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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
14/26

合宿③

 合宿二日目。今日からいよいよ、学生たちの部屋へ、プロ棋士が指導に訪れる。


「誰が来ると思います?」

 朝食時、(やぐら)太陽(たいよう)は期待を抑えきれないように、真似(まに)流星(りゅうせい)に質問する。石鳴(いしなり)(わび)(すけ)は正直なところ、どんなプロ棋士がいるのか、ほとんど知らない。


「一番来て欲しいのは、最強棋士の柊木白夜七冠だけど、まず来ないだろうね。まあ、トッププロが中学生なんかをまともに相手するとは思えないし、近年プロになったばかりの新人棋士とかじゃないかな?」

 真似は、自分の予想を話した。もっともらしい意見だと侘助も思う。



 午前九時、部屋に備え付けの電話のベルが鳴ったので、侘助が受話器をとると、客室担当の執事より「お客様をお連れしました」と報告される。

 客室のドアを開けると、目の前には短髪で、鷹のような眼をしたスーツの青年が立っていた。

「・・・よう。棋士の紫藤(しどう)(がく)だ」

 

 侘助は、紫藤のことについて詳しくは知らないが、新人棋士ではないのだろうと一目で察する。堂々としていて、相手を威圧するようなオーラをまとっている。

 真似と櫓はかなり予想外だったようで、紫藤の姿を見て、一瞬固まっていた。

 

「お前ら。ガキのくせに、とんでもない部屋に泊まってるな。将来ロクな大人にならないぞ」

 部屋に入るなり、紫藤は辺りを見回し、憎まれ口を叩いた。


「うおお!本物の紫藤七段や!」

 櫓はテンションが上がり、両手を握りしめて感動していた。当然、七段というのはアマチュアの七段ではなく、プロ棋士の七段だ。


 真似がこっそり侘助に説明してくれたが、紫藤岳は日本棋界きってのホープで、柊木白夜がいなければ、一つや二つタイトルを獲っていてもおかしくないほどの実力者らしい。間違いなく、トッププロの一角といえる。

 ただし口が悪いため、先輩棋士やマスコミ受けは悪く、しばしば“悪童(あくどう)”と称される棋士なのだそうだ。

 

「あのジジイ、この俺様にガキのお守りなんか頼みやがって。断るつもりで指導料百万円よこせと言ったら、本当に払いやがったからな」

 紫藤は、不機嫌そうに何やらブツブツ言っている。「あのジジイ」というのは、おそらく芦原源(あしはらげん)()のことだろうなと侘助は思う。


「十一時まで、約二時間か。時給五〇万円の仕事だな」

 ロンジンの腕時計で時間を確認すると、リビングの碁盤の前まですたすた歩き、王様のような振る舞いで、ソファにドカッと座る。

「で、誰から打つんだ?」

 

「はい!俺からで良いですか?」

 櫓が元気よく右手を挙げた。侘助と真似も、異論はない。


「棋力は?」

「四段です」

「そうか。じゃあ、七子置け」

 櫓は、自分の耳を疑った。


「あ、あの、俺。プロとの指導碁では、いつも四子でやらせてもらってます」

「・・・だから何だ?」

 紫藤は、じろりと櫓をにらむ。


「いいか。まずお前たちに、二つ教えておいてやる。一つは、俺を他の棋士と一緒にするな」

 鷹のような鋭い眼が、櫓、真似、侘助を順番にとらえていく。

「二つ目は、碁に余計なプライドはいらん。ただ貪欲に学べば良い」

声を荒げることは無いのだが、なぜか三人は肌が粟立つような、強烈なプレッシャーを感じる。


 櫓は、言われるまま盤上に七子を置いた。しかし相手がトッププロとはいえ、屈辱に感じたのだろう。何が何でも勝ってやろうという表情をしている。


 だが、その決意は実らない。何とか最後まで打ち切ったものの、七目差で紫藤が勝利した。

「ふうん、思ったより強かったな」

 紫藤はそう褒めたが、対局者の櫓を含め、三人は紫藤の強さに驚愕していた。


 対局中の状況を並べ直しながら、どこでどう打てばよかったかを紫藤が解説するが、櫓はなかば放心状態で聞いていた。七子で負けたのが、よほどショックだったのだろう。

 実力差がありすぎて、どのくらい強いか分からない。雲に隠れた山の頂を見上げるような気分だった。

 

「次は?」

 腕時計を見ながら、紫藤が催促する。「じゃあ、僕が」と、真似が向かいに座る。

 棋力は六段だと伝えると、「じゃあ六子置け」と紫藤は指示する。

 その言葉に、真似の端正な顔がひきつる。それはそうだろう。彼は櫓より段位が二つ高い。順当に考えれば、置き石は二つ減らして五子のはずだ。

 ただ、反論しても意味がないと判断したのか、真似は素直に六子を置いた。


「なんだ。お前も結構強いな」

 中盤、紫藤が感心したように声を漏らした。しかし盤上では真似の大石が死んでしまい、明らかに紫藤が有利の状況となっていた。

「・・・負けました」

 真似が、悔しそうに声を絞り出す。


 怪物だ。何を考えながら打っているのかも理解できない。プロ棋士というのは皆、これほど強いものなのだろうか。

 真似との局後検討が終わり、ふらりと立ち上がった紫藤は、備え付けの冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出すと、グイっと一口飲んだ。 

「お前ら、ラッキーだな。俺は普段、ガキ相手に碁は打たんから、一生の思い出にしていいぞ」

 くく、と紫藤は笑う。


 俺たち三人を笑ったのではないと、侘助は感じた。その笑い方が、自嘲気味だったからだ。

 きっと、芦原源吾の言葉に乗せられて、うっかり沖縄まで中学生の指導碁に駆り出されてしまった自分自身を笑っているのだろう。

 酒でも飲まなければ、やっていられないと思うほど。



「最後は、お前だな」

 侘助に目を向けると、自分の前に座るよう指示する。手合いは櫓と同じく、七子である。


「ん?お前、どこかで会ったか?」

 向かいに座った侘助の顔を、まじまじと紫藤は見つめる。

「え?・・・いえ」

 侘助には、心当たりがない。それにこんな強烈なキャラ、一度会ったら忘れられるはずもないと思った。


「ああ、そうか。いや、勘違いだ。忘れてくれ」

 自分だけ何かを納得した紫藤は、対局を始めるよう促す。


 楽しみのような、怖いような。まあ、元々が初心者だし、失うものは何も無いけど。

 気持ちを整えながら、七つの置き石を並べ終わった侘助が紫藤を見ると、その目が大きく見開かれ、黒ぶち眼鏡がずり落ちそうになる。


「・・・おいおい。なんで、お前がここにいるんだ」

 侘助の口から洩れた言葉に、紫藤が怪訝な顔をする。しかしその視線は、紫藤ではなく、彼の頭の上に乗っかった、なつかしい顔に向けられていた。


「ヤハハ。坊主、久しぶりじゃのう」

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