第44話 サハラ縦断鉄道
1914年5月6日 フランス領北アフリカ サハラ砂漠
「よし、降りろ、降りろ、ほら早くしろ」
怒声と共に先ほど停車した列車から男たちが降りてきた。大体がアラブ人やインドシナ系や黒人がほとんどだったが、ごく少数のフランス人の姿を見る事ができた。そしてその周りを兵士たちが囲んでいた。
彼らは、フランス領アルジェリアのアルジェから砂漠を抜けてかつての黄金の都トンブクトゥを通って、セネガルのダカールまでを結ぶサハラ縦断鉄道の建設を行なっているのだった。さらに完成後にはトンブクトゥで分岐してオスマン帝国領トリポリタニアや仏領赤道アフリカなどに路線を広げる計画だった。
サハラ縦断鉄道がこれほど壮大な計画となったのは、イギリスが建設していたカイロ-ケープ鉄道がオスマン帝国領とペルシア、英領インドを抜け、清国の首都南京にまで繋がるという常識はずれの計画となったからだった。
そうなった背景には当時のイギリスにそれほどの余裕があったからとも言えるが、世界最速の鉄道を走らせてしまったアメリカ人への対抗心もあったとされる。当然、フランスやドイツといった他の列強は面白くなく、フランスのサハラ縦断鉄道建設開始と同時期にドイツではベルリン-オデッサ間の高速電気鉄道の建設開始を発表していた。要はどこの国も国家の威信のために必死になっていたのだ。
そして、そんな国家の威信をかけた建設現場を少し離れた天幕から見下ろす男たちがいた。
「最近は脱走者が減っているようだな」
「ええ、トゥアレグの襲撃もです。これも閣下のお力添えのおかげです」
「私は何もしていない。何かしたとすればあの"機械"だよ」
閣下ことルイ-ウベール-リヨテは部下のガストン-アンリ-ギュスターヴ-ビヨットの世辞に対してそう言った。彼が言った機械とは装甲車の後方が装軌式となっている奇妙な車両だった。この車両は元々は偵察用装甲車両として騎兵用に開発されたものであり、計画当初は履帯を備えた車体に回転砲塔がついた車両だった。走行試験の結果も良好であり後は採用を待つだけと思われていたが、そこで思わぬ横槍が入った。
当時、フランス軍の再編計画を立てていたピエール-ザビエル-エマニュエル-リュフェイにより却下されたのだ。リュフェイによる再編計画は重砲の拡充といった第一次世界大戦中の戦訓をもとにしたものから、航空機を運用する空軍の設立などの新しい要素までもを含む野心的な計画だったが、この『リュフェイ-プラン』においては戦車は砲兵の管轄下にあるべきであるとされていた。リュフェイ自身が砲兵出身であることから画期的な新兵器である戦車を砲兵科に独占させようとしていた結果だった。
しかし、新兵器である戦車を独占したかったのは他の兵科も同じであり、最終的に各兵科ごとに独自の制限が設けられた形でそれぞれ保有が認められた。騎兵科の車両は出来うる限り高速である事が求められた結果、アドルフェ-ケグレスの発明していた半装軌車が注目され、採用された。半装軌車は砂漠での運用にも向いておりトゥアレグ族の掃討戦や脱走者狩りにも役立っていた。半装軌車は彼らにとって恐怖の代名詞となりつつあった。
「まあ、このような戦力が充分にあれば、次の戦争ではベルリンまで行けるかもしれませんな」
「次の戦争か、時に貴官は中東でのアラブ人による騒乱をどう考える」
「閣下、オスマン帝国は予想外に苦戦しているようです。バルカン諸国のいずれかの国がオスマンを背後から突けば、それはオスマンの崩壊を恐れるドイツの逆鱗に触れます。その時衰退したと言えどスラブ民族の盟主であるロシアがどう動くかによって、ヨーロッパが再び戦火に包まれる可能性もあるでは、と思います」
「ビヨット君、それはありえんよ。確かにバルカンの国々はオスマンに対して恨み骨髄と言ってもいい、それはヨーロッパ人なら誰もが知っている。が、だからと言って認めたくはないがヨーロッパ随一の陸軍大国であるドイツを敵に回すわけがない。そもそもギリシアやブルガリアと言った国を援助しているのはドイツの同盟国のオーストリアだ。セルビアやルーマニアはオーストリアと敵対しているが、彼らにそのような国力は…」
「報告いたします」
ビヨットの答えを受けて、生徒に対して講義を行なう教師のように話を始めようとしたリヨテの言葉は新任中尉の声でかき消された。
「何事か」
「はっ、ギリシア王国がオスマン帝国に対して宣戦を布告、クレタ島に対して上陸作戦を行なったようです」
「なに、そんな馬鹿な事があるか」
自分がつい先ほどあり得ないと言った可能性を現実に突き付けられて、衝撃を受け、思わず叱責をするリヨテといきなり叱責を受けて混乱する新任中尉シャルル-ド-ゴールを見ながらビヨットは内心で、自らの語った次の戦争が訪れない事を切に願ったのだった。
あらすじを少し変えてみました。




