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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第2章 九星の封扉編
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事情

「S中学校から転入してきました、石鳴侘助です。以前は野球をやっていましたが、腕を故障したので、中学に入ってからは碁をやってます。これから、よろしくお願いします」

 三〇名ほどのクラスメイトを前に、侘助は簡単に自己紹介した。

 同じく今日から転入した東仙みちるは別のクラスになったので、職員室ですでに分かれている。

 

 紹介時、教室の中が少しざわざわする。侘助の場合、『特待生』ということもあって注目されているようだった。しかも、特殊な特待生だ。

 星旺学園において、特待生は全国的な学業優秀者、あるいは棋力七段以上(免状を必要とする)であり、かつ学長の承認を得た者に限られる。一学年に一人いるかどうかという、非常に稀有な存在である。


 当然、転入したばかりで学業の実績も残しておらず、棋力四段の侘助は、いずれの条件も満たしていない。しかし「柊木白夜が推薦している」という一点だけで、特待生扱いで転入したのだ。

 「あいつ、何者なんだ?」と好奇の目で見られるのは、仕方のないことだった。

 

 早く、もっと強くならないといけないな。

 侘助は自分の置かれている状況が、非常に厳しいものであることを認識していた。


 最低でも、正規の特待生条件である七段以上にはならなければいけない。

 七段というと、碁会所で侘助たちに碁を教えてくれているA歯科大学の三年生、神内(じんない)ユウジと同じ段位だ。

 正直、目標の高さに頭が痛いが、転入までしてしまったのだから、もう後には引けないし、引く気もない。

 しばらくは、こうした周囲の視線にも耐えなければならないな、と侘助は思った。

 

 しぶしぶ碁を始めた当初と違い、この半年で、侘助の心境は大きく変化していた。

 S中学校の囲碁部に入った当初は、いかに少ない練習時間で済ませるかと考えていたが、今では睡眠時間を削ってまで碁に没頭している。


 陣内から借りた碁の本を読み漁り、碁会所で対局し、教えを受け、家では安いマグネットの碁盤を買って棋譜並べに勤しんでいる。

 その甲斐あってか、日に日に強くなっていると周囲から言われるが、本来、段位を一つ上げるのは大変なことである。一生懸命努力したからといって、一年で三段も上げられる保証など無いのだ。

 

「二年生の終わりまでに、七段以上を目指さなくてはならなくなりました」

「そ、そうかい」

 碁会所にて、神内に近況を報告すると、ひきつった表情で無理やり笑顔を作っていた。

 「無理だろ」と、心の中で突っ込みを入れていることは容易に想像できる。

 

「だけど、星旺学園か。なつかしいな」

 神内は遠くを見るような目つきになる。

「僕も、中等部から星旺学園に通ってたんだよ。三年生の時でも、まだ三段かそこらだったから、二軍だったけどね」

「二軍?」

 初めて聞くキーワードに、侘助が反応する。もちろん、神内が星旺学園に通っていたことも知らなかったが、その言葉には特に嫌な予感を感じたからだった。


「・・・あそこ、囲碁部が無いだろう?碁は全生徒の必修科目だから、学校として大会とかに出場する場合は、全生徒から強い人が選定されるんだ。毎月ランキングが発表されて、レギュラーメンバーは九名。その他の生徒は、試合に登録もさせてもらえない『二軍』ってわけさ」

 

 つまり、ランキング九位以内に入っていなければ、特待生どころか試合にも出られないのか。

 そういえば、講堂の入口付近に番号、クラス、名前が書かれた紙が掲示されていた。テストの順位にしては学年もバラバラなのでおかしいな、とは思っていたが、あれは棋力の序列だったのだろう。


 前回の星旺学園囲碁大会で、星旺学園のメンバーは最低でも五段以上だと聞いたので、ランキング九位でも、最低五段はあるのだと分かる。中等部でもこれだけ高段者が多いとなると、高等部はどれほどのものなのだろうか。

 想像以上のレベルの高さに、侘助は事情を知れば知るほど、なぜ自分がスカウトされたのかと不思議になる。


「プロ棋士にも星旺学園の卒業生は多いし、アマチュアの大会でも、優勝はたいてい星旺学園の卒業生だ。この学園ができてから、日本棋界のレベルはかなり上がったと言われてるくらいだからね。得られるものは多いと思うよ」

 そういえば、合宿で指導してもらったプロ棋士の紫藤岳も、星旺学園の卒業生だと言っていた。さすがにプロ棋士になれるとかは思っていないが、改めて日本最高峰の環境に所属しているのだと認識する。


「あとは、そうだな。学園の敷地の北に、やたら古い蔵があってね。学園創設前からあるそうなんだけど、たまに“血まみれの女の幽霊”が出るって言われてて、生徒がよく、肝試しで忍び込んだりしてたな」

「・・・へえ、気味が悪いですね」

 幽霊と聞いて一瞬、知玄を思い浮かべたが、「血まみれの女」となると、どうやら違いそうだ。

 神内の話を聞いた侘助は、北の蔵には絶対に近づくまいと思った。



 そして次の日の放課後、


「ねえ、侘助。あっちの方に、面白いものがあるって聞いたんだけど、ちょっと寄ってみない?」

 東仙みちるはキラキラと好奇心に目を輝かせながら、学園の北の方を指差して言った。

 侘助は微妙な顔をする。


「・・・まさか古い蔵があるとか、言わないよな?」

「え、知ってるの?」と、みちるは驚く。


「ひとりで行け」

 そう言い捨てて正門へ向かおうとする侘助の腕をつかみ、みちるは強引に引き取める。

「なんでー!この学園の生徒しか見せてもらえないお宝があるって、クラスの子が言ってたんだよ!行こうよ!」

 お宝?そんな話、神内さんは言ってなかったぞ。


「行ってくればいいだろう。俺を巻き込むな」

「だって、この学園に入学した生徒は、皆一度はその蔵に行ってるんだよ!そのお宝には、碁が強くなれる“おまじない”がかかってるんだって!」

 ん?なんだか、俺がきいた話とだいぶ内容が違うな。心霊スポットじゃないのか?


「んー、そうだな」

 みちるがしつこく食い下がるので、しだいに侘助も折れかける。いつものパターンである。

 侘助は「女の幽霊とか出ないのか?」と聞こうとしたが、ビビってると思われるのも嫌なので、結局、黙って彼女に付き合うことにした。


 まだ日も高いし、大丈夫だろう。と侘助は、たかをくくっていた。

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