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第141話 謹慎

勝手に北陸戦線から離脱し、帰国の途についた羽柴秀吉。


明らかな軍規違反であるその行動は、問答無用で処刑されてもおかしくない暴挙でした。

 加賀国に展開した織田軍が手取川を越えてさらに北上を開始したころ、逆に加賀国内を南下する軍勢があった。

 柴田勝家と対立し、「売り言葉に買い言葉」で帰還を宣言し、実際に撤退を開始した羽柴秀吉とその麾下の軍勢だった。


「いやあ、さっぱりしたわ。空気も美味しく感じるな!」


 いつもどおり陽気な大声を放ち、さも秋の紅葉に見入り、まるで行楽気分を味わっているかのように振る舞っているのは主将の秀吉だ。

 その表情は晴れやかであり、ここ数日の鬱憤をすべて晴らしたかのような機嫌の良さだった。


「しかし、兄上。勝手に陣を払うて良いのか?上様の覚えは、悪かろうぞ!?のう、半兵衛殿。」


「さよう。あるいはそのまま打首となることもありえましょうな。早速上様へ使いをやって申し開きをし、長浜にて謹慎なされてはいかがか。」


 むしろ周囲の人間の方がはらはらしている観がある。

 こらえきれず、弟の羽柴秀長や寄騎の竹中半兵衛重治が声をかけてきた。

 彼らは主君である秀吉の命令に逆らうつもりはさらさらないが、その主君が危険な行動に出たことを危ぶみ、何かしらの善後策を出そうとしてくれているのだった。


「使者はもう出しておる。やつらの進撃がどんだけ無謀なのか、しっかり上様にわかってもらわなアカンしな。けど・・・謹慎か。やっぱりせなアカンのやろな・・・。」


「打首」や「謹慎」という物騒な言葉を半兵衛から聞かされ、若干秀吉の顔が曇った。


(柴田があんまりアホなことばっか言ってたから突っ走ってしもたけど、確かに上様からどんな罰受けるかわからんもんな・・・。俺はいずれ天下をとる人間なんやから、大丈夫やとは思うけど・・・ホンマどんな風になるんやろ!?)


 表面上明るく振る舞ってはいるが、実のところ秀吉も心中不安を感じてはいた。

 まさか命を取られることはないとは思うが、せっかく得た地位や領地を取り上げられる恐れはあった。


(けど、あのままやったら、いつ播磨へ行けるかわからん。他所の手伝いに駆り出されてるうちに自分の持ち場が無茶苦茶になったら、出世の目もなくなるしな。)


 今回の秀吉の振る舞いに焦りがなかったと言えば嘘になる。

 播磨国の取次に任じられ、同国の有力国衆・小寺家の重臣である黒田官兵衛と連絡をとり、もうすぐ播磨へ出兵しようと準備を進めていた矢先に今回の援軍に駆り出されたのだ。

 秀吉は後ろ髪を引かれる思いで進軍を続けており、そのなかで無謀な進撃を強要されたことで強い憤りを覚え、信長への反逆行為とも取られかねない行動に出てしまったのだった。


 秀吉の心のなかには勝家の鼻をあかしてやったと得意がる気持ち、信長からどんな処罰を受けるかと恐れる気持ち、早く播磨出兵を実現したいと焦る気持ちが複雑に入り乱れていた。


「謹慎いたさねば、どのような猜疑を受けるやもしれません。自ら門を閉ざし、ひたすらに恭順の意を示すべきでございましょう。」


「・・・そうか。ま、すべては長浜に帰ってからじゃ。今はせっかくの秋の風情ってやつを楽しもうやないか。このところ、戦続きで花見もろくにしとらん。」


 元来が楽観的な男なのである。

 憂いの色を見せたのもつかの間、秀吉はさっさと明るいいつもの表情を取り戻していた。

 大将の雰囲気というものは、一般の兵にも伝染するものだ。

 加賀、越前と南下していくこの軍勢は、勝手に戦場を離脱してきた後ろめたさを感じさせぬ陽気さを撒き散らしながら近江へと近づいていった。


「申し上げます!太田和泉守様、殿へのお目通りを願っておりまする。火急の用とのことにございまする。」


「なに、マタスケ・・・いや、太田殿が!?すぐお通しせよ!おおそうじゃ、おぬしらは遠慮せい。」


 自分の進退にとって微妙なこの時期に、取るものとりあえず駆けつけてくれた友ほど有難いものはない。

 秀吉は人払いをすると、いそいそと出迎えの支度をした。


 ……………………………………………………………


 俺が秀吉の「敵前逃亡」を知ったのは、事件後4日目のことだった。

 たまたま安土の普請場から佐和山城に戻っていたことも幸いし、側近の安食右近がつかんだ情報はいち早く俺のもとへ届けられた。


 聞くやいなや、俺は馬や旅装束などの用意をさせ、そのまま北へ向かって駆け出した。

 右近ら数人の供を連れただけの旅立ちだった。


(いつの間にか、信長のクセが移ったかな。)


 道中、先を急ぎながらも、最低限の準備だけで出発した自分の滑稽さがおかしかった。

 信長がしばしばやっている単騎駆けと同じことをしているのだ。

 秀吉に会わねばという思いだけが先行し、何を語るかも決まってないのに、気がつけば駆け出している。

 それだけ友にとって大事な局面なのだと言い聞かせながら、俺はただひたすら北上した。


 急な出立だったが、大した不自由を感じなかったのは右近のおかげだった。

 道の選定から宿の手配まで、細々とよく気がつく。

 それだけでなく、行く先々で聞きこみを行い、秀吉の軍勢の進路を探ってくれていた。

 おかげで2日目には秀吉軍の動向がつかめ、その日の夕方には合流を果たせたのだった。


 すぐに面会がかない、いつものように2人だけの会談が実現した。


「思ったより元気そうやな。もっとしょげてると思ってたけど。」


「まあな。終わったことをくどくど言ってもしゃーないし、あとはなるようになるやろ。」


 あんな大それたことをしたにも関わらず、秀吉の顔はいつもと変わりないように見えた。

 笑みを絶やさず、サバサバした感じで話している。

 ・・・あくまで表向きは。


「なあ、俺には隠し事はやめてくれや。ホンマにそう思ってるんやったら、到着したばっかの俺といきなり会ったりせんやろし。何か悩みがあるんやろ?」


「・・・マタスケにはかなわんな。せや、上様からどんな処分されるか、さすがに気になってな。」


「そりゃそうやろ。あんなことしたんやから、普通に考えて無事にはすまん。けど、何か手は打ってあるんやろ?弁明はした?」


「申し開きやったら、すぐ右筆(秘書)に書き取りさせて、上様へ送ったよ。どこまで伝わるかはわからんけど。それと、長浜に戻ったら謹慎するつもりや。おおかた竹中半兵衛のアドバイスやけど・・・どう思う?」


「ハッキリ言って・・・その謹慎は悪手やな。」


「えっ、何で?」


「ヨシローの性格考えると、急に引きこもられたら周りは不気味にしか感じんと思うで?いつもが底抜けに明るいんやから、何か良からぬこと企んでるんちゃうかって。」


「良からぬことって?」


「謀叛(反乱)やな。」


「そんなアホな!!じゃあ、マタスケはどうしたらいいと思うん?」


「逆に引きこもりなんかせんと、どんちゃん騒ぎしたらええ。もちろん、兵は解散しとくべきやな。戦の準備もせんと毎日パーティー三昧しとったら、誰もがヨシローのことを不謹慎とは言うやろうけど、謀叛を企んでるとは思わんやろ。」


「なるほどな。けど、上様もそう思ってくれるかな・・・?」


「あの人は勘がいいから、ヨシローが謀叛の意志がないことをアピールしてるって気づくやろ。となったら、あとはヨシローがこれからも役立つかどうかや。そこは自信あるやろ?」


「おう、それはもちろん!!俺ほど役立つ人間は、織田家の中でも数えるほどもおらんやろ。」


「そんだけ自信満々やったら大丈夫やな。一生懸命不謹慎に励んでくれ!その間、俺も上様に掛け合って、何とか取りなしてみるから。」


「わかった。恩に着るわ。」


 こうして、俺たちの「打ち合わせ」は終わった。

 俺はすぐさま来た道を引き返し、安土の信長のもとへと向かった。

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