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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第2章 九星の封扉編
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 侘助は、最近見る夢の内容は現実にあったことで、『今』とつながっているのではないかと思い始めていた。妙にリアリティを感じる、何かを訴えかけるような夢。それは、誰かの記憶の断片なのか。


 そう思い始めるきっかけとなったのは、棋譜の夢だ。途方もなく高い棋力の持ち主が対局したと思われる夢の棋譜は、経験の浅い自分には到底、想像すらできない内容で、誰か他の人物の記憶が流れ込んでいるとしか思えなかったのだ。

 

 だとすれば、夢と『今』をつなげるものは何だろうと、侘助は考えた。

 夢の中に出てきた言葉で、今の自分たちも何気なく使っている言葉が、『星旺(せいおう)』だった。


 夢の中では、武骨な印象を受ける青年の名前だったが、現代に生きる侘助たちにとって、それは学園の名前だ。

 そして以前、学園のホームページから、学園名の成り立ちを確認した時に、このあたりが百年ほど前まで『星旺』という地名だったことを知った。


 今、この地には別の名が付けられている。なぜ、地域に根ざす学園が、今の地名ではなく、わざわざ昔の地名を採用したのか。しかも、碁を必修科目にしていることも、偶然とは思えない。


 侘助が、星旺学園の創設者である芦原源吾と話をしたいと考えたのは、夢と『今』をつなげる情報を握っているのではないかと思ったからだった。



 みちるは、「芦原源吾に会いたい」という侘助の頼みを聞き、本人と連絡を取ってくれたそうだ。しかし、財界の重鎮として多忙を極める芦原のスケジュールは、ほぼ一年先まで埋まっているらしく、侘助と会うためだけに時間を空けるのは難しいという回答だった。


 結果的に、来月、隣の県で開催されるパーティーでの挨拶の前に、五分間だけ時間をとってくれるということで話がついた。

 芦原の立場を考えれば、一介の中学生との面談にわざわざ時間を割くなど、考えられないことだろう。一ヶ月先のこととはいえ、こうして話がついたのは、芦原の孫娘であるみちるのおかげだった。


「ありがとな」

 侘助は、みちるへ素直に御礼を言った。

 みちるは、すかさず笑顔で「えへへ、貸しイチね!」と、調子に乗って人差し指を立てるので、侘助は「分かった。俺からの貸しをひとつ減らしておいてやろう」と、彼女の頭をぽんぽんと撫でた。


 みちるは「え、あれ?・・・そうかあ」と、ひとりで勝手に納得してしまう。

 うーん。今後、社会に出るのが不安になるレベルのチョロさだ・・・。


「それにしても、やっぱり不気味だな」

 星旺学園の敷地の北にある、小ぢんまりとした古い蔵を前にして、侘助が感想をもらした。

 

 雑草などはきれいに刈り取られているが、ところどころ屋根瓦が壊れており、白い漆喰が剥がれ落ちて、茶色い壁がむき出しになっている。

 学園内はどこも整然と近代的な建築物で構成されているため、この一画だけひときわ異質に見える。


「この蔵も学園ができた頃、造り直そうとしたらしいんだけど、工事中の事故で死人が出ちゃって、それ以来、工事が延期になってるの」

 みちるの説明を聞いて、侘助は微妙な顔をする。


「そんなことがあったのに、なんで立ち入り禁止にしていないんだ?」

「・・・え?あ、そういえばそうだよね。申請すれば、学園の生徒は自由に中にも入れるし」

 不思議だね、とみちるは言う。どうやら、事情までは知らないようだ。


 ふたりは、事務局の管理人から預かった鍵を使い、ぎぎぎ、と音を鳴らして蔵の扉を開けた。


「・・・侘助、大丈夫?」

 以前、扉に触れたところで気を失った侘助を、みちるが心配する。

「ああ、なんともない」

 侘助は、そう答える。意識も、はっきりしている。


 確証はなかったのだが、一万局に及ぶあの『棋譜の夢』で、俺に伝えようとした情報がすでに消化されたのだろうと侘助は思っていた。


 さて、この蔵に何があるのか。


 星旺学園のほとんどの生徒が、この蔵に立ち寄ったことがあるという。

 みちる曰く、碁が強くなれる“おまじない”のかかったお宝があるんだったか。


 ん?それでいうと、すでに俺は碁が強くなったので、“おまじない”の効果があったということになるのだろうか。


 侘助はそんなことを考えながら、うす暗い蔵の中を見渡す。

 高窓から外の光が入ってくる蔵の中は、それほど広くはない。せいぜい五〇平米かそこらといったところで、物もあまり置かれていなかった。


 パッと見ると、蔵の中心付近に、背の低い古びたテーブルが見えた。その上に、碁盤と碁笥が置かれている。

 しかし、それらは侘助が予想していたようなものではない。蔵の中を歩き回り、あたりを探ってみる。

 一方、みちるは期待に目を輝かせながら、古ぼけた碁盤をすりすり触ってた。


「・・・あ」

 見つけた。侘助は、息を呑んだ。

 

 はじめは、模様か何かだと思っていたが、碁盤が置かれたテーブルの下の床に、真鍮製の取っ手が見えた。

 床の(ほこり)を払いながら、取っ手の周囲を手でなぞって確認していくと、指先に床の切れ目を感じる。


 隠し扉だ。この床の下に、何かがある。


 鼓動が高鳴るのを感じた侘助は、テーブルを移動させ、真鍮製の取っ手を思い切り引っ張り上げた。

 しかし、床の扉はびくともしない。


「なんだよ、ここまで来いって言ったくせに。デレツンってやつか!」

 ぼやきながら、もう一度、渾身の力を込めて引っ張り上げるが、やはり扉はびくともしなかった。

 鍵穴なども見当たらないので、単純に引っ張り上げる構造だと思ったが、どうやら無理のようだ。


「何か、他に仕掛けがあるのか?何かが足りないのか?」

 

 床に尻もちをつき、ぜいぜいと息を切らして、侘助は天井を見上げた。

 ちくしょう、なまったな。野球やってた頃は毎日ランニングしてたけど、中学に入ってから、ほとんど運動とかしてなかったからなあ。


 しかし、錆びついているとか、何かが引っ掛かってるとかなら、扉がきしむくらいはすると思うのだが、本当にびくともしない。いったい、どういう構造なんだ。


 仕方ない。仕切り直しだ。芦原源吾に聞きたいことが一つ増えたと思っておこう。


 そう考え、ひと休憩する侘助の背後から、みちるが声をかける。

「あのね、侘助。その扉、星旺の人しか開けられないらしいよ」


「・・・あ?星旺の人?学園の事務局の人か?」

 振り向きながら、侘助は聞き返す。


 なんだ。みちるも、この扉のことは知っていたのか。最初から言ってくれれば、こんな埃まみれになるまで探さなくても良かったのに。


 みちるは侘助の質問に、首を振った。

「そうじゃなくて、星旺家の人。私も、会ったことはないんだけど」

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