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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
2/26

ルール

「一年生の石鳴侘助といいます」


 月曜日の放課後。幼馴染の東仙みちるに、囲碁部の部室へ連れてこられた侘助は、みちるを含めて四人いる部員たちの前で、かるく自己紹介した。


「部長のかた()マリナです。石鳴くん、歓迎するわ」

 マリナは手を差し出し、侘助と握手を交わした。

 彼女はウェーブのかかったフワフワの栗色の髪と、いつもニコニコしている穏やかな表情が特徴の、中学三年生の女の子である。

 侘助は、碁をしているという文科系の女子に対して、勝手に地味で根暗なイメージを持っていたが、お嬢様風のきれいなお姉さんという雰囲気だった。

 しかし、と侘助は部室に入った時から若干、渋い表情をしている。


「私は副部長のささくら(りん)。三年生よ」

 と言ったのは、女子にしては背が高く、ベリーショートで、名前のとおり凛とした、吊り目の女の子。顔が小さくて手足もすらりと長く、モデルのような容姿である。

「あ、あたしはしら()まふゆ。二年生です」

 最後に自己紹介したのは、上級生ながら年下かと勘違いしてしまいそうな、身長が低くて目が大きく、おっとりした童顔の女の子だった。すこし、おどおどした印象を受ける。


 侘助は「よろしくお願いします」と平静を装いながら、心の中では「この部、女子ばっかりじゃないか。居心地が悪いぞ!」などと叫んでいた。思春期の男子丸出しである。


「ふふ。これで大会にも出られるし、あの石鳴くんが入ってくれて、嬉しいわ」

 部長の物言いに、侘助が引っ掛かる。

「・・・すみません。あの、というのは?」

「あら。あなた、有名人じゃない」

 両手を握りこぶしにして、バットを振るような仕草をしてみせる。

「たしか、キャッチャーよね?私の弟もリトルリーグに入ってたから、あなたのチームとの試合も見たことあるのよ」

「そ、そうですか」


 侘助が所属していたチームは地元では強豪で、他のチームとの試合も多かった。身内がリトルリーグにいたのなら、たしかに自分のプレーを見る機会はあったのかもしれない。

「弟が言ってたわ。打撃はそこそこだけど、あなたの守備は小学生離れしてるって。特にリードは、まるで心を読まれてるようだって噂になってたそうじゃない」

 「打撃はそこそこ」って、わざわざ言わなくても良いんじゃないか? 侘助は微妙な顔になる。


「あの、俺、交通事故で腕を壊して。もう野球はやめたので」

「えっ!?そうなの?・・・ごめんなさい」

 本当に知らなかったようで、無神経だった自分の発言を恥じるように謝罪する。


「だけど石が鳴るって、もう名前が良いわよね。碁にピッタリ!」

 話題を変えて盛り上がる部長を、侘助は冷めた気持ちで眺めていた。

 どうせ一ヵ月しかこの部にいないから、あまり期待されても困るんだけどな。


「だけど、やったことは無いのよね?まずはルールから教えないと・・・みちるちゃん、お願いしても良い?」

「もちろんです!」

 部長からの依頼に、みちるは爽やかな笑顔で即答した。

「よろしく、侘助。侘助なら、ルールもすぐ覚えられるよ」

 みちるは「えへへ」と嬉しそうに笑った。


 部室の端っこの机に碁盤と碁石を用意し、みちるは張り切って説明を始める。

「まず、これが『碁盤』といって、この上に黒石と白石を交互に置いていくの。打てるのは線が交差してるところで、最初に打つのは黒石ね」


挿絵(By みてみん)


「ん?あっちで部長たちが使っているものより、ずいぶん小さいな」

「よく見てるね」と、みちるは笑顔になる。部長は少し離れた席で、まふゆという二年生と対局していた。


「碁盤が大きくなるほど、タテヨコの線が増えていくの。九本×九本、十三本×十三本、十九本×十九本といった種類があるんだけど、公式戦とか一般的には、部長たちが今使ってる十九本×十九本の『十九路盤』と呼ばれるものが使われるの。これは、初心者への説明用に使ってる九本×九本の『九路盤』」

「なるほど」


 チェスは八×八の六十四マス、将棋は九×九の八十一マスだけど、碁は十九×十九で三百六十一ヶ所、石を置ける場所があるということか。

「めんどくさそうだな」

「めんどくさくないよ!」

 すぐにみちるが否定する。まだ説明の入り口なのに、「やっぱりやめた」と言われるのを恐れたのだろう。


「それでね。碁は、最後にお互いの石で囲った陣地を比べて、広い方が勝ちっていう陣取りゲームなの。ちなみに碁盤の端っこは、石を置かなくても囲ったことになるよ」


挿絵(By みてみん)


「陣地は『(もく)』って数えるの。この場合だと、黒地(黒石で囲った陣地)が三十四目、白地が二十五目で、黒地の方が広いから、黒の勝ちだね」

「ふうん」

「それから、相手の石の上下左右を囲ったら、その石を取り上げることができるの。石を取り上げることを、囲碁用語では『殺す』と言い、取り上げられた石を『死ぬ』と言うの」


挿絵(By みてみん)


「・・・けっこう物騒な表現するんだな」

 取り上げた石は、対局が終わった後、相手の陣地をつぶすのに使うことができる。つまり石を取ると、取った石の分だけ自分の陣地は増え、相手の陣地を減らすことができるので、ただ陣地を囲うよりも二倍の成果をあげることになる。このため、ただ陣地を囲うより、相手の石を殺しにかかる方が好きな人も多いのだそうだ。


 他にも『(がん)』とか『コウ』だとかいうルールについての説明も受けたが、侘助はだんだん説明を聞くのが億劫になってきたので、やりながら覚えようと、説明を聞き流した。

 興味は無かったのだが、やり方を知ると早くやってみたくなるのが人間の(さが)というものなのだろう。

 

「よし。じゃあ一局、打ってみようか」

 さっそく二人は、九路盤で対局をはじめてみた。侘助にとっては、生まれて初めての対局だ。「どこでも打って良いよ」と言われ、ルール自体は簡単だと思ったが、いざ打つとなると、どこに打つのが正解なのか分からない。

 数手打ち進めてみて、どちらが優勢なのかよく分からないが、みちるの様子を見てると、自分が負けてるんだろうなと、なんとなく察した。というか、なんか鼻歌を歌ってるし。


 石同士をつなげながら打つ侘助に対して、石同士がぽつんぽつんと離れたところに打っていくみちる。

なるほど、そういう風に打つのか。侘助は、抜け目なく対局相手を観察していた。

 彼は、強豪リトルリーグチームの元正捕手である。ピッチャーをリードし、各ポジションに指示を出すキャッチャーに何より大切なのは、洞察力と分析力、そして抜け目のなさだと教えられていたし、元々あらゆる局面から情報を読み取り、分析するのが好きな性質(たち)だった。


 一局目は、黒地がほとんど無くなって完敗。五分もかからなかったので、すぐに二局目を打ち始める。

 「あっ」とみちるが声を漏らす。侘助が打ち方を変えてきたからだ。先ほどと違い、石を少し離しながら置いていく。うん、こちらの方が陣地を広げるのが早いな。

 しかし結局、八目ほどの差で、みちるが勝利した。


「ふうん」

 さっきよりは戦えようにはなったが、また負けた。侘助は、みちるの打ち方と自分の打ち方の何が違うのかを、改めて分析する。


 序盤のみちるは、四隅の方から石を置いていた。なぜ、わざわざ石同士を遠いところへ離して打っていたのか。その理由を考えみて、一つの結論に至った。

 ああ、そうか。碁盤の端は囲う必要が無いから、隅の方が効率的に囲いやすいのか。シンプルに見えて、なかなか奥が深いな。


 三局目。侘助も四隅を優先的に打ってみる。お互い六手ほど打ったところで、みちるはもう、笑ってはいなかった。

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