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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第2章 九星の封扉編
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「・・・いったい、何があったんだい?」

 九月初旬。碁会所で侘助に指導してくれていた歯科大生の神内ユウジは、呆気にとられた表情で、思わず聞いてしまった。

 

 侘助が星旺学園のランキング一位になったと聞き、半信半疑ながら、興味本位で実力を試してみたくなり、久しぶりに対局してみた。とはいえ、ほんの三ヵ月ほど前まで、侘助は四段、神内は七段であり、その棋力には大きな差があった。


 だが、結果は神内の三連敗。しかも、ハンデなしの互先だ。

 その練達な打ち回しは、すでにアマチュア八段といったレベルではなく、プロ棋士の領域に踏み込んでいるのではないかと思うほどで、これは、才能だけで片付けられるような成長速度ではない。明らかに異常な棋力だった。


 しかし傍で対局を見ていた幼馴染のみちるは、侘助の棋力の上昇以上に、気になることがある。


 ここ数ヵ月、常に顔色が悪いのだ。目の下にはクマができ、顔面は蒼白。侘助は元々、ぶっきらぼうではあるが、顔つきは優しかった。それが、まるで何かに憑りつかれてしまったのかと思うほど、人相が険しく変わり果てていた。


「ねえ、侘助。体調悪そうだけど、大丈夫?」

 心配そうに顔をのぞき込むと、侘助は、みちるの声に反応する。

「・・・夢が、終わらないんだ」

 ぼそりと、侘助の口から言葉が漏れる。それは、誰にも聞き取れないほどの声だった。


 誰のものか分からない、棋譜の夢。毎日、百局程度の棋譜が夢の中で再生される。

 棋譜自体は高速で並べられていくものの、夢の長さは体感時間で二〇~三〇時間。しかも脳はつねにフル回転で、睡眠をとっても休息したという実感が無い。


 そんな夢が毎日延々と繰り返され、飛躍的に棋力が向上する反面、侘助は気が休まることがなく、精神的に追い詰められていた。疲労困憊というやつである。

 しかも今日は、朝からずきずきと頭痛がひどい。


「いや、なんでもない。大丈夫だ」

 それでも平静を保とうと、返事をする。

 たかが夢だ。周囲に余計な心配をさせる必要は無い。

 それに明日は、秋季・星旺囲碁大会の開催日。すでに侘助もレギュラーメンバーとして選抜されていた。


 春季・星旺囲碁大会の時、転入したばかりの侘助は、ランキング外で試合に登録することさえできなかった。

 しかし、めきめきと棋力を上げて対局に勝ちまくり、秋になる頃には、ランキング一位にまで上り詰めていた。


 去年、合宿で相部屋だった星旺学園中等部の三年生、真似(まに)流星(りゅうせい)と出会った時には、

「君の成長ぶりには、信じられないものがあるなあ」と、侘助の成長ぶりに驚愕していた。

 ちなみに真似はランキング二位で、同じく大会への出場メンバーとして選出されている。

 去年の冬の時点では、侘助は真似に惨敗していたのだ。


 そういえば、今年もあの合宿はあるのだろうか。真似や、B中学校の(やぐら)太陽(たいよう)と超高級ホテルの温水プールなどで遊び、対局した楽しい日々を思い出す。

 あの合宿は、俺が星旺学園に転入するきっかけになったんだったな。



「だけど、碁を始めて、まだ一年とちょっとなんでしょう?そんな短期間でここまで強くなる人、見たこと無いなあ」

 碁会所の席亭をしている若い女性、湯浅(ゆあさ)智美(ともみ)は、期待を抑えきれないといった口調で言う。

「石鳴くん、そのうちプロ棋士になれるんじゃないの?」


「・・・なれるでしょうね」

 神内が、智美の言葉をすんなり肯定したため、碁会所に来ていた人たちはそろって感嘆の声をあげ、侘助に視線を送った。


 神内自身、何度もプロ棋士には指導碁を受けた経験があるが、侘助の実力は、すでにアマチュアの域を超えていると感じていた。しかし、どれだけの努力と才能があれば、これだけ急成長できるのか、見当もつかない。

 正直なところ、少しだけ、妬ましいとさえ感じていた。


「やっぱり!?この碁会所に通ってる人からプロ棋士って、今まで出たこと無いのよね!プロ棋士になるのって、すごく狭き門なんですもの!その時は石鳴くん、指導碁に来てね!写真やサインも飾らせてもらって・・・」

 テンションの上がった智美は、きゃっきゃっと勝手に妄想を膨らませはじめた。

「あ、その時はマネージャーである私を通してくださいね!」

 すかさず、みちるが手を挙げる。


 しかし当の侘助は、そんなやり取りを聞いて、きょとんとしていた。プロ棋士になることなど、今まで考えてもみなかったからだ。

 去年、トッププロ棋士の紫藤(しどう)(がく)と対局した時を思い出す。あの時は、追いつける気さえしないほどの実力差から、プロ棋士の高みというものを痛感した。


 侘助はもともと、星旺学園での在学資格を得るために、七段以上になりたかっただけなのだ。プロ棋士になるといったことは考えても無かったし、別世界のことのように聞こえる。


 とりあえず、みちるには「お前をマネージャーに雇った覚えはないぞ」と、突っ込みを入れる侘助だった。



 その日の夕方、帰宅した侘助は激しい頭痛を覚え、自分の部屋に入るなり、ベッドの上に倒れ込んだ。


 頭が割れそうだ。しかも、どこからともなく声が聞こえる。

 最初は耳鳴りかと思ったが、その声は、次第にはっきりと意味を聞き取れるようになっていった。


『・・・あの蔵へ行け。お前は、出会わなければならない』


 出会う?誰と?

 まさか、血まみれの女じゃないだろうな。よしてくれよ。

 

『あの蔵へ行け』


 なんだ、これは?気持ち悪い・・・。


 脳に直接話しかけてくるような声に、侘助は混乱する。


 眩暈、そして意識混濁。


 精神的に弱り切っていたこともあり、侘助はそのまま暗い海に沈みこむように、いつのまにか気を失ってしまっていた。

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