしいようで。
意外にも主殺しはそんなに頻繁に行われてはいませんでした。
むしろ親類縁者間での殺し合いや主君から家臣に死を命じるパターン、裏切った小領主に切腹をさせるケースの方が多く感じます。
主殺しの事例も最初から明確な殺意があったかは不透明です。
隠居を迫ろうとしたら、自害されてしまったというケースもあったに違いありません。




