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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
13/26

合宿②

 石鳴侘(いしなりわび)(すけ)たちは、芦原エンペラーホテルのプールフロアを一時間ほど楽しんだ後、給仕が客室まで運んでくれた昼食に口をつけていた。

 ちなみに、プールサイドで侘助が挨拶した時、部長の片瀬マリナは、少しだけ恥ずかしそうにしていた。


「なあ、石鳴。これから一局打とうや」

 ミシュランガイドの三ツ星シェフが作ったという、おいしい料理に舌鼓を打っていたところ、不意に相部屋の(やぐら)太陽(たいよう)が対局を申し込んできた。秋季・星旺囲碁大会において、侘助たちのS中学校と、櫓のB中学校は試合で当たらなかったので、櫓は侘助の実力に興味があるようだ。

 同じく相部屋の真似(まに)流星(りゅうせい)が所属する星旺学園と、B中学校とは、決勝戦で対戦している。


 侘助も相部屋のメンバーとは対局しておきたいと考えていたので、その申し出に応じる。

 ただし、真似が「行儀が悪いから、ちゃんと食事が終わってからにしなよ」と注意したので、二人は上級生の言葉に従い、料理をきれいに平らげてから碁盤の前に座った。


 交流試合のようなものなので、対局時計は使わない。大会当時の棋力は櫓の方が高かったので、櫓が白番で打つこととした。手合いは互先ハンデなしだ。


 八手目まで打ち進めて、黒番である侘助の手が止まる。

 白番の櫓が、左下隅の一角を固めるような、奇妙な布石を打ってきたからだ。


挿絵(By みてみん)


「トーチカか。珍しいね」

 トーチカ。ロシア語で『城塞』を意味するこの布石は、特に昭和の前半に流行した。しかし「スピードが遅い」などの理由で、現代では廃れてしまっており、ほとんど打たれることがないという。

 トーチカの完成には三手を要するが、その破壊力は絶大。ただし現代では棋譜自体が少ないため、使いこなすには相当の研究が必要なはずだと、真似が説明する。


「・・・詳しいですね」

 囲碁オタクなのかな。それとも、わりとよく知られた布石なのだろうか。


 侘助がトーチカを見たのは、これが初めてである。もちろん、対戦するのも初めてで、いわゆる初見ということになる。経験が無い分、序盤の打ち回しは慎重にならざるを得ない。


「俺は、このトーチカが好きで、使うことが多いんや。もちろん、使うかどうかは、相手の布石にもよるけどな」

 櫓は「へへ」と鼻の下を人差し指でこすった。


 なるほど、こだわりの布石というやつか。自己紹介代わりの一局にふさわしいな。

 一方、侘助には、これといってこだわりの布石はない。まだ碁を始めて日が浅く、その時その時で良いと思った布石を採用しているだけだった。

 しかし櫓のように、好きな布石をとことん研究していくのも面白いかもしれないなと思った。


 約四〇分後、二人とも比較的早いスピードで打ち進めた対局は、模様の張り合いから荒らし合いへと発展し、最終的には黒番である侘助の五目半勝ちとなった。

 櫓の着手が早いので、自然と侘助も打つのが早くなってしまっていた。

 

「・・・参ったわ。お前、強いなあ」

 櫓は自分の石を片付けながら、素直に侘助の実力を褒める。

 しかし今回は勝ったものの、内容はほぼ互角で、二人の棋力は同程度だと思われた。

「うん、強いね。石鳴くん、次は僕と打とうか?」

 二人の熱戦に焚きつけられたように、真似が対局を申し出る。


 真似は、あの星旺学園の副将だ。大会時の棋力は六段だったので、片瀬部長と同じくらい強いことになる。

そして今年が二年生ということは、来年も大会には出てくるだろうし、実力や打ち方を確かめておいて損はない。侘助は「是非お願いします」と対局に応じた。


 当然、明らかに棋力が上の真似が白番である。六段と四段なので、本来の棋力差であれば置き石を二子置くべきだろうが、切磋琢磨を目的とした合宿の交流試合ということで、手合いは互先で打つことにした。


 黒番の侘助は『高中国流』、白番の真似は『二連星』という布石でのスタートとなった。

 二連星は、隅を一手ずつで済ませる布石だ。真似は足早な碁を好むのかな、と侘助は思った。一方、侘助の高中国流は、中央志向で大きな勢力をつくる戦法だ。

 

挿絵(By みてみん)


 真似は、一手一手にじっくり時間をかけるタイプだった。いわゆる『長考派(ちょうこうは)』というやつである。

 早指しだった櫓との対局に比べ、進行に時間はかかったものの、真似は格段に碁の精度が高く、開始三〇分ほどで黒の大石が取られてしまい、侘助が投了(降参)した。

 結果的に、櫓との対局よりも短い時間で終わってしまったことになる。


「やっぱり、強いですね」

 侘助は感嘆する。段位が違うと、これほど実力が違うものだろうか。悪い手を打ったつもりはないのに、打てば打つほど形勢が悪くなっていくので不思議だ。


「石の取り合いになって、しびれるような楽しい碁だったよ。石鳴くんは、攻め合いが好きなんだね。相当、詰碁をやってきたのかな?」

 じゃらじゃらと石を片付けながら、真似は感想を述べる。実際に対局し、相手の棋風に触れてみると、その人物の好きな戦法や、積み重ねた努力、果ては性格まで分かることがある。

 こうした、言葉でなく碁を通して語り合える感じが、侘助は好きだと思った。


「そうですね。七月に碁を始めてから、訓練の八割方は詰碁をやってきました。碁会所で教えてくれる人が、特に詰碁を勧めてくれたので」

 侘助のその言葉に、真似と櫓は、しばし「何を言っているのか分からない」という表情をするので、侘助は何か変なこと言ったかな、と首を傾げる。


 やがて、真似と櫓は二人そろって

「七月に碁を始めたって!?」

 と、素っ頓狂な声を出した。



 櫓が、ジト目で侘助を見つめている。

「・・・あのなあ、石鳴。俺は今、四段やけど、自分はそこそこ才能があると思っとる。そんな俺が、いつから碁をやってるか分かるか?」

「・・・さあ」

 分かるわけないだろ、と侘助は首を傾げる。


「九歳や。最初は、従兄弟(いとこ)に碁を教えてもらった。つまり俺は四段になるまで、三年くらいかかっとるいうわけや。それでも上達が早いって、周りから褒められたもんや」

「・・・僕が碁を始めたのは、八歳くらいかな」

 真似も、櫓の言葉に同調する。つまり真似は六段になるまで、五年くらいかかっているということだった。二年生で副将ということは、それでも上達が早い方なのではないかと推察する。


「なのに!お前は!わずか半年でそんだけ強くなったっちゅうんかい!」

 ありえへん!と櫓は吠えた。


「・・・はあ。世の中には、そういうやつもおるんやな」

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