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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
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碁会所②

 水曜日の放課後。侘助は、幼馴染の東仙みちると、囲碁部の先輩である白洲まふゆとともに、駅前の碁会所を訪れた。


「あら、まふゆ。こんにちは。みちるちゃんも、久しぶりね」

 店主のお姉さんが、にっこりと出迎えてくれた。年齢は、二〇歳過ぎといったところ。勝気そうな目鼻立ちをしていて、全然似ていないが、まふゆの従姉妹だという。


「あなたが、まふゆの後輩の石鳴くんね。あたしは、湯浅(ゆあさ)智美(ともみ)。ここの席亭(せきてい)をしてるの。よろしくね」

 席亭というのは、碁の強さを判定して、客同士の対局をマッチメイクするのが主な役割なのだそうだ。

 ということは、昨日の碁会所のおじいさんも席亭だったのだろうか。最悪のマッチメイクをされたけど。


 名簿に名前を書き、席料五百円を払って、対局の打ち合わせをする。


「あなたの棋力は?」

「・・・分かりません。始めたばかりなので」

 席亭の智美は、「へえ。じゃあ、こっちに来て」と席に招き、十九路盤に黒石を九つ置くよう侘助に指示する。


挿絵(By みてみん)


「置き碁と言ってね。実力差がある場合、下手(したて)が最初に石をいくつか置いて(置き石という)対局するの。いわゆるハンデキャップ戦ね」


 置き石なしで対等の対局をすることを『互先(たがいせん)』というらしい。互先の意味がやっと分かった侘助である。

また、互先の場合、先手の黒番の方が有利なので、『コミ』といって、最初から白番が六目半のハンデをもらうのが一般的なルールなのだそうだ。


「段級位についても説明した方が良い?」

「お願いします」


 段級位というのは、強さのレベルを数値で表す制度のことだ。上位の「段」と、下位の「級」に分かれている。


 アマチュアの級位は、ルールを覚えた状態を三〇級として、強くなるほど級数が減っていき、一番上が一級になる。その上になると、今度は段位となり、初段を一番下として、一番上は八段まであるという。

位が一つ下がるごとに、置き石を一つずつ増やして互角の対局になるらしい。


 ちなみに、プロになったばかりの棋士は初段から始まるが、プロの初段はアマチュアの初段とはまるで別物で、一般的に、プロの初段に九子置いて勝てればアマチュア初段といわれるそうだ。


 みちるの棋力は五級で、白洲先輩は一級だという。

 なるほど。まずは「目指せ五級」だな。みちるよりは強くならないと、話にならない。


「うーん。たぶん、十五級くらいかな」

 対局を進めながら、智美は、悩みつつ侘助の棋力を判定する。

「始めたばかりにしては、けっこう石の形を覚えてるね」

「それは、教えた人の手柄だね!」

「ああ、そうだな」

 どや顔で威張るみちるを適当にあしらって、侘助ははじめて自分の棋力を認識する。


 十五級か。三〇級が一番下として、想定よりは高かったけど、みちるより強くなるためには、一〇段階以上レベルを上げていかないといけないのか。


「そういえば、試合で勝つためには、どのくらいの棋力が必要なんですか?」

 まふゆに質問してみる。目標をはっきりさせておかないと、どの程度の努力が必要なのか分からないからだ。


「まだ初心者なんだし、楽しめれば、勝敗は気にしなくても良いと思うけどな」

 智美が不思議そうに言う。

 そういえば、片瀬部長も似たようなことを言っていたな。

「いえ、俺は周りの目を気にする小心者なので、できれば勝ちたいです」

 きっぱりと答える。ボコボコにしたいやつができました、とは言わない。


「・・・九月の試合に出てくる人たちは、強い人が多くて、だいたい初段以上なの」

 まふゆが、おずおずと答える。試合によって、参加者のレベルが結構違うのか。

 ということは、最低でも初段の棋力は必要ということか。


「あの。この碁会所なら短期間でサクサク強くなれると聞いたんですが、何をしたら良いでしょうか?」

 侘助は物怖じせず、智美へ質問する。みちるとまふゆは、「そんなこと言ったっけ?」と少し首を傾げている。


 内容については盛っているが、「ここに通ってもそんなに強くなれない」などと、碁会所の面子にかけて言うわけがないと踏んでのハッタリである。我ながら姑息だとは思うが、俺が最小限の努力で強くなれる方法を、真面目に考えてもらいたいのだ。


「えっと、そうね・・・神内(じんない)さん。ちょっといいですか?」

 智美が声をかけると、碁会所の奥の席で、本を片手に碁石を並べていた青年が、ピクリと反応する。


 歳は二十歳前後で、おそらく大学生と思われる。少し茶色がかったサラサラの髪に、線が細く、いかにも軽薄そうな恰好で、侘助は思わず「チャラ男」という言葉が頭に浮かんだ。

「は、はい!智美さん。何でしょうか?」

 チャラ男・・・神内は、ニコニコしながら、やや前のめりに立ち上がる。


「この子、碁を始めたばかりなんですが、この夏休み中に初段まで強くなりたいそうなんです。すみませんが、しばらく面倒を見てあげてくれませんか?」

「へえ、二ヶ月足らずで初段になりたいとは、すごいねえ」などと、碁会所に集まっているおじさんたちもチラチラと侘助に好奇の視線を送る。


 席亭のお姉さん、あまり目立たないようにしてほしかった・・・。

 しかし注目されている俺よりも、なぜか傍にいた白洲先輩の方が、視線を感じて緊張していた。この人、普段からおどおどしてるけど、人目に付くのが本当に苦手なんだなあ。


「智美さんのお願いなら、もちろん良いですよ!」

 神内は、智美にお願いされたのが嬉しいのか、くねくねと身体を動かしながら了承した。

 その動きに、侘助は「気持ち悪いな」とドン引きする。


「ああ、良かった。ありがとうございます」

 智美は安心したように、にっこりと御礼を告げる。

「侘助くん、神内さんはね、この碁会所でもかなり強い人で、七段なの。しかも、ほぼ毎日碁会所に来てくださってるから、侘助くんが来た時はいつも教えてもらえるわよ」

 そう言って、片目をつむって見せた。


 毎日来てるのか。あの態度といい、絶対、席亭のお姉さんが目当てだな。

 しかし、七段はすごい。アマチュアの段位では、上はもう八段しかないのだ。強い人に教えてもらえるなら、たしかに効果的かもしれない。


 そんなことを考えながら、侘助は無表情で「お願いします」と頭を下げた。

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