尋ね人
「となりに座ってもいいですか?」
背中まで伸びた、亜麻色の髪をした少女が、バーのカウンターでグラスを傾けている青年に話しかける。
短髪でブラックスーツスタイルの青年、紫藤岳は顔を上げ、話しかけてきた女性の顔を、鷹のような眼でジロリとにらんだ。
「・・・なんだ、お前か」
見知った顔だったため、青年は警戒心を解く。
「こんなところへ、何の用だ?」
「何の用って、ここはお酒を楽しむ場所でしょう?」
少女はにっこり返答するが、紫藤は怪訝な顔をする。
「・・・お前、まだ高校生だろ。誰かと一緒に来たのか?」
紫藤の問いに、少女は首を振る。
「紫藤さんが、ここにいるって聞いたので」
「・・・あ?俺に会いに来たのか?わざわざ東京まで?」
少女は、紫藤のとなりに腰掛けると、「シャーリーテンプルをひとつ」と、マスターに注文する。
五〇歳くらいのヒゲ面のマスターは、笑顔もなく無言でうなずき、準備に取り掛かる。
「・・・なんか、不愛想な感じの方ですね」
少女は、ひそひそと紫藤に話しかける。
「ここのマスターは、余計なことは言わないし、話しかけてもこない。俺は、そこが気に入ってる」
そう言って、グラスを傾ける。
「それより、夕凪家の当主様が、俺に何の用だ。はやく話せよ」
紫藤は、となりに座る夕凪花楓に話を急かす。
「紫藤さんは、私と一緒にいるのが嫌なんですか?」
花楓は、不服そうに頬をふくらませる。
「・・・夕凪家では、紫藤さんを“打碁師”として迎えることに決まりました」
「は?」
「悔しいですね。結局、私には、あなたを超える棋力は無かった」
どことなく自嘲するような表情で、花楓は言葉を漏らした。
「おい、勝手に話を進めるなよ」
「あら、議論する必要は無いと思いますよ。柊木名人も、天刑家の打碁師として出ますし。三日月家は、現当主である三日月真衣ご本人の登場です。ぞくぞくしますね」
花楓は、わくわくする気持ちを抑えきれないような口調で紫藤に囁く。その頬は、すこしだけ紅潮していた。
すこし考え込んだ紫藤は、ひとつため息を吐く。
「“四家の碁会”か。昔はおとぎ話のように思っていたが、ご指名を受けて光栄だ」
皮肉のこもった口調で、そう応えた。
「星旺家は、誰が打つんだ?」
「・・・じつは、まだ決まっていないようです。あそこは当主が機能していないので、芦原源吾が決めるのでしょうが」
「まあ、どこの家からも、鬼のように強い棋士ばかりが出てくるんだ。そう簡単には決まらないか」
紫藤の言葉に、花楓は「自信家ですね」と笑った。「鬼のように強い棋士」には、当然、夕凪家の打碁師として出る紫藤自身も含まれているからだ。
花楓は、ふと真面目な表情で姿勢を正し、紫藤の目をまっすぐ見る。
「紫藤さん。打碁師を受けていただいたこと、夕凪家の当主として、心より御礼申し上げます」
そう言って、バーのカウンターに座ったまま、深々と頭を下げた。
「白洲先輩、おひさしぶりです」
侘助の声に、身長が低くて目が大きく、おっとりした童顔の少女は振り返る。
かつてS中学校囲碁部の先輩だった白洲まふゆは、現在、囲碁部の部長となっていた。
「あ、石鳴くん!みちるちゃん!ひさしぶり!」
まふゆは、ほわっとした笑顔で彼の声に応じた。
学校が変わってから一年ほど経ち、侘助もみちるも少しだけ背が伸びたが、みちるの背格好は、ほとんど変わっていないように見える。
みちるから、S中学校でプロ棋士になれるほど強い女生徒の名前が『夕凪』だと聞いて、侘助は雷にうたれたような気分だった。
夢に出てきた女性の名前と同じなのだ。せめて、あの時に名前くらい聞いておけば、と自分の不注意が嫌になったが、後悔などしても仕方がないと気持ちを切り替える。
芦原源吾から情報を引き出すのが難しい状況で、夢の真相へとつながる手掛かりは、今のところ『夕凪』という名の女生徒しかいない。
そして、幼馴染の東仙みちるに聞いた話だと、『夕凪』という女生徒と親しかったのが、クラスメイトだった白洲まふゆだったそうだ。
「先輩、これから碁会所に行きませんか?ちょっと、ご相談させていただきたいことがありまして」




