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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
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スカウト

「いいんですか?御当主。知玄さんを行かせてしまって」

 木枯らしの吹く季節。獅子唐かぐらは庭の枯葉を掃き集めながら、尋ねる。

 屋敷の縁側には、火鉢を傍に置き、外を眺める長襦袢と羽織をまとった美しい女性、三日月真衣がいた。

 かぐらの言い方は、どこか納得いかないようだった。


「・・・ん、ああ」

 真衣は長い煙管から口を離すと、紫煙を吐きながら返事する。

「まあ、いいさ。今回は確認だけで、用事が終われば、すぐ帰ってくるんだからね」

 その口調は、どこか機嫌良さげに聞こえる。


「あいつは、見つけてきてくれたんだ。これくらいは、大目に見るさ」

 五年後に、あの御方と対局するかもしれない者。

 本物であれば、近い将来、私の前にも現れるのだろう。くれぐれも期待外れでないことを祈る。


「ふふ。楽しみだね。細工は流々仕上げを御覧じろ、だ。運命が、がらりがらりと動くのを感じるよ」

 あどけなさと艶やかさが同居したような、美しい笑顔を浮かべながら、真衣は日が暮れるまで、山の向こうの景色を眺めていた。




「・・・カスだな」

 紫藤岳が、辛辣な評価をくだす。


 紫藤の頭の上にいる知玄に気を取られていた石鳴侘助は、わずか5分程度で降参を告げた。完全に集中力を欠いていたと言っていい。

 紫藤、真似、櫓の反応を見る限り、知玄の存在は三人には見えてはいないようだ。


「こんなつまらない碁を打たせやがって・・・局後検討もいらないだろう。俺は帰るぞ」

 そう言って、不機嫌そうに紫藤は立ち上がる。

 

 侘助は、気が入らず、ベストを尽くせなかった自分が恥ずかしくなり、(うつむ)いた。耳が熱く、赤くなるのを感じる。

 と同時に、碁で負けて、はじめて心から「悔しい」と感じている自分に気づき、戸惑った。


 かつて、野球には真剣に打ち込んでいた。それこそ、負ければ悔し涙を流すほど。

 負けて悔しさを感じるということは、それだけ好きだということだ。情熱を傾け、真剣に打ち込めるということだ。

 周りに流されてやっていただけのはずの碁が、自分の中でこれほど存在感を増しているとは思わなかった。

 

 ふと、侘助は周囲に違和感を覚える。

 立ち上がった紫藤が、黙ったまま、なかなか立ち去らないからだった。

 同室の真似流星と櫓太陽も、不思議に思っている。

 そして知玄は紫藤の足元で、「まったく。早くせい」と言いながら欠伸(あくび)をしている。


「・・・本当に、こんなやつが」

 ぼそりと、紫藤がつぶやいた。

 がしがしと頭を掻き、どかりとソファに座りなおす。


「・・・お前ら、俺が、星旺学園の卒業生だってことは知ってるか?」

 両手を広げてソファの背もたれにかけ、天井を見上げながら、紫藤は口を開いた。


「は、はい!もちろん」

 紫藤の問いに、真似だけが頷く。真似は星旺学園の生徒だから、知っていても不思議ではない。

 他校の侘助と櫓は、「え、そうなの?」という感じだ。


「・・・あの学園は、特別なんだ。建物が立派とか、碁が強いとか、そういうことではなくな。そしてその意味を、今の生徒どもは、おそらく誰も知らない」

 三人は紫藤の話を黙って聞いていたが、その話の意図は、何一つ分からない。


「あのジジイは、碁が強い子供を欲している。際限なくだ。今いる生徒では、とても足りないそうだ」

 天井を仰いでいた顔を起こし、紫藤の鷹のような鋭い目が、侘助に向けられる。

 そしてスーツの胸ポケットを探ると、一通の白い封筒を取り出した。


「俺の仕事は、じつは指導碁だけじゃない。星旺学園の卒業生として、スカウトに駆り出されたってわけだ」

 そう言って、封筒を目の前に座る中学生に差しだす。侘助は、顔にクエスチョンマークを浮かべながらも、それを受け取った。


「正直なところ、さっきみたいな碁を打つやつに、これを渡すのは納得できない。しかし、なぜかお前のことを高く買っている人がいる」

 くい、と顎をあげる紫藤。侘助は促されるように、封筒の中から手紙を取り出す。


 手紙を開くと、その内容に目を通し、侘助は困惑する。

「え!?」

 横から手紙を覗き見た真似と櫓が、そろって声を上げた。


「・・・お前の何があの人を動かしたのか、俺には分からん。しかし、これは拒むことのできない運命だ」


 「もしかして、お前が何かしたのか?」と侘助は知玄に視線を送るが、知玄は否定するように手と首を振る。


 手紙は、星旺学園への転入届だった。しかも学費免除の特待生扱いだ。しかし、転校など考えてもいない侘助は、はっきり言って困惑していた。

 だが、真似と櫓が最も驚いたのは、そこではない。彼らが驚いたのは、推薦者の欄に『柊木白夜』の名前が書かれていたからだった。


「石鳴侘助。お前は、星旺学園に来い」

『S中学校囲碁部編』はこれで終わり、次回からは『九星の封扉編』(執筆中)となります。

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