第31話 ペトログラードの問答
1909年2月1日 ロシア帝国 ペトログラード ペトロパヴロフスク要塞
ペトログラードにあるペトロパヴロフスク要塞、元々はスウェーデンから町を守るために築かれた要塞だが、脅威が減少した現在では、無政府主義者のバクーニン、罪と罰で有名な文豪ドストエフスキーなどの政治犯たちが収監された監獄として使用されていた。
そんな要塞の中央にある首座使徒ペトル-パウェル大聖堂。ピョートル大帝以降の歴代皇帝の墓所でもある大聖堂に3人の男たちがいた。
「内務大臣、いえ首相閣下、それであなたは我々をどうされるおつもりか」
「司祭様、あなたに関してはどうするつもりもありませんよ…少なくとも今のところは。ただ、アゼフについては自らがあくまでも猟犬であって狂犬ではないという自覚をきちんと持っているのか、少々不安になっておりましてな」
ペトログラードの司祭ゲオルギー-アポロヴィチ-ガボンの問いに第一次世界大戦終結後の混乱を抑えるべく、内務大臣兼任で首相になったピョートル-アルカージエヴィチ-ストルイピンは笑みを浮かべながら答えた。そして、その横で社会革命党幹部にして秘密警察のスパイであるエヴノ-フィシェレヴィチ-アゼフは緊張しながら彼らの会話を聞いていた。
いつものようにガボンはアゼフと共にラスプーチンとの会合場所に向かっていたところを内務省の人間に取り押さえられそのままこの首座使徒ペトル-パウェル大聖堂に連れてこられたのだった。
(大方、スパイとして社会革命党に潜入しているアゼフの動向が気になっての事だろうが、だがなぜ今になって)
ガボンはそう疑問に思った。
「じつは用はもう一つあるのですよ」
「何ですかな、友人を待たせているので出来れば手短に…」
「祈祷師殿ならば逃げましたよ。我々も手を尽くしていますが今のところ所在不明です」
「なぜそれを…」
「アゼフを引き入れたからといって我々の目をごまかせると思ったら大間違いですぞ、司祭様。秘密警察の目はどこにでもあるという事をお忘れなく」
驚愕したガボンに口調こそ丁寧なままだが、恫喝するような声でストルイピンは言った。
「知りたいのは一つです。貴方たちが一体何をしようとしているのか、という事です」
「閣下、私たちが集まっていたのは改革のためです。もはや、ロシアは革命の前段階にあるといっても過言ではありません。だからこそ、体制からの改革によって、帝国を改革しなければならないのです」
「改革なら私とてしているよ。終戦後の勅令によって国会が開かれたし、外資の導入による産業の育成も図っている。来年には農村共同体の解体による生産性の向上と中産階級の創出により帝国の基盤はより強固になる」
ストルイピンの問いに、それまで青い顔をしていたアゼフがたまりかねたように口を開いた。それに対してストルイピンは自らの成果を誇示して見せた。
「不当な選挙干渉の末の政府系政党の勝利に、海外の資本家を太らせただけの外資導入策ではないですか、それの何処が改革なのですか」
「アゼフ、やはり貴様…テロリストどもに毒されていたのか。ふん、まあいい。お前たちは常に監視されているという事を忘れるな…その様子ではここに囚人として来る日も近そうだがな。さて、友人に会いに行ったらどうかね、尤ももう死体になっているかもしれないが」
てっきり、このまま要塞内に収監される事を覚悟していたアゼフとガボンの2人は驚きながらも、内務省職員に連れられて退出していった。




