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第135話 行軍の終わり

1917年11月28日 メキシコ合衆国 モレロス州 クエルナバカ コルテス宮殿

世界の注目がオスマン帝国と欧州各国の連合軍との戦闘に向けられていたころ、メキシコではメキシコ出兵以来続いていた長き行軍(ラルガマルチャ)がようやく終わりを迎えようとしていた。

アメリカとメキシコの国境地帯からクエルナバカまでの時には政府軍や軍閥、有象無象の盗賊をはじめとした武装集団と戦い、時にはそれらを傘下にし、時には迂回しつつ、やっとのことで厳しい行軍を終えたシプリアーノ-リカルド-フロレス-マゴン率いる無政府主義者たちは同じく無政府主義者でモレロス州を拠点に活動していたエミリアーノ-サパタ-サラサールの支配地域に逃げ込んでいた。

モレロス州の中心都市クエルナバカにあるコルテス宮殿はその名の通り、メキシコの征服者(コンキスタドール)エルナン-コルテスが建てさせた宮殿だったが、そこは今やサパタ派の司令部だった。


「ようこそ、我らの土地へ」

「ありがとう、サパタ」


マゴンとサパタは固い握手を交わした。それを見た兵士たちが歓声をあげた。

2人のような無政府主義者は前政権であるデ-ラ-バーラ政権やアメリカ軍によるメキシコ出兵の結果としてようやくメキシコ正統政府として本格的な活動を始めていたオガソン政権などといった歴代政権から敵視されており、今はオガソン政権が地方の掌握に全力を注いでいるため、無政府主義勢力は無視されているが、それが終われば必ず攻撃してくるだろうというのが2人の共通した見解だった。

その為にも2人はまずは団結を、と自身の配下ある兵士たちに呼びかけた。こうして握手をするのもそうした団結のための儀式のような物だった。


「よし、飲め飲め兄弟」

「乾杯だ」


リュウゼツランから作られるメスカルやプルケ、樹皮を水と蜂蜜につけて発行させてつくるバルチェ、ビールなどが振る舞われた。

長い行軍で疲れ切ったマゴン派の兵士たちも、北からの来訪者たちを好奇心と警戒心が入り混じった目で見ていたサパタ派の兵士たちも飲みまくった。


「ソレデ、コレカラドウスルツモリダ」


宴会の様子を眺めていたマゴンとサパタに訛りの強すぎるスペイン語でそう言ったのは、アメリカ人やイギリス人などの外国人協力者の多いマゴン派の中でも珍しいウクライナ人無政府主義者ネストル-イヴァーノヴィチ-マフノだった。


「無論、革命が実現する日まで戦い続ける、といいたいところだが…正直アメリカの本格的な支援がある現政権相手では難しいのも事実だ」

「ではどうするつもりで?」


後ろ向きな言葉を口にしたマゴンに対してサパタが、マゴンの考えを聞いた。


「私としてはこのまま政府軍と正面を切って戦うよりもゲリラ戦を行ない、それと同時に革命の根拠地を作るために境界を越えて人民のための土地解放を進めるべきだと考えている」

「フム…」

「境界とは州境の事ですか?」

「いや、国境を含めたすべてだ」


サパタとマフノは驚愕した。メキシコ国内の革命もまだ始まったばかりだというのに、いきなり他国に対して介入を開始しようというのだ。


「それでは、再びアメリカによる軍事介入を招くのでは?」

「だからこそ、初めは狙いやすい場所を狙う事にした」

「ソレハドコダ、マゴン」

「ロスアルトスだよ」


ロスアルトスはグアテマラ共和国の西部からメキシコのチアパス州の東部にまたがる地域であり、旧スペイン植民地時代からグアテマラシティ(シウダ-デ-グアテマラ)中心の政治に耐えかねたロスアルトスの人々は1824年の中央アメリカ連邦共和国の成立後に6番目の連邦構成国として独自に加盟する事を望み承認されたが、グアテマラが中央アメリカ連邦共和国から独立すると、当時のグアテマラ政府はメキシコと共にロスアルトスに侵攻、分割してしまった。以来、ロスアルトス地域の住民は独立意識を強く持っているのだった。


そして、それは1898年以来、現在も独裁体制によってグアテマラを支配するマヌエル-ホセ-エストラーダ-カブレーラへの不満によってさらに高まっていた。カブレーラは植民地時代に入植したスペイン系白人の子孫であるクリオーリョを頂点とした階級社会を形成し、大多数を占めるインディオたちは基礎的な教育すら受ける事ができなかった。


近頃のカブレーラは古代ローマの女神であるミネルヴァを祭る神殿を主要都市に建てて、盛大な祭典を行なうなど奇行が目立っていた。そんなカブレーラが失脚しないのはアメリカの企業であるユナイテッド-フルーツ社とその利権を守りたいアメリカ政府が支援しているからであり、反カブレーラ派の間では反米感情も高まっていた。

特にルーズベルト率いる愛国党政権の誕生後は、比較的介入に対して消極的だった前政権であるリンカーン政権とは異なり、かつての棍棒外交を思わせるような積極的な介入を行なっていた。アメリカによる介入によって、メキシコのみならず、中米や南米の各国でも多くの親米政権が樹立あるいは延命されていた。南北アメリカはアメリカ合衆国の裏庭であるという見解を実際の外交に反映していたのだった。そして、それはアメリカ合衆国の北に位置するカナダにも向けられる事になるのだがそれはまだ先の話だった。


ともかく、独立意識が強く、反米感情も強いロスアルトスはマゴンたちが根拠地とするにはうってつけの場所だった。後にロスアルトス自由地区と呼ばれる事になる無政府主義に基づいたコミューンはこうして誕生することになるのだった。


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