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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
9/26

遭遇

 九月五日の午前中に行われた『秋季・星旺囲碁大会』の第一戦。

 侘助が所属するS中学校とT中学校の試合は、三勝二敗でS中学校が勝利した。

 勝ったのは、大将の片瀬マリナ、副将の佐々倉凛、そして次鋒の石鳴侘助である。


 中堅の白洲まふゆと、先鋒の東仙みちるは負けてしまったものの、どちらも健闘し、大接戦だった。みちるの対局相手だった四角い顔で小太りの二年生も、勝ったとはいえ相手を馬鹿にできるような内容ではなかったようだ。


 結局、ネズミ顔の二年生は、三〇目以上の大差で侘助に敗北した。

これだけ大差がついているのに、相手のミスを期待して最後まで打ち続けた挙句、「こんなのまぐれに決まっている。俺が油断していたからだ。いい気になるなよ」などと激昂して吐き捨てていたが、その言葉を耳にした引率の教師が、油断をしたのは自分自身だし、大差がついているのに潔く降参しないのはマナーが悪い。他校の生徒や後輩の前でみっともないと、きつく注意しているようだった。

 ネズミ顔の二年生は、よほど悔しいのか、目元を赤くし、うなだれていた。


 その姿を見て、侘助は「ざまあみろ」とは思わない。自分だって、そんな経験はいくらでもある。

 勝負事をしていれば、誰しも苦しいことや悔しいことは経験するものだし、慢心することもある。ただ、自分の至らなさに気づかず、むやみに他の人を傷つけているのであれば、それは本人にとっても周りの人にとっても不幸なことだと思う。

 この敗北をきっかけに、少しでも変わってくれたら良い。互いに本気でぶつかりあう勝負の良いところは、きっとそういう気づきなのだと侘助は考えていた。


「侘助、初試合で初勝利だね!おめでとー」

 みちるが笑顔でハイタッチしてくる。彼女自身は惜しくも負けたものの、チームは勝利したので、上機嫌のようだ。

「ああ」

 初試合で初勝利か。そう言えば、そうなるな。

 とりあえず、お目当ての相手には勝てたので、気分爽快だ。この二ヶ月の苦労も報われる思いである。


 それにしても、やはり部長と副部長は強い。二人とも中押し(相手が対局の途中で降参すること)での勝利だった。

 二人の棋力は、六段と四段である。それだけの棋力は、中学生ではなかなかいないようだ。以降の試合でも、かなり高い確率で勝利すると思われた。

 

「石鳴くん。その調子で、次の試合もお願いね」

 片瀬部長が、期待するように微笑みかける。

 佐々倉副部長も、無言で何かを伝えるように、ポンと俺の肩を叩く。


 あれ?もしかしてS中学校が勝ち進めるかどうかは、中堅の俺にかかっているのでは?


 そこに気づいた侘助は、急に気が重くなってくる。初戦の勝利はゴールではなく、じつはスタートだったということだ。

 まあ、なるようにしかならないけど。


 そんなことを考えながら、休憩時間中にトイレへと向かう。次の試合は十一時からなので、あと三十分近くあった。他の部員たちは、さっきから興味津々だった近くのカフェへと向かい、あとで合流する手筈だ。

 それにしても、この学校は広いな。とぼやきながら侘助は未知の学園の敷地を歩くのだった。




「うーん。おかしいな」

 そうつぶやきながら、ポニーテールの少女、獅子唐かぐらは首を傾げる。

 だいぶ知玄に近づいているとは思うのだけど、このやたらと大きい学校の敷地に入ってから、なぜか全然鼻が利かない。まるで、結界の中にでも入ったかのような違和感があった。

 いったいこの学校は、何なんだろう。ただの人間が造ったとは思えない。


「仕方ないなー。たぶん、この中にはいるんだろうから、地道に探してみますか」

 主人の三日月真衣から、知玄の追跡を命じられて、もう一ヵ月以上が経っている。屋敷のお手伝いは他にもいるし、定期的に報告もしているが、そろそろ結果を出して戻らないと、自分の力を信じてくれた主人に合わせる顔がない。


 今日は土曜日のため、校内にいる人も少ない。きっと見つけやすいはずだと思う。

「知玄さーん。どこですかー?」

 かぐらは周囲に細心の注意を払いながら、ててて、と星旺学園の石畳の上を駆けていった。




 トイレでの用を済ませると、ゲートで渡された学園の地図を確認しながら、侘助はふたたび試合会場へと向かう。

 とはいえ、第二試合目の会場は、別の建物になるそうだ。試合ごとに会場変えるとか、面倒くさいからやめてほしいと思う。


「ここか」

 第二試合の会場の建物に到着する。黒い外壁に覆われた建物だった。一階は全面ガラス張りになっており、近未来的なデザインで、とても学び舎とは思えない。

 S中学校の試合が行われるのは三階だったので、一人で階段をあがっていると、妙な音に気づく。


「ん?なんだ、この音?」

 例えるなら、掃除機が目詰まりしたような音。いや、これは・・・いびきか?

 こんなところで寝ているやつがいるのか?


 音の発生源を探し、きょろきょろと周囲を見回した侘助は、ふと、踊り場から見える二階の廊下に、何か黒いものが横たわっているのを見つける。


「なんだ、あれ?」

 

 興味本位で近づいてみると、仰向けで、いびきをかいて寝ころがっているものがあった。侘助はその異様さに困惑する。


 それは達磨のような丸顔で、口の周りに髭を生やした、色黒の男だった。頭は禿げ上がり、金太郎のような赤い腹掛けを身に着けている。格好もかなり奇妙だし、その身長も、三〇センチほどしかない。


 え?これ、人間か?


 異様な風貌をした小さい男を前に、侘助は思わず固まってしまう。


 その視線を感じたのか、小男は突如、ギョロリと大きな目を見開き、むくりと上半身を起こすと、ぼりぼりとあご髭を掻きながら、侘助の方に顔を向ける。


「ん、なんじゃ坊主。・・・まさか、ワシの姿が見えるのか?」

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