第13話 邂逅
織田信秀が病死し、盛大に葬儀が行われようとしています。
そして、有名なあの場面が始まろうとしていました。
天文21年(1552年)3月3日、織田信秀は流行り病にかかり、あっけなく病死した。
享年42、まだまだ働き盛りの歳での死だった。
信秀の晩年は今川家の勢いに押され、勢力を盛り返せないまま苦しいかじ取りを強いられていた。
確かな未来を見定められないまま、死を迎えたことは、さぞかし無念であったことだろう。
だが、悲しいかな、生死無常は世の常だ。
風がさっと草原の露を吹き散らし、一団の雲が満月の光を陰らせるように、人力の及ぶものではないのだ。
織田弾正忠家家では信秀が生前に建立していた万松寺で葬儀をとり行うことにし、信秀の法名を桃巌と名づけ、この寺の開基(寺を開いた人)とした。
大いに銭を散じて尾張国内の僧を呼び集め、関東へ下って行く僧や逆に関西方面に向かう僧たちにも声をかけて約3百人を集めて盛大な葬儀を行った。
その様子は信秀が死んでもなお織田弾正忠家家の勢威に衰えがないことを示すかのようだった。
尾張一の実力者の葬儀とあって、尾張国内からの参列者は引きも切らず、大勢が参会した。
おそらく、信秀亡き後の織田弾正忠家の様子を観察する目的もあったのだろう。
俺も守護・斯波義統の代理として参列した斯波岩竜丸のお供として葬儀に参列することになった。
斯波家は最上位の来賓なので、岩竜丸の後ろに控える俺もかなりいい位置で葬儀の様子を見ることができた。
俺たちが着座したとき、まだ喪主の座は空っぽだった。
そこには信長が座るはずであり、となれば彼はまだ来ていないということだろう。
その隣に目を移すと、折り目正しく肩衣や袴を身につけ、ほとんど身動きせずにじっと若者が座っていた。
見るからに優等生といった感じの少年だった。
細面でやや大きな鼻は鼻筋が通り、現代でもイケメンで通りそうな顔立ちだ。
いかにも賢そうな雰囲気を漂わせ、絵になる若様といったところ。
ただ、パッチリしつつもやや垂れぎみの目の眼光は鋭く、跳ね上がった眉とともに気の強さを感じさせる。
座っている場所や歳の頃から、俺はこの少年こそが信長の弟・織田勘十郎信勝だろうと見当をつけた。
見た目だけでは判断するのは乱暴ではあるけれど、主君としてあおぐには十分な素質を秘めていそうに見える。
また、信勝は父の末盛城を譲られ、幾人かの重臣がつけられたと聞いた。
信勝の後ろに居並ぶ家臣たちのなかには、柴田勝家、佐久間盛重、佐久間信盛らが含まれているはずだったが・・・どいつもこいつも、いかついオッサンばかりで、誰が誰やらわかりもしなかった。
やがて、喪主不在のまま読経が始まった。
(結局、信長は遅刻かよ・・・。)
ある意味予想通りだが、俺は心の中でツッコミを入れてしまう。
そっと周囲をうかがうと、みんなが空席となっている信長の席を気にしているのがよくわかった。
織田弾正忠家の家臣たちなどは、せわしなく目くばせをしつつ、なぜ信長が来ないのか気を揉んで落ち着かない様子だった。
ある程度読経が進んだ頃、遠く廊下の方から誰かが近づいてくる足音が響いてきた。
それと同時に、ささやくような声も次第に大きく聞こえてくる。
「三郎様。そのような装束での参列はなりませぬ。お召し替えを!」
家臣が発しているらしい、そのささやき声で、俺は信長の到着を知った。
やがてみんなの前に姿をあらわした若者は、明らかに葬式には似合わない、ド派手で異様な格好をしていた。
上半身は袖なしの浴衣、下半身は袴は着けずに脛をむき出しにした短いズボンのようなものを履き、しめ縄みたいに荒く結った縄で腰の部分を締め、そこに太刀をぶち込んでいる。
髪はボサボサで、噂どおりの茶筅髷でまとめてあった。
みんなが唖然とするなか、信長は自分の席にどっかとあぐらをかいて座ると、じっと父の位牌を睨みつけた。
手を胸の前に合わせている人々のなかで、その振る舞いはどこまでも悪目立ちした。
信長の顔ははっきり見えなかったが、弟の信勝によく似ているようだった。
日に焼けて真っ黒だが、細面でキリッとした顔は美形のようだったし、少なくとも馬鹿ヅラには思えなかった。
何より、異様に鋭い眼光は一度見たら忘れられないインパクトがあった。
続いて信長が引き連れてきた数人が信長の後ろに座ったが、そのうち2人が特に身分が高そうに見えた。
1人はかなり白髪が目立つ老人で、疲れた表情を浮かべていた。
もう1人はそれよりかなり若い中年の男で、落ち着いた表情ながら、信長に対して冷たい刺すような視線を向けていた。
おそらく老人が平手政秀、中年の男は林秀貞なのだろう。
どちらも信長の家老だ。
表情からうかがうに、非常識な信長の格好に対し、平手は心配と恥じらいを覚え、林は軽蔑と愛想づかしをしているように思われた。
そのうち、焼香の頃合いとなった。
まずは、喪主である信長の番であった。
信長は荒々しく立ち上がると、ズカズカと香炉に近づき、抹香(粉にしたお香)をつかみ取った。
次の瞬間、彼の手から抹香が前方に投じられ、位牌や祭壇に当たってパラパラと乾いた音を立てた。
さすがに読経の声も止まるほどの蛮行だった。
誰もが息を呑み、ポカンとした表情を見せていた。
だが、信長は人々のそんな様子を尻目に、そのまま席に戻らず、退出していった。
たぶん、その場で冷静だったのは俺だけだろう。
転生者である俺にとっては「台本」通りの出来事に過ぎない。
(お、投げるか?・・・あーあ、ホンマにやっちまったわ。あの格好もそうやけど、抹香投げるのもマジやったとは。信長、マジでトンガってるわ〜)
みたいな感じで見守る余裕すらあった。
せっかくなので、余裕あるついでに周囲の人々の表情なんかも観察してみる。
すると、大抵の人が驚きとまどう表情を隠せない中で、信長の弟・信勝の横顔が目についた。
一瞬だったが、酷薄といった感じの冷笑が浮かんでいたのだ。
(あの冷笑はなかなか黒いものを感じさせるな・・・。優等生に見える信勝やけど、かなり裏のある男に見える。兄の失点を喜んでるし。少なくとも、信長にとって代わる気持ちは十分ありそうやな。)
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「しかし、聞きしに勝る「大うつけ」殿でございましたな・・・。」
「さよう。あれでは、弾正忠殿の跡目を本当に継いでいけるのか・・・。」
清洲への帰り道、斯波家家臣たちは信長の話で持ちきりだった。
悲嘆が混じっているのは、信長がいま斯波家の最も頼りにする織田弾正忠家の次期当主だからだ。
織田弾正忠家が混乱すれば、斯波家と冷戦状態にある織田大和守家を勢いづかせることになる。
(俺が転生者じゃなかったら、信長の評価は彼らと同じようなものだったろうな。葬式であの振る舞いはありえないし。当主としてやっていけるか不安になるレベルの非常識さやもんな。)
彼らの信長評を聞きながら、俺はそんなことを思う。
葬儀に参加していた人々のなかで、筑紫から来た僧だけが「あれこそ国持大名となるお方」と評したそうだが、俺にはそんな評価眼はない。
ただ、「信長のことを知っている」に過ぎない。
ふと見ると、岩竜丸が不安そうな目を俺に向けていた。
彼も信長の前途を不安に感じたのだろう。
「三郎殿は型破りなお方ですが、気骨のあるお方です。ご心配には及びません。」
俺はニッコリと笑顔を向け、岩竜丸を安心させようと努めた。
まだ幼い岩竜丸はそれだけで少し安心したようだった。
道すがら、俺は信長の行動の意味を考えた。
以前、信長があえてだらしなく振る舞っていると分析した。
その考えでいけば、今回のパフォーマンスはこれ以上ない「演出」となったはずだ。
だが、それだけだろうか?
俺の目には、信長が淡々と「演技」をしているようには見えなかった。
こわばった肩の辺りに、何かしらの感情が溢れているのが感じられたのだ。
では、その感情は何なのだろう。
怒り?
確かに、父・信秀の晩年の治世はお世辞にも順調とは言えなかった。
それを引き継がなければならない怒りはあるかも知れない。
信秀すら解決できない状況を、経験不足の自分が解決していかなければならないのだから。
悲しみ?
信秀は信長の妙ちくりんな行動をとがめることなく、自分の後継ぎと明示し続けた、信長の一番の理解者だ。
当然、信長が感じる喪失感は相当なものだろう。
あの非常識な行動は、悲しみの発露でもあったのか。
他人の心の中を推し量るのは難しい。
どれだけ考えても、結論は出そうになかった。
あるいは、信長自身、整理のつかない感情のありったけを込めて父に投げつけたのかも知れない。
ただ、もし信秀が信長の行動を見ていたら、豪快に笑い飛ばしたのではないだろうか。
屈折した表現をする息子と、それを包み込むようにすべて受けとめる父。
あの親子には他人には見えない「絆」のようなものがあったのだろう。
俺はそう思うことにした。
非常識な信長を見て、その人物を見抜いた筑紫の僧。
彼のような人物眼ってどうやったら身につくんでしょうかね。。。
平凡な筆者はうらやましく感じます。
もっとも、筑紫の僧なる人、単なる「あまのじゃく」な人なのかもしれませんがね。




