第18話 利権消滅
1906年5月10日 ガージャール朝ペルシア シャーディン
ドレッドノートの進水式から3か月後、イギリスから遠く離れたペルシアで口論をしている二人の男がいた。一人はオーストラリアとニュージーランドで財を成した鉱山技師にして実業家ウィリアム-ノックス-ダースィー、ここペルシアにて130万平方キロメートルにも及ぶ広大な面積を対象に60年間の採掘権をペルシア政府に約束させた人間だった。
もう一人は、そのダースィーの片腕として働いている石油探査と掘削のプロ、ジョージ-レイノルズだった。
「中止って…一体どう言う事なんですか、ダースィーさん、あと少し掘れば石油が」
「ああ、うん、だから"ここ"での採掘は中止なんだよ。レイノルズ」
「だけどせっかく今までやってきたのに…で、次はどこを掘ればいいんですか」
「終わりだよ。終わりなんだ。レイノルズ。ペルシアでの石油探査及び採掘事業はすべて中止する」
ダースィーの言葉が信じられずに唖然とするレイノルズ。そんな彼に対してダースィーは続けた。
「気持ちはわかるよ。私もとても辛い。だけどビルマ石油のほうが石油の増産要請出たみたいで、そちらの方を優先しなければならないと、そう言われた」
「だったら、新しいスポンサーを見つければ…」
「あのビルマ石油が下りたんだ。他にどこの会社がスポンサーを引き受けてくれると思う?」
「それは…パリのロスチャイルド家は」
「彼らは私がビルマ石油をパートナーに選んだことを根に持っているはずだから無理だろう、それに何より戦争で忙しいしな。他を頼るにしても、本当にあるかもわからない石油を餌にビルマ石油の金をドブに捨てさせた、我々に対する世間の評価は厳しいはずだ…いや、君は違うなレイノルズ。君の技術は一流だ。やろうと思えばどこにだって行けるよ」
そういってダースィーは力なく笑い。レイノルズは崩れ落ちた。
ダースィーはもともと己の財を用いてこのペルシアにおける石油採掘事業を行なっていたが、相次ぐ採掘の失敗によって危機的な状況になっていた。
そこに着目したのがフランス、パリのロスチャイルド家だった。彼らはペルシアにおける石油事業を独占する事を望み融資を申し出たが、それを面白く思わない存在もいた、既に石油を次世代の動力源と見込んでいたイギリス海軍だった。
彼らは伝説的なスパイ、シドニー-ライリーをダースィーに接触させ懐柔し、ビルマ石油をダースィーのスポンサーとする事によって資金の問題を解決したのだった。
こうして、ビルマ石油をスポンサーにペルシアでの掘削事業は継続されていたが、市場を満足させるほどの石油は未だ出ていなかった。一向に上がらない成果にビルマ石油内部にはペルシアにおける石油探査、採掘事業の継続に疑問の声が上がり始めていた。
そしてついに、ビルマ石油は第一次世界大戦の勃発という予想外の事態とジョン-アーバスノット-フィッシャー第一海軍卿からの増産要請を理由に不採算部門となっていたダースィー達を切って捨てたのだった。
こうして、1906年5月10日、ダースィー利権と呼ばれたペルシアにおける石油採掘利権は紙くずとなり、事実上消滅したのだった。