第162話 青と赤、白と黒
1918年11月10日 アメリカ合衆国 バージニア州 マウントバーノン
マウントバーノンはアメリカ合衆国初代大統領ジョージ-ワシントンの邸宅であり、南北戦争の際にも中立地帯とされていた場所だった
そんな場所だからこそ、民主、共和両党の代表たちが会談するにはもってこいの場所だと言えた。
「中間選挙の敗北は事実上の選挙妨害の結果だ。それさえなければ我々が勝っていた」
「全くその通りですな」
いきなり、民主党のジェームズ-ボーチャンプ-クラークがそう言った。対する共和党のウィリアム-ハワード-タフトは内心笑いをこらえながらそれに同意した。愛国党の結党に際して保守派をまとめ上げ、愛国党に参加する形で進歩派が消えた事で結果としてその結束を強める事に成功したタフト率いる共和党に対し、クラーク率いる民主党は中間選挙前に副大統領職を辞したベンジャミン-ティルマンの党内工作を見抜けずに離反者を出し、何とか纏め上げられているだけの状態の民主党とでは大きな差がある、タフトはそう考えていた。
だが、それでもタフトはクラークの言葉に同意した。
なぜなら、今回の中間選挙ではメキシコ風邪の蔓延防止を図る、ということで大規模な集会を中止するように各州知事に政府から要請が出されていた。
『これはあくまでも公衆衛生局の研究結果に基づく感染対策の一環であり政治的意図は一切ない』
との声明も発表されたが、感染対策を理由にした選挙妨害ではないか、との声が選挙前から両党の内部より上がっていた。
中には共和党と民主党の垣根を超えて、反愛国党の為に団結すべきであるという声まで上がるほどだったがそれは流石に非現実的として退けられていたが、タフト、クラーク共に党内の声を無視する事はできず、こうして会談が行なわれたという訳だった。
この会談によって共和党と民主党が合わさって新党が誕生するのではないかと考えた愛国党政権は警戒していたが、そのようなことにはならなかった。両党間の溝は依然として深かったからだ。
しかし、それでも成果は確かにあった。
中間選挙での"選挙妨害"に怒りを募らせていたクラークはかつて自らがタマニーホールへの支援と引き換えに切り捨てたニューヨーク州州議会上院議員、フランクリン-デラノ-ルーズベルトが結成していた反マスク連盟をモデルとした組織の創設を後押しする事を提案し、タフトも合意したのだった。
アメリカ労働者党が中心となった西海岸のものとは違い人種主義的な思想を抑えつつ愛国党政権によるマスク着用推進などを抑圧的であるとして批判することで、愛国党政権を抑圧的な政権であるという印象を人々に植え付け、来たる1920年の大統領選挙を少しでも有利にしようとしたのだった。
一部からは感染を心配する声も上がったが、1918年に入ってからは感染者数は減少傾向にあり、6月には感染は終息傾向にあるとの発表が公衆衛生局からあったため感染リスクは低く、それよりも感染は終息傾向にあるにも拘らず、未だ再拡大防止のため厳しい措置を取りつづけている愛国党政権への批判による政治的効果の方が高いと考えられた。
こうして、共和、民主両党の後押しを受けた『全アメリカ反マスク連盟』が誕生する事になる。
1918年11月26日 アメリカ合衆国 ジョージア州 アトランタ郊外 ストーンマウンテン
1人の黒人が世界最大の花崗岩の一枚岩であるストーンマウンテンの麓に近づこうとしていた。
「止まれ、そこから先に足を踏み入れることは許さん」
声をかけられた男が、声のした方へ視線をやると全身白ずくめの服装をした男たちが立っていた。
「話はなんだ、黒人」
「お会いできて光栄です。グランドマスター、私はマーカス-ガー…」
「お前の名などどうでもいい。お前は同じことを二度言わせるつもりなのか、黒人」
「失礼しました。内容は以前お送りした手紙の通りです、ぜひ我々の帰還の為の手伝いしていただければと…」
「…なぜ我々がその手伝いをしなければならないのだ、黒人?かつて、白人は黒人の為に何ドルもの費用をかけて入植地を作り、そしてそれはリベリアという名で今も存在しているはずだ。にも拘らずお前たちは未だにこの国にいる。アフリカではなくこの国にだ。仮にもう一度カネをつぎ込んだとしてお前たちは本当にこの国から消えるのか、そうではないだろう?あれだけの数を全て帰還させるなど不可能のはずだ。答えろ黒人」
「この世には選ばれたものとそうでない者がいます」
一気にまくし立てたクー-クラックス-クランの指導者ウィリアム-ジョセフ-シモンズに対して英領ジャマイカ生まれで、現在はニューヨークで世界黒人開発協会アフリカ会連合代表のマーカス-ガーベイが怯まずにそう言った。
「それは白人と黒人の事か」
「そのような広いものではなく、もっと狭い…そうですな、例えば貴方方は同じ白人であったとしても東欧系やイタリア系の移民には反対の立場をとっておられますな、それは彼らが白人であってもアングロサクソンでもなければプロテスタントでもないから…そうですな?」
「その通りだ、黒人」
「我々、黒人にとっても同じことが言えます。あの忌々しいムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカの信徒を我々は同じものとして認識しておりません。アフリカには選ばれし者のみが行くべきだと考えています」
ジャマイカの黒人説教師アレクサンダーベッドワードの影響を受けて活動を始めたガーベイにとって、ドリュー-アリ率いるムーリッシュ-サイエンス-テンプル-オブ-アメリカの教義は断じて認められないものであり、それを信じる者たちは帰還の対象から外すべきだと考えていた。
「それでは、あの教会の信徒がアメリカに残るではないか」
「…手紙に書いたように私はアメリカを白人の大陸だと考えています。故に"資格のある者"については黒人の大陸であるアフリカへと帰還するべきでしょうが、"そうでない者"がどうなろうと知った事ではないですな」
「そうか」
「ええ、そうです」
「いいだろう」
シモンズがそう言うと、ガーベイは何も言わず来た道を引き返していった。
こうしてクー-クラックス-クランと世界黒人開発協会アフリカ会連合はアメリカにおける人種分離と黒人キリスト教徒のアフリカ帰還の為に奇妙な協力関係を結ぶことになるのだった。




