俺はサルべージャー
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
なあ。お前は、どれほど地獄をみたことがある?
ああ、言い方が悪かったな。とどのつまり、火山とか温泉とかにどれほど訪れたことがあるか、だ。
俺たちの地元じゃ、それらをみんな「地獄」と表現する。俺たちが、とうていたどり着けない地面の深くから生まれてくるからな。蒸気とかマグマとか。ほれ、「地獄蒸し」とかってフツーにいうだろ?
「天」の字にならんで書かれるくらいだからよ。「地」っていうのもとてつもないパワーがあると俺は思う。
俺たちが宇宙に投げ出されず、足を着けられるのは「地」のおかげだしな。食いものを作るのにも、木々が育ったりするのにも、地面がなきゃ話になんねえ。
更に、はるか昔のお宝をある程度の形を保ち、守ってくれている。保管料としてか、多少は分解されちまうけどな。おかげさんで、俺たちは自分が産まれるよりもはるか昔の環境を、研究することができる。
俺自身、小さいころはその手の発掘に興味があって、あちらこちらの地面を掘り返したさ。でも、今はもうやめちまったよ。大人になったっていうのもあるが、ちょっとした事件があってな。
――なんだ、興味があるのか? ま、軽い気持ちで聞いといてくれや。
男にとって、宝探しはロマンあるゲームのひとつだろ? 他の連中は、地図をこさえて各々が埋めた者を探す、オリエンテーションめいた方式でやっていた。
でも、俺は違う。マイナーな場所でのサルベージに凝っていた。
――は? 発掘だったら「エクスカベイト」だろ?
こまけえこたあ、いいんだよ。サルベージのほうがかっちょいい響きだし、俺がやっているのは「引き揚げ」だからな。
地面に埋まっているもんは、いずれもかつては地上にあったもの。年月とともに沈んじまったそれらを、またお天道様の下に助け出そうってわけだ。
ほれ、サルベージのほうがしっくりきそうだろ?
小さいころの俺は、シャベルとかの道具に頼るのをよしとしなかった。子供なりに、使ったらそいつらに手柄を取られちまう感じがしてさ。俺の本来の力じゃないような気もしたんだ。
自分の手でじかに探し当ててこそ、あらゆるものは価値を持つ。そんなプライドにこだわる俺は放課後にひとり、学区内をさまようことが多かった。
その日は家から少し離れた、大きい工場の第三駐車場におじゃましたよ。もちろん、工場自体に用はない。
工場の敷地内にある第一、第二駐車場はアスファルトでできている。うまく忍び込んでも文字通り歯が立たない。だが第三駐車場ならば、敷地外かつ土でできている。駐車する枠もロープのみで区切られる簡素なものだ。
俺はまず、靴で大きめの石たちを蹴散らす。がちゃがちゃ音を立ててそいつらがどくと、カスタードクリームに似た地面が露わになるんだ。そうなってから、はじめて俺は爪を立てていく。
浅いところの土は軽い。水分があまりないから、どんどん掘れる。
けれど、そこから出てくるミミズなどの虫には興味が湧かない。どこだって、ちょっと掘ればお目にかかれる存在は、宝物たりえない。
こいつらの気配がなくなる、ずっとずっと深く。陽の光どころか命さえ届かなくなる場所に、価値あるものが眠っているはず。俺は強く信じていたんだ。
掘り始めて十数分。俺の目の前にはポケットに入りそうな、小さいすり鉢状の穴が空いている。
すでに土からはクリーム色の気配は消え、森の中で見るようなこげ茶色の土が大半を占めていた。腐りかけた生物の死骸や排泄物の臭いも混じり出している。勝負はこれから。
そうやって土をかいていく矢先、俺の右手にずきんと痛みが走る。いや、厳密には人差し指の先だ。見ると血が出ている。
肌の外側を伝うんじゃない。内側だ。肌にくっついたピンク色の爪の内側に、赤黒い亀裂が走っていく。以前、あやまってシャーペンの芯を爪の中に刺したことがあったけど、それよりもずっとひどい。
引っかかるものはなかったはず。穴の中を改めたけど、とがった石や鋭い根っこ、金属片などは見当たらない。痛かったのは最初だけで、今はじぃん、じぃんと思い出すようなタイミングでしびれが走る。
だが血に弱い俺にとって、この景色だけでやる気を削ぐには十分。手早く穴を埋めなおして、家の洗面所に駆け込んださ。爪のすき間から入り込む水に、痛みはぶり返したものの、中の傷までには至らなかったらしい。赤黒くとどまってしまった血に、にじんだ様子はない。
「今日はつくづく、ついてねえ」
ばんそうこうを巻いて、夕飯をたらふくいただく俺。ほとんどやけ食いだ。趣味でケチがつくことほど、心地悪いことはない。
それからも弱いしびれは続いたけど、風呂でいったんばんそうこうをとった時、爪の内出血は止まっていた。それどころか、最初から何もなかったように元の色を取り戻していたんだ。
さすがに首をかしげたよ。例のシャーペンを刺した時は、元通りになるのに一ヵ月以上かかったんだから。
その答えは、夜中に出ることになる。
早めに布団に入った俺は、満腹感もあってぐっと眠ったはずだった。夢は全然記憶になかったが、気づくと盛大に腹の虫が鳴いた。すさまじく腹が減っている。
目を開けたけど、部屋の暗さも手伝ってぼんやりとしか見えなかった。けれど、あたりをはばかる小さな声が響く。
「この肉、数時間ものだぜ。形がまだ残ってらあ」
「うへえ、どろどろしてらあ。この出来かけの血栓、20日ものくらいじゃね?」
「はああ、この肺胞はどうやら10年ものってところか。このあたりじゃ、だいぶ古いもののひとつかな」
「みてみて、この膜のほうがもっと古いんじゃない? 多分、腸のあたりだと思うんだけど」
――なに、物騒な話をしてやがる!?
俺は勢いよく身体を起こす。声は一気に消え、静まり返った空間だけが残された。
床といわず、布団といわず、俺は手でぽんぽんと周囲を叩きまくる。だが、声の主らしき手ごたえはなく、また誰かが俺の部屋を去っていく気配も見せない。
明かりをつけた。やはり部屋には誰もいなかったが、俺はパジャマの袖を見て目を見張ったよ。
袖のあちらこちらに、赤黒い点が浮かんでいる。よくみると身体中にぽつぽつ、パジャマの柄を塗りつぶして、水玉模様がびっしり広がっていた。
脱いでみると、俺の皮はえぐられていた。
傷のひとつひとつは、虫刺されがとがめたような小さい穴に過ぎない。だがその数は、ざっと確認できただけでも30ヶ所はくだらない。そして、いずれも黒々としたかさぶたで塞がれていたんだ。
どうやらあの時、俺は地面の中のサルべージャーたちを、身体に招き入れちまったらしい。
人間が地層を掘ってその時代を想像するように、あいつらも俺の身体の色々なところからサルベージして、これからの研究に生かすんだろうよ。