第77話 上奏と懇願
私情により長らく間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
それと総合評価が600pになりました。ありがとうございます。
1916年1月8日 ブルガリア王国 ソフィア郊外 ヴラナ宮殿
ブルガリア王国首都ソフィア郊外にあるニコラ-イヴァノフ-ラザロフ設計のこの宮殿では国王フェルディナント1世が首相のヴァシル-リストフ-ラドスラヴォフと今後の方針についての上奏を受けていた。
「つまり、まだ戦争は続ける、ということか」
「はい、イタリア参戦時にはどうなるかと思いましたが、ドイツ帝国の参戦によって国民そして軍の士気も上がっております。これならば…」
「…講和という選択肢はないのか」
突如としてフェルディナント1世の口から飛び出してきた講和という予想外の言葉にラドスラヴォフは驚愕した。ラドスラヴォフは他の者たちと同じようにドイツ帝国に大きな期待を寄せており、それはフェルディナント1世も同じだと思っていたため、講和という選択肢は考えても見なかった。
「…ギリシアとセルビア及びイタリアとの講和ですか」
「そうだ。マケドニアとトラキアの地は我が軍の占領下にある。死に体のセルビアとギリシアにこれを覆す事は出来んだろう。イタリア軍がオーストリア=ハンガリー軍とドイツ軍を警戒している今こそ講和をするべきなのだ。オスマンは何か言ってくるだろうが、恐らくそれ以上の行動は起こすまい。何しろ仮にもスラヴ民族の国家である我が国を攻撃すれば、ロシア帝国に対し参戦の口実を与えるに等しいからな。恐らくそうなる前にこれ以上の戦乱の拡大を避けたいドイツ帝国が止めに入るだろう」
「しかし…イタリア軍の参戦で劣勢となったはずの我々には今やそのドイツ帝国という心強い味方がおります。国民も軍もこれに期待しています。ここで講和となれば陛下の御立場が…」
「かまわん。余はブルガリアの皇帝である。たとえ生まれ故郷と敵対するという事になってもそれは変わらない…」
そういうとフェルディナント1世は悲しそうな顔をした後、ラドスラヴォフに退室を命じた。フェルディナント1世はドイツのザクセン=コーブルク=コハーリ家の出身だった。
ブルガリア王国はこうしてバルカン戦争から離脱を果たした。最初の国家となった。
1916年2月1日 セルビア王国 クラグイェヴァツ
セルビア王国はクラグイェヴァツを臨時首都としていた。この町は元々1841年にベオグラードに首都が移されるまではオスマン帝国から独立したばかりのセルビア王国の首都であったという歴史があり、首都としての機能が備わっていたことから必死の防戦もむなしくベオグラードを奪われたセルビア王国は、クラグイェヴァツに首都を移転していた。
そのクラグイェヴァツの某所で話し合っている2人の男がいた。1人はセルビア王国の首相ニコラ-パシッチ、もう一人は親オーストリア=ハンガリーのオブレノヴィッチ家を排除したことでセルビアの英雄として知られているドラグーティン-ディミトリエヴィッチ大佐だった。ディミトリエヴィッチ大佐はパシッチ首相から、セルビア軍内の秘密組織でフランツ-フェルディナント大公暗殺の裏で暗躍していたとされる黒手組を調査するように要請、というより懇願されていた。
「お願いです。ここに至っては貴方の力を借りるほかないのです。ディミトリエヴィッチ大佐」
「しかし、パシッチ首相。仮に黒手組の全容を把握できたとして、貴方は一体どうされるおつもりですかな」
「…大佐、先日、ブルガリアがこの戦争から抜けた事はご存知ですな」
「それは、勿論。連中、我々からむしれるものをむしり取った後でこの戦争から抜けるとは、しかもそれをイタリア王国があっさりと認めるとは…イタリア人め。全くこれだから外国人というのは…首相、まさか」
「ええ、その通りです。我らセルビア王国もこれ以上の戦争継続は困難と判断し、近く講和に関してドイツ帝国と交渉を行う予定です。オーストリア=ハンガリーならば煩いでしょうが、今回はそれを飛び越えてのドイツ帝国との交渉です。そしてドイツ帝国が納得すれば、オーストリア=ハンガリーも黙らざるを得ないはずです」
「しかし、首相…」
「ディミトリエヴィッチ大佐、貴方がオブレノヴィッチ家を排除なされたのはセルビアを救うためだったとセルビア人の誰もが知っております。だからこそ、貴方には辛い決断になるかもしれませんが、今回もセルビアを救うために動いてほしいのです。お願いします。どうか指導者の"アピス"という男を捕らえてはもらえませんか」
「そして、貴方は彼を手土産にドイツ帝国とオーストリア=ハンガリー、オスマン帝国と講和を成し遂げる、と」
「ええ、どうか"セルビアを救うために"」
「わかりました。私なりに"セルビアを救うために"何とかしてみましょう」
そういって2人は別れたのだった。2人の頭の中にあるのは"セルビアを救うために"何をするべきなのか、そしてそれをどう実行するべきか、その事だけだった。




