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鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
12/26

合宿①

 プライベートジェットが那覇空港に到着すると、空港から芦原エンペラーホテルまでリムジンバスで送られる。バスもプライベートジェットと同様、果物やドリンクが豊富に準備されており、至れり尽くせりだった。


「緊張するわね」

 リムジンバスの中、隣に座っていた片瀬マリナがつぶやく。彼女は石鳴侘助と同じS中学校の先輩で、囲碁部の部長を務めている。

「先輩も緊張してるんですね。なにせ、あの芦原エンペラーホテルですからね。きっと、すごいリゾートホテルなんでしょうね」

 スイートルームは最低でも一泊二五〇万円だという。きっと自分の人生の中で、二度と行くことはないのだろうと侘助は思う。

「ふふ。それもあるけど、私の棋力がどこまで通じるのかなって。この合宿には、星旺学園のレギュラーメンバーも参加してるから」


 ああ、なるほど。

 侘助は、自分だけ遊び気分で来ているような気になって、少し恥ずかしくなった。

 考えてみれば、片瀬部長はもう三年生だ。これは彼女の中学生活で、同世代で自分と同じか、それ以上に強い学生たちと腕を磨きあう、最後のチャンスなのだ。

 高校受験の直前にもかかわらず参加していることが、彼女の想いの強さを物語っていた。

 

 リムジンバスは二時間以上走り、やがて芦原エンペラーホテルに到着する。


「おお」

 学生たちは皆、その景観に感嘆の声を上げる。


 海の傍に建てられたホテルの前には、等間隔にヤシの木が生えた、美しいプライベートビーチが広がっている。ホテルは巨大な円柱形をしており、その高さは約三五〇メートル。国内では最も高く、七十二階建てだ。


 ホテルの中に入ると、ロビーの中央にはライトアップされた巨大な水槽が設置されており、中ではジンベエザメなど様々な回遊魚たちが優雅に泳ぎまわっている。円柱形の水槽は三階層の高さまでブチ抜きとなっていて、その辺の水族館が顔負けのスケールだ。

 足が沈みそうなほどの絨毯に、高級感溢れる調度品、そして美男美女しかいないホテルマンなど。一般の中学生にとっては、すべてが非日常的で、刺激的だった。


 各自フロントでチェックインすると、荷物を運んでもらい、各自の部屋へと案内される。皆、五十階以上の客室を割り当てられているようだ。


 ホテルは男子同士、女子同士、三人一組もしくは二人一組での相部屋だった。この合宿の目的には棋力の向上のみならず、学生同士の交流も含まれているので、相部屋の設定はむしろ当然のことだろう。


 そもそも割り当てられた部屋が広過ぎて、二人や三人が同じ部屋にいても、まったく窮屈さを感じない。開放感のある海側一面ガラス張りのリビングには、五、六人は寝っ転がれる大きなソファや、『グリーンブック』という映画でも観たスタインウェイのピアノなどが置かれている。正直、誰が弾くのかと突っ込みたくなるが。


 しかも、一部屋ごとに世話役の執事がついていて、お出迎えをしてくれた。普段は同じフロアの別室にいるが、二十四時間、呼び出しに対応してくれるとのこと。

 また、トレーニング器具が設置されたジムや、ベッドルームとバスルームも三つずつ用意されている。これより上の階層の部屋がどうなっているのか、想像しただけでも恐ろしい。



「なんか、とんでもないところに来ちゃったなあ・・・」

 一面ガラス張りのリビングから、はるか眼下にある風光明媚な沖縄の海を眺めながら、侘助と同室になった星旺学園中等部の二年生、真似(まに)流星(りゅうせい)はつぶやいた。

 長身の侘助と同じくらいの身長で、鼻が高く、端正な顔立ちをしている。棋力は六段で、秋季・星旺囲碁大会では二年生にして副将を務めていた。


「こんだけ綺麗なのに、海に入れんのが残念やな。夏に来たかったわー」

 能天気な声でそう言ったのは、同じく同室で、B中学校の一年生、(やぐら)太陽(たいよう)だ。背が低く、猫目で、ぼさぼさの髪は逆毛だっている。棋力は四段で、秋季・星旺囲碁大会では準優勝したB中学校の中堅を務めていた。


「そして、当然のように碁盤があるんだな」

 侘助は、リビング中央のテーブルに置かれた碁盤と碁笥(ごけ)(碁石を入れるもの)、対局時計に視線を送る。

 

 この合宿について、彼らへ伝えられた明日からのスケジュールは二つ。

 一つ目は、朝食後の午前九時から十一時までの間、芦原源吾が招いたプロ棋士の指導を受けること。指導してくれるプロ棋士は、各部屋に一人ずつ来てくれるらしい。

 二つ目は、午後五時から他部屋の学生と交流戦をすること。交流戦のための部屋として、三階にパーティールームが用意されているという。

 その他の時間は自由とのことだ。


「よし!昼食の時間まで一時間くらいあるし、まずは温水プールにでも行くか!」

 櫓は当然のようにスーツケースから水着やタオルなどが入ったバッグを取り出し、肩に担ぐ。ただ単に碁を打つだけなら、わざわざこんなところまで来た意味は無いからな、と言い放った。

 

 それもそうだ、と侘助と真似も顔を見合わせ、水着を準備する。事前に渡されたパンフレットで、どのような施設があるかを把握していた彼らも、しっかり水着は準備していた。


「たしか、プールは十五階やったな。今日は夕食まで自由時間やし、女子らもおるんやないか?今回の参加者、けっこう可愛い子が多いからなあ」

 いたずらっぽい顔で、櫓はキシシ、と笑う。真似は純情なのか、少し顔を赤くして、返答に困っているようだった。

 こういう「男子ならでは」のノリって、久しぶりだな。と侘助は思う。


 三人がエレベーターで十五階に到着すると、パンフレット写真以上に楽しそうな光景を目の当たりにする。

 壁は全面ガラス張りで、絶景という他ない。十五階全体がプールフロアとなっているので、かなりの広さである。巨大な噴水やウォータースライダーも設置されているし、一部ではわざと照明を落とし、イルミネーションで幻想的な雰囲気を演出している区画もある。

 また、プールサイドのところどころにカフェやバーも設置され、思い思いにのんびりできるようだ。一日中でも遊べそうな場所である。

 

 そしてプールフロアの一角に、見覚えのある栗色の髪の少女を見かける。

 侘助には気づいていないようだが、それは他校の女子たちとキャッキャッとはしゃぐ、片瀬マリナの姿だった。


 ・・・部長。ここには遊びに来たわけじゃないみたいなことをバスの中で言ってた気がしますが、ちゃっかり水着持ってきてたんですね。しかも、ビキニですか。

 

 侘助は、彼女の揺れる胸を目にし、けっこう着やせするタイプだったんだと思いながら、「部長、ありがとうございます」と、そっと親指を立てた。

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