第10話 ある男の分析
清洲を通る婚礼行列を見た又介は、とある人物への興味を爆発させます。
情報を秘かに集め、まだ見ぬその人物の人物像を分析しようとしていました。
信秀の織田弾正忠家と利政の斎藤家が縁組し、織田大和守家もおとなしくなった。
尾張国に久しぶりの平穏な毎日が戻ってきていた。
そんななか、俺は自分自身で噂を集めたり、腹心の安食右近を使ったりして、ある男の近況を調べあげた。
それの一区切りがついたある日、俺は「分析」をはじめていた。
まず、俺自身が清洲で集めた噂や右近に那古野の町中で集めさせた情報を書いたメモを見てみる。
●出歩く時、袖無しの浴衣、すねをむき出しにした袴を身につけている。
●腰回りには火打ち石を入れた袋などをいくつも下げ、真っ赤な鞘の太刀をぶっ刺している。
●髪をキレイに整えることはせず、鮮やかな赤や緑の糸で無造作に茶筅髷という髪型で結んでいる。
●町中で立ったまま、時には歩きながら、栗・柿・瓜・餅など何でも食う。
●歩くときもまっすぐに歩かず、人にもたれかかり、いつも他人の肩にぶら下がって歩く。
● 自分だけでなく、お付きの者にも真っ赤な武具をつけさせ、めちゃくちゃ目立つ。
集まった目撃情報では、だらしなく、ろくでもない若者の姿しか見えてこない。
実際、町の人たちは「大うつけ(非常識な大馬鹿者のこと)」と呼んでいるらしい。
(う〜ん・・・ヤンキーやな。一言で言うと。)
試しに現代風に置き換えてみる。
みんな真っ赤なアクセサリーを身に着けた、10代のいかつい集団。
そのボスは寝巻きがわりのTシャツと短パン姿のままで、髪は清潔感のない長髪、腰にゴテゴテと色んなものをつけている。
そして、いつも誰かの肩につかまって歩き、歩きながらだらしなく何かを食う。
(俺がそんなやつらに街で出会ったら、自然に横によけるね。間違っても、ボスとは絶対に目を合わせんようにするし。)
そうやって絡まれないようにやり過ごし、その後の自分の人生に影響が出ないよう、全力で避けるだろう。
だが・・・。
悲しいことに、この世界での俺の人生はこのだらしないボス、織田信長という男の手下になることで開けていくのだ。
避けるという選択肢はないのだった。
俺は、別のメモに手を伸ばした。
●市川大介に弓、橋本一巴に鉄砲、平田三位に剣術を習い、稽古を怠らない。
●他にも朝夕欠かさず馬術の稽古をし、よく鷹狩りを行う。
●3月から9月の暖かい季節は川で水泳の練習をし、達者に泳ぐ。
●竹槍で模擬戦をさせ、「槍は短いと具合が悪いようだから」と言って部下の槍の柄を3間(約5.5m)から3間半(6.4m)の長さに統一させた。
こちらの情報は、右近に信長の家臣と接触させてつかんだものだ。
右近は俺と同じく寺暮らしが長かったおかげで、僧侶の経験があるし、寺男や出入りの行商人との関わりのおかげで、町人になりきることもできる。
こういう潜入調査にはうってつけだった。
本人は最初嫌がったが、主人の命令には逆らえない。
だが、持って帰った情報を俺がいつも熱心に聞くので、今では右近もこの仕事にやりがいを感じているようだ。
それはともかく、右近が伝えた人物像はさっきのメモと同じ人物の姿とは思えない。まるで別人だ。
先入観をなるべく入れずに読むと、浮かび上がってくるのは自分の肉体鍛錬に熱心な、ひたむきな青年の姿だった。
学問への熱意はあまり感じられないが、自分や自分が率いる集団の強化のためには、熱い情熱を見せている。
どう見ても、だらしなさは感じられない。
俺が特に注目したのは、信長が明らかに自分が思い描く軍団を作り上げようと考えている点だった。
自分を含めた集団全員の武具を朱色で統一し、槍の長さまで統一しようとしている。
鷹狩りでは獲物の探索や追い込みなど、集団の連携が欠かせない。
少なくともヤンキーがなんとなく群れている感じではない。
模擬戦をして槍の長さを変えたところなどは、実際の戦闘のことを考えてのこと。
間違いなく、信長は自分の思い通りに動かせる「親衛隊」を作ろうとしているのだ。
真逆の内容のメモを見つめながら、俺は悩む。
どれが本当の信長か。
考えられる説は次の3つ。
①どちらの信長像も素の信長
②町中で目撃された信長像が素の信長
③家臣が語った信長像が素の信長
②はまず違うだろう。
これだと、信長という男は、とにかくだらしないだけの男になってしまう。
後の活躍を知る俺からすれば、「そんなわけはない!」と断言できる。
①はありうる。
身の回りのことに無頓着な人間はけっこういるし、信長も基本は真面目だけれど、自分の見た目を気にしないタイプかもしれない。
だが、俺が最も近いと思ったのは③だった。
信長はわざと人前でだらしなく振る舞っていると考えたのだ。
では、何のために?
俺は、信長がわざとだらしない格好をすることで、将来誰が自分の敵に回る可能性があるか見極めるつもりではないかと考えた。
実際、非常識な信長を廃嫡(後継ぎから外すこと)すべきだという声が多くの家臣から上がっているという。
また、織田大和守家など信長の父・信秀と仲の悪い勢力も、露骨に信長を馬鹿にしている様子だった。
おそらく、信長は全て織り込み済みで「演技」をし、信頼できる人間とそうではない人間を自分の頭の中で分けて整理しているのだろう。
ただ、父の織田信秀が全然信長への評価を変えないのはなぜだろうか。
ひょっとしたら、信長は父が自分のことを高く評価していることを知っていて、多少のことならば廃嫡の心配などないと読み切っているのかもしれない。
思えば、信長の行為に他人に迷惑をかけるようなものはない。
さすがに人を斬ったり、建物を焼くなどの犯罪を繰り返せば信秀も考えるだろうが、今くらいの「ヤンチャ」ぶりなら、若気の至りですむレベルだ。
(案外、信秀も昔はヤンチャな子供だったのかもしれんな。)
俺はそんなことまで考え、まだ見ぬこの2人が実に愉快な親子に思えてきた。
わざと非常識に振る舞い、世間や父を試し続ける息子。
息子の「遊び」を許し、それどころか一緒に面白がっている父。
もしこの推理通りならば、実に人を食ったやつらだ。
常人では考えられない発想を持っていると言っていい。
(たぶん、今の信長の一番の理解者は父親の信秀なんだろうな。)
なんとなくそう思った。
でも、いずれは俺も信長の一、ニを争うくらいの理解者になってやる!
数年以内に必ず起こる信長との出会いを前に、俺はこれからも信長の情報を集め、もっと「分析」を進めていくことを心に決めた。
『信長公記』に16〜18歳の頃の信長の日常が描かれていますが、今回はそれを又介による分析風にアレンジしてみました。
お読みいただいている皆様も、自分なりの推理をされてはどうでしょうか。




