表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳴りやまぬ月長石  作者: 弾指
第1章 S中学校囲碁部編
10/26

精霊

「なあ、みちる。これ、なんだと思う?」

 第二試合の会場にて、他の部員とはやや遅れ気味に到着した侘助が、自分の左下を指さすのを見て、同級生の少女、みちるは首を傾げる。

「えっとね。・・・テラコッタ?」


 いや、床の素材を聞いたわけではないんだ。


「ヤハハ。だから言ったじゃろう。ワシが見えるのは、おぬしだけなんじゃって」

 知玄と名乗る小男は、ぱしぱしと侘助のふとももをはたきながら、愉快そうに笑う。

「なぜ、おぬしだけが見えるのかは、分からんがな」


 会場の人たちは、誰もこの異様な格好をした小男に視線を向けない。本当に俺にしか見えていないようだった。


 あれ?俺、妖怪に憑りつかれたのか?


「・・・なんで、俺について来るんだ?」

「ヤハハ、暇つぶしじゃて。今から皆で碁を打つんじゃろう?ワシは、三度の飯より碁が好きなんじゃ」

 そう言って、小脇に抱えた瓢箪(ひょうたん)の栓を抜き、口をつける。


「なるほど。碁の妖怪か」

「碁の精霊じゃ!」

 知玄は不本意とばかりに訂正するが、その小汚い容姿で『精霊』はないだろうと、侘助は呆れる。

 精霊というと、一般的に美しいイメージを抱かれているものだ。しかし知玄の風貌は、一言でいえば『髭もじゃハゲ達磨(だるま)』。はっきり言って、小さい子供が見たら泣くレベルだ。


「ん?何か、お酒くさくない?」

 副部長の佐々倉凛が、すんすんと鼻を鳴らす。


 はい。ここで酒を呑んでいる小さいおっさんがいます。俺にしか見えませんが。


 なんて言うと、まず百パーセント頭がおかしいと思われてしまうので、「そういえば、そうですね」などと、とぼけておく。


「まあ、いるのは仕方ないが、これから試合なんだ。邪魔はしないでくれよ」

「おうおう、当然じゃ」

 ひらひらと手のひらを見せながら、知玄は機嫌よく応じた。


 色黒の顔を赤くしながら、知玄はぴょんと身軽に跳び、空いている机の上に腰掛ける。

「それにしても、ここには才のあるものが集まっておるなあ」

「そんなこと、まだ対局もしていないのに分かるのか?」

 侘助が不思議に思う。


「おうよ。ワシはな、碁に関することなら、その人物の運命を視ることができるんじゃ。どのくらい強いか、将来どのくらい強くなるかは、見ればだいたい分かるな」

 そう言って、部長の片瀬マリナを指さす。

「この中では、おそらくあの子が一番強いな。しかも、まだまだ強くなる」


 会場には、すでに対戦相手の学校の生徒たちも集まってはいたが、たしかに部長より棋力の高い人は、なかなかいないだろう。

 さすがは、碁の精霊というだけのことはあるか。


「ちなみに、俺はどのくらいだ?」

 信じるかどうかはさておいて、興味本位で聞いてみる。

 知玄は「ん?」と首をひねり、大きな(まなこ)で侘助の顔をじっと見つめると、ふいっと眼をそらした。


「うーん。すまんが、おぬしには何も感じん。才能が無いな」

きっぱり言って、ふたたび瓢箪に口をつける。


 このやろう。

 今、この手に塩が握られていたら、「悪霊退散!」とか言いながら全力で撒いていただろう。自分としては結構早いスピードで強くなってると思っていただけに、ちょっとショックだ。


「試合開始一分前ですので、対局者の方は着席をお願いします」

 審判の教員の声で、侘助を含めた学生たちは、次々と着席していく。


 S中学校の布陣は、以下の通りだ。今回は順当に、棋力順の布陣となった。


 先鋒:東仙みちる

 次鋒:白洲まふゆ

 中堅:石鳴 侘助

 副将:佐々倉 凛

 大将:片瀬マリナ


「楽しみじゃのう」

 上機嫌の知玄は、片瀬部長のいる大将戦の碁盤が良く見える位置に座り、酒を(あお)る。

 やはり、棋力が高い者同士の対局が見たいようだ。



 午前中最後の試合である第二試合は、四勝一敗でS中学校が勝利した。

 勝ったのは、大将の片瀬マリナ、副将の佐々倉凛、中堅の石鳴侘助、次鋒の白洲まふゆである。

 先鋒の東仙みちるは、またもや勝てなかった。やはり級位者の棋力では、この大会で勝利を挙げるのは難しいようだ。


「なんとか勝てたな・・・」

 対局後に侘助は息を吐く。彼も相手のミスに助けられつつ、二目半差というギリギリの勝利だった。


「ヤハハ。おぬし、運が良いのう。才能も無いのに、よく勝てたな」

「やかましい。素直におめでとうと言えないのか」

 侘助は、口の悪い精霊に抗議する。

 

 ふと見ると、片瀬部長が右手で口を押さえ、佐々倉副部長を前に、なにやら放心している。

「・・・二回戦も、勝っちゃったね」

 信じられないという表情だ。


「次は、準決勝か。うちの中学がそこまで進むのは、三年ぶりくらいじゃないかな」

 感慨深げに、佐々倉凛が頷く。


 侘助にとっては、案外あっさり準決勝に進んだ印象だったが、三年生の部長、副部長からすれば、入部以来の快挙だったようだ。昨日今日入った新入部員とは、積み重ねた想いが違うらしい。

 なんにせよ、二人が喜んでいるなら、良いことなんだろうと素直に思う。


「さて。準決勝は午後からだから、お昼ごはんにしましょうか」

 片瀬マリナは、部員たちを前に明るい笑顔で言った。

「星旺学園の食堂に行くのは初めてですが、す、すごそうですよね」

 白洲まふゆが期待の眼差しで、ぎゅっと両手を握りしめる。


「やれやれ。それじゃあ、ワシもそろそろ退散するかな」

 知玄が、うーんと伸びをしながら言った。

「え、いいのか?まだ、午後にも試合あるけど」


「ああ。この試合に出てる者の対局は、あらかた見たからの。探し人がいるんじゃが、どうやら、ここにはおらんようだ」

 その表情は、少し残念そうだった。

 次は、大陸にでも渡るかの。知玄は、そんなことを考えていた。


「そうか・・・じゃあな、小さいおっさん。保健所とかに捕まるなよ」

「犬猫じゃないわい!」


 侘助は、そっと拳を突き出した。最初は得体の知れない妖怪だと思っていたが、なんとなく、憎めなくて面白いおっさんだと思った。それに、妙に気が合う。

 知玄は「む」と、少し照れ臭そうに拳を突き出し、お互いの拳がこつんと触れる。


 瞬間、目も眩むような、まばゆい光が満ちる。それは、碁の精霊である知玄だけが視ることにできる光。予知のビジョンだ。

 しかし、これほど強烈に神経を揺さぶられるものは、経験が無い。


 知玄の脳裏に流れ込んでくるのは、輝かしい未来。

 すべての迷える者を導く、神々しい希望の光。そして、あの御方の微笑む顔。


 突然のことに、知玄は一瞬、放心してしまう。

「お、おぬし・・・」

 この世に生を受けて千年を超えるが、こんなことは初めてである。


「ま、まて!」

 他の部員たちの輪へと向かう侘助を、知玄は後ろから呼び止めようとする。

 

 しかし、「ん?」と振り返った侘助の視線の先に、もはや知玄の姿は無い。

 人が()け、がらんと空いた教室の様子だけが、彼の目に映っていた。


 同刻。

 獅子唐かぐらは、布で簀巻(すま)きにした知玄を小脇に抱えている。

「探しましたよ、知玄さん。あまり、手を焼かせないでくださいね」


 知玄は、何か言いたげにモゴモゴ(うめ)いているが、かぐらは気にする素振りも無く、目にもとまらぬ速さで、風のように駆けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ