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第132話 石礎

天王寺砦の救援に成功し、逆に石山本願寺の包囲を成功させた織田信長。


戦はいったん終結したものとして京へ帰還した信長は、そのまま安土の普請場へと直行します。


戦の影響で一時停滞していた普請場は、主君の「陣頭指揮」によって再び活況を取り戻しはじめます。


その普請場の片隅で、マタスケは慣れない作業に追われていました。

 自らも手傷を負いながら、織田信長は天王寺砦に攻め寄せた一向一揆勢を打ち破り、逆に10の付城を築いて石山本願寺の包囲態勢を確立した。

 信長の陣触れを受けて各地から軍勢が集まり、織田軍の軍容が日に日に太っていくのに対し、敵の一向宗側はその戦意はしぼみにしぼみ、木津川河口の大小数多の川がおりなす複雑な地形によって守られた石山本願寺への籠城を決め込んでいた。

 もはや大規模な交戦は起きる事がなく、せいぜい小競り合いが時々発生するくらいだった。

 重臣・佐久間信盛を包囲軍の総責任者に任命し、海岸付近にも新城を築いて河川と海上の交通路をも遮断することに成功した信長は、この方面で当分できることはすべてやったとの認識に傾きはじめていた。


 天王寺砦での勝利から約1ヶ月後の天正4年(1576年)6月5日、信長は京へ戻ることに決め、翌日には入京した。

 大坂問題に一区切りがついたと考える信長にとって、関心の対象は安土城の築城と京の二条邸後に営みはじめた京屋敷の造営に移っていた。

 大坂への出兵のためにこれらの普請場からも人を引き抜き、工事が一部ストップしていたからだ。


 信長は自身の京への移動と同時にかき集めた軍勢をいったん解散した。

 京にはわずか1日しか滞在せず、翌日にはもう安土へと向かっていた。

 安土城以外、今は眼中にないかのようだった。


 その安土において、俺は相変わらず丹羽家の一員として工事に携わる毎日だった。

 丹羽長秀も大坂方面への出兵に参加していたが、年を取って最近は内政の仕事の比重が大きくなってきた俺は安土の普請場で「留守番」を命じられていたのだ。

 俺が受け持つ石垣づくりについては、必要な石材の搬入はすでにほぼ終了し、積み上げが本格的に始まっていた。


 これがまた途方もない作業だ。


 集められた石は、まずその大きさによって分けられる。

 見栄えがよく、大きな石は大手道などの主要通路や本丸向けとされ、そちらへ優先的に配分された。

 俺が担当した二の丸や三の丸などの人目に触れにくい箇所には、「二線級」の石が使用されることになった。


 使われる石が分けられているといっても、一部を除いて石垣の積み方じたいはほとんど一緒といっていい。


 特に加工をするわけでもなく、近隣の山々などから集められた自然の石をそのまま積んでいく。

 上部の重量を支えるためにより下部の石は大きいものを選び、上にいくにしたがって段々と小さな石を積むようにする。

 そのままだとグラついて崩れやすいため、隙間には「間詰(まづめ)」と呼ばれる小さな石をかませ、固定する。

 それでも小さく無数の隙間が石と石の間にできるが、それらはそのままにされた。

 これにはちゃんとした意味があって、これらの隙間から石垣に降り注いだ雨水が排出され、石垣の裏にたまって崩壊の原因にならないようになっているのだ。


 石工たちに積み方について一通りのレクチャーを受ければ、俺たちのような素人集団でも十分につくることができる石垣だった。

 これだけでもかなり堅牢な石垣となり、要する費用や時間も短くて済むことから、全体の9割以上はこの「野面積(のづらづ)み」によって石垣が積まれていた。


 ただ、デメリットはあった。


 まず、見た目があまり美しくない。

 自然の石がむき出しになって積まれているので、ゴツゴツとした印象を与え、ともすれば雑な仕事にしか見えないのだ。

 石垣の角の部分など多少の加工をして整えるのだが、どうしても雑然とした印象を強く受けてしまう。


 また、石垣じたいの高さも一定の制限を受ける。

 1(けん)(約1.8m)を超える高さに積むことはむずかしく、全体の7割近くはそれ以下の高さしかない。

 ただ石を積むだけの構造なので、余り高く積み上げてしまうと強度面に不安が生じてしまうためだ。

 それに、そもそも石を高く持ち上げることが物理的にむずかしいという理由もあった。


 ところが、信長は城の主要部分の「魅せる」場所については巨石を使ったり、高い石垣を積むことを求めていた。

 また、石垣の上に直接建物を建てることでより広く土地を活用したいとの意思も示されていて、より堅固な石垣づくりを行う必要があった。


 そういった石垣づくりとなると、穴太衆をはじめとする専門家集団の出番だった。

 彼らは長年の経験と緻密な計算を武器に、大きな石の並べ方に最適解を導き出し、見事に積んでいく。

 比叡山など古刹と言われる寺院の石垣積みを長らく請け負ってきた彼らにとって、この仕事は十分にこなせる範囲のもののようだった。


 俺たちと同じ積み方のはずなのに、さすがにプロの石工の仕事は違う。

 彼らが多数関わった箇所は優美な石垣に見えた。

 その秘訣を聞いても教えてくれなかったが、俺が見る限りでは大きな石を等間隔に配置し、その間にはより小さな石を横並びに見えるように配置することで、規則性を獲得しているようだった。

 わざわざ石を加工しなくても、並び方を工夫することで人の視覚効果を利用して美を創り出すことができる。

 プロの技に、俺は感心しきりだった。


 だが、彼らの技術をもってしても、信長が求める高い石垣は実現が困難だった。

 石垣の構造上の問題なのだから、これはどうしようもない。

 苦肉の策なのだろう、通常の高さの石垣を複数前後にずらして配置し、段々畑のような石垣をつくることでこの問題を解決していた。

 こうすれば、横から見れば段々畑の石垣バージョンでも、正面から見れば3間(約5.4m)を超えるような石垣に見えるのだった。


 それでも、これではプロのプライドは満たされなかったのだろう。

 いくつか野心的な高石垣は試されてはいた。

 それは従来の野面積みとはまったく違う方法で積まれるやり方で、石の加工などを伴うことから、相当に手間のかかるものだった。


 まず石垣を積む斜面にびっしりと「裏込石」と呼ばれる小さな石を積んでいく。

 これは石垣と斜面の間に水がたまり、斜面とともに石垣が崩れないように排水するためのものだ。

「裏込石」はその辺から拾ってきたような小石なので、できあがった「裏込石の石垣」には当たり前ながら無数の隙間がある。

 石垣やそれを支える斜面の周辺に降った雨はこの「裏込石」の層をつたって流れ落ち、排水されるのだ。


 そして、その「裏込石」の層に沿うようにして、石垣用の石材を積んでいく。

 このとき使う石は大きな石を割って加工したものを用い、なるべく隙間が生じないようにする。

 もちろん、どうしても隙間は生じるが、「間詰」を丁寧に入れることで、「野面積み」よりはるかに隙間のない石垣を実現していた。


 こうしてできあがった「打込接(うちこみはぎ)」の石垣は、石と石の接着がより緊密となり、より高い石垣づくりに耐えられる構造を備えていた。

 これならば段々畑の石垣をつくる必要もなく、すっきりと立ち上がったより急勾配の石垣を築くことが可能となる。


 石垣の美観もまた素晴らしいものだった。

 いかにも職人が丁寧に仕上げたと言わんばかりの滑らかな石壁が続き、人工的な美にあふれている。

 間詰の石の存在が雑然とした印象をわずかばかり残すのだが、現代に残る城の石垣を見慣れた俺にとっては、この新様式の方が名城の石垣の風情を持っているように思えた。

 本丸や天守台の敷地内の階段や踊り場には加工した板石を隙間なく敷き並べた箇所もあり、今後この技術を応用すればより一層美しい石垣ができることだろう。


 ただ、泣き所がないわけでもない。


 最も大変なのは従来より何倍も手間がかかることだった。

 石の加工と微調整にはプロの石工をもってしても莫大な時間がかかっているようだし、当然費用も馬鹿にならない。

 また、排水やより高い強度を考えつつ石を積む作業は、精密な計算に基づく設計が欠かせず、誰にでもできることではないのだ。


 6月の上旬以降、この石垣づくりが着々と進む現場には、連日のように信長が姿を見せるようになった。

 熱心に普請を見て回り、周囲に色々と質問などし、完成が待ちきれない様子だ。


 戦争や梅雨のために遅れがちになっている作業の進捗状況に不満があるようで、奉行たちは何度も檄を飛ばされたらしい。

 7月1日になると、ついには再び領国内に広く指令を出し、重ねて安土城の普請に尽力するよう命がくだったようだ。

 7月も半ばに入り、ほうぼうから新たな人夫が安土へ押し寄せ、一部で建設が始まっていた城内の建物の建設が急加速しはじめた。


 これにより信長の機嫌は治ったようだが、織田家を取り巻く情勢は信長が安土での工事のみにかかりきりになることを許してはくれなかった。

 7月15日、凶報が安土へともたらされた。

 発信源は、つい先月万全の処置を終えたはずの大坂だった。

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