第12話 憂慮
内憂外患に悩む織田信秀でしたが、太田家にもやっかいごとが持ち上がっていました。
でも、逆風は必ずしも悪いことばかりではないのかも・・・?
尾張や周辺国の騒ぎもどこ吹く風、平穏な日々を過ごしていた太田家だが、少々やっかいなことが起きはじめていた。
そして、その原因が俺にあるのが、何とも腹立たしいことだった。
そのやっかいなこととは、こういうことだ。
太田家の跡継ぎ問題がすべての始まりだった。
兄の新介とせつさんの間には子供がいなかった。
そこで、父の和泉守は弟の俺を兄の後継者とし、「和泉守→新介→俺」の順で家を継いでいくことを考えた。
そのためにも俺の結婚相手を探しはじめ、その次の代にも繋げようと考えていた。
この時代の家の継承は最優先にすべき大事なことで、父の努力は涙ぐましいほど切実さがにじんでいた。
現代では子供を持たない決断をする夫婦も多いことを知ったら、彼は目を回すだろう。
ましてや、33歳で独身、結婚の気配すらなかった前世の俺を見たら、卒倒するかもしれない。
だが、父のプランは意外なところからストップがかかった。
俺の結婚相手がなかなか見つからなかったのだ。
父は何件か縁談を持ち込んだのだが、みんな遠慮がちに断られた。
実は、俺が守護代・織田信友につながっているのではないかと疑う者がいて、その噂が斯波家中で広まり、俺との縁談は要注意案件になってしまっていた。
岩竜丸に教えてきた「君臨すれども統治せず」が誤解され、俺は守護代のまわし者と思われたのだった。
守護にとって良かれと思ってしたことなのに、それが俺や家族に対する悪影響につながっている。
俺はやり場のない怒りをどうしたらいいか、わからなかった。
やっかいなのが、噂の出どころが「連枝」と呼ばれる守護の親族たち(斯波義統の弟・統雅や叔父の義虎といった連中)だったことだ。
俺たちとは身分が違い、斯波家中での影響力もまた大きい人々だ。
彼らは守護の一族だからこそ価値がある。
誰よりも守護が力を取り戻すことを願っていて、守護代たちがのさばっているのを嫌っている。
そんななか、「別に家臣に政治を任せたって、いいじゃない!」という俺の言葉が一人歩きし、それに対して彼らが過敏に反応したのだった。
(未来のことを知っているというのも、いいことばっかじゃないな・・・。こんな誤解を受けるなんて、思いもしなかったわ。)
このままでは彼ら守護の一族は、やがて守護・斯波義統とともに守護代らに襲われて死んでしまう運命にある。
その彼らが自分の命綱を切ろうとしている皮肉に、俺は何とも言えない、やりきれなさを感じた。
「父上、申し訳ありません。私のせいで、父上の努力を無駄にしてしまいました。」
俺は責任を感じて父に頭を下げた。
ロウソクの炎がチリチリと音を立てる。
その音が耳につくほど、静けさが室内を包んでいた。
父、兄、俺の3人がいるとは思えないほどだ。
やや間があって、父が声をかけてきた。
「いや・・・そなたに責はない。どの家も縁がなかったということかの。いずれ良縁に恵まれよう。わしは引き続き心当たりを探すつもりじゃ。」
「しかし、どの家も私との縁組には尻込みしているとか。父上のお心はありがたいのですが、これ以上迷惑をかけたくないと存じます。私は岩竜丸様のお側から身を引きたいと・・・」
「そなたに責はないと申したであろう!わしはそなたが心から岩竜丸様に仕えていることを知っておる。心ない噂になど気を煩わすことはない。そなたは今まで通り、心を尽くしてお仕えいたせ!」
「又介、父上の仰せの通りじゃ。そもそもはわしに子がいないことが原因ぞ。気に病むな。」
「・・・ありがとうございます。」
父や兄の心遣いが身にしみた。
うつむく俺の頬に、涙がつたった。
彼らが俺の噂のせいで周りから疑いの目で見られていることは、俺も薄々知っている。
にも関わらず、そのことを俺には一切言わずに励まし、信じる道を進めとまで言ってくれる。
俺は前世こそが本当の世界であり、今の家族ら周囲の人々は所詮ニセモノの存在なんだという意識がどこかにあった。
でも、父や兄から寄せられる愛情はホンモノだった。
自分のことをこんなにしっかりと見守ってくれ、信頼を示してくれている。
それが痛いほどわかり、俺は溢れる涙を止められなかった。
幸い、守護の斯波義統・岩竜丸親子からの俺への信頼も特別変わりはないように思えた。
表面上はそれまでと変わらぬ日常が流れていた。
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同じ頃、織田信秀もまた悩みの種を抱えていた。
天文18年(1549年)11月、三河国における織田家の最重要拠点だった安祥城が今川軍によって陥落し、城主であった信秀の長男・信広が捕らえられた。
直後、今川家から使者がやって来て、捕まった信広と織田家の人質になっている松平竹千代(後の徳川家康)との人質交換が申し込まれたのだ。
(この話、受ければ信広は帰ってくるし、一旦は今川の侵攻を止めることができる。だが・・・その代わり、松平竹千代という「掌中の珠」を失うことになる・・・。)
和か戦か。
信秀は究極の二択を迫られていたのだった。
松平竹千代を手元に置いておくことは、西三河を侵略するうえでの切り札となる。
現状は今川軍が岡崎城を押さえているが、松平広忠が亡くなった今、岡崎松平家の当主は竹千代だ。
竹千代を前面に押し立て、「岡崎城を不当に占領している今川軍の手から取り戻す」との大義名分で兵を進めれば、松平分家など三河の勢力を味方につけられる可能性が高まるのだ。
だが、客観的に見れば、今の信秀は今川軍と存分に戦える状況になかった。
北の美濃斎藤家とは信長の結婚を機に同盟関係にあったが、尾張国内の諸勢力は油断がならなかった。
織田大和守家とは昨年停戦したばかりだし、犬山の甥・信清とは今年のはじめに戦ったばかりだった。
信清の後ろにいる織田伊勢守家を含め、信秀と険悪な勢力がいつ牙をむくかわからなかった。
また、安祥城が落ちたことで、三河国内の信秀の勢力は大きく後退していた。
現状は矢作川の線から追い出され、三河国北西部にへばりつくように幾つかの拠点を確保しているに過ぎない。
尾張南部から三河南東部に勢力を持つ水野家は相変わらず織田家と同盟関係にあるが、その三河における拠点・刈屋城も今川軍の攻勢にさらされていて、いつ失われるかわからない。
信秀の心は人質交換による一時停戦に傾いていたが、そう簡単に割り切れなかった。
竹千代を手放せば、三河国での織田家の威信は大きく落ちる。
そうなれば、今まで多くの犠牲を払って手に入れてきたものが、ムダになってしまうかもしれない。
悩む信秀の背中を突き飛ばすように和平へと動かしたのは、さらなる今川軍の攻勢だった。
翌天文19年(1550年)、今川軍は水野家から刈屋城を奪い取り、水野家との講和にこぎつけた。
水野信元は今川家から刈屋城を返してもらうかわりに、織田との同盟関係を解消した。
これにより、今川家の勢力圏は尾張にものびることになり、信秀の本領も危機にさらされることになった。
間もなく、信秀は松平竹千代と織田信広の人質交換に同意した。
今川家に引き渡された竹千代は太原雪斎を師として大事に育てられることになった。
今川が西三河を安定して支配するための布石として、竹千代を今川の親族に準じる扱いとしたのだった。
一方、信秀は三河の覇権を失い、表向きは捲土重来を誓いながらも、失意に沈んでいた。
本編とはまったく関係ないですが、先日娘と一緒に『鬼滅の刃』の劇場版を視ました。
わずか2時間で幾人もの人間の生き様をあれほど詳細に描き込めるということに、とても感銘を受けました。
今作を書きながら、たびたび力不足を感じる筆者にとって、プロってスゴイなと思わせてくれる作品でした。
おそらく来年以降に続編がみられるようになるでしょうし、今から楽しみです。
あれだけ人気が出たら、テレビ放映になっても、次回は深夜放送ではないかもしれませんね。
前みたいに夜中の2時の放送を毎週録画しないで済みそうです。




