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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第2章 九星の封扉編
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覚醒

 霧深い山奥。その山頂は雲に届き、古くから霊峰として人々から信仰を集めていた。

 その険しい山道を、甲冑に身を包み、槍を担いだ兵士たちが、整然と隊列を組んで登っていく。その数は、三百ほどの軍勢である。


 その先頭を進むのは、馬に乗り、覚悟を秘めた表情で口を結ぶ、ひとりの若武者だった。

 その腰には、通常の倍近い長さの刀を佩いている。



「・・・三日月(みかつき)星旺(せいおう)。ここは、人間ごときが足を踏み入れて良い場所ではない。思い知らせてやれ」

 山頂近くに建てられた宮殿。荘厳な石造りの『謁見の間』で、高い玉座から睥睨する壮年の男は、その口調から不快さをにじませる。


 その目は虎のように金色に光り、髪は赤毛で炎のように逆巻き、地獄の閻魔を思わせる風貌をしていた。

 玉座の後方には、壁一面に方陣の模様が刻まれている。十九路×十九路の模様である。

 

「かしこまりました」

 道士服を着た二人の青年は、膝をついて首を垂れる。主人の安寧を守ることが、青年たちの使命であった。

 二人は立ち上がると、殺意を帯びた目で謁見の間を出ていく。


「・・しかし、これでもう三度目ですね。そろそろ転居を考えた方が良いかもしれません」

 玉座の隣に立っていた青年が、そう発言した。

 彼も、道士服を着ている。そして目隠しでもするように、白い布を顔に巻いていたが、その立ち振る舞いから、盲目の不自由さは感じさせない。


「何を言っているのよ、天刑(てんけい)。私は反対よ。私たちが人間に追いやられるなど、おかしいとは思わない?」

 玉座をはさみ、反対側に立っていた若い女が反論した。

 彼女も道士服を着ている。地面につきそうなほど長い黒髪に、海のような深みのある青い瞳をしている。

 

「・・・人間はこれからも、ここに攻めてくるだろう。しかも侵攻のたび、その数も装備も増強している。夕凪(ゆうなぎ)、君は彼らと延々戦い続けるつもりか?」

 天刑と呼ばれた青年は、諭すように言った。

 

「あはは。延々と戦い続ける必要なんか、無いわ。二度と私たちに歯向かう気が起きなくなるくらい、徹底的に、むごたらしい罰を与えてやればいいのよ」

 夕凪と呼ばれた女は、笑いながら答える。


「あいつら全員の眼とのどを潰し、両腕をもいで帰してやるのはどう?少しずつ身体が腐っていく呪いをかけてやるのもいいわ。主のお許しがあれば、今から私が行ってくるわよ」

 狂気を帯びた策に、天刑は表情をゆがませる。さらに反論する気も失せるほど、二人の考えは方向性が違っていた。

「私たちとて、神ではない。いたずらに命を(もてあそ)ぶのは、おのれの徳を損ねるぞ」


「やめろ」

 その一言に、二人はぴたりと口をつむぐ。

 

 しばしの静寂の後、

「分からぬ。なぜ、人間でなければならないのか。あのような、強欲で愚かな生き物が・・・」

 玉座の男は首を振り、ため息を吐いた。

「これが、神の意志とでもいうのか・・・」




「・・・夢、か?」

 うっすらと目を開けた侘助は、やたらと鮮明に覚えている夢の内容を反芻する。

 たしか前も変な夢を見たが、今回は、それよりずっと昔のことのように感じた。


 天井が見える。見覚えのない、白い天井だ。

 頭がぼんやりするし、なんだか息苦しい。


「侘助!!」

 聞き覚えのある声が耳元で聞こえた。いや、聞こえたというより、炸裂したとでもいうような大きな声だ。きーん、と耳鳴りがする。

 

 視界に入ったのは、あどけなさと活発な印象を与える、ショートカットと大きな黒い瞳。

 幼馴染の東仙みちるだった。


 あれ、どういう状況だ?

 夢ははっきり覚えているのに、眠る前の記憶が曖昧(あいまい)になっている。

 とりあえず、自分がベッドで寝ているのは分かる。そういえばここは、転入時の案内で見たことがある。たしか、星旺学園の保健室だ。


「ごめんね、侘助!私が、あそこに行こうって言ったから」

 みちるが申し訳なさそうにぎゅっと手を握ってくる。


 あそこ?

 うーん、と記憶をたどった侘助は、漆喰で仕上げられた古い蔵を最後に見たことを思い出す。

「扉に触れた途端、急に倒れちゃうんだもん!びっくりしたよー!」

 みちるはその時のことを思い返したのか、泣き出しそうな声で言った。


 急に倒れた?まったく覚えていないな。

 なんだか膝とか腕とか、ところどころ痛むのは、地面に倒れ込んだせいか。

 まさか、呪いとかじゃないだろうな。


「体の方は別条なさそうだけど、気分とか大丈夫?」

 聴診器をもった女医も、心配そうに聞いた。

「あ、はい。特に、気分が悪いとかも無いです」

 侘助はそう答えた。普通の寝起きの時のように、すっきりした気分だった。


 ただ、もう二度と、あの蔵には近づきたくないと思っていた。

 


 しかし、それから一週間後。侘助は、毎日見る夢に奇妙な変化を感じていた。

 今度は、時代がかった登場人物などは出てこないのだが、眠っている間、夢の中で、膨大な数の棋譜が流れ込んでくるのだ。

 それは、直接脳に刻み込むように、一手一手が明確に並べられていく。しかも、一手一手に込められた打ち手の意志まで流れ込んでくるのだ。

 それが延々と、一回の夢で百局近い棋譜が繰り返される。そんな夢が、いつ途切れるともなく毎日続いていた。

 

 誰の棋譜かは分からない。しかしその打ち回しを見ると、ミスのない正確さ、思いもつかない妙手など、侘助よりも途方もなく棋力の高い者同士の対局であることは感じていた。

 その一手一手が記憶に刻まれているので、自然と侘助も影響を受け、自分が打つ際の参考にしてみる。


 そして一ヵ月が経つ頃、侘助の棋力は劇的な変化を起こしていた。

 星旺学園において、週に三回ある碁の必修科目。その内容は、主に学生同士の対局と検討であるが、有段者がゴロゴロいる中で低かった侘助の勝率が、日を追うごとに上がっていく。


 プロ棋士など強い棋士の棋譜をなぞる『棋譜並べ』については、「千局並べれば初段になれる」などと言われることもある。

 侘助は夢の中で、すでに三千局近い棋譜並べを経験していた。しかし棋譜の夢は、まだ終わらず続いている。

 この打ち手は、いったいどれほどの対局を重ねたのかと思うほど、あらゆる棋譜が流れ込んでくる。


 さらに一ヵ月が経ち、二ヵ月が経ち、夏休みが終わって九月となり、秋季・星旺囲碁大会が開催される頃には、夢の棋譜は一万局を超えるに至っていた。


「・・・ありません」

 秋風が吹きこんでくる教室。

 侘助の対局相手をしていたクラスメイトの少年は、うなだれながら、声をしぼりだした。

 星旺学園中等部において、ランキング三位の少年は、青ざめているようにも見える。


 盤上の手数は、まだ百手も進んでいない。侘助の圧倒的な勝利だった。

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