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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
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碁会所①

 囲碁部に入部した次の日の放課後。

 侘助は、学校近くにある碁会所を訪れた。通学路の途中にある、小ぢんまりとしたビルの二階に『囲碁サロン』の文字がいつも見えていたので、試しに入ってみようと思ったのだ。


「おや、いらっしゃい」

 受付では、小さな丸眼鏡をかけた白髪のおじいさんが迎えてくれた。

「初めて見る顔だね。子供は一人五百円だよ」


 料金(席料と言うらしい)は、子供一人五百円とのことで、受付で五百円玉を渡して中に入る。碁会所の中では、十人くらいの人が集まっていた。

 比較的年配の人が多く、碁を打ってる人、新聞や雑誌を読んでる人など、様々だ。


 当初、侘助はお金がかかることに抵抗を感じたが、両親に相談すると、部活動の必要経費として、わりとすんなりお金を出してくれた。

 考えてみれば、リトルリーグの方がグローブやユニフォームといった用具代や、会費など、はるかにお金がかかっていたので、親からすれば違和感がない程度の出費なのだろう。


「えっと、ここに名前と住所、電話番号を書いて。棋力はいくつだい?」

「分かりません。昨日から始めたばかりなので」

 素直に答える。棋力というのは、碁の強さのことで、段級位で答えるのが一般的だ。しかし碁を始めて二日目の侘助は、まだ自分の棋力すら把握していなかった。


「ほう、まだ始めたばかりかい。そいつは、先が楽しみだねえ」

 おじいさんは「ふぉっふぉっ」と笑う。

「それじゃあ、ちょっと待っておいで」

 そう言うと、おじいさんは会場の一席に固まっている少年たちの方へ歩いて行った。二人組で、俺と同い年くらいに見える。なにやら話をした後、ふたたび受付に戻ってきた。


「あの子たちは、君と同じ中学生でな。まあまあ強いから、一緒に遊んでもらうと良い」

「ありがとうございます」

 ん?「碁会所に行ったら強くなれる」というのは、色んな人と対局できるからなのだろうか。部活とは何か違うのか?よく分からないな。

 侘助は疑問を抱きつつも、おじいさんに御礼を言って、少年たちの方へ向かう。


「石鳴といいます。はじめまして」と軽く挨拶する。

「おう、よろしくな」

 二人組は、同じ中学生とはいえ、二年生だった。四角い顔をした小太りの少年と、前歯が出ててネズミみたいな顔をした小柄な少年だった。侘助とは、別の中学校に通っているようだ。


「で、棋力はいくつ?」ネズミ顔の少年が質問する。

 ん?さっきも聞かれたな。おいおい、おじいさん。俺が昨日始めたばかりって伝えてないのか。

「初心者なんで、分からないんですよ」

「ふーん。じゃあ、とりあえず互先(たがいせん)で打ってみるか。お前が黒番で良いぞ」


 『互先』というのが何のことか分からないが、とりあえず侘助は頷いて対局を開始する。

 相手はネズミ顔の少年で、小太りの少年は隣の椅子に座って様子を見ているようだ。


「・・・こいつ、くっそ弱いんだけど」

 ネズミ顔の少年がぼやく。

 でしょうね。初心者だし。

 あっというまに敗勢となった俺は、負けを宣言する。


「なんだよ。こういうところは、少しは強くなってから来いよな。全然練習にならないじゃないか」

 ネズミ顔の少年は、いかにも迷惑そうな顔をして、悪態を吐く。

「基本的な定石も知らないみたいだな。それじゃあ、何万回やっても勝てるわけない」

 小太りの少年が、わざとらしいため息を吐きながら、横から口をはさむ。


 なんだろう、この二人。かなり感じが悪いぞ。ちょっとイラついてきた。

 しかし『定石』か。やはり碁にはある程度決まった戦術があるらしいな。


「すみません。じつは昨日から碁を始めたばかりで。もし良ければ、打ち方を教えてくれませんか?」

「は?昨日から?」

 小太りの少年が、呆れた顔で復唱する。


「・・・いいか。俺らとお前じゃあ、一緒に碁をやるレベルじゃないんだよ。まずは碁の入門書でも読んで、もっと勉強してから来い。な?」

「じゃあ、俺たち忙しいんで。試合も近いし」

 そう言って、二人は侘助を放って、そそくさと別の席に移動していった。


 こいつら・・・碁が強いのが、そんなに偉いのか。やれやれだな。


 まあ、こんなことで腹を立てても仕方ない。ここにいても強くなれる気がしないし、全然楽しくない。帰るとするか。時間とお金の無駄だったな。

 そう思った侘助は、席を立つ。帰り際、二人組がケタケタ笑いながらしていた会話が耳に入る。いや、わざと聞こえるように話しているようだった。


「そういえば、あいつの制服。S中学じゃないか?」

「ああ、そういえば。前の大会の時に対戦したな」

「やたら弱い一年生の女子がいて、笑ったよな。そんな棋力で出てくるなよって言ったら、涙目になって震えてたっけ。あははは」


 一年生の女子って・・・うちの囲碁部に一年生の女子は一人しかいないから、あいつのことだろうな。


 碁会所を出る時、受付のおじいさんが何か言ってた気がするけど、耳に入らなかった。

 さっさとこの不快な空間から離れたいと思いながら、ビルの階段を下りる。


 帰り道、途中で東仙みちるとばったり出くわした。まあ、家が三軒隣で近いから、帰り道に出くわすことは、わりと多い。


「お、侘助!今日は部活に来なかったね。対局したいから、明日は来てよー」

 みちるは、部活に来なかったことを責めるでもなく、屈託のない笑顔でそう言った。


「今日は、碁会所に行ってたんだよ。早く強くなれるって聞いたからな」

「あ、そうなの?すごいね!どうだった?」

「・・・いや、碁会所に行っても、あまり強くなれる気がしなかった。というか、どうやったら碁が強くなるのか分からない」

「ふーん」

 みちるは、侘助の言葉に何かを考えているようだ。


「ねえ、明日、白洲先輩の親戚がやってる碁会所に行くんだけど、一緒に来る?あそこなら、すごく勉強になると思うよ」

「うーん、考えておく」

 碁会所によって、何か違うのだろうか。まあ、今の状況じゃあ、試しに行ってみるのもアリかな。


 そうこう話しているうち、お互いの家の近くまで着いた。

「・・・なあ、みちる。以前、試合に出たとき、出っ歯でネズミみたいな顔の二年生と対局したか?」

「へあ!?」


 目を見開いて、みちるは驚く。なんで知ってるの、といった感じだ。

 なんて隠しごとのできないやつなんだろう。


「・・・いや、いい。そうか」

 うん。まあ・・・ちょっとだけ、碁を真剣にやってみるのに気合が入ったかな。

 とりあえずあの二人は、次の試合でボコボコにしてやろうと心に決めた。

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