第151話 持久
周辺の支城を制圧し、織田軍はついに別所家の本拠・三木城へと攻め寄せました。
しかし、いかな織田の大軍と言えど、堅城と名高い三木城を一気に攻め落とすことは困難でした。
やむなく付城を築いて包囲体制をとることになりました。
天正6年(1578年)も8月に入り、現代の暦では9月の半ばごろ。
とっくに盛夏の時期は過ぎたものの秋の涼風とはまだ無縁の日が続いていた。
現代に比べて気候が全体的に涼しいとは言え、いつの時代も夏とは暑いものだ。
太陽がじりじりと照りつけるなか、俺は土木工事の監督として忙しく立ち働いていた。
土木工事と言っても、安土城の普請場に戻ったのではない。
それどころか敵地の真っ只中、三木城周辺に30ヶ所以上の付城や総延長が2里(約8km)を超える土塁を築く緊張感漂う現場に放り込まれたのだ。
三木城は美嚢川南岸の小高い丘の上に築かれ、数度の拡張を経て巨大な城となっていた。
美嚢川沿いに北の吉川・東条方面から南の明石・姫路方面へ抜ける東条街道と志染川沿いに東の有馬から西の加東郡方面へ抜ける有馬街道の結節点に当たる交通の要衝でもあった。
本丸は城の最西部に位置し、まるで美嚢川に突き出すように張り出した台地上につくられていた。
その南にはほぼ同程度の広さを持つ二の丸があり、元々はこれらの部分だけが城域だったのかもしれない。
本丸や二の丸の東側には複数の曲輪がジグザグに組み合わせたように連なり、そちらから寄せてくる敵の進撃を阻むように設計されていた。
その外側を沿うように元から存在していた小川を水堀として活用し、攻撃をかけるには難儀な地勢となっていた。
さらにその北側には志染川が流れ、まるで天然の堀が二重にしつらえられているかのようだ。
2つの「堀」の間には平地が広がっているが、攻撃軍が北や東から城に取りつこうと思えば湿地がちで狭隘なその地に陣を布かざるを得ない。
川を背負うようにして陣を取ればいざというときに行動の自由を失ってしまうから、こちらの方面から力押しに攻めれば大損害をこうむることは確実だった。
城の南側は急激に高くなり、それはそのまま南側の山地へと続いていた。
さすがに山全体を要塞化することまではかなわないものの、北端の一部を城内に取り込んで鷹ノ尾砦と化し、さらにその南側の宮ノ上を要塞化して山伝いに攻めてくる敵に備えていた。
二の丸の南側、鷹ノ尾砦の西側には美嚢川との間に狭いながらもあいた空間があったが、こちらにも複数の曲輪を配し、川伝いに西から攻めてくる敵から城を守っていた。
北と東の二方向を川、南を山に囲まれ、唯一平地が存在する南西部も美嚢川との間の狭い回廊状の土地しかないという恵まれた立地条件を備え、営々と築き上げた堅牢な防衛施設によって強化された城。
それが別所家の本拠・三木城だった。
この城を見た瞬間、多くの者が攻城戦の困難さを思ったに違いない。
かく言う俺も、事前に堅城との話を聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると「難攻不落」という言葉がすぐに出てくるほど強烈な印象を持った。
城内には少なくとも3,4千の兵がいるに違いなく、あるいは非常時であることを考えれば5千以上が立て籠もっていても不思議ではない。
いくら織田軍が数倍の兵力を擁しているといっても、無理攻めをするとおびただしい被害が出るのは避けられない。
敵は別所だけではないのだから、三木城だけで戦力を極端にすり減らすわけにはいかないのだ。
となれば、付城を築いて包囲するのが良い。
俺たち織田軍が最初に付城を築き始めたのは、城の北から東にかけてだった。
まず工事が始まったのは、美嚢川の北側に広がる山手一帯だ。
ここは城からは川を挟んだ場所にあるために敵の攻撃を受けるリスクが低く、山の地形を利用した比較的簡単な工事が求められただけだった。
最小限の切岸の設置が工事の中心で、土塁や複雑な構造の虎口(城の入口)などの大掛かりな工事が要求されなかったこともあり、工事は順調に進んでいた。
8月に入ると但馬方面から羽柴秀吉が合流し、城の北東約1里(約4km)にある平井山や志染川南岸にあって城とは地続きながら1里ほど離れた丘陵上に付城を築く工事が始まった。
この2つの攻撃拠点が完成すれば、有馬街道は完全に織田軍の手に落ち、包囲陣の補給が容易になるはずだった。
そして、俺が現在参加している現場こそ、秀吉が本陣を置く予定の平井山の付城だ。
「早く柵を結べ!ぐずぐずしていては、いつ敵が寄せてくるかわからんぞ。暑いが、頑張るのだ!!」
平井山は三木城から離れ、川も隔てているとは言っても、いつ敵の妨害があるかわからない。
少なくとも切れ目のないようにきちんと柵をつくる作業だけでも一刻も早く終わらせておきたかった。
俺が声を張り上げて周囲を鼓舞していると、後ろから聞きなれた声がした。
「おうおう、精が出るな。」
わざわざ振り返って確かめるまでもなく、俺は膝をついて頭を垂れた。
さすがに衆人環視の中では、織田軍の大将格である羽柴秀吉に対して礼を尽くさねばならない。
「まあ、そんな固くならんでええ。和泉守殿、頭を上げてくれ。」
言われて俺が顔を上げると、目の前にはいたずらっぽい笑顔を浮かべた秀吉が立っていた。
いつもと違う俺の他人行儀な感じがおかしくて仕方がないらしい。
目が合うと、右目をつむってみせた。
(バカっ!何やってんねん!?)
まったく、お茶目にもほどがある。
この時代にウインクする者などいるはずもなく、誰もが奇異に思うだろう。
慌てて周囲を見渡すが、さいわい他の者たちは頭を下げていてその瞬間を目撃してなかったようだ。
ほっと胸を撫で下ろす俺の耳元に、かすかにささやき声が聞こえる。
「今夜、俺の陣に来てくれ。」
何気ない風にそれだけ言うと、秀吉はもう歩み去っていく。
その後ろ姿を眺めながら、俺はいつの間にか友の小さな背に風格のようなものを感じていた。
夜、俺が秀吉の陣所を訪ねると、一室に通された。
秀吉は平井山近くの寺を接収し、本陣としていた。
軍議か何かの最中だったらしく、しばらく待たされることになった。
「おー、悪いな。待たせてスマン!」
入ってきた秀吉はいつものとおり1人きりだ。
疲れた様子もなく、笑顔を向けてきた。
「いや、ええよ。そっちの方が忙しい身やしな。で、何の用なん?」
「うん。三木城攻めなんやけど、意見を聞きたいって思ってな。」
「ヨシローはどうするべきやと思うん?」
「俺は・・・このまま付城をどんどんつくっていって、ぐるっと取り囲んでじっくりいくのがええと思うな。あの城はちょっと簡単には奪れそうにないし。けど、大砲使えたらどうかなって。」
「神吉城攻めで使ったあれか!?」
「そう、あの大砲よ。あれなら遠くから城を攻撃できるし、うまくいけばそんなに時間かけずに攻め落とせるかなって考えてな。ただ、俺は神吉城攻めに参加してなかったから、実際の威力がどんなもんかわからん。マタスケは近くで見てたって聞いたし、考えを聞きたい。」
「・・・無理やな。」
「理由は?」
「まず、数が足りん。いまこの戦場にある大砲の数は数門しかない。それに大砲と言うより「大鉄砲」って言った方がいいくらいの威力しかないし、たいした働きができるとは思えんな。」
「敵からしたら見たことない武器やし、ぶっ放したらビビるやろ。そこに突っ込んだら・・・」
「撃てればの話や。もうひとつの問題は射程やな。神吉城の感じやったら、射程距離は10町(約1.1km)くらいに見えた。そこまで近づいて撃てるところとなると、城の南からしかない。けど、手ごろな場所には敵の宮ノ上砦があるから、これを奪らんとどうにもならん。」
「そんなに飛ばへんのか。宮ノ上の周りは山ばっかやし、ゴリ押しはしたくないな。やっぱ長期戦しかないか・・・。」
「元々その気やったんやろ?今の工事が終わったら、次は城の南側の山に付城をつくるって聞いた。今の様子やったら、来月か遅くても再来月くらいにはそっちの方にもとりかかれると思う。」
「そうやな。中将様(織田信忠のこと)らの軍勢はもうすぐ帰還されるらしいし、じっくり行くか。」
しかし、包囲陣の構築が順調に行っていると思われた矢先、すぐ東で起こったとんでもない事態によって三木城どころの騒ぎではなくなってしまった。




