新たな秩序の産声と暗躍の軌跡
本当はね、これに続いて会議の終わりまで書いてアップしようと思ってたんだけども…あんまり待たせるのもアレ何でね。前半部分だけアップすることに致しました。
それもそうなんだが…ちょっと後半は自分でも書いていてこんがらがってきてしまってな、少し時間が欲しいのさ。なので…見せても大丈夫そうな前半部分だけを…待ってくれているオマエタチに…!
一切の曇りもない夜空。その下で…燦然と輝く摩天楼。
時は過ぎて夜の色は濃くなる中で、NPCを含めて誰もが楽しむそこは、まさひこのパンケーキビルディングに置いて、過去類を見ないほどの最盛を見せる。
嘗てあった1階層。確かにそこにあった熱気と共に。
モグモグカンパニーアイランド。
嘗てはゴルドニアラビッドヘッドと言うこの世界最大の勢力が治め、拠点としていた島。
ほとんどが海を占める世界の中、散りばめられる島の中で恐らく最大であろうそこは、もはや過去の面影は部分的にしか残ってはいない。今や開発に開発を重ね、別物と化していた。
そんな人工的な光で輝く街の中心。モグモグカンパニーアイランドの象徴とも言えそうな最も高く、ガラス張りの大きなビルの最上階の1室。
部屋の周囲は柱など一部を除いてガラス張り。黒い床と天井のその中を、上からは星空由来の明かりと下からは人工物由来の明かりが。室内からは控えめな明るさのグランドライトと室内の柱にウォールライトが幾つかが照らす。
洗礼され、落ち着きを感じさせてくれる佇まいの中、中心に備え付けられた黒い石材の円卓にて、難しい顔をした人々が膝を突き合わせていた。自分たちの前に、ノートパソコンなどを置いて。
「ごめんなさいねェ、ちょっと野暮用があって遅れちゃったわ」
そんな重苦しい空気の中、部屋の出入り口が開かれて、その向こう側からパンクファッションに身を包む、淡い黄緑色、毛先の白い長髪が特徴的な中性的な男が入室する。
視線が集まるのはほんの一瞬。大部分の者がそれ以上の反応は示さなかった。
ただ、全員が全員そうと言う訳でもない。
「重要な集まりに遅れないよう、男漁りもほどほどにお願いしますよ」
「それが難しいのよね。ゴルドニア島は選り取り見取りなんだもの。目移りしちゃう」
あてつけがましい物言いで小言を口にするペロペロキャンディであったが、アイビーは前髪を掻き上げながら受け流し、円卓を囲う空席を引いて黒革張り椅子へと腰かける。反省の色を一切見せず、艶やかな笑みを浮かべて。
そして整う。まさひこのパンケーキビルディング内に存在する有力な組織のトップに立つ者たちの会議の場が。
「えー、今回はですね。ミックスジュースのギルドマスター、山盛り!フルーツタルト!君の要望を受けまして、モグモグカンパニーさんから会議の場を提供して頂き、皆様に集まってもらった次第であります」
静かに会議は幕を開ける。鼠色のスーツ姿。インナーに白と水色のワイシャツを着た、背は低いものの恰幅の良い…パグの様な顔をしたおっさんの宣言によって。
俗称塩パグ…正式名称クリスタルパグのギルドマスター、ぷぅちゃん。
彼は静かな会議室の中、右手に持ったリモコンを操作。部屋の中に大きなプロジェクターを下ろし、さらに続ける。
「今回の議題は4点ですね。パンケーキビルディングタバコ産業によるミックスジュースの領海および領土侵犯。各勢力が開発を進めている銃器類の扱い。NPCの扱いと分類。最後に、モグモグカンパニーによる塩パグ学園島武力制圧となっておりますぅ」
ぷぅちゃんのまろやかな、だがトロくも感じる優しそうな声が今回の議題を読み上げ、彼がリモコンを操作することによってプロジェクターにはそれら議題4つが表示される。
今回提起された問題は、何分大きな組織の中でも特に力を持つPTとモグモグカンパニーを突っ突けるチャンスだ。競争相手を潰したいという野心を持つ者たちの目は鋭いものとなる。
「では…そうですね。パンケーキビルディングタバコ産業によるミックスジュースの領海および領土侵犯についてを議題に、お話していきたいかと思います。この問題を提起したフルーツタルト君。どうぞ」
会議に参加する面々の視線の大体がぷぅちゃんから、彼が手で指し示す方へと向く。
そこには…男にしては一糸乱れぬ美しい艶やかな髪の、薄ピンク色のミディアムヘアの中肉の男が1人。白いパーカーと青のワイドパンツ姿のそれは頬杖をついていた。なんだか…少しばかり機嫌を良さそうにして。
「あぁ、俺っすか? 大丈夫ッス。お恥ずかしい話ですけど、今回の1件はPTさんとウチの契約の認識に齟齬があったのが原因だったので。お騒がせしてスンマセン。ヘヘッ」
この会議の主催者であるフルーツタルトは問題はなかったという姿勢を示し、早々に議論を終わらせた。右手を後頭部にやりながらヘラヘラと笑い、ペコペコと頭を下げて。
当然、嘘である事は誰もが看破するが…証明のしようがない。突っ込んだところで水掛け論になるのが目に見える故に、看過する。フルーツタルトの様子から脅迫ではなく、示談。PTと何らかの良い取引があったと理解しつつ。
視線は自然と向く。眉1つ動かさない…逆立った金髪と悪い目つき。薄く灰色に近い紫色のスーツ。体格の良く背の高い仏頂面の柴犬チャームへ。
しかし…相手はタバコカルテルのトップだ。事を荒立てても面倒にしかならず、面と向かってものを言おうとする者はそういない。無論、そうでもないものも存在するが。
「いいわねぇ。儲けてるところは」
何がとは、誰がとは言わないアイビーの嫌味。
聞こえているのは間違いないが、当て付けられたであろう柴犬チャームは反応を示さない。ただ、己の前に組んだ両手に額を当て、視線を斜にしたままだ。
それからすぐに、ぷぅちゃんが自分の目の前にあるノートパソコンのキーボードをパチパチと叩き始める。
1つの議題が片付いた事。それを記すために。
「えー…じゃあ大丈夫か。大丈夫ですね。それじゃ次はですね。各勢力が開発を進めている銃器の扱いについてお話していきたいと思います。これの提起者はオルガさんですね。お願いします」
ぷぅちゃんは己の目の前にあるノートパソコンの画面を確認しながら、自分のノートパソコンの画面を眺めていた銀糸のストライプの入ったスーツ姿のオルガを手で指し示し、その声に反応した彼女はゆっくりと立ち上がった。
「銃なんですけどね。2100年、現在の日本において所持免許を必要としない規格の物のみを市場に流そうとオルガさんは考えています。販売する弾丸においても使用素材やパウダーの調整とかして鎧ぶち抜けるような物は除外するつもり。その上で良識ある組織には開発及び生産を認め、それらを用いた攻撃対象をプレイヤー以外の物とする。もちろん監査機関は合同で今後作る予定。…どうかね? こんな感じで」
この世界に銃器と言う文明の利器。この剣の世界に殺戮の萌芽を芽生えさせておきながら、彼女は宣う。銃の制限を。
突っ込みどころは多々あるが、周囲の面々は直ぐには喋り出さず、黙って話を聞く素振りを見せる中、ノートパソコンのディスプレイを眺めていたぷぅちゃんが顔を上げ、各々の顔を一瞥する。
「えー、知らない人が居るかもしれないので申し上げておきますと、1000mm以上の全長で弾倉容量10発以内のボルトアクションライフルまたはレバーアクションライフルがその対象になります」
「ご苦労、ぷぅちゃん」
ぷぅちゃんの解りやすい説明の後、オルガがぷぅちゃんに労いながらノートパソコンのキーボードを操作。4つの題材が表示されていたプロジェクターが切り替わり、脚にゲートル、額に日の丸鉢巻を撒いた、旧日本陸軍軍服姿のメガネくんの姿が映し出される。
その映像は間も無く動き出し、その手に持った38式歩兵銃のボルトを引き、クリップで装填。ボルトを手動で閉鎖して射撃を始めた。
しかし、各々がそれを見るのはほんの一瞬。すぐに視線は離れていく。
「これがボルトアクションライフルな。1発撃ってこう…ガチャンって引いて――」
「ねぇ、オルガさん。これは日本国民なら義務教育で習う部分よ? レバーアクションライフルも。なんでも丁寧に教えてくれるそういうところ…アタシは嫌いじゃないケド…飛ばしていいんじゃないカシラ?」
この議題の為に張り切って作ったのであろう映像は、アイビーからの無慈悲な指摘を受けた。この会議に参加する約半数ほどはその指摘を肯定するかのようにオルガを見ながら頷く。
「せっかく作ったのに…悲しいなァ!」
オルガは嘆き、キーボードを片手で操作。プロジェクターに映っていた映像を消す。
けれど、嘆いていたのもほんの束の間。すぐに冷静な態度に戻って集まった面々を眺め、口を開く。
「それで…話を戻すが、異論はあるかね? 決定の在り様によってはまさひこのパンケーキビルディングの根底。在り方そのものを変えてしまいかねないものだということを留意し、聞かせてほしい。お前たちの意見を」
オルガは問う。この会議に集まってくれた面々へと。
手が上がる。彼女の視界内にて厳つく、ナイスガイの大きく骨ばった手が。
「俺は市場に銃を流すのは反対だな。ある程度クラフト系スキルを取っている上でその手の物を弄れる知識を持ってる奴なら、作ったものをバラした上でパーツとパーツを組み合わせてパウダーや弾頭の入れ替えを行える道具や機械を作っちまうかもしれん」
がっしりした体形、顎。大きな身体。身長。頭の両サイドを刈り上げ、それ以外が少しばかり長めの坊主頭、額に掛かる長めの巻き毛。目じりのやや座った優しそうなブラウンの目のその男…パンケーキビルディング畜産のギルドマスター、レイジーホルンはオルガの提案に反対意見を述べた。
着慣れていないのだろう。明らかに最近用意したと思われる綺麗なスーツの下に着るインナー。白いワイシャツに付けられたネクタイを片手で頻りに弄りながら。
「わたくしは市場に流すのも、このまま開発を進めていくことにも反対ですな。この刀剣の世界において、その神秘を掻き消す火薬の咆哮なぞ無粋ではありますまいか」
剣と四肢を使った戦い。純粋にまさひこのパンケーキビルディングを楽しんでいたいのだろう。背は高め、肩幅は広めではあるが丁度良い肉付きの、白髪オールバックで良く手入れをされた印象的な口髭、ややこけて見える頬。左目に銀色のチェーンの付いたモノクルを付けた、どことなく気難しそうな老紳士が口を挟む。
ストライプのワイシャツと黒い蝶ネクタイ。灰色のウェイトレスベストを見に付け、ほのかにコーヒーのいい香りを漂わせるそれは、ティーフレグランスのギルドマスター。鵩だ。
「幸いまさひこがこの世界のあり方を説明して以降、故意にプレイヤーを殺害、もしくはそうしようとした間抜けはほんの数人しか出ていないが、容易に人を始末できて尚且つ遠距離からそう出来る道具を手にしたとき…どうなるかは未知数。故に銃は良識ある組織だけが管理運用すべきと私は考える。それならばこの世界の大部分、まさひこのパンケーキビルディングの従来の秩序は失われずに済む。完璧ではないにしろ、鵩の理想に寄り添う形となろう」
どこまで認めて、どこまで禁止するのか。意見はさらに細分化。割れる。グラデーション状に。鵩の次に顔の前に手を組んだまま発言した柴犬チャームの意思表示によって。
パンケーキビルディング畜産、ティーフレグランス、パンケーキビルディングタバコ産業の3勢力のスタンス。共通項は銃を市場に流すことには否定的と言う点だ。
その事実はオルガに諦念にも似た吐息を吐き出させ、背中を背もたれに預けさせる。別に銃の市場開放を強く望んでいる訳でもないのか、抗議することなく大人しく。
「柴犬さんの意見で決定で良いんじゃない? 銃はこの集まりに出席する組織の専売特許ってことで。銃技師とかそれ関係の技術者でアタシ達の組織…そのどれにも所属していないのはほぼほぼいないでしょうし」
そのオルガの様子を見届けたアイビーは頬杖を突きながら、まだこの議題に関して発言していないペロペロキャンディ、フルーツタルト、ぷぅちゃん。最後に銃自体を否定する鵩へと視線を流す。
きっと抗議したところで無駄だと思っているのだろう。しぶしぶと言った様子で鵩は口を一文字に噤み、他の3人も柴犬チャームの提案する形で意義は内容で、発言しようともしない。
少しの沈黙の後、ぷぅちゃんがノートパソコンのキーボードを叩き、口を開いた。ディスプレイに目をやりながら、淡々と。
「えー…じゃあ銃の使用用途は害獣駆除、一部の人道を外れたプレイヤーに対してのみと言う形にしたいと私は思いますけど…異論あります?」
ぷぅちゃんがざっくりと使用対象について纏め、顔を上げる。
大きく、黒々としたつぶらな瞳は集まった他7人の面々の静かな姿を映し、やがてはディスプレイの青白い光を移す形になる。
「では銃器類の扱いについてはそういう事で。次の議題はですね、NPCの扱いと分類について。これは前回決まったことについて引き続きアイビーさんがお話したいという事でしたね」
切り替わる議題に合せ、アイビーはポケットに手を入れる。喋りだそうとはせず、その右手を…己の前の円卓の上に置いた。
各々の反応を窺うかのような艶やかな笑みを口元に。
そして開かれる右手からは1つのクリスタルが落ちる。プレイヤー達が己や他のパラメーターを見るときに用いるそれは、黒い石材の円卓の上で栄え、鈍く輝く。
他7人の反応は様々だ。アイビーが取り出したそれが本気で解らない様子の者。一切表情、顔色すら変えぬ者。興味を示した風にする者。意味ありげに微笑をする者…と。
それらの前でアイビーは人差し指で2度ほどクリスタルを叩く。長く角ばった、しかし良く手入れされた手で。
クリスタルからポップアップする青白いパネルはその場に居合わせた8人の前に晒される。
「サンダーソニアかァ。花言葉は愛嬌、祈り、望郷だっけ。いやぁ、感じますなァ。皮肉な運命の香りを」
ポップアップしたパネル。そのステータス画面にあるプレイヤーネームを見、真っ先に言葉を発するのはオルガだった。
一番最初にこの世界にやってきて、その中でも最も大きな島をその島民ごと抑えた彼女から見える景色は、きっと他の者とはまた違った物なのだろう。なんだか背景を推測、見透かした様な言い方をしている。
ただ、表現は曖昧だ。匂わせぶりな戯言と片付けてしまっていいような。他7人が構うようなものではない。
淡くぼんやりと光るポップアップしたサンダーソニアのステータス画面を目を細めながら注視するぷぅちゃんは、己の所持するクリスタルへ触れて自分自身のステータス画面を開き、見比べた。
「――はて。日付がおかしいですね。今年は間違いなく2100…。これには2102年…」
双方のステータス画面にある違和感。矛盾を呼ぶ差異は、直ぐに彼の目に留まる。次に彼の黒々としたつぶらな瞳はこの時間的な矛盾を生じさせるクリスタルを持ち込んだアイビーに向けられた。
言葉以上に物を語る、説明を求める瞳が。
上がる。アイビーの艶やかな口角が。
「んふっ…じゃあ本題に入りましょっか」
黒革張りの大きな椅子を軋ませて、アイビーはゆっくりと背もたれに背を預けると己の腕を抱く形で組んだ。
「この間の会議ではNPCの分類…いや、この世界に存在する知的生命体の分類と扱いがアタシ達の中で共有されたわね。甲型はプレイヤー。乙型は人間と何ら変わりなく意思疎通の出来る人に限りなく近い頭脳を持つ知的生命体。丙型は建物を作った時に発生する、外見的な特徴に類似性の見られる、インプットされた命令だけを繰り返す人形」
アイビーは1度言葉を切って、面々の反応を流し見で伺い、さらに続ける。
「丙型の存在は許容できるわ。日本のアンドロイド開発の最先端を行く灰咲ジェネラルインダストリー社が出しているアンドロイドってあんな感じだものね。…でも…乙型は?」
集まった面々に問い掛ける形で話を進めていくアイビー。
彼の話が読めているのか、敵意を持っていないためか…いつだったかまさひこにしたようにオルガは結論を求めはしない。大人しいものだ。
「現在の技術で人間の完全なる模倣は不可能だ。そう出来たとして作ったところは研究程度に留めるよ。間違ってもそんな危ないもの野に放つような真似はしないぜ。丙型だってそうさ。自分とこの技術を守るためなら1人2人消しかねない灰咲ジェネラルインダストリーが、アンドロイドの頭の中で動いてるコードを他所に流すなんて思えねえ」
話の結論となりえそうな1つの可能性。それを潰すべく口を挟むのはダンディで聞き心地の良い、レイジーホルンの声。彼はその太い首の上に乗っかったがっしりとした顎の片手を当てて、己の見解を述べていく。黒い円卓に視線を落としながら。
「あぁ、解っちゃいるだろうけど…まさひこが独自で作った可能性は限りなく0に等しいぜ。いっちゃあなんだが、あんまり頭良さそうには見えなかったしよ」
彼は視線を前へと上げ、最後に付け加えた後に言葉を切った。輝く白い歯を見せ、太陽のように明るく、気さくに笑い掛けながら。
この世界では畜産業を運営しているが、現実世界ではハイテクな仕事についていたのかもしれない。そう思わせる彼の発言は…アイビーを含むそこに居合わせた者たちの耳に届き、これから考えることについての参考とさせる。
「なるほど。解ったッス! まさひこは――」
間を置かずに声を発するのはフルーツタルト。確かな自信をその目に宿し、彼は立つ。話の主題からはややズレたことに対して、何か思い当たった風に。
「未来からやってきた人間だったんだよ! だから乙型みたいな人工知能――」
「あぁ、いいですいいです。後で時間が許す限り聞いて上げますから。さっ、アイビーさん、話が脱線しそうなので進めてください」
「あー! 本気にしてないッスね! 紋章術には時間を超越する紋章が――」
「あー、ハイハイ。胡散臭い新興宗教系の雑誌の表紙にそんなのありましたね。ほら、アイビーさん。早く」
自信満々なフルーツタルトの言葉を遮るのはペロペロキャンディ。
彼はフルーツタルトの言い掛ける説など一切興味を示した様子無く、アイビーに話を振る。不服そうにするフルーツタルトを雑にいなしながらも。どうやら彼にとってNPCの話などどうでもいいようで、次の主題に話を進めたがっているようだった。
「まぁ…なんでそうなったのか、時間的な矛盾なんかについていろいろ議論したいところだけれど…。この世界に足を踏み入れた人間って私たちだけじゃないと思うのよね。つまり、まさひこは過去にも似たようなことを起こしているとアタシは見てるって訳」
アイビーは促されるまま己の思っていることを告げる。ただ…それは直接NPCに追及するものではない。
だが、伝わる。それを聞く者たちの多くには。アイビーが一体何を言わんとしているのかが…新たな疑問と共に。
「現実世界で人が失踪したゲームなんて今まで聞いた時がないのも事実だけど…このサンダーソニアのクリスタルはそういう可能性を示唆してくれる。その可能性を正しいとしたときに見えてくるのは乙型の正体――」
アイビーは1度言葉を切った。その後で面々の顔を一望。再度、口を開く。
「…たぶんだけど乙型って、私たちとは"世代"の違うこの世界に取り残されたプレイヤー達の子孫なんじゃないカシラ?」
そのアイビーの提唱した説。それはこの世界の真理。謎に迫るもの。…無論、無理難題を無理やりこじつけ、放置した穴だらけの説だ。
当然、誰もが真面には受け付けない。ただ、そのすべてに対して否定的かと言われればそうでもない様子であった。
「はて。この世界で子供を作る…それを為す行為は出来ないと1階層のお客様からお伺いいたしましたが」
純粋にこの世界のあり方、謎に興味があるのだろう。鵩は踏み込む。他意のない問いかけを、この議題の中心であるアイビーに。
「甲型は自身の身体能力を弄れて、クラフトと言う形で物を瞬間的に決まった形状の物に変えられる。乙型丙型はお金を物に、物をお金に変えられる。そんな感じで世代によって出来ることが違う可能性があるわ。少なくともこの30階層…ゴルドニア島に住む乙型とそういう事も出来た。さすがに子供までは試してないケド…聞く話じゃ作れるらしいわよ?」
この世界がゲームなのか現実なのか。それすら定かではない土台が宙に浮いた議論。その中で紡がれる説を説くアイビーの視線は次にオルガに向けられる。
「この世界に最初に来て、一番人口が多かった島を傘下に置いたオルガさんはアタシなんかよりこの辺り詳しそうよねェ?」
「なんだね!? オルガさんがモグモグカンパニーアイランドの原住民の人たちを食い散らかしてるみたいな言い方は! 確かに美味しそう…美味しいだろうけどなァ、オルガさんはどっかのプリケツとはちがぁう! オルガさんは純情なんだぁッ!」
アイビーの問いかけを邪推し、悪意のある物と取ったのか、オルガは憤慨。騒ぐ。当然その発言は彼女が己自身の名誉を守るための主張。本題を1ミリするも前進させはしない…聞き流すに限る発言を。
呆れるしかない思っても居ない反応にアイビーは肩を竦め、まだ何か言いたそうにしているオルガを後目に口を開く。
「今の話でいろいろ考えてもらったところでアタシは改めて聞きたいの。乙型をただのNPCとして扱っていいのかって。彼らを私たちプレイヤー…甲型と全く同じような扱いに…彼らの意思、権利を認めるべきなんじゃないかって」
表面上は人権についてを考える綺麗な会議。議題であるが…聞く者は気が付く。
――それが、まやかしであると。
この議題の真意。これが30階層に資産、利権を持つ自分たちに対しての正義を武器とした、明確な害意の元に成り立つ攻撃なのだと。
亀裂が走る。敵と味方…持つ者と持たざる者を隔てる亀裂が。
「いや~…嫌だなァ…所詮この世界はゲームっすよ? そんなテクスチャとデータで作られた張りぼてを人間扱いだなんてぇ…バカらしくないっすか? ねぇ、柴犬さん」
「私は無為にNPCを傷付けようとは思わないが、フルーツタルトのいう事に賛成だ。人の迷惑に掛からない範囲の遊び方に制限を掛けるのは違うのではないかと」
前者。真っ先に口を開き、柴犬チャームと共同戦線を張るのはフルーツタルト。この30階層にて暮らしていた乙型NPCがプレイヤーと同等の権利を有した時、この世界の土地の所有権は無効になる。どの島もNPCの土地であろうから、そうなるのは火を見るよりも明らか。
故に彼らは目を配らせる。柴犬チャームはレイジーホルンに、フルーツタルトはオルガとペロペロキャンディに。自分たち同じ…30階層の権益を持つ面々へ。
「フッ…乙型の人権は認められるべきだろうよ。アイツらの熱い魂の宿る目を見た俺にゃあ…曲がったことはできねえぜ」
しかし、時には利益に靡かない正義漢も居るものだ。レイジーホルンは見せつける。自分がそうである事を。内外共にナイスガイである事を。その肯定の先に…どんな不利益が待っているのかを察したかのように、両目を閉じ、苦々しくも味わい深い笑みを口元に作って。
それをきっかけにレイジーホルン以外の、その場にいる者の目がペロペロキャンディとオルガへと向く。多数は後者。モグモグカンパニーアイランドと言う30階層に存在する中で一番大きな島、権益を…支配下に置くオルガへと。
結果が解り切った戦いは…オルガにとってただの消化試合。そこに向けられる関心はないのだろう。向けられる視線を感じながらオルガは鼻から息を吐き出す。素っ気ない態度。表情で。
「――だから言ったろう。オルガさんはお前たちの二手三手先を行っていると。どうやってもお前たちに勝ち目はないよ。だが…頑張るみんなの輝く横顔はプライスレス!」
注目される視線の先で、喜びも高ぶりもない…素っ気ない言い方、態度でオルガは言い、最後にその態度が嘘だったかのようにニカッと笑うと2度ほど手を叩いた。
黒革の手袋がされたそれによる音は、室内に響き…微かではあるがこの会議室の出入り口の向こう。エレベーターホールにまで届いて…それは室内へと入り込む。やや大きな扉を押し、会議室の中に。
銀朱のテクノカットのルッソと小麦色の肌で大きく開かれた胸元から覗き、頬にも掛かるタトゥー。若苗色の髪のソニア。
前者は真直ぐとした歩みで、後者はスーツの袖に付いた美しいブローチの位置を気にしたように指先で弄りながら、オルガの所へと向かい…彼女の両サイドに立った。
「ゴルドニアラビッドヘッドの元リーダー、ルッソとソニアだよ。今はモグモグカンパニーNPC人権部調査課の一員として活躍してくれている」
オルガは2人を紹介したところで口を閉じた。
それは、モグモグカンパニーアイランドの所有権にケチを付けられる人間が居ないことを明確に示し…利権に執着する者達にモグモグカンパニーが自分たち側ではないことを知らしめるのには十分であった。
NPCの扱いと分類。その議論は決着した。言葉はなくとも決定的だった。
その空気の中、ぷぅちゃんは各々の様子をぐるっと眺めた後に、キーボードを叩きながら口を開く。
「あえー…じゃあ、一応聞いておきますけど乙型は我々プレイヤー、甲型と同じ権利を有するべきとお考えの方は挙手をお願いします」
ぷぅちゃんの決を求める一言で手が上がり始める。
手を上げるのはぷぅちゃん、オルガ、鵩、アイビー、レイジーホルンとペロペロキャンディ。最後に柴犬チャームがしぶしぶと言った様子で手を上げた。
少なからず土地を持っている人間だからだろうか。フルーツタルトはそれを認められない様子でただ柴犬チャームを睨んでいた。
「柴犬のおっさんは演技が下手だなァ。どうせこんなことになるだろうって事、鼻から御見通しだったんだろぉん? 前回の会議でゴルドニア島を保護することに拘ってたのも何か仕込んでたからじゃないのかね? オルガさんには解る。何か取引してるぞォー! コイツはァー!」
ぷぅちゃんが決を採り終え、この議題を終えようとする前に、オルガは柴犬チャームに茶々を入れた。
その発言はフルーツタルトの目じりを上がらせ、言葉は発しないものの柴犬チャームをより強く睨みだす。きっと柴犬チャームは1つ目のテーマ、パンケーキビルディングタバコ産業によるミックスジュースの領海および領土侵犯。その解決のために示談金として土地を受け渡したのだろうということが容易に想像できる有様であった。
「絵にかいたような下種の勘繰りだな。根拠のない言いがかりは止してもらおう」
だが、柴犬チャームは顔色を1つ変えることはない。オルガの指摘に煙たそうにしながら、喉元に手をやって菫色をアウトラインに紫色の地に、黄色く細い斜めラインの入ったネクタイを緩めるだけだ。
「えー、静粛にお願いします。3つ目の議題が終わりましたので最後行きますよ。モグモグカンパニーによる塩パグ学園島武力制圧について。これは…ペロペロキャンディさん提起のお話ですね」
今回の会議の議長として機能するぷぅちゃんは直ぐに話を切り替える。この会議全体に対した興味もない様子で、淡々と。
次にペロペロキャンディが席からゆっくりと立つ。モグモグカンパニーの蛮行を断罪するために。
「甲型…プレイヤーへの攻撃。その土地と財産に対する武力攻撃をモグモグカンパニーが起こしたのは誰もがご存知でしょう。これは――」
「乙型虐待を認知した上での発言なら気を付けろ。我々は社長からお前たち甲型の背景について既に聞かされている」
声高々と語り始めたペロペロキャンディであったが、すぐに横やりが入った。オルガのサイドに立っていた、腕を組むルッソによって。
ペロペロキャンディの眉はひそまれる。己の言葉を遮ったモグモグカンパニーの手下の発す声に。
「ご忠告どうも。それは都合のいい話を聞かされているんでしょうね」
ペロペロキャンディは己の席から離れ、オルガの背後…ルッソの元へと歩み寄る。薄ら笑いをその顔に。
「――見え透いているよな。魂胆が。免罪符があれば武力による攻撃、略奪が肯定されるのかよ。どうせモグモグカンパニーの事だ。今島は奴らの占領下なんだろう?」
「お前の言う攻撃は圧制者たちへの抵抗であり、正当な報復でもある。略奪は奴らの罪に対しての賠償。モグモグカンパニーはそれらを手助けしたに過ぎない。邪推は止してもらおう」
態度を豹変させて凄むペロペロキャンディに見下され、睨まれてもルッソは普段通りの冷静沈着で…近寄りがたい雰囲気のまま。ただ己のしたことを述べるだけ。
2人の視線は交差する。ペロペロキャンディの白に近い空色の、瞳孔が真っ黒い瞳と…唐紅のルッソの瞳が。
けれどそれは長くは続かず、鼻からため息を吐き出したペロペロキャンディが引くことによってそのにらみ合いは終わり、彼は席に戻りながらオルガへと顔を向ける。
「聞く限り島は技能実習生の物と解釈できる内容ですが、実際のところどうなんです?」
「ん? モグモグカンパニーは撤退しているし、普通に技能実習生たちの物になってるよ」
攻め手になる様な要素が一切ない故かペロペロキャンディの表情はやり辛そうに、苦々しく歪む。きっと技能実習生達と何らかの密約を結んでいるであろうモグモグカンパニーのこれからの事…根拠がないがゆえに言い出せないことを歯がゆく思いながら、己の席へと腰かけて。
その後で、会議室は再び静かな物になる。次に誰か喋りだそうとする素振りもなく。
「――ちなみに、モグモグカンパニーが扇動して技能実習生達を戦いに駆り立てていたなら、どうなるのカシラ?」
しばしの静寂を破るのはアイビーの問い。彼は黒い石材の円卓の上で前のめりになり、頬杖をついている。特にこれと言った変化はなく、いつも通りと言った様子で。
その問いに、ノートパソコンのキーボードを指で叩き、今回の会議の決定を纏めていたぷぅちゃんが顔を上げた。
「えー、どういう形でそう至ったかにもよると思います。証拠になる様な物があるのであれば、別途話し合いを行い、我々の中でどうなのか判断する必要があると思います」
ぷぅちゃんは答えた。つぶらな瞳で。
「証拠…ねぇ…」
含みのある呟きを漏らすアイビー。視線を流しながらのその言葉は何か違った。何か良いものでも見つけたような、にんまりとした笑みをその顔に浮かべ…彼は取り出す。小さなレコーダーを。
集まる。周囲の視線が。
静まり返るその中で触れる。アイビーの人差し指が、再生ボタンに。
その中で、何かを察したようにペロペロキャンディが手首に付いたブローチをタッチ。唇を寄せた。
『――俺好みだ』
『ッ、ぅっ…!』
スピーカーから聞こえる謎の話し声。バックグラウンドには布の擦れる音と、微かに混ざる濡れた何かが撥水性のある物に触れるような音が混ざる。
『…なんだ。女…ぐああッ――ッ!』
『…最低ッ、変態ッ!』
男のなんとも残念そうな声が聞こえた後、強く床を踏む音。悲鳴。次に聞こえるのはハスキーではあるが、まだ幼さを感じる女性の声。
アイビーが聞かせるそれについて、ルッソとソニアが何かに気が付き、大多数が疑問符を浮かべる最中…周囲の目は柴犬チャームに引き付けられた。
毛をより逆立たせ、なぜか禍々しいオーラを放つ今さっきまでポーカーフェイスだった目つきの据わった彼の方へ。
「あら、ごめんなさい。再生するところ間違っちゃったわ」
アイビーはそう言って1度停止ボタンを押すと、スピーカーに取り付けられたボタンを弄りだし…間も無く、再度再生ボタンに指を置く。
未だ嘗てない、柴犬チャームから見て取れる…阿修羅の様な雰囲気を気に掛けながら。
「ここからが面白いところなの。さっ…少しの間、静かに聞いて」
アイビーは微笑する。深みのある笑みで。
彼は塩パグ学園島の当時の様子を説明する以上の物を伝えようとしていることが…なんとなく各々には伝わる。故に静まり返る。
再生ボタンに置かれた長く細い良く手入れのされた彼の指に力が篭る。
小さなカチリと言うスイッチが押される小気味の良い音とともに、それは再生を開始する。少しの雑音と共に。当時の記録を語るべく。
『モグモグカンパニーNPC人権部調査課のルッソだ。少し時間を貰っても?』
スピーカーから静かに声が聞こえ出す。
今この場にいる者たち誰もが聞き覚えのある声が。
紡ぐ、モグモグカンパニーの名のもとに。
難しいですな、こういう謀略を張り巡らせるようなお話は。何処まで説明すべきか…どこまででとどめるべきか…考え込んでしまったよ!
そして…まさひこのパンケーキビルディングの中に存在する力ある組織のギルドマスターたちが出てきた訳ですが、女の子ばっかりだと思ったかい? 残念! おっさんとにーちゃんと爺さんだよ!
次回…オカマ無双。
できたらゴルドニアの音楽隊がゴルドニアラビッドヘッドの歴史に触れるような物もセットで付けたいと考えております。楽しみにしててくれよな!