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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
3/26

確認

「・・・ねえ。あなた達って幼馴染だと聞いたけど、付き合ってるの?」

 九路盤でみちるとの対局中、吊り目で長身の副部長、凛が唐突に質問する。

 端正な顔立ちをしているが、感情が読み取りにくいというか、何を考えているのか分からない表情だ。


「ははは、ご冗談を」

 侘助は、乾いた笑いで否定した。幼馴染の男女で付き合うとか、どこのマンガだ。


 みちるの容姿は、どちらかというと可愛らしい部類だとは思うが、俺のタイプは知的なお姉さま系。そういう意味では、むしろ片瀬部長の方がタイプである。みちるが何か言いたそうな表情で顔を赤くしているが、気にしない。


 凛は「ふうん」と含みのある言い方をして、部長たちの対局の方へ行ってしまった。

 いったい何なんだ?恋愛に興味のあるお年頃か?


「俺の勝ちだな」

 三局目にして、一目差で負けたみちるは、「うー」と唸りながら口をとがらせる。

「・・・ちょっと、動揺しちゃったかも。だけど、侘助は飲み込みがすごく早いね!」

 いったい何に動揺するというのだ。意味不明な言い訳をするな。

 だんだん打ち方が分かってきた侘助は、すこし得意になる。


「じゃあ、次はいよいよ本番!十九路盤でやろう!」

 そう言うと、侘助の返事も聞かず、みちるは大きな十九路盤を持って来て、机の上に置いた。

「お、おう」

 しかし、大きな碁盤に興味が湧いていた侘助は、すんなりと対局に応じる。


 石と石は少し離しながら打って足早に勢力を広げる。

 序盤は四隅で先着することを意識する。

 侘助が九路盤で覚えた戦術は、主にこの二点だった。十九路盤でも、大きくは違わないだろうと考える。


「お願いします」

 お互いに挨拶し、最初の一手目を打とうとして、侘助は十九路盤の広さに、かるく眩暈を覚えた。

 九路盤だと、だいたい真ん中あたりを境目として競り合いになっていたが、これだけスペースがあると、あちこちに陣地が作れそうな気がする。どのような変化になるのか、全く想像がつかない。

 その自由度の高さに、認めたくはないが、少しだけわくわくする気持ちを抱いていた。


 十五分後。侘助の眉間には、しわが寄っている。

 どちらが勝っているのか、素人の侘助にもはっきり分かる。みちるも、鼻歌を歌っている。


 陣地を囲おうとすればするほど、自分の陣地は小さくなり、相手の陣地は大きくなる。まるで手品か悪夢のようだ。正直、面白くないぞ。


 自信過剰というわけではないが、みちるよりは知力は高いと思っている。そもそもみちるは直情径行で、思慮深いタイプではない。なのに、ことごとく先手を取られる。

 

 もちろん侘助は、そんな対局中でもみちるの様子を観察している。

 その打ち方を見てると、ノータイムで何手か続けて打ってきたり、じっと考え込む時があったりする。これは、部分的に打ち方の決まりがあるからだろうと侘助は予測した。


 さらに五分ほど打ち進める。

 これはダメだ。分厚い鉄板を、素手で殴っているような無力感。

 何の道理も知らないまま対局しても、勝てる気がしない。

 野球も同じだ。ルールや道理、法則性を頭に叩き込み、自分と相手の力を分析し、戦略を駆使した方が勝利する。

 今の自分には、圧倒的に情報が不足している。侘助は、ふうっと天を仰いだ。


「負けました」

 そう宣言すると、「もう一局やる?」と聞くみちるを「ちょっと待ってくれ」と制し、侘助はすこし離れたところに座っている部長の片瀬マリナに問いかける。みちるとの実力差を感じ、確認しておかなければならないことに気づいたからだ。


 マリナは、副部長の佐々倉凛と対局をしているところだった。

「部長、対局中にすみません。大会で一回勝てるくらい碁が強くなるためには、どのくらいの勉強時間が必要になりますか?」

「お?やる気満々ね」マリナが嬉しそうに笑顔を見せる。

「いや、そういうわけでは・・・」


 あくまで自分は大会までのピンチヒッターだが、無様に負けるのも面白くないし、申し訳ない。そう思って何局か練習させてもらった。

 だが、一ヵ月で、はたしてどの程度、碁が上達できるものだろうか。一ヵ月くらいでは大して上達できず、役立たずのまま大会に参加することになるなら、はじめから碁が打てる人を探した方が合理的ではないかと思ったのだ。もちろんその場合は、勧誘するのを手伝うつもりでいる。


「勝ち負けは気にせず、楽しんで打ってもらえれば良いのだけど。そうね・・・」

 マリナは、少しだけ考え込む仕草をすると、

「勉強の仕方にもよるけど、だいたい一〇〇時間くらいかな」

 むむ、けっこう長いな。


「そういえば大会って、いつあるんですか?」

「えっと、夏休みが明けた、九月五日の土曜日ね」

 おいおい、二ヶ月近く先じゃないじゃないか!みちるのやつ、騙したな!

 と、たちの悪い幼馴染を睨むと、さっと目をそらした。こいつ、確信犯か!

 いや、ちゃんと日程を確認しなかった俺が馬鹿だったな。


 しかし、今日が七月十三日だから、残り五十三日か。一日当たり二時間弱くらい。夏休みもあるし、できなくもないが、一時入部にしては、かける労力が大きすぎるな。

「碁の経験者って、ここの部員以外にもいるのか?」

 今度は、みちるに確認する。その言葉で、マリナと凛は、侘助が何を考えているのか察したようだった。


「えっとね。二年生に一人、強い人がいるけど・・・」

「残念だけど、彼女は大会には出ないわ。囲碁部にも入らないと思う」

 二人のやり取りに、すかさず凛が口をはさんだ。


「なぜですか?」

 素朴な疑問を口にする。

というか「彼女」って、そいつも女なのか。なんという女子率の高さ。

「強すぎるからよ」

 凛の答えに、侘助は首を傾げる。

 強いことに、何の不都合があるというのか。強いなら、むしろ多少強引な手を使っても、入部させたいと思うのが自然ではないか。と、元野球少年らしい疑問が頭に浮かぶ。


「・・・凛。その言い方は、さすがに分からないと思うわよ」

 マリナが苦笑し、説明を補足する。


「石鳴くん。野球選手って、早くても高校卒業してからプロの世界に入るわよね?」

 いったい何の話だ?と侘助は思いながら、その言葉に頷く。なんとなく、ドラフト会議の光景が頭に浮かんだ。


 監督をはじめとする各球団の首脳陣が、有望な選手たちとの交渉権をめぐり、不安と期待の入り混じった目で大きな電光掲示板を凝視している。

 一方、それぞれの高校、大学、企業では、メディアボードの前で記者会見の準備をしながら、固唾を呑んで会議の行く末を見つめる選手たちがいる。

 高校生や大学生は、ドラフト会議の結果によって、社会人としてプロの世界へ羽ばたいていくのだ。正直なところ、自分もいつかはその場に立ちたいと思いながら、野球に取り組んでいた。恥ずかしいので、誰にも言わないけれど。


「碁って、ちょっと特殊な世界でね。実力さえあれば、小学生や中学生でもプロになることができるの」

「・・・は?」

 思わずマヌケな声が出てしまった。

 小学生や中学生って、まだ義務教育じゃないか・・・。それでプロになって金を稼げるのか。とんでもない世界だな。


「二年生の強い子っていうのは、プロ棋士の弟子で、もうすぐプロ試験を受けるの。そして、それくらい強い子は、学校の部活で参加するような試合には出ないのよ」

 マリナの説明に、侘助は「なるほど」と頷いた。


 たしかに、部活でわいわい楽しくやってる学生の中に、プロ候補生なんて入ってきたら、勝てるわけがない。少年野球の試合に、プロ野球選手が混ざるようなものか。


「他に、この中学校で碁を打てる人はいないわね。毎年、勧誘活動やってきたから分かるのだけど」

 そうなると、やはり自分で勉強しないといけないのか。しかし、一〇〇時間は長すぎる。

 ざっと夏休みのスケジュールを思い浮かべてみる。友達と遊ぶ時間、一人でゲームする時間、宿題の時間など考えると、碁だけにそれほど時間をかけたくはない。


「部長。相談ですが、五〇時間くらいにまかりませんか?」

「・・・まさか、そこを値切られるとは思わなかったけれど」とマリナは苦笑し、

「そうね。少しお金はかかるけど、部活だけより、碁会所で教えてもらった方が、上達が早いかもね」


 そんな二人のやり取りを聞いていた凛は、

「なんだか君って、この間まで小学生だったとは思えないな」

 と、感心したような、呆れたような声を漏らした。

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