スカウト
「いいんですか?御当主。知玄さんを行かせてしまって」
木枯らしの吹く季節。獅子唐かぐらは庭の枯葉を掃き集めながら、尋ねる。
屋敷の縁側には、火鉢を傍に置き、外を眺める長襦袢と羽織をまとった美しい女性、三日月真衣がいた。
かぐらの言い方は、どこか納得いかないようだった。
「・・・ん、ああ」
真衣は長い煙管から口を離すと、紫煙を吐きながら返事する。
「まあ、いいさ。今回は確認だけで、用事が終われば、すぐ帰ってくるんだからね」
その口調は、どこか機嫌良さげに聞こえる。
「あいつは、見つけてきてくれたんだ。これくらいは、大目に見るさ」
五年後に、あの御方と対局するかもしれない者。
本物であれば、近い将来、私の前にも現れるのだろう。くれぐれも期待外れでないことを祈る。
「ふふ。楽しみだね。細工は流々仕上げを御覧じろ、だ。運命が、がらりがらりと動くのを感じるよ」
あどけなさと艶やかさが同居したような、美しい笑顔を浮かべながら、真衣は日が暮れるまで、山の向こうの景色を眺めていた。
「・・・カスだな」
紫藤岳が、辛辣な評価をくだす。
紫藤の頭の上にいる知玄に気を取られていた石鳴侘助は、わずか5分程度で降参を告げた。完全に集中力を欠いていたと言っていい。
紫藤、真似、櫓の反応を見る限り、知玄の存在は三人には見えてはいないようだ。
「こんなつまらない碁を打たせやがって・・・局後検討もいらないだろう。俺は帰るぞ」
そう言って、不機嫌そうに紫藤は立ち上がる。
侘助は、気が入らず、ベストを尽くせなかった自分が恥ずかしくなり、俯いた。耳が熱く、赤くなるのを感じる。
と同時に、碁で負けて、はじめて心から「悔しい」と感じている自分に気づき、戸惑った。
かつて、野球には真剣に打ち込んでいた。それこそ、負ければ悔し涙を流すほど。
負けて悔しさを感じるということは、それだけ好きだということだ。情熱を傾け、真剣に打ち込めるということだ。
周りに流されてやっていただけのはずの碁が、自分の中でこれほど存在感を増しているとは思わなかった。
ふと、侘助は周囲に違和感を覚える。
立ち上がった紫藤が、黙ったまま、なかなか立ち去らないからだった。
同室の真似流星と櫓太陽も、不思議に思っている。
そして知玄は紫藤の足元で、「まったく。早くせい」と言いながら欠伸をしている。
「・・・本当に、こんなやつが」
ぼそりと、紫藤がつぶやいた。
がしがしと頭を掻き、どかりとソファに座りなおす。
「・・・お前ら、俺が、星旺学園の卒業生だってことは知ってるか?」
両手を広げてソファの背もたれにかけ、天井を見上げながら、紫藤は口を開いた。
「は、はい!もちろん」
紫藤の問いに、真似だけが頷く。真似は星旺学園の生徒だから、知っていても不思議ではない。
他校の侘助と櫓は、「え、そうなの?」という感じだ。
「・・・あの学園は、特別なんだ。建物が立派とか、碁が強いとか、そういうことではなくな。そしてその意味を、今の生徒どもは、おそらく誰も知らない」
三人は紫藤の話を黙って聞いていたが、その話の意図は、何一つ分からない。
「あのジジイは、碁が強い子供を欲している。際限なくだ。今いる生徒では、とても足りないそうだ」
天井を仰いでいた顔を起こし、紫藤の鷹のような鋭い目が、侘助に向けられる。
そしてスーツの胸ポケットを探ると、一通の白い封筒を取り出した。
「俺の仕事は、じつは指導碁だけじゃない。星旺学園の卒業生として、スカウトに駆り出されたってわけだ」
そう言って、封筒を目の前に座る中学生に差しだす。侘助は、顔にクエスチョンマークを浮かべながらも、それを受け取った。
「正直なところ、さっきみたいな碁を打つやつに、これを渡すのは納得できない。しかし、なぜかお前のことを高く買っている人がいる」
くい、と顎をあげる紫藤。侘助は促されるように、封筒の中から手紙を取り出す。
手紙を開くと、その内容に目を通し、侘助は困惑する。
「え!?」
横から手紙を覗き見た真似と櫓が、そろって声を上げた。
「・・・お前の何があの人を動かしたのか、俺には分からん。しかし、これは拒むことのできない運命だ」
「もしかして、お前が何かしたのか?」と侘助は知玄に視線を送るが、知玄は否定するように手と首を振る。
手紙は、星旺学園への転入届だった。しかも学費免除の特待生扱いだ。しかし、転校など考えてもいない侘助は、はっきり言って困惑していた。
だが、真似と櫓が最も驚いたのは、そこではない。彼らが驚いたのは、推薦者の欄に『柊木白夜』の名前が書かれていたからだった。
「石鳴侘助。お前は、星旺学園に来い」
『S中学校囲碁部編』はこれで終わり、次回からは『九星の封扉編』(執筆中)となります。




