第202話 戦艦派遣<上>
1921年11月30日 デンマーク王国 デンマーク領西インド諸島 サンクトトマス島 シャルロッテ-アマーリエ
シャルロッテ-アマーリエはデンマーク領西インド諸島の中心都市であり、一時期はカリブ海有数の奴隷市場として栄えた時代もあったが、現在は見る影もなく衰退しきっていた。
住民たちの間ではアメリカ合衆国への売却を求める声も上がっていたが、西インド諸島の売却がアラスカ購入の立役者であるウィリアム-ヘンリー-スワードが初めて主張し、後には北極点到達で高名な探検家ロバート-ピアリーも支持を表明したアメリカによるグリーンランド購入、その呼び水になるのではないかという議論がデンマーク本土で始まってしまった結果、アメリカへの売却の見通しは未だに立っていなかった。
そんな、シャルロッテ-アマーリエは今、かつてない緊迫感に包まれていた。何しろこのシャルロッテ-アマーリエの沖合には、世界各国から集まった戦艦たちがその巨体を海に浮かべていたのだから無理も無かった。
そして、この日その中でも一際巨大な艦がその姿をあらわしたのだった。16インチ50口径砲6連装4基24門を備えた8万トン戦艦、アメリカ海軍が誇る世界に並ぶもののない巨大戦艦サウスカロライナだった。
「ふむ、我々が一番最後か、やはり、最初に来て出迎えたかったな」
「大統領閣下、主役は最後に現れるものです。であれば、今回の会議の主役は旧大陸の列強や我が合衆国の足元にも及ばない南米やアジアの連中ではありません。他ならぬ我が合衆国…と、考えては如何でしょうか」
「ははは、艦長、君は口が上手いな。だが、そう聞こえたのならば謝るが、私は合衆国海軍を非難するつもりは一切ないよ。敢えて言うならば最後まで反対していた連中こそが非難されるにふさわしい」
アメリカ大統領ジョン-パーロイ-ミッチェルはサウスカロライナ艦長アーネスト-ジョセフ-キング大佐に対してそういった。
ミッチェルは当初よりシャルロッテ-アマーリエで行われる各国首脳の集まった会談には、セオドア-ルーズベルトとベンジャミン-ティルマンという前政権の中心人物であった2人の置き土産であるサウスカロライナ級で乗り込むのがふさわしいと主張していたのだが、これには愛国党内外から反発の声が上がった。
一番多かったのは西インド諸島購入に対して武力を誇示するような行為と解釈されるかもしれない行動をとることはデンマークに対する国際社会の同情を強め、アメリカの国益にとって不利に働くという物だった。
実際、比較的中立な国家として会談の場を設けるように非公式に持ち掛けられたデンマーク王国が熟慮の末にこの西インド諸島を選定したのはあえて弱小国デンマークとしての立場をアピールしつつ、裏ではデンマークとアメリカの間での線引き、つまりグリーンランド及びアイスランドへの不可侵を確約させるのも狙いの一つだった。
また、もっと直接的なものとしてはボーチャンプ-クラーク率いる民主党がミッチェルの事を指して戦争屋と批判していたが、こうした批判はそこまで支持を得る事は無く、逆に民主党内部から、こうした批判ありきのクラークの戦略に対して疑問の声が強まる事につながった。
しかし、この様なアメリカ国内の批判はヨーロッパの国家が相次いで首脳陣を戦艦に座乗させて、送り込む事を表明すると吹き飛んでしまい、逆に主にハースト系の各紙が主張した、戦艦派遣論が主流となっていった。
「あれが、フランスの艦かね?」
「そのようですな」
全く見るべきところは無い、とでも言いたたげな顔をしてキングは答えた。一方のミッチェルとしては複雑な顔をして、14.5インチ4連装砲を前後に2基備えた特徴的な艦、フランス共和国海軍所属プロヴァンス級戦艦4番艦サヴォアの姿をしばし見ていた。
ミッチェルがサウスカロライナで来訪するきっかけになったのが、フランスの戦艦サヴォアを派遣するという発表だった。フランスでは鎮圧にこそ成功したもののジュール-ゲード率いる社会主義者の蜂起の影響は大きく、特に連立与党として政権を担っている社会党に関しては右派勢力を中心に糾弾する動きが強まっていた。これに対して、社会党側も愛国社会主義を中心に据えた党の再建を掲げ、ギュスターヴ-エルヴェ、ピエール-ビエトリーなどの助力を得て立て直しを行なっていたが、それでも批判はおさまる事は無く、結果として別の手段をとる事を余儀なくされた。つまり、来たる国際会議に国家の威信の象徴である戦艦を派遣する事でその国威を高めようというわかりやすい手段だった。
「その隣は、イタリアか」
「ああ、オーストリアを倒した程度でいい気になっている連中ですな。シーザーが見ればあまりの不甲斐なさに絶望するでしょう」
サヴォイアの隣はイタリア王立海軍のコンテ-ディ-カブール級2番艦ジュリオ-チェーザレだった。フランスがイタリアから割譲させた地方の名を持つ戦艦を派遣してきたのに対し、イタリアはそのフランスを征服したガイウス-ユリウス-カエサルの名を持つ艦を派遣して来ていた。14インチ連装4基を備えた優美な艦の姿は西インド諸島の美しい海で、一層輝いていた。
「次は、ドイツか…」
「確かに水兵は海軍の基本ですが水兵のみの海軍など何の役に立つのやら、ただの飾りに過ぎませんな」
これまでより一層馬鹿にしたような口調でキングが言った。旧バイエルン級戦艦1番艦バイエルン、現在はリケデーラー級1番艦リケデーラーと改名された15インチ砲連装砲塔4基を備える戦艦だった。
旧ドイツ海軍に属している者たちの中でも貴族などの上流階級出身者は早々に人民海軍と改名された海軍を去っていた。社会主義体制へと変貌した祖国に忠誠心を抱く事が出来なかったことが主な要因だったが、政権の側でも元海軍軍人であるアーダルベルト-フォン-プロイセンが亡命していた事から反動勢力との密通が疑われたものは即時逮捕するように命じていた為、士気が上がるはずが無かった。
今回の派遣に際しては各国への対抗心から派遣を比較的早く決めたものの、残った優秀な乗員を各艦からかき集めた為に、各艦の練度が低下し、さらに乗員としての個々の腕は優秀でも戦艦には不慣れな乗員も多かったことから、結果として、キングの言ったように飾りとしての価値しか無くなっていた。
「イギリスか、やはり見事だな」
「ま、世界の王を気取るのも今の内だけです。いずれ、古代ローマと比べられるような歴史上の存在になり果てるでしょう」
対オスマン帝国戦争でも活躍したイギリスの誇る提督級1番艦フッドを前にしても、キングは相変わらずの調子だった。
15インチ砲3連装砲3基備えた堅実な艦(といっても3連装砲の採用はロイアルネイビー初だった)である提督級は未だに後継となるサウスカロライナ級への対抗馬となる守護聖人級が起工されたばかりであるため、イギリス海軍主力艦としてこの地に派遣されていたのだった。
皮肉な事にイギリスを治めるキッチナー政権もミッチェル政権と同じく党内での人気こそ低いが国民受けの良さの為に続投し続けられている政権であり、その為7つの海を支配する誇りにかけて、他国が戦艦を派遣する以上戦艦を派遣しないという選択肢は無く、特にアメリカへの対抗心から守護聖人級1番艦であるセント-ジョージを突貫工事で間に合わせるようにキッチナーが要請をしていたとも言われるが、いくらキッチナーでも時間との戦いには勝つ事が出来なかったのだった。
「ところで、艦長、その少し…君の言葉には棘があり過ぎる気がするのだが…」
「はて、そうでしたかな?」
何を言っているのかわからない、と言いたげに見てきたキングに対し、ミッチェルは頼もしさを感じるとともに僅かな恐怖を感じたのだった。
観艦式っぽいものを書きたかったけど長くなったので取り合えずここまで、考えをそのまま文章にまとめるのはやはり難しい…
次回もミッチェルとキング視点にしようか、別視点にしようか考え中です。