初戦
「まさか、初戦であたるとはな」
星旺囲碁大会は、学校単位でのトーナメント形式で行われる。
一学校につき五名のチームで、それぞれ先鋒・次鋒・中堅・副将・大将を決め、試合を行う。試合は五名同時に行われ、三勝以上した方の勝ちとなる。
なお、メンバーは試合ごとに変更しても良いそうだ。
今回の出場校は、開催地の星旺学園を合わせて、県内の十五校だ。組み合わせは基本的にくじ引きで決められるが、前回優勝の星旺学園中等部は二回戦からのシードになるらしい。
侘助は、初戦の対戦相手の顔ぶれの中に、見覚えのある四角い顔とネズミ顔を見つけ、ひそかにテンションが上がる。みちるも気づいたようで、ちょっと嫌そうな顔をしている。
当の二人は、こちらを見て何やらクスクス笑っているが、だいたい何を話しているか想像がつくな。
二人は、どうやら先鋒と次鋒のようだ。ならばと、ネズミ顔と同じ次鋒にして欲しいと片瀬部長にお願いする。侘助は白洲まふゆより棋力が上がってしまったため、当初は中堅になる予定だった。
彼を知り己を知れば百戦 殆からず。
侘助が好きな言葉だ。あの二人に会った次の日、碁会所に電話して、登録されている二人の棋力をすでに聞き出していた。勝つと決めたのだから、あの二人よりは棋力が高くなければならないので、当然の調査だ。
席亭のおじいさんはすんなり教えてくれ、二人とも初段であることが分かっている。
そして、昨日確認した時点でも、棋力は初段から変わっていないそうだ。
この大会の出場者は、だいたい初段以上の棋力と聞いているので、あの二人が前回の大会で勝ったのも、みちるくらいのものだったと思う。それなのに、負かした相手に罵声を浴びせているのだから、本当にどうしようもないやつらだなと、改めて侘助の中でこの二人組みはクズ認定されたのだった。
S中学校の布陣は、以下の通りである。
先鋒:東仙みちる
次鋒:石鳴 侘助
中堅:白洲まふゆ
副将:佐々倉 凛
大将:片瀬マリナ
会場の教室に並んだ五つの机に、碁盤と碁石、対局時計が設置されていた。審判の教員に促され、それぞれの中学校の生徒が、向かい合って着席する。
「よう、久しぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」
ネズミ顔の少年は、卑しい顔つきで侘助の顔をのぞき込んだ。自分の勝利を確信している顔である。
侘助は、「あ、その節はどうも」と、軽く会釈する。
まあ、見下して油断してくれるなら、こちらの勝つ確率が上がるな。
「まさか、お前なんかが次鋒とはな。S中学校さんは、よほど人材不足なんだな」
なんでこの男は、わざわざこんな嫌味を言うのだろう。いったい何の得があるというのか。侘助は、不思議でならない。
心理戦を仕掛けているのだろうか。だとしたら、あまりにも稚拙な内容だ。いつもバッターに心理戦を仕掛けていた元キャッチャーを舐めるなよ。
「いやあ、お恥ずかしい。その点、T中学校さんは人材が豊富なんですね。あなた方二年生が先鋒と次鋒で、一年生が中堅のようですから」
弱い者いじめで自尊心を満たしているような、くだらないヤツだ。こういうタイプは、プライドを傷つけられるのを極端に嫌うことが多い。
思った通り、下級生より評価が低いことを相当気にしていたようで、みるみる顔を真っ赤にさせる。
「・・・このやろう。叩きのめしてやるからな」
ネズミ顔の少年は、侘助をにらみつける。
それはこちらのセリフだと、侘助は無表情のまま、心の中でつぶやいた。
「そろそろ、試合が始まる時間ですかね。あの子たち、勝てるでしょうか?」
白洲まふゆの従姉妹、湯浅智美は、九時を指しつつある碁会所の掛け時計を見ながら、神内ユウジに話しかけた。碁会所には他にも客がいたが、直接指導をしていた神内が、もっとも彼らの棋力を把握している。
「いやあ、なにせレベルが高いことで知られる星旺囲碁大会ですからね。さすがに優勝とかは無理でしょうが」
神内はデレッとした表情で、智美の質問に答える。彼は侘助のみならず、時間のある時はみちるやまふゆにも指導をしていた。
「三人とも棋力が上がっているので、相手が初段くらいなら、良い勝負をすると思いますよ。特に、侘助くんはすごい。才能があるって、ああいうのを言うんでしょうねー」
こう言っては怒られるかもしれないと思って言わなかったが、神内は当初、侘助が二ヶ月弱で初段になれるとは思わなかった。「初段くらい、すぐなれる」と調子の良いことを言っていたのは、智美の前で良い恰好をしたかったのと、侘助にやる気を出させるための方便だったのだ。
碁というのは、理屈を覚えれば強くなれるというものではない。石の流れやバランスなど、感覚的な部分が占めるところも大きい。また、相手の着想を超える発想力も必要になる。
碁を学んだ者なら皆、教わるだけではどうにもならない壁を感じるものだ。
ただ、石鳴侘助に関しては、教えている方が楽しくて時間を忘れるほど、異常な成長を見せてくれた。スポンジが水を吸収するように、感覚的な部分も含めて吸収が早い。これからも、まだまだ強くなるだろう。いつしか神内は、彼が碁を始めてくれたことについて、心から祝福したい気持ちを抱いていた。
そういうわけで、大会開催時の五人の棋力は、以下のようになっていた。
片瀬マリナ(部長):六段
佐々倉凛(副部長):四段
石鳴 侘助:二段
白洲まふゆ:初段
東仙みちる:二級
「・・・嘘だろう」
ネズミ顔の少年は、顔を青くしながらつぶやいた。
まだ中盤だが、序盤の悪手をとがめられ、形勢は明らかに悪い。相手を初心者と見下し、序盤から強引な手を連発したツケが回っていた。
相当焦っているのか、冷や汗をかき、爪を噛みながら考え込む。
絶対に負けたくないという顔だった。当然だ。弱い者いじめで自尊心を満たしていた者が、弱者と見下していた者に追い越されるのだ。その屈辱は、計り知れない。
その必死な姿を見ていた対局相手の侘助は、
え、その手で碁石をつまんじゃうの?汚いなあ。それ、エチケット的にどうなの?
などと、げんなりした顔で考えていた。