第18話 相対(後編)
第17話の続きとなる後編です。
いよいよ、織田信長と斎藤道三(利政)が歴史的な対面を果たします。
会見に赴くと決めたときから、信長もまた策を練っていた。
利政が信長の賢愚を量るというのならば、その意図をくじくべく、利政以上の「演出」を考えていたのだった。
信長は正徳寺に着くと、屏風を周りに立てて周囲から身を隠しつつ身支度を整えた。
ボサボサで一つくくりにしていた髪をきちんと結って髷をつくり、秘かに作らせていた褐色の長袴をはき、腰にはこのために人知れず新調させた小刀を差した。
どこからどう見ても、みずみずしい若さに満ちた、立派な若殿だった。
周囲の家臣たちはこの様子を見て驚き、顔を見合わせて囁いた。
「何と・・・殿がかような正装をなさるとは・・・。」
「さては、常の出で立ちは世を欺く(だます)ものでおわしたのか!」
家臣たちの驚く顔を見て、信長は満足げだった。
平素から近侍している家臣たちからして、この驚きようである。
(ひょっとしたら、義父殿は腰を抜かすかも知れぬぞ!?)
そう考えると、こぼれる笑みを抑えるのも一苦労だった。
ニヤニヤしていては、せっかく練り上げた「演出」のプランが崩れてしまう。
衣装を整えると、信長は対面の場となる御堂に現れた。
「席はこちらでございまする。」
「早くおいでなされませ!」
縁の上がり口で出迎えた利政の近臣の春日丹後と堀田道空が、信長を御堂のなかにいざなった。
堀田道空は信長の領する津島の有力者のひとりであり、今回の会見の仲介役のような立場だった。
しかし、信長は例の斎藤家の家臣たち7,8百人が威儀を正すなか、縁の柱にもたれかかり、知らん顔をしていた。
大勢の斎藤家の者たちに怯む様子がないばかりか、心の中ではもっと不敵なことを考えていた。
(なぜ、斎藤の臣に指図されねばならぬ。かの者どもの言に従えば、わしが斎藤の下風に立たされることになろう。さようなこと、到底承服できぬわ!)
やがて、屏風を押しのけて利政が姿を見せた。
信長はそれと気づいたものの、相変わらず明後日の方向を向いている。
進んで挨拶をしに行けば、自分が下の立場に立ってしまうと警戒しているのだ。
見かねた堀田道空が信長に近づき、再び声をかけた。
「あちらにおわすのが、斎藤山城守殿でございまする。」
「・・・お出でになったか。」
やっと信長は御堂の中に入り、利政と挨拶を交わして着座した。
道空が湯漬け(お茶漬けではなく、だし汁をかけた飯)を給仕し、信長と利政は酒杯を交わした。
会話は弾まなかった。
例えば利政が娘の近況をたずねると、信長がボソッと「元気だ。」と答えるような様子であった。
信長は無口だったし、信長に圧倒される想いの利政はいつにも増して口数が少なかったのだ。
(まさか、正装して出てこようとは・・・!しかも、わしが来るまで座につこうとはせなんだ。わしの家臣に促されて先に着座すれば、主を迎える形と見られることを嫌ってであろう。先刻見た軍のことといい、この気位の高さ、肝の太さ、末恐ろしい大器じゃ。)
利政は湯漬けも酒も味を感じられないほど、打ちのめされた想いだった。
相対してみて、信長がうつけの皮をかぶった、底知れぬ大物であることを嫌というほど見せつけられたのだ。
恐らく、普段の奇抜な格好も周囲を欺くための「演技」に違いなかった。
あるいは、利政よりもスケールの大きな人物かも知れぬ。
利政の面上に知らず知らず、苦虫を噛み潰したような表情がにじみ出ていた。
「また近いうちにお目にかかるといたそう。」
利政の言葉で短い対面は終わった。
「義父殿。お送りいたしまする。」
会見後、信長は利政を20町(約2.2km)ほど見送った。
並んで行進すると、信長軍の槍に比べて斎藤軍の槍はひどく短く見え、利政の心はさらにみじめなものとなった。
もし両軍が距離を取って向かい合い、正面から戦えば、たちまち斎藤軍は圧倒されてしまうだろう。
(信長め、わざとわしに己の軍の槍を見せつけよるわい。小憎らしいことよ・・・!)
利政は仏頂面のまま信長と別れ、稲葉山城へ帰っていった。
「上総介殿はたわけでございましたな。」
途中の茜部というところで、家臣の猪子兵介が利政に語りかけた。
利政は、ジロリと兵介を見たが、しばらく無言だった。
(こやつにはわからぬか・・・。いや、こやつだけではない。供の者たちもみな、わかっておらぬと見える。この有様では、わしがいなくなれば、わが斎藤の家はどうにも立ち行かぬことであろう・・・。)
「何とも無念なことじゃ。わしの息子どもは、いずれ必ずあの阿呆の殿の門前に馬をつなぐ(家来となること)ことになろう。」
しばらく馬を打たせていくうち、ようやく利政はつぶやくように言った。
主君が信長にくだした意外な評価に、周囲の家臣たちは驚きつつも、以後利政の前で信長を馬鹿者呼ばわりする者は影をひそめた。
後年、利政の予言は当たることになる。
長男・義龍以外の利政の息子たちは信長一族に仕え、猪子をはじめとして信長を馬鹿者呼ばわりした美濃の者たちの多くも、信長の門前で馬をつなぐことになったのだった。
一方、那古野へ帰る信長は会心の笑顔であった。
「美濃の蝮」と恐れられる斎藤利政を手玉に取り、自分を最大限に売り込むことに成功したのだ。
これで、利政は自分への態度を改め、強力な味方となるだろう。
田んぼのあぜ道でたたき合うような戦に明け暮れてきた信長にとって、初めての外交的勝利が得られたのだった。
正徳寺の会見の記事を読むと、これってホンマの話なん?って感じます。
本当の話なら、俳優兼舞台演出家としての信長の能力はヤバイなぁと思います。
お気づきの方もおられると思いますが、今話のタイトル「相対」は、織田弾正忠家で織田信勝が「相対」的に地位を高めてきたこと、織田信長と斎藤道三(斎藤利政)が「相対」したことにかけております。
筆者の文才ではなかなか繰り出すことはできませんが、今後もタイトルで言葉遊びをしてみたいな~などと思ってます。




