扉
「この扉の中には、何が入っているんですか?」
千年以上の歴史があると言われるお寺、『道錬寺』。
代々住職を務めている天刑家の当主に、お寺の蔵へと案内された柊木白夜は、地面に取り付けられた古びた鉄製の扉を、不思議そうな顔で見る。
『九星の封扉』。
地面に取り付けられた、この不思議な扉の名称だそうだ。
白夜はその扉から、形容しがたい妖気というか、寒気のようなものを感じていた。
「さて、私も見たことは無いので、正確なことは分かりません。ただ、言い伝えでは“石”が入っていると言われています」
四〇代半ばくらいの男で、天刑家の当主、天刑 公院は、四か所ある蔵の燭台に火をともしながら、幽霊のように青白く、無表情な顔のまま応える。
その傍らには、虎のように大きな黒毛のオオカミが、甘えるように寄り添っていた。
「石?もしかして、碁石ですか?」
質問された公院は、青白い無表情を崩すことなく、
「・・・かもしれません。その石を手に入れたものは不老不死を得ると言われておりますが、なにせ当家では、この扉を開けることは禁じられておりますので」
そう言葉を濁した。
不老不死を得る石。
白夜は、いかにも言い伝えで出てきそうな、うさんくさい話だと思ったが、天刑家に伝わるものであるなら、もしかしたら実在するのかもしれないと思った。
「柊木白夜どの。この度は、天刑家の打碁師を引き受けていただき、誠にありがとうございます」
公院は、短く丸めた頭を下げ、深々と白夜にお辞儀する。
気のせいか、彼の傍に寄り添っている大きなオオカミも、頭を下げているように見えた。
「本来であれば、当主である私が出るべきところではございますが、まさか私よりも強い方が四家の当主以外にいるとは思いませんでした」
その口調は、ほとんど抑揚がないように聞こえるが、白夜は少しだけ、どこか耐えがたいような、悔しそうな感情がこもっているような気がした。
「いえ。碁の世界でおとぎ話のように伝えられている“四家の碁会”に、まさか自分が出れるとは、光栄ですよ」
白夜はそれだけ言うと、ふいっと天刑家の当主から目を逸らした。
この寺には、同じ四家でも他とは違う独特の雰囲気がある。得体のしれない不気味さ、と言い換えても良いかもしれない。白夜が、“あの御方”があらわれるという神託を聞いたのも、天刑家からの報せだった。
以前、三日月家の当主である三日月 真衣から、「天刑家は、古くから四家筆頭としての地位を担っている」という話を聞いたことがある。
他の家も、白夜からすればずいぶん常識から外れた存在ではあるものの、彼にとって強者と対局できることに比べれば、些細な問題でしかなかった。
対局相手のことはよく知らないが、すくなくとも三日月家からは、あの三日月真衣が出るのだ。それだけでも胸が躍るというものである。
「それでは、そろそろ出ましょうか」
「・・・え?」
燭台の火を消しながら退室を促す公院に、白夜は思わず疑問の声をあげる。
いったい、何をしにここへ来たのか。その意図をつかみかねたからだった。
「もう、用は済みました。白夜どのは無事、その扉に認められたようですので」
公院は、生気の無い顔でそう言って、燭台の火をすべて消すと、蔵の戸を開け、外のまぶしい陽光が、戸の隙間から差し込んできた。
『ただいま地震のため、緊急停車しております。乗客の皆様にはご迷惑をお掛けしますが、安全確認が済み次第、出発いたしますので、今しばらくお待ちください』
「・・・もうヤダ。ここのところ、地震が多くない?」
同じ電車に乗っていた女子高生が、となりの友達にそう話しかけている。よほど地震が嫌いなのか、泣き出しそうな顔をしていた。
地震が多いというのは、確かにそうかもしれないと侘助は思った。
侘助は電車に乗り、S中学校の先輩である白洲まふゆから聞いた情報をもとに、となり町にあるという夕凪家の館に向かっていた。
そこは“町”とはいえ、相当な田舎らしく、ほとんどが田畑と山で構成されているようなところだそうだ。電車で30分ほどなので、それほど遠くはないが、侘助も今まで訪れることは無かった。
夕凪家は、古くから続く地元の名士であり、園芸農家と呉服店を営んでいるという。
その本家は、ヨーロッパ風の大きな洋館だと聞いており、見通しのいい田園風景の中、駅から見えるほど目立つ建築物だったため、侘助はわりと簡単にたどり着くことができた。
「さて」
館の前で侘助は、前もって考えてきた取り次ぎ方を頭の中で確認する。
すごく碁の強い方がいると聞いたため、一局お願いしたくて訪ねてきたというシナリオだ。白洲まふゆからも、事前に連絡を入れてもらっており、先方の了承もとっていた。
いざ、インターフォンを押そうと侘助が指を伸ばした瞬間、聞き覚えのある男の声が、背中から飛んできた。
「・・・おい。なんで、お前がここにいるんだ?」
男は、鷹のような眼で、侘助を怪訝そうに見つめていた。




