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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
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開会

「なあ、かぐら。()(げん)を見なかったかい?」

 太陽が赤みを帯びる夕刻。三日月家の当主、三日月(みかつき)()()は、居間で碁石を並べながら、屋敷のお手伝いをしている少女、獅子(しし)(とう)かぐらに問いかける。

 二人とも、和装である。里の者は洋服など普通に着ているが、この屋敷に住む者は、皆、和装と決まっていた。

 

「あれ?そういえば、今日は一度も姿を見ていませんね。知玄さん、いますかー?」

 屋敷の中、かぐらが大きな声で呼びかけるが、返事はない。


「うーん。やっぱり、いませんね。もともと神出鬼没ではありますけど」

「・・・今日というか、三日ほど前から見ていないんだ」


 三日前と言えば、(ひいら)()白夜(びゃくや)が里を訪れた日だ。となれば、姿を消した理由も想像がつく。

 知玄は、悠久の時を生きる碁の精だ。強い棋士に惹かれ、その棋譜を(さかな)に酒を呑むという習性がある。


「あの馬鹿。五年後に強い棋士が現れるという神託を聞いて、探しに行ったんじゃないか?」

「あはは、そうかもしれませんね。この世界の、どこにいるかも分からないのに」

 ウケる、とばかりにかぐらは笑ったが、真衣は頭痛を抑えるように、眉間を指で押さえる。


「あやつは自分のことを碁の精霊だなどと綺麗な言い方をしているが、その姿はむしろ妖怪に近い。人目に触れれば、騒ぎではすまないぞ」

 他の精霊や妖怪のように、いつも人間や他のものに化けていれば良いのだが、知玄の場合、酒が入ると化けるのを忘れるという、困った癖があった。


「かぐら。すまないが、知玄を連れ戻してきておくれ。お前なら、うまくやれるだろう?」

「あい。かしこまりました!」


 かぐらは素直に返事すると、きょろきょろ辺りを見回しながら、くんくんと鼻を鳴らす。

 そして陽炎のように揺らめいたかと思うと、すうっと真衣の前から姿を消した。





「よし!皆のもの、討ち入りじゃー!」


 九月五日の朝。S中学校囲碁部の面々は、試合会場へ向かうべく、駅で集合した。

 東仙(とうせん)みちるは試合前のテンションを抑えられないとばかりに、右手を突き上げて冒頭のセリフを言い放つ。

 当然、部長の片瀬(かたせ)マリナをはじめ、他の部員たちはドン引きだ。公衆の面前だし、そもそも「討ち入り」って何だよ。


 石鳴(いしなり)(わび)(すけ)は「はいはい」と、みちるをなだめて皆で切符売り場へ向かい、電車に乗り込む。

 会場は、五駅ほど離れたところにあるそうだ。


 ちなみにS中学校囲碁部には顧問の先生がいるそうだが、侘助は一度も会ったことがない。今回も、一緒には来ないそうだ。


 そういえば、急に部員が一名いなくなった経緯も聞いてないし、この部って謎が多いよな。


 電車を降り、会場に到着した侘助は、その建物を見て、自分の目を疑った。

「・・・え。なんだ、これ?学校なのか?」


 端がどこまであるのか、一目では分からないほどの広大な敷地を囲う塀。

 屈強な警備員が左右に立ち、自動開閉している巨大な鉄のゲート。

 そしてゲートの向こうに見えるのは、樹木の並んだ豊かな緑と、美術館を思わせるような石張りの建物群。しかもその外壁には、碁盤をモチーフにしたデザインが刻まれていた。


 まるで別世界のような空間が、目の前に広がっている。


「うん、私立星旺(しりつせいおう)学園。これでも、れっきとした学校よ」

 侘助の疑問に、片瀬部長が答える。


 中に入ると、綺麗に整備された石畳、彫像が並んだ噴水、おしゃれなカフェなどが目につき、海外にでも旅行に来た気分になる。

 これが学校だというなら、俺たちがいつも通っているところは何なんだ?ニワトリ小屋か何かか?


 私立星旺学園は、銀行、商社、製薬、化学、ITなどの分野に大企業を抱える芦原グループの会長、芦原(あしはら)(げん)()が、二〇年ほど前に創設した中高一貫校で、国内でも有数の広さを誇る進学校だ。


 芦原は、熱烈な碁好きとして財界でも有名で、豊富な財力と権力にモノをいわせて、碁の新たな世界大会を創設したり、本社ビルを置いたとある街を、碁盤になぞらえて東西、南北に十九本ずつの大道を引いたものに造り替えさせたりもしている。


 そんな男が創った学園には、当然のように必修科目として“碁”が組み込まれており、生徒にはプロ棋士を目指す者も多いそうだ。


 その説明を聞いた侘助は、「狂ってるな」と思いながら、その感想を口から漏らすことはなかった。

 また、そんなことをする創設者を、ちょっとだけ見てみたいとも思ったが、その願いは、すぐ叶えられることになる。


「碁を愛する県内中学生の諸君!本日は『秋季・星旺囲碁大会』に集まっていただき、感謝する!」

 学園の南門近くにある講堂の中。逆毛だった白髪、袴姿の老人が、百人ほどの学生を前に、檀上からやたらエネルギッシュな大声で挨拶をする。外見から、六〇歳は超えていると思われるが、眼光鋭く、服の上から分かるほどの筋骨隆々で、体格が良い。

 彼こそが芦原グループの会長、芦原源吾その人である。


 ちなみに『星旺囲碁大会』は、春季と秋季の年二回開催されるそうだ。


「今回も我が星旺学園から、選り抜きの学生が参加する。本日は皆、存分に碁を楽しんでほしい!」


 マイクとスピーカーがいらないんじゃないかと思うくらいの大きな声だ。いや、単に声が大きいというより、気迫があるというか、話すたびに建物全体がビリビリ揺れている気がする。

 あと、実物以上に大きく見えるのは、目の錯覚だろうか。

「・・・なんてパワフルな爺さんなんだ」


 なんだかキラキラした顔で挨拶を聞いているみちるは、この学園に来るのは初めてではないという。出発の時、やたらテンションが高かったのも、ここに来るのだから気合を入れるというのが理由にあったようだ。


 主催者の挨拶が終わり、来場者たちがぱちぱちと拍手を送る。

 いよいよ試合が始まる。この二ヵ月弱の特訓の成果を試す時が来たのだ。


 事務局からの試合の説明を聞きながら、侘助は少しだけ高揚感を覚えていた。

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