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第128話 築城(前編)

嫡男・信忠に家督を譲り、近い将来に居城・岐阜城までも譲る意思を表明した織田信長。


新たな本拠地への移転に向け、急ピッチで準備を進めていました。

「そちに総奉行を申しつける。速やかに普請を始めよ。」


「承知いたしました。」


 正月の余韻がまだ残る天正4年(1576年)1月半ば、重臣・丹羽長秀を呼び出した織田信長は、彼を新たな一大プロジェクトの総責任者に任命した。


 嫡男・信忠に家督を譲り、近々岐阜城をも譲る意思を固めた信長の目は明確に西へと向けられていた。

 その頭の中には、今後のだいたいの戦略がすでに組み上がっていた。


 まずは畿内周辺の支配を盤石にする。

 いまだ屈服させるには至らない摂津国大坂の石山本願寺をはじめとして、丹波・紀伊・伊賀などの諸国の支配を進めていく。


 次いで、瀬戸内海を軸に山陽・山陰・四国を順次勢力下に収める。

 特に陸路でつながっていない四国に勢力を及ぼすためには、大坂の征服が必要不可欠となる。


 最終的には、九州を支配下に収め、大陸や南蛮ヨーロッパとの交易で潤う西国の富を独占する。

 その先、東シナ海を越えた向こうにある東アジアや東南アジアへの進出は、現在の織田家からすれば夢物語だ。

 ただ、これも九州を完全に手中にできれば、ぐっと実現可能性が高まってくるはずだ。


 これらの戦略を進めていくにあたり、信長が次に打つべき手と考えたのが西への本拠地移転だった。

 幕府と決別したいま、畿内の支配力を強めるためには朝廷の権威がどうしても必要だ。

 その朝廷との距離を詰めるためにも、物理的に岐阜より近い場所へ移ることが望ましかった。


 数年来、その想いをひそかに抱きつつ京への道中を往来していた信長は、ある場所に目をつけていた。

 その地の名は、近江国蒲生郡安土山と言った。


 ……………………………………………………………


 2月末、俺は安土の普請場にいた。

 寄親の丹羽長秀が信長の新たな居城、安土城築城の総奉行(総責任者)を拝命し、俺もいつものように現場監督の役目を与えられたからだった。

 作業が始まって1ヶ月ほどしか経っていないが、毎日が目の回るような忙しさだった。


 築城は、まず城全体の縄張り(設計)をするところから始まる。

 これがなかなか大変な作業だ。


 言うまでもなく、工事の根幹となる大事な下準備なのだが、何しろその範囲が広すぎるのだ。

 信長の意向では、安土山を丸ごと城塞化し、山頂には信長が居住できる本丸を置くことになっていた。

 口で言えば大した事が無い様に思えるが、実際にやってみると骨の折れる工程だった。


 安土山はかつて六角家の支城があったそうだが、本城があった観音寺山や重要な支城があった箕作山に比べて重要度は低く、簡易な構造物しかない未開拓に近い状態だった。

 元からある地形をどのように利用し、あるいはどのように手を加えるか、実際に歩き倒して地形を把握しなければならない。


 凍えるような寒さの中、連日藪を分け入っての調査はまるで城攻めでもしたかのような疲労をもたらした。

 場所によっては木々を伐採して視野を確保しなければならず、思ったより多くの時間がかかった。


 そうやって得た情報をもとに城の全体像を決め、実際に縄を張って現地に落とし込む。

 この調査・設計・区画整理までが縄張りという工程であり、地味ながら困難かつ重大な仕事だった。


 その縄張りの奉行(責任者)を務めるのは、羽柴秀吉だった。

 秀吉は築城中の長浜城が完成間近だが、すでにその出来栄えが素晴らしいとの評判が高く、信長はそのセンスを見込んで指名したようだ。

 坂本城を築いた惟任光秀も有力候補だったはずだが、こちらは丹波攻略に乗り出したばかりであり、これといって主戦場がないことも秀吉に白羽の矢が立った一因だろう。


 秀吉は毎日のように現場に出てくるので、久しぶりにたくさん会う機会に恵まれた。

 長浜築城以降、城づくりが大好きになったらしく、いつも目を輝かせ、ニコニコしながら歩き回っている。

 信長からは、やれすべての曲輪に石垣を積めだの、広い大手道をつくれだの思いつくたびに指令が送られてきたそうで、ずいぶんと無理な注文もあったらしいが、秀吉の熱意はそれをすべて克服してきた。


 従来の城はたいがい地産地消で建材を調達することを基本としていて、よっぽど石の多い山や氾濫しやすい川の側でない限り石垣を使うことはあまりない。

 これまでのやり方ならば安土山周辺の工事で出た土砂を使って設けた土塁が中心の「土の城」となるはずで、石垣を積みたいとなればどこかからわざわざ持って来なくてはならないのだ。


 幸い、近隣の観音寺山など複数の山から石材を調達することができたため、遠くから運ぶ事態は避けられたとのことだった。


 信長は工事の進展を待ち切れず、数日前の2月23日には安土郊外の寺に仮住まいをし、自ら現場へ足を運びはじめた。

 そのころには邪魔な木々の伐採や縄の張り渡しはおおむね完了し、城の全貌がようやく明らかになってきていた。


 信長は縄張りの様子に満足したらしい。

 馬廻に加えて奉行や俺たち組頭(現場監督)らを大勢引き連れて山頂の本丸予定地にもわざわざ登り、ひとしきり眺望を楽しんだ。

 ただ、現場を見てさらにインスピレーションを得たらしく、急に本丸に高層建築の住居をつくるようにと言い出し、早々と名前も天主(天守)と名づけてしまった。

 

 当然のことながら、信長が住むことを想定した本丸御殿のプランはすでに練り上げられており、簡単な絵図まで用意されていたのだが、信長はそれを清涼殿(天皇の住まい)を模したものとするよう指示し、自分の住居は別に用意するつもりらしい。

 御殿は将来天皇をお招きするためのものとするそうだ。


 慌てたのは、同行した奉行たちだ。

 総奉行の丹羽長秀、普請奉行の木村高重、縄張奉行の羽柴秀吉らは顔を見合わせ、目を白黒させていた。

 特に大変そうなのが大工棟梁の岡部又右衛門で、信長が喜々として語る「天主」像を聞き漏らすまいとしきりにメモを取っている。


 何しろ、本丸の高低差も利用して最下層を地下1階とし、地上5階以上の構造物をつくるという前代未聞の案なのだ。

 しかも、中央部分は吹き抜けとし、地下階に建てた仏塔が内部にそびえるという不思議な構造にしたいらしい。


 また、各階は階ごとに色を塗り分け、信長が住む最上階は金色で統一するド派手なデザインの内装案まで噴出し、いよいよ工事関係者の顔は青ざめていく。

 もちろん、壁や襖はすべて装飾や絵画によって彩られることになり、外の瓦も金箔をおした青瓦という贅沢なものを使用するという。

 完成図がまったく想像つかないが、途方もない豪華絢爛な城ができることは間違いない。


(安土城は現代には残らなかったから、どんな城が出来上がるのか興味はあるな。奉行たちは大変やろうけど、俺がこの仕事に加われるのは有り難いな。)


 上気した顔で次々と語る信長のプランをメモしながら、ついつい俺はそんなことを思ってしまう。

 現代ではすでに失われてしまった幻の城誕生の瞬間に立ち会える幸運など、「史官」としてはこの上ない貴重な体験なのだ。


 その夜、俺は秀吉とゆっくり話す機会を得た。


「ヨシローの新しい屋敷の場所、聞いたよ。まるで狛犬みたいやな。」


「おう、そうよ。俺は上様の忠犬やからな。」


 秀吉はニヤリとする。

 信長の指示で城の南側に広い大手道が作られることになったが、その脇に秀吉の屋敷が作られることになっていたのだ。

 俺の目にはまるで神社の参道のそばにたたずむ狛犬のように見え、それが何とも微笑ましかった。

 秀吉も似たような感想を持ったのか、俺のたとえにすぐ気づいて即座に切り返してきた。


 城内に屋敷地を与えられる予定の者は嫡男の信忠や村井貞勝のような最側近などごく限られた存在しかおらず、信長の側近である馬廻たちも山麓に屋敷地を与えられて普請(工事)を始めるように言われたばかりだった。

 その点を考えると、秀吉が城内に屋敷を構えられることになったのは、いかに信長から信頼されているかの証と言えた。


「しかし・・・何で安土山なんやろな。他にも候補地はいくらでもあったと思うんやけど。」


 俺は素朴な疑問を秀吉にぶつけてみた。

 安土山と観音寺山の間には元々街道が通っていて、交通の便が良いところではある。

 ただ、その程度の立地ならば近江国内で他にいくらでもあるように思える。

 六角時代には観音寺山と箕作山の間を通る新街道が整備され、観音寺城の城下町に楽市令(誰もが自由に店を出してよいとする法)が出されるなどして保護されたために、安土山の重要度はむしろ低下していたくらいだ。


「それは・・・魅せる城をつくりたいからちゃうか?」


「魅せる城!?」


 突拍子もない秀吉の答えに、俺の声は思わず裏返った。

 いたずらっぽく笑う秀吉は、何か俺が想像もできないことを考えついているようだった。

1話でまとめるつもりが、ずいぶんと長くなりそうなので、2話に分けることにしました。


「安土城=魅せる城」とはどういうことなのか。


次回をご期待ください。

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