第254話 初実戦
1936年11月4日 アメリカ合衆国 ワシントンD.C ホワイトハウス
「まずは、我々の勝利を祝おう…まぁ、といっても半分は相手に助けられたようなものだがね」
アメリカ合衆国大統領ウィリアム-ランドルフ-ハーストはそう言った。
「それは国内ですか、それとも国外ですか」
「両方だよ。戦争そのものに対する非難か、それとも戦争指導に対する非難かに絞り込めなかった段階で国民党の敗北は決まったようなものだし、イギリス人が思ったほどに強くなかったのもこちらの追い風になった」
側近の疑問に対してハーストは笑みを見せながら答えた。開戦前にはいつ追い詰められて、政権を明け渡す羽目になるかと恐れていた国民党は今回の大統領選挙では全くと言っていいほど振るわなかった。愛国党政権が戦争をしている事を批判するのか、それともその戦争指導が局所的な勝利はともかく終戦への道筋を示せていない事を非難するかで、候補者間ではかなり意見が分かれたからだった。そして、そうした隙を見逃すハーストではなく、国民党をイギリスあるいはフランスに与するものとした批難することで、支持を固め、勝利をつかんだのだった。
「だが、諸君だからといってここで安穏としているわけにはいかない、一刻も早くカナダと南アメリカを征服し、オセアニアとアジアから英仏を駆逐しなければならない。そのためにもいっそうの…」
ハーストが言いきる前に空襲警報が鳴り、すぐに地下壕に避難するようにと職員が急かしに来た。ハーストは不満そうな顔をしながら地下へと向かった。
「さて、紳士諸君、大統領閣下に当選祝いをくれてやろうじゃないか」
ワシントン郊外の上空を飛行するヴィッカース-ヴィクトリー爆撃機の機内で、機長であるリチャード-ブラウン-ジョーダンは笑いながらそう言った。その爆弾倉にはこの機体専用の爆弾といえる2万2000ポンド爆弾が格納されていた。もっとも、この爆撃機そのものが2万2000ポンド爆弾の為に設計された物であったので、どちらかといえばヴィッカース-ヴィクトリーのほうを2万2000ポンド爆弾運搬専用機といった方が正しいかもしれない。
事の起こりは1933年に起こったオーストラリア騒乱にアメリカが義勇軍の派遣という形で介入をし始めた事だった。ヴィッカース社に勤める天才であるバーンズ-ウォリスは対米戦争に発展した場合のシミュレーションを独自に行ない、従来の爆撃機ではアメリカの誇る工業地帯に打撃を与える為には、途方もない程の数が必要となり、イギリスの経済の大きな負担となるばかりか国民の命を無駄に散らす事になると結論づけ、その代わりに大威力爆弾とそれ運ぶ巨大爆撃機による高高度からの爆撃によって早期の戦争終結を図るべきと訴えた事だった。
このウォリスの意見は当初、ヴィッカース社内部でもまともに受け止められてはいなかったが、アメリカとの緊張が高まるにつれて真剣に考えるものは増え始め、アメリカ合衆国のカナダ侵攻から1週間ほど過ぎたころには試作機の初飛行にまでこぎつけていた。
その後、ヨーロッパでも戦いが始まった事により、優先順位が下げられたことから、特に量産はされていなかったが劣勢が続くカナダそしてオーストラリア方面での戦いを一気に打開するための手段としてアメリカの首都であるワシントンへの攻撃が立案され、ヴィクトリー爆撃機は初めての実戦に投入される事になった。
イギリス領ガイアナに秘密裏に造られた基地から離陸したヴィクトリー爆撃機はそのままワシントンを空爆してカナダに着陸する無謀ともいえる計画だったがジョーダンは自身に満ち溢れていた。ジョーダンの目が奇妙なものを捉えたのはその時だった。
(火を噴いている…損傷した機体か…だが、それにしてはいくらなんでも速過ぎる、まるでこちらに真っ直ぐ向かってきているような)
ジョーダンの機体が敵機からの攻撃を受けたのはその直後だった。
「くそ、流石に堅いじゃないか」
ヴァージニア州アーリントン郡にあるワシントン空港を接収したワシントン陸軍航空隊基地から離陸したアメリカ陸軍航空隊初のジェット戦闘機であるヒューズ-アヴィエーションズXP-35スタージェットの操縦席で民間操縦士から志願して陸軍航空隊に入隊していたチャールズ-オーガスタス-リンドバーグは毒づいた。再度攻撃を加えようと思い機体を反転させたその瞬間、爆撃機の爆弾倉が開き、従来の爆弾とは異なる巨大な爆弾が投下された。突然の攻撃を受けたジョーダンは爆弾を投棄する事を選んだのだった。爆弾はポトマック川に落下し、夜のワシントンに突然響き渡った轟音によって多くの住人がパニックを起こす事になったが爆撃阻止という任務は達成したのだった。
1936年11月8日 アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンタバーバラ ヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニー本社工場
機体前方にカナード翼を備えた特徴的な機体であるXP-35はヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニーのクラレンス-レオナルド-ジョンソンが設計した機体であり、ヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニーが社運をかけて開発したものだった。
ヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニーはその名の通りハワード-ロバート-ヒューズ-ジュニアが社長となった新興企業であり、元々はロッキード航空機会社というカリフォルニア州サンタバーバラの弱小航空機会社だったが、ヒューズはそれを買収したばかりか、巨大な工場や飛行場の建設まで行なった。
ヒューズがそこまでしたのにはわけがあった。
西海岸にある航空機製造会社といえばユナイテッド-エアクラフト-アンド-トランスポートだったが、この会社の母体の一つは元々ヒューズが作り上げたヒューズ-パシフィック-エアラインであり、それを半強制的に合併させられたという経緯から、ヒューズはユナイテッド-エアクラフト-アンド-トランスポートを酷く嫌っており、自身の傘下に航空機製造会社も作る事で他社に依存しない体制を作り上げようとしていたのだった。
「先日のワシントンでの防空戦闘では我が社の機体が活躍したという、実に良い事だ。我がヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニーの未来は明るい。諸君らにはこれからも良い機体を設計してもらいたい」
ヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニーの工場に設けられた即席のパーティー会場で、多くの技師や従業員たちを前にヒューズは上機嫌に話し続けた。
「おい、ケリー、社長は相当酔っている。だが、仮にあのことを言われても抑えろよ。ここは小学校じゃないんだ」
「わかっているよジャック」
アルコールが入り、饒舌となったヒューズを見ながら小さな声で話しているのは技師であるジョン-クヌーセン-ノースロップ、通称ジャックと同じく技師であるクラレンス-レオナルド-ジョンソン、通称ケリーだった。
「おやおや、我が社の誇る技師が揃って隅の方にいるとは…こっちに来給えよ。ジャック、それにクララ」
「くそ」
「やめろ、相手は社長だぞ」
ノースロップの制止もむなしくジョンソンはテーブルの上の酒瓶を持ち、ヒューズに対して振り下ろした。
ジョンソンにとってクララと呼ばれるのは耐えがたい屈辱だった。特に小学校時代には複数のクラスメイトから、揶揄われていた事もあった。そんな、ある日ジョンソンを自分の事をクララと呼んだクラスメイトを転倒させて、骨折させた。その日からジョンソンの事をクララと呼ぶものは基本的にはいなくなり、あるとしてもふざけて呼ぶだけだったが、この日は最悪な事に社長であるヒューズに対して、怒りの矛先を向けてしまったのだった、
結局、酒瓶がヒューズに当たらなかったこととノースロップの弁護によってジョンソンは事なきを得たがパーティーは微妙な空気で閉幕する事になってしまったのだった。
ケリー-ジョンソンが小学校時代に名前をからかわれてキレてクラスメイトに怪我をさせたのは史実です。名前がコンプレックスでキレるのは某ガンダムパイロットぐらいだと思ってたらリアルでもいるんだなぁ…