招待
秋季・星旺囲碁大会の表彰式。星旺学園の創設者にして主催者の芦原源吾が、講堂の壇上で、賞状と大きなトロフィーを渡している。
受け取っているのは、本大会で優勝した星旺学園の学生だ。なんでも、この大会が開催されて以来、春季・秋季ともに一〇連覇を達成したらしい。
レギュラーメンバー全員が五段以上というのだから、そのレベルの高さが窺える。
S中学校は結局、準決勝で敗れてしまった。
部長の片瀬マリナが危なげなく勝利をおさめ、石鳴侘助も、辛うじて勝ちを拾うことが出来たものの、副部長の佐々倉凛が、まさかの敗北。白洲まふゆと東仙みちるも負けてしまい、最後の試合は二勝三敗という結果で幕を閉じた。
しかし皆が全力を尽くし、部としては三年ぶりに準決勝まで進めたのだから、部員の皆に悔いはない。
対戦相手の学校は、一番強い生徒を副将にしたり、一番弱い生徒を大将にしたりと、勝率を上げるため戦略的に布陣を組んでいたようだ。結果として、副部長は最も強い相手と対戦することになり、侘助は比較的弱い相手と対戦することになった。
当然、こちらも同じようなことはできるので、組合せが思惑通りになるかどうかは、棋力順で布陣を組んだ時と、確率的には変わらない。ただ、どのポジションにどの程度の棋力の者が配置されるか、相手に分からなくさせる程度の効果はある。
結局、上位へ勝ち進むためには、参加メンバー全員が強くなければならないということだろうと、侘助は納得していた。
やがて表彰が終わり、プログラムは閉会の辞へとうつるが、そこで芦原源吾は、素晴らしい対局を見せてくれた学生たちに、まだ大きな贈り物があると伝える。
「本日の大会で三勝以上挙げた学生には、冬休みに芦原エンペラーホテルで行う『星旺学園 囲碁強化合宿』への招待券をプレゼントしよう!部屋はもちろんスイートルーム!交通費、食費、宿泊費、施設利用料などは全部こちらで負担する!是非、奮って参加して欲しい!」
芦原のその言葉に、学生たちは「うおお!」と歓声を上げ、盛大な拍手を送る。
世界中のVIPが集まるという、沖縄のリゾート地に造られた芦原エンペラーホテルは超高級で、スイートルームは最低でも一泊二五〇万円だという。テレビでも度々(たびたび)取り上げられ、その名前は侘助でも知っているし、少なくとも一般の中学生が行けるようなところではない。きっと、一生の思い出になるだろう。
なんて豪快な贈り物なんだ。さすがは、芦原グループの会長・・・。
状況についていけない侘助だったが、そういえばこの大会で三勝を挙げていたため、片瀬マリナとともに、自分にも参加資格があるのだと気づく。
今回の大会は、けっこう楽しい思い出になったし、囲碁部をやめることはもう考えていなかったが、まさか、こんなことになるとは。
みちるは、「侘助、いいなあ」と、羨ましそうにしていた。
大会で三勝以上を挙げるためには、少なくとも準決勝まで進んでいなければならないので、自然と四校の生徒にしぼられる。対象となるのは、侘助を含めて十三名だった。名前を呼ばれて壇上に上がり、一人ずつ芦原源吾と握手してから、豪華な封筒に入った招待券を受け取る。
他の生徒に対しては、にこやかに握手していた芦原だったが、侘助の時だけ表情を曇らせ、「不本意」とでも言いたそうに苦々しい顔で招待券を手渡した。
ん、なんだ?初対面だと思うけど、俺、気に障るようなことしたかな?
あるいは、棋力が低いのに参加するのが気に食わないとか?
侘助は疑問に思いながらも、御礼を言い、招待券を受け取る。
表彰式が終わり、皆でわいわい話しながら講堂を出ると、講堂前のロータリーにて、黒塗りのロールスロイス・ファントムの後部座席に、芦原源吾が乗り込むところだった。
芦原はこちらに気づくと、先ほど侘助に向けていた険しい表情とは一転して、にこやかな笑顔で手を振ってくる。
眼光鋭かった目じりが下がり、デレッとした表情になっている。別人かと思うほど、あまりに態度が違うので侘助は困惑するが、すぐにその理由が判明する。
「またね!おじいちゃん!」
隣にいた東仙みちるが、そう言ってぶんぶんと手を振ったからだ。
「ぶっ!」
あまりに予想外の展開に、侘助は思わず吹き出してしまった。
おじいちゃん?お前、芦原源吾の孫だったのか?はじめて知ったぞ。
侘助とみちるは幼馴染だ。当然、みちるの家にも行ったことはあるし、親同士も仲が良い。だが、みちるの家はごく普通の一般家庭だし、芦原源吾の話も、今まで聞いたことはなかった。
「おじいちゃんは、うちのパパと仲が悪いから、あまり会えないの。家でも、おじいちゃんの話はしないようにしてる」
侘助に聞かれ、みちるは訳を話した。
なんでもみちるの父親は、芦原源吾に「うちの家族に近づくな」とまで言っているらしい。たしかに、そんな話をわざわざ他人にすることは無いだろう。
実の息子なのに名字まで変えているのだから、二人の関係がどれほどこじれているのか、察するに余りある。
だが、みちる自身は祖父のことを嫌いではないし、芦原源吾も孫娘は可愛いのだろうと、先ほどの様子を見て察する。
きっと、みちるに最初に碁を教えたのも、芦原なのだろうと侘助は思った。
俺に対して不機嫌な態度をとったのは、自分もろくに話すことのできない、可愛い孫娘のボーイフレンドだからかもしれないな。
秋季・星旺囲碁大会から三ヶ月が経ち、季節が秋から冬に変わる頃、侘助の棋力は四段まで上がっていた。今では副部長の佐々倉凛と、互先で打っている。
部活で部長たちと対局するのも勉強になるが、碁会所の神内ユウジからの指導で、布石と目算に力を入れていたのが大きな成果を出していた。
布石は、序盤の打ち方だ。どのように打っても一局だと思っていたら、実際にはわずか数手で不利になっていることもあると聞いて、侘助は驚いた。
神内は碁会所にノートパソコンを持ち込み、AIの評価値を見せながら、どのような布石が良いか、悪いかを丁寧に説明してくれた。侘助はAI碁を見るのは初めてだったが、一手ごとに現時点の勝率が表示されるので分かりやすく、理解が進む。
ただ、AIの評価値は必ずしも百パーセント正確というわけではないので、その点については注意が必要だった。
目算というのは、対局中の盤面を見て、自分と相手の地合いがどのくらいあるのかを頭の中で計算することだ。
有利だと分かれば、無理な手を打つ必要もなくなるし、不利な状況になっていれば、早々に勝負を仕掛けていかなければならない。まだまだ完璧とは言えないが、形勢判断の力が増したという感じだ。
そして霜が降りている十二月二六日の凍てつくような早朝。侘助たちは県内の空港から、芦原のプライベートジェットで沖縄へと飛び立った。中にはパイロットと添乗員の他、侘助を含めた各校の生徒が十三名、そしてボディガードが一名乗っていた。
当初、「中学生にボディガードが必要なのか?」と侘助は思ったが、『芦原源吾の関係者』として考えると、身を守る必要性はあるのかもしれない。
合宿は四泊五日の予定なので、帰るのは十二月三十日になる。
侘助はプライベートジェットの窓から小さくなっていく空港を眺めながら、合宿で過ごす日々を楽しみにしていた。
今回の合宿が終わると、『S中学校囲碁部編』は終了です。




