第3話 朝鮮問題
1894年7月5日 大清帝国 北京
「つまりイギリスは大清に朝鮮において日本に対し譲歩せよ、と申しているのだな」
「はい、陛下その通りにございます」
朝鮮で勃発した東学党の乱を鎮圧後日清両国の間には緊張が走っていた。
日本が一向に近代化の進まない朝鮮に業を煮やし宗主国である清国と共同での内政改革を提案するも清国には拒絶され開戦の危機が迫っていた。
そんな中で東アジアに多くの利権を持ち、ロシアへの対抗策として清国の保全を望むイギリスは朝鮮において日本に対し譲歩させる事によって無益な衝突による清国の疲弊を避けようと日清両国に対し交渉を持ちかけてきたのだった。
日本としても清国との戦争には不安もあったためイギリスの提案を歓迎し、それを受け入れたのだった。
「どうするべきかだな。李鴻章、そなたはどう思う」
「恐れながら申し上げます。陛下、北洋水師はまだ艦隊を整備して日が浅く訓練は未だに不十分。丁汝昌提督によれば日本艦隊の錬度は北洋水師のそれをしのぐほどだと言います。万が一にも大清が負ける事などありえませぬが戦えば損耗は避けられませぬ。そうなれば、たとえ勝利したとしてもイギリス、ロシア、フランスといった列強による干渉は激しさを増す事は明白。ここは大清の慈悲を日本に対して示すべきだと思われます」
「何を言うか。朝鮮は大清の臣下であって日本如きの好きにされる筋合いはない。何故日本の干渉を受け入れなければならないのか、第一日本にイギリスが付くならば我々はロシアを頼ればよいだけの話だ」
李鴻章の言葉に対して光緒帝の側近である李鴻藻が反論した。この二人は清仏戦争の際にも避戦論と開戦論で衝突したことがあった。
「うむ、李鴻藻の言う通りだな。では早速ロシア大使をここに呼び、日本に対しては」
「陛下お待ちを。やはりここは外交に明るく日本にも詳しい李鴻章の意見こそ重視するべきだと思います」
本来ならばこのような朝議の場に似つかわしくない女性の声、だがこの場にいる誰よりも威厳に満ちた声だった。現在の大清において絶対に逆らってはならない人物、西太后だった。
西太后は光緒帝が自立を図るのを好ましく思っておらず、当然その側近たちにも良い印象を持っていなかった。そのため光緒帝からの信頼の篤い李鴻藻はいるだけで厄介な存在だった。
当然、こうした干渉は光緒帝等からは苦々しく思われていたが、たとえ皇帝である光緒帝であったとしても逆らえば容易に廃位されてしまうかもしれない現状ではどうする事も出来なかった。
こうして様々な思惑によって清国は日本に対して譲歩し、日清両国の戦争は回避された。朝鮮は後に日清と列強各国によって保障される永世中立国となる事になる。