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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
8/26

初戦

「まさか、初戦であたるとはな」


 星旺囲碁大会は、学校単位でのトーナメント形式で行われる。

 一学校につき五名のチームで、それぞれ先鋒・次鋒・中堅・副将・大将を決め、試合を行う。試合は五名同時に行われ、三勝以上した方の勝ちとなる。

 なお、メンバーは試合ごとに変更しても良いそうだ。


 今回の出場校は、開催地の星旺学園を合わせて、県内の十五校だ。組み合わせは基本的にくじ引きで決められるが、前回優勝の星旺学園中等部は二回戦からのシードになるらしい。

 

 侘助は、初戦の対戦相手の顔ぶれの中に、見覚えのある四角い顔とネズミ顔を見つけ、ひそかにテンションが上がる。みちるも気づいたようで、ちょっと嫌そうな顔をしている。

 当の二人は、こちらを見て何やらクスクス笑っているが、だいたい何を話しているか想像がつくな。


 二人は、どうやら先鋒と次鋒のようだ。ならばと、ネズミ顔と同じ次鋒にして欲しいと片瀬部長にお願いする。侘助は白洲まふゆより棋力が上がってしまったため、当初は中堅になる予定だった。


 彼を知り己を知れば百戦 (あやう)からず。


 侘助が好きな言葉だ。あの二人に会った次の日、碁会所に電話して、登録されている二人の棋力をすでに聞き出していた。勝つと決めたのだから、あの二人よりは棋力が高くなければならないので、当然の調査だ。

 席亭のおじいさんはすんなり教えてくれ、二人とも初段であることが分かっている。

 そして、昨日確認した時点でも、棋力は初段から変わっていないそうだ。


 この大会の出場者は、だいたい初段以上の棋力と聞いているので、あの二人が前回の大会で勝ったのも、みちるくらいのものだったと思う。それなのに、負かした相手に罵声を浴びせているのだから、本当にどうしようもないやつらだなと、改めて侘助の中でこの二人組みはクズ認定されたのだった。


 S中学校の布陣は、以下の通りである。


 先鋒:東仙みちる

 次鋒:石鳴 侘助

 中堅:白洲まふゆ

 副将:佐々倉 凛

 大将:片瀬マリナ


 会場の教室に並んだ五つの机に、碁盤と碁石、対局時計が設置されていた。審判の教員に促され、それぞれの中学校の生徒が、向かい合って着席する。


「よう、久しぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」

 ネズミ顔の少年は、卑しい顔つきで侘助の顔をのぞき込んだ。自分の勝利を確信している顔である。

 侘助は、「あ、その節はどうも」と、軽く会釈する。

 まあ、見下して油断してくれるなら、こちらの勝つ確率が上がるな。


「まさか、お前なんかが次鋒とはな。S中学校さんは、よほど人材不足なんだな」

 なんでこの男は、わざわざこんな嫌味を言うのだろう。いったい何の得があるというのか。侘助は、不思議でならない。


 心理戦を仕掛けているのだろうか。だとしたら、あまりにも稚拙な内容だ。いつもバッターに心理戦を仕掛けていた元キャッチャーを舐めるなよ。

「いやあ、お恥ずかしい。その点、T中学校さんは人材が豊富なんですね。あなた方二年生が先鋒と次鋒で、一年生が中堅のようですから」

 

 弱い者いじめで自尊心を満たしているような、くだらないヤツだ。こういうタイプは、プライドを傷つけられるのを極端に嫌うことが多い。

 思った通り、下級生より評価が低いことを相当気にしていたようで、みるみる顔を真っ赤にさせる。


「・・・このやろう。叩きのめしてやるからな」

 ネズミ顔の少年は、侘助をにらみつける。

 それはこちらのセリフだと、侘助は無表情のまま、心の中でつぶやいた。



「そろそろ、試合が始まる時間ですかね。あの子たち、勝てるでしょうか?」

 白洲まふゆの従姉妹、湯浅智美は、九時を指しつつある碁会所の掛け時計を見ながら、神内ユウジに話しかけた。碁会所には他にも客がいたが、直接指導をしていた神内が、もっとも彼らの棋力を把握している。


「いやあ、なにせレベルが高いことで知られる星旺囲碁大会ですからね。さすがに優勝とかは無理でしょうが」

 神内はデレッとした表情で、智美の質問に答える。彼は侘助のみならず、時間のある時はみちるやまふゆにも指導をしていた。


「三人とも棋力が上がっているので、相手が初段くらいなら、良い勝負をすると思いますよ。特に、侘助くんはすごい。才能があるって、ああいうのを言うんでしょうねー」

 こう言っては怒られるかもしれないと思って言わなかったが、神内は当初、侘助が二ヶ月弱で初段になれるとは思わなかった。「初段くらい、すぐなれる」と調子の良いことを言っていたのは、智美の前で良い恰好をしたかったのと、侘助にやる気を出させるための方便だったのだ。


 碁というのは、理屈を覚えれば強くなれるというものではない。石の流れやバランスなど、感覚的な部分が占めるところも大きい。また、相手の着想を超える発想力も必要になる。

 碁を学んだ者なら皆、教わるだけではどうにもならない壁を感じるものだ。


 ただ、石鳴侘助に関しては、教えている方が楽しくて時間を忘れるほど、異常な成長を見せてくれた。スポンジが水を吸収するように、感覚的な部分も含めて吸収が早い。これからも、まだまだ強くなるだろう。いつしか神内は、彼が碁を始めてくれたことについて、心から祝福したい気持ちを抱いていた。


 そういうわけで、大会開催時の五人の棋力は、以下のようになっていた。


  片瀬マリナ(部長):六段

  佐々倉凛(副部長):四段

  石鳴 侘助:二段

  白洲まふゆ:初段

  東仙みちる:二級



「・・・嘘だろう」

 ネズミ顔の少年は、顔を青くしながらつぶやいた。

 まだ中盤だが、序盤の悪手をとがめられ、形勢は明らかに悪い。相手を初心者と見下し、序盤から強引な手を連発したツケが回っていた。

 

 相当焦っているのか、冷や汗をかき、爪を噛みながら考え込む。

 絶対に負けたくないという顔だった。当然だ。弱い者いじめで自尊心を満たしていた者が、弱者と見下していた者に追い越されるのだ。その屈辱は、計り知れない。


 その必死な姿を見ていた対局相手の侘助は、


 え、その手で碁石をつまんじゃうの?汚いなあ。それ、エチケット的にどうなの?


 などと、げんなりした顔で考えていた。

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