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第148話 謀略

明けましておめでとうございます。


本年もよろしくお願いします。


年始のお忙しい中ではありますが、本作をご覧いただければ幸いです。


……………………………………………………………


毛利軍の侵攻を受け、織田の援軍が続々と播磨入りしました。


しかし、上月城攻めにおいて有利な地勢を占めた毛利軍に対し、織田軍はこれに対して有効な手を打つことができず、戦局は1ヶ月近く膠着したままでした。


焦りを覚えた羽柴秀吉は、主君・信長の出馬を願い、動き出していました。

「くそっ、どうしたらいいんや・・・。」


 このところ、羽柴秀吉は何度このような独り言をつぶやいたか知れない。

 大勢の家臣や織田の重臣たち、織田に味方する播磨の国衆たちの前では余裕のある態度を見せていたが、秀吉の心中は焦りに焦っていた。


 毛利軍が本格的に上月城を包囲し始めてから1ヶ月あまり。

 秀吉の要請に応じて織田信忠、北畠信意、神戸信孝、織田信包ら親族衆と滝川一益、惟任光秀、丹羽長秀、佐久間信盛ら重臣の軍勢が来援し、当初から展開していた羽柴・荒木両勢約1万と合わせると毛利軍3万を上回る戦力となった。


 しかし、戦況は一向に好転する気配がなかった。

 毛利軍はいち早く上月城の西方の大亀山を中心に包囲陣を展開させ、上月城のすぐ東を流れる熊見川(佐用川)をうまく防衛線として織田軍の攻撃にも備えた堅陣を作り上げていた。

 上月城周辺の熊見川は幅狭く、流れ早く、両岸は急峻な地形となっており、毛利軍を眼前にして渡河することはできなかったのだ。

 また、離反した別所家や他の播磨国衆への備えとしてまとまった兵力を東播磨にも残さねばならず、織田軍の方が総兵力は多いと言っても決定的な優勢を築くことはできなかった。


 結果、両軍が睨み合いを続ける膠着状態が続き、表面上は大した変化がないまま1ヶ月が経過した。

 その間に秀吉の焦燥は日に日に強まっていった。

 戦況は特に悪化していないように見えるが、包囲されている上月城が徐々に消耗している現実を忘れてはいけない。


 上月城には家を再興しようと織田家を頼って来た尼子勝久、山中鹿介ら尼子家の面々が立て籠っている。

 わずか数百の兵力しか持たないとは言え、そのいきさつからまず毛利に降る恐れのない頼れる味方だ。

 逆に言えば、彼らを見捨てれば織田は頼りにならないと播磨だけでなく近隣の諸勢力からそっぽを向かれてしまう。

 今後の戦略を円滑に進めるためにも、何としても上月城救援を成し遂げねばならないのだ。


 ただ、頭の痛いことに、秀吉は離反した別所家への対処も考えねばならない。


 今のところ別所軍は本拠の三木城や周辺の城砦の防備を固めることに力を注いでおり、目立った軍事行動と言えば織田についた下冷泉家の冷泉為純・為勝父子を攻め、居城の嬉野城に攻め殺したくらいのものだった。

 三木城周辺の敵性勢力を倒して本拠地の安全確保を行ったに過ぎず、織田軍の補給線が脅かされるような事態には至っていない。

 だが、西播磨での膠着状態が長く続けば、別所軍が攻勢に出てくる可能性は大いに考えられた。


 秀吉がとりうる作戦は大きく分けて次の3つだ。


 ①さらに援軍を呼び、上月城の救援と別所攻めを同時に行う。

 ②上月城の救援を優先する。

 ③上月城を捨て、別所攻めを優先する。


 秀吉としては①を行いたいのがやまやまだが、当初播磨出陣に前向きだった信長は運悪く京周辺で起こった洪水の対策に追われ、天正6年(1578年)5月1日に予定されていた出陣は延び延びになってしまっていた。

 その間に播磨の戦況が良くも悪くも「安定」してしまったことで、どうやら信長の出撃意欲は相当削がれてしまったようだ。

 信長が出馬しようと思えるだけの何か有利な材料がない限り、新たな援軍は望めないだろう。

 秀吉の苦悩は、戦局を目に見えて左右する決め手がなかなか見つからないことに起因していた。


「殿。竹中様が御目通り願いたいと申されておりまするが・・・。」


「おう、半兵衛が?すぐここへ通してくれ。」


 竹中半兵衛には備前や美作より西の情報収集や調略などを一任していた。

 その半兵衛が面会を求めてきたと言うことは、半兵衛自身が報告するべきと判断するような何かがあったのだろう。

 やがてやって来た半兵衛は、ひとりの見知らぬ若い男を連れていた。

 目立たぬよう粗末ななりをしているが、その立ち居振る舞いから判断するに、ある程度身分の高い武士だろうとは見当がついた。


「ご苦労。そちらの方はどちら様や?」


「こちらは明石飛騨守殿のご舎弟、右近殿。明石殿は当家に誼を通じたいと願われておるよしにございまする。」


「明石飛騨殿と言えば、浦上家の・・・」


「さようにございまする。我が兄・飛騨守は心ならずも主を見限り、宇喜多に降ったものの、決して心服はしておりませなんだ。右府様(右大臣である織田信長のこと)の武威を慕い、お仕えしたいと申しておりまする。」


 明石右近の話によると、宇喜多家の家臣で備前国八幡山城主である明石飛騨守行雄は、宇喜多家を離れて織田家に属したいとのことだった。

 もともと明石家は備前一国を実効支配していた浦上宗景の重臣であったが、浦上家は毛利家を味方につけて下剋上を図った宇喜多直家によって没落し、以後仕方なく宇喜多家に従っていた。

 明石家の領地は安堵(保証)されたものの、重臣としての扱いまでは受けず、不満が溜まっていたらしい。


「それはありがたい!備前でも名の聞こえた明石家が味方になってくれるとは!!飛騨殿には、秀吉が喜んでおったとお伝え願いたい。」


「誓って・・・!」


 秀吉は早速贈り物として太刀を用意させ、くれぐれも明石殿によろしくと丁重に接しつつ明石右近との面談を終えた。


「半兵衛。今の話、どう思う?何だか胡散臭い感じがしたけど!?」


「さよう、真偽のほどは定かではありませぬ。ですが、もし明石が御味方に参じれば、播磨のみならず備前・美作も当家になびく者が出て参りましょう。明石が動くまで、つなぎはつけつつ静観すべきかと。」


 明石右近が退出した後、その場に残った竹中半兵衛に対し、秀吉はやや声を潜めて話しかけた。

 秀吉や織田家にとって願ってもない話だが、どうにも話がうますぎる。


 明石行雄が在城する八幡山城は、上月城の西約10里(約40km)、備前国の北部に位置し、美作国との国境に築かれた城だ。

 備前・美作を領する宇喜多家にとっては本拠地の石山(岡山)城と美作国との間に位置するだけでなく、現在進められている上月城包囲陣の後方補給拠点としても重要な城であった。

 もし、それが織田方となれば、宇喜多家の勢力を削るだけでなく、毛利軍を撤退させる決定打になるかもしれない。

 それだけに、戦局が膠着状態にある現在、こんなおいしい話が舞い込んで来るものだろうかと思ってしまう。


 疑わしい、と思えば気になる点はある。


 明石家の旧主である浦上宗景は備前を追われた後に播磨へ逃れ、一時は小寺家へ身を寄せていた。

 その後荒木村重を取次(窓口)として織田信長へ何度も拝謁し、備前復帰に向けて援助を乞うていると聞く。

 現状では織田軍の直接的な支援を受けられていないが、浦上宗景は独自に備前の旧臣たちに働きかけ、反攻を企てているらしい。


 にも関わらず、浦上家の再興については何も触れず、ただ織田に味方したいと言って来る明石家の動きはやや不自然だ。

 何か別の思惑があるのではないか。


「あるいは・・・宇喜多の謀略やもしれませぬな。」


「明石をエサにして俺らを誘い出して、痛い目に遭わせたろうってか?」


「かもしれませぬ。もしくは、宇喜多殿自身が当家へ誼を通じたいと願い、瀬踏みをしておるのやもしれませぬな。」


「・・・ありそうな話やな。」


 宇喜多直家は没落していた宇喜多家を再興し、それどころか備前・美作を領する存在にまでのし上がった男だ。

 随分と悪名高く、邪魔な人物を次々と謀略によって葬り去り、ろくに戦もせずに現在の領国をかすめ取ったと言う。

 その直家であれば、明石家の寝返りをダシにして織田軍の誘い出しを図ったり、織田への乗りかえが可能か試したり、あるいはそのすべての可能性を考えて手を打ってくる可能性はありうる。


「まあ、ええわ。こっちはこっちで明石を利用したらええ。半兵衛、ご苦労やが上洛して上様に会うてくれ。明石飛騨、御味方に馳せ参ず。ついては、上様の出馬を乞うってな。」


「かしこまりました。」


(毛利軍の後ろで裏切るやつが出ると知ったら、上様もチャンスと見て出陣してくるはず。そうなったら、毛利にも勝てる!この際、明石がホンマに味方になるかどうかなんて、どっちでもええ話や。)


 秀吉の命を受けて竹中半兵衛は上洛し、5月24日に信長に拝謁した。

 播磨の戦況を報告するとともに、明石飛騨守が味方につくと申し出ており、毛利軍を破る好機であるので信長自身の出陣をお願いしたいとの秀吉の希望を伝えた。


 これに対して信長は満足を示し、秀吉へ黄金百枚・竹中半兵衛へ銀子百両を与えた。

 そして、いずれ播磨へ出陣するであろうと答えたが、その時期については明言を避けた。

 すでに領国内の軍勢の多くを播磨へ投入してしまっており、石山本願寺や雑賀衆、越後の上杉家、甲斐の武田家などの敵への備えを考えれば、さらなる大軍を播磨へ送り込むことはなかなか難しい決断だったのだ。


 秀吉の思惑は外れ、いつ来るかもわからぬ援軍を待ち続けながら、動かぬ戦局に歯噛みする日々をなお送るハメになったのだった。

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