激闘、徒手空拳の白鳥ボートデスマッチ
今回で最後だと言ったな。アレは嘘だ。
ただ話を分けたというだけの話なので、塩パグ学園島決着までは明日辺りに上げようと思っています。
まぁ…そういう事だよ。よろしくな。
夜の冷たさの混ざる風。正面には赤い夕陽。空には橙と紫の混じった雲。周囲には何もなく、ただ夕日の濃い赤に染まる大海原が広がる。空を舞う白い海鳥たちの姿は光りの加減で黒く見え、波は穏やか。小さな船でも揺れをほとんど感じないほどに。たとえそれが…白鳥のボートだとしても。
ペダルが動いてスクリューが水を掻き、巻き上げられて落ちる水が涼やかな音とともに水面を叩く。白鳥のボート中には、その涼やかな音とは対極の…足に集中的な負荷を掛ける苦しい運動で呼吸を荒くする男たち。不毛な我慢比べを極めた地獄戦いは、浅瀬と沖の境目にまで彼らを導いていた。
「なんでッ…なぜッ…どうして追いつけない…? 1人であんなに早く漕げるものなのか…?」
先頭を行くマリグリンの白鳥のボートの後に続くゴリとガリが漕ぐ白鳥ボート。彼らの乗る白鳥のボート上からは、よく聞こえはしないが、仲間と通信しているのであろうシルバーカリスの話し声が聞こえている。その中で…ゴリは呟いた。視線をハンドルの方に落とし、茫然自失といった感じに。現実を受け入れたくない、信じたくないと言った風に。そんな彼をガリは横目で見る。
「マリグリンと一緒に愛しのナナちゃんが一生懸命ペダル漕いでるからでしょ。もうノリノリですよ。この速度維持するってことは。割と俺ら一生懸命漕いでるのに」
「ちがーう! ナナちゃんは脅されているだけだッ! 俺をッ…パパを裏切る様なことはしなぁい!」
ゴリは目元に大粒の涙を浮かべ、非情であろうが事実であろうガリの推測を勢いよく振り返って否定する。口を大きく開け、全身全霊をもって。
「ひっ、ゴリさん落ち着いて…!」
ゴリの暑苦しさ、必死の形相にガリは己の顔の前に腕を交差させ、顔を真横に逸らし、思い切り上体を引く。余りにも見苦しく哀れな友人の様子に恐怖を感じて。けれど…そんなものは一瞬だった。ゴリが停止したところで、ガリはどうしようもない物を見るような目で震えるゴリの顔を今一度見返す。
「――気持ちは解る…でも哀れだよ…滑稽だ。受け止めろって。現実を。ナナちゃんは金のために誰にでもついて行く尻軽。言われたことを繰り返すしか能のない…ただプレイヤーのご機嫌取りだけをする人形なんだと」
ガリなりの歪み過ぎた友人に対する荒治療なのだろう。劇薬と言っても差し支えない、糞真面目な顔になった彼から発せられる言葉はゴリの心をズタズタに切り刻む。ナナちゃんと言う存在。NPCが…いったい何のために存在しているのか。あらゆる幻想を取り払って見た時に現れる真の姿を語る友人の言葉に…ゴリはより震える。突きつけられた事実に。目を背けて来た真実に。
「あぁッ…あぁ…ゴリパパ…ナナママ…脳がッ…破壊されるぅ…ッ!」
真実はゴリに頭を抱えさせ…やがてペダルを漕ぐ脚を停止させてしまった。2人で漕いでいたものが1人になったことによって当然落ちる…海上に浮かぶ白鳥の優雅な歩みは。
「うん、あの…NPC相手にパパ自称は本気で止めた方が良いと思う。キモいっていうか…まあ最強レベルでキモいんだけど…なんか他に表現しがたい感情が混ざる。それを耳に入れる人間の精神を汚染と言う形で攻撃していることを理解するべき。と言うか漕いで」
「うぅ…うあぁぁ~! うっぅうぅ~ッ!」
ゴリへの思いをオブラートに包むことなく、淡々と語りつつも姿勢を戻したガリは正面の窓の向こう側に見えるマリグリンの白鳥のボートを見据え、懸命にペダルを漕ぎ出すが…ゴリには復活の兆しが見えなく…とうとう泣き出してしまった。
「ふっふっ…うっ…ウワァァァ~! …ナナぢゃん…!」
今すぐにでも逃げ出したくなるような地獄。言い表せない感情を齎す狂気が満ちる白鳥のボート。ガリさえも閉口せざるを得ない惨劇の場の上に立つはシルバーカリス。白鳥の頭の上に左手を置き、背後後方から迫ってくる、風紀委員率いる白鳥ボートの軍勢を見つつ話を聞いていた彼女は、静かに息を鼻から吸い込んで…口を開いた。
「――ゴリさん。これはナナちゃんが貴方に与えた試練。自分の愛した男性は、こんなことではへこたれないと証明することを待っているんです。自分の見込んだ人は…どうあっても自分を取り戻してくれると!」
ガリの指摘をなかったかのように発せられる、歯が浮くような安いセリフ。つい昨日学園エリアの学校にて、ゴリが語った憎しみについての言葉と同レベルの羽の様な軽さ。雰囲気だけでゴリ押そうとするシルバーカリスの語りは…ゴリの顔を上げさせた。…とはいってもシルバーカリスは屋根の上。白鳥ボートの側面に身を乗り出さない限り、ゴリからは彼女の姿は見えないのだが。
「ほら、聞こえませんか? ナナちゃんの助けを呼ぶ心の叫びが…貴方の名を呼ぶ声が…!」
シルバーカリスはゴリに語り続ける。もうそろそろ自分たちに追いついてしまいそうな、背後に迫る白鳥のボートの軍団の方を焦ったように困ったように眺めつつ。声だけは穏やかに。
「…ナッ…ナナちゃん…!? 聞こえる…聞こえるよ…見えもするッ…!」
一種の催眠状態。自己暗示であろうか。ゴリはふいに呟く。マリグリンの乗る白鳥のボート後姿に視線を止めて。しかし実際周囲に聞こえる主な人の声は…後方から聞こえる、降伏勧告だとか、何の変哲もない悪口だとかを引切り無しにかけ、騒ぐ風紀委員達の声ぐらい。ゴリの変化によって湿っぽかった地獄はまた一味違った地獄へと早変わり…ガリに戦慄を齎して、心配と恐怖の入り混じる表情でゴリの横顔に視線を釘付けにさせた。
「君は何を言っているんだい…? 俺には聞こえんし何も見えない…やべーよ…どうしよ…」
狂気を煮詰めた極限状態の様相を呈するゴリの様子に、ガリはドン引きだったが…その最中、懸命に漕いでいたペダルが急に軽くなる感覚を感じた。そして地獄と狂気を内包する白鳥のボートは怒涛のスピードを発揮。マリグリンの白鳥ボートへと迫り始める。
「うおおおおおおっ! 今行くぞッ! ナナちゃーん!」
「っ…愛が成し得る力ッ…なのか…!?」
海面を疾走する3人の乗る白鳥ボートはマリグリンの乗る白鳥ボートとの間をどんどんと縮めていく。その上で、シルバーカリスは何とかなったことに胸を撫で下ろすと、喉の辺りを指先で触れ、少し考えたような顔をし、口を開いた。
「ゴリパパ! 白鳥ボートを横付けて! ナナママは泳げないの!」
「はっきり聞こえるッ…ナナちゃんの声が! 今ゴリパパ行くからね! 今ゴリパパの白鳥ボートの中に入れてあげるからね!」
「えっ、この間めちゃめちゃスイスイ泳いでたじゃないですかー!?」
何と残酷な嘘なのだろう。シルバーカリスは裏声を使い、高い声でナナちゃんを騙る。だが、なんでもプラスに考える、頭が花畑な哀れなゴリは変なバイアスでも掛かっているようで、全て疑うことなく、翻弄されるがままに全力で白鳥ボートのペダルを漕ぐ。思わず喉から出てしまったガリの突っ込みすら気にした様子無く。
そうしている合間にも…聖乙女学園からの逃走劇で疲労困憊なのであろう、マリグリンの乗る白鳥ボートの側面後方に3人の乗る白鳥ボートは迫る。ここで少しばかり冷静になったガリは違和感を覚えた。わざわざ白鳥のボートに横付けようとさせるシルバーカリスの言葉に。マリグリンをどうにかするのなら、屋根から屋根へ飛べばいいだけだと気が付いて。
「本当にしつこいな…お前らは! 特にシルバーカリス! 何処までも追ってくる地獄の猟犬め!」
間も無く3人の乗る白鳥ボートはマリグリンの乗る白鳥ボートの側面後方に。執念を感じざるを得ないシルバーカリスの追跡に、なんだか恐ろし気な柔らかい笑みをその顔に浮かべる、その彼女の姿を横目に映したマリグリンはシルバーカリスに対する思いを吐き捨てた。その最中にも2つの白鳥のボートの距離は縮まって、かなりハイペースでペダルを漕ぐナナちゃんの姿が見えてくる。
「桟橋で僕たちが風紀委員の人たちに追いつかれて対応に迫られていれば勝ちでしたでしょうけど…うふふっ、勝利宣言が少し早かったようですね」
「ハッ、周囲敵だらけで良く言える。勝てるつもりでいるのか?」
「えぇ。まぁ。時間が敵だったのはついさっきまでだったもので」
余裕をかますマリグリンと会話しつつ、シルバーカリスはゆらりと動く。白鳥の頭の上に乗せた手を退けて。足と足を間隔を置いて置き…右手に持ったトライデントを縦に1回転させて持ち直し、穂先を小指側に。半身になって身構えた。瞳を閉じて集中し――投げやりの構えで。輝く三又の穂先が輝く先。そこにあるのはマリグリンの乗る白鳥のボートだ。
間も無く、彼女の目はカッと開かれる。瞼の向こうにあるのは、強い意志と非情さを兼ね備える瞳…戦士の瞳であった。
「まず脚を奪うッ!」
ガリとゴリがペダルを漕ぐ白鳥のボートの屋根の上にて、響くシルバーカリスの歯切れのよい声。その声の発される元では――左手をマリグリンの白鳥のボート。マリグリンの隣にいるナナちゃんに向けて翳し、右手に持ったトライデントを思い切り後方に引いて持つ…槍投擲の直前のシルバーカリスの姿。そして――
「逃がしはしないッ!」
シルバーカリスは右手を大きく前へと身体ごと振ってトライデントを投擲。赤い夕陽の光を鋭く輝かせる三又の穂先は真直ぐ…ナナちゃんへと向かっていき――今、彼女の上体を深く貫いた。
「ナッ…ナナちゃぁぁぁぁぁーん!」
上半身側面にトライデントを受けたナナちゃんは糸の切れた人形のように動かなくなった。ただ力なく、前へ。ハンドルの方へと凭れ掛かって。その姿にガリは目を見開いてゴリは絶叫。シルバーカリスは…マリグリンの移動手段を奪った手応えに、口元に笑みを浮かべるだけだった。ゴリへの弁解はおろか気遣いなども在りはしない。
「疲労困憊、満身創痍…2人用の白鳥ボートを1人で漕ぐ羽目になってもなお、この場から逃げ切る気力がありますかね? マリグリンさん」
使命の為ならば幾らでも非情になることの出来る性格なのだろう。ゴリへの罪悪感やNPCをその手に掛けたことなど…なんとも思った風もなく、シルバーカリスは薄い笑みを口元に呟く。珍しく好戦的な笑みを携えて。
次に彼女は振り返る。なんだか致命的な間違いをしたのではと己を顧み、微妙な表情をしたジョロキアを屋根の上に乗せる白鳥ボートを筆頭とする、今自分たちに追いついてきた風紀委員達が乗る、白鳥ボート軍団の方へと。
「ジョロキアくぅん…さっきから思ってたんだけどォ、シーシルキーテリアっぽくなくない? あの人たち」
薄々とではあるが、風紀委員全員がそうなのではと思っていたことを…角刈りの風紀委員の隣でペダルを漕いでいたヒョロイ風紀委員が口にした。その指摘に、思わずジョロキアは苦々し気に顔を歪める。
「少なくともアレは不法入国者であり…今、塩パグ学園島の資産であるNPCに手を掛けた重罪人。秩序を守る者として見過ごしてしまえば沽券に関わりかねない事案。シーシルキーテリアであろうがなかろうが、我々が対処せねばならない相手でしょう」
風紀委員誰もが思っていた事だ。当然ジョロキアもそんな気はしていたが…この追跡を主導したものとして、認めるわけにはいかなかった。認めてしまえば責任追及は免れないのだから。だが…否定しきれるほど面の皮は厚くはなかったようで、シーシルキーテリアではない可能性を認めつつ、己の行動の正当性を主張するかのような返答を返す。そんなグダグダになり、なんだか揉めそうな雰囲気で会話を繰り広げ始めた彼らの前には、白鳥のボートの上へと上がり、そこにいるシルバーカリスと対峙する姿勢を見せるゴリの姿がある。
「どうしてだ? なぜ…なぜ…。ナナちゃんを殺した…?」
ゴリは俯いたままシルバーカリスに囁く。拳を握りしめ…声を震わせて。
「この勝負に負けるわけにはいかないんですよ。ベイブ、プラクティカル…そして花ちゃん。僕をこの場に押し上げてくれた献身と犠牲を無駄にしないために。そのためなら人形ぐらい幾らだって僕は排除しますよ。たとえ誰かの大切な物だったとしても」
セラアハトや眼帯の衛兵とは明らかに違う、人の言われたことだけを実行するNPCを人と見なすか、人形と見なすか。両者の認識の乖離が如実に表れる会話が…静かに交わされるうちに、復讐者と使命を一挙に背負う者。その視線が…静かに交差する。ガリは下から顔を出し、止めるタイミングを窺うかのようにしてはいるが、まだ動き出す雰囲気はない。
しかし――誰もが空気を読んでくれるわけではなかった。
「助けてー! 風紀委員の人!」
シルバーカリスとゴリがタイマンを張る様な流れに成りつつある中で、マリグリンが叫ぶ。…想定できた動き。必然とも言える反応だった。彼からすれば風紀委員は味方。彼らに対し、マリグリンは何も疚しいことはしていないのだから。だが…今そうしたマリグリンは内心こうすることは避けたかった。場合によっては事情聴取を目的とし、風紀委員達の拠点に連れ帰られる危険性があり、そこでシーシルキーテリアなどの襲撃を受けてしまえば己の命がどうなるか解らないから。
「ほら! 聞こえませんか、俺たちへ助けを求めるNPCの方の声が! 彼普通に喋れるタイプのNPCなので、何かあれば責任問題です。今揉めている場合ではないでしょう?」
マリグリンの叫びは揉めに揉める風紀委員に届き、立場が危うくなりつつあるジョロキアの釈明の声を引き出した。だが…風紀委員達の表情は辛辣なもの。今まで彼に付き従っていた角刈りの風紀委員は特に。
「ナナちゃん死んだし…。ジョロキア…お前アレな。報酬50パーカット」
「なんですって? そんなもの契約書の何処に?」
今まで下手に出ていた角刈りの風紀委員。彼は突如として豹変した。その発せられる言葉は…ジョロキアにとって捨て置くことの出来ないものであり、すかさず食って掛からせる。当然闘いどころではない。そうすることに得られる報酬の話なのだから。けれどジョロキアの威圧的な態度にも角刈りの風紀委員は変わらない。
「損害出したその分報酬から保障させるって契約書の最後のページの右端にちっさく書いてあったんだな! 虫眼鏡使わないと見えないレベルのが! お前だって何も起こらないって高括って見過ごしたんじゃないのォ?」
ジョロキアは思い返す。塩パグ学園島のスタッフとしてではなく、角刈りの風紀委員に頼み込まれ…彼個人と契約した内容を。その時記入した用紙の事を。その片隅にあった気がした一文を。その後で理解した。今における己の立場を。
「…うぐぐッ…うぬ~っ…!」
「それとアレな。アレだから。ナナちゃん殺しの下手人押さえられなかったら報酬0だから」
ただ唸る事しかできない屋根の上のジョロキアに、角刈りの風紀委員は軽く言って言葉を一度切り、視線を赤い大海原の水平線へ。そして…懐からタバコのケースを取り出すと、それを口元に寄せ、タバコを1本咥えた。
「…ったく…問題なんておこりゃしねえって高括ってたけどよぉ…こんなことになっちまうなんて。外部に指揮権委託するもんじゃーねーなぁ。アハハ、俺もヤベー。ナナちゃん学園エリア管轄の奴だよ。なんて言い訳しよう。あの女の子捕まえられなかったら更にヤバーい」
今ある状況によってジョロキアと角刈りの風紀委員の立場は窮地に。今の状況に、角刈りの風紀委員の横柄な物言いに顔を顰めながらもジョロキアは真面目に戦わざるを得ない立場に追い込まれた。
「ふっ…フヒヒーッ! ナナちゃんのカタキィー!」
「目を覚ませいッ!」
そんな苦々しく歯を食いしばるジョロキアの視線の先には…今、奇声と共に脇を大きく開いて毅然とするシルバーカリスに殴りかかり、腕を潜られ深く懐に踏み込まれた形でボディーにスマッシュを貰って、うめき声と共に身体をくの字に折り曲げるゴリの姿。最中に風紀委員の乗る白鳥ボートたちはマリグリンの白鳥ボートとシルバーカリス達の白鳥ボートを囲むように寄せ集まり、歪な楕円を作り上げ…その上へと続々と風紀委員達がよじ登る。
「許してくれとは言いませんよ。これが勝負の世界なんですから」
そんな…孤軍奮闘を強いられる状況下。ボディーでノックダウンする地獄の苦しみにのた打ち回るゴリを海面に蹴り落としたシルバーカリスは周囲を見まわし、右手の天辺を視線の高さに。左手を肩の高さに上げて、ジョロキアの方に向ける形で身構え直した。そして散る。灰色の瞳に危険な輝きが。
「来いよジョロキア。剣なんか捨てて掛かってこい」
ガリがゴリを白鳥のボートの中に引き入れるその上で、シルバーカリスはジョロキアに言う。その面構えは戦士の物。女性に手を上げることに抵抗を覚えるジョロキアに、彼女が女性ではなく戦士であると認知させ…その言葉選びに…彼女が望んでいるであろう物を感じ取った。
「剣なんか必要ねえや…元攻略勢の俺に勝てるもんか」
「試してみるか? 俺だって元攻略勢だ」
元ネタありきの継ぎ接ぎだらけのパッチワーク。戦いの前のちょっとした余興。シックルソードを海へと投げ捨てたジョロキアはぼんやりとした知識で何とかシルバーカリスに合わせる形にしたが、彼女は其れっぽく繋いでくれた。
視線を交差させる中での短い余興。それが終わった時…2人は白鳥のボートの屋根を蹴る。互いの方へと向かって。
2人は海上に漂う白鳥のボートから白鳥のボートへ。屋根伝いに駆け、1つの白鳥のボートの屋根の上にて、互いを拳の射程距離に入れた。そして交差する。シルバーカリスの右ストレートとジョロキアの右ストレートが。
「さすがは元攻略勢」
「貴女もでしょうに」
シルバーカリスとジョロキアの拳は空を切る。微かにだが、互いの頬を掠めて。しかし…ジョロキアは再認識。痛感する。解り切っていた事であったが、身長による腕の長さ。リーチの差。その間合いが…無視できないほど遠いことに。
タイマンを張るという前提であれば圧倒的と言っていいほど不利ではあったが、ジョロキアの目には戦意の炎が燃え盛っている。そう…この戦いはフェアな物でもなかった。ましてや正々堂々とした試合でもない。風紀委員にとってしてみれば、秩序に挑戦した不届き者への制裁、成敗だ。故にジョロキアの一撃に合せ…それらは行動を開始する。
「お前らはアレな、あのガリガリの奴とゴリゴリの奴な! 俺はシルバーカリスちゃんを相手する!」
「ハァー!? お前じゃ荷が重すぎるんですけど! お前がガリゴリ行くんだよッ! どすこい!」
「うおっ、押すなッ…ウワァ!」
「仲間割れしてるんじゃない! 真面目にやれッ!」
ここが都市エリアでないことを理解し、白鳥のボートの上を拳を構えてやってくる風紀委員達。ある者は波で揺れる白鳥のボートの上でバランスを崩し、そのまま水面へ。ある者は揉めて仲間を海へ突き落す。中には真面目に取り組もうとする者も居はするものの、統制の取れていない様子はまさに烏合の衆。とはいっても数と言う物が最大の脅威と言う事には変わりないため、シルバーカリスはガードを固めて突っ込んでくるジョロキアのステップインに合わせて直ぐ様バックステップ。背後にある白鳥のボートの上に着地し、距離を取った。
「まずは包囲。全員で一斉に――」
「今イクゾー! 不届き者めー!」
ジョロキアは個ではなく、あくまでも集団でシルバーカリスと対峙しようと指示を出すが、彼の言葉を塗りつぶすのは自分たちの勝ちを疑わず、浮かれた様子の風紀委員の声。そしてその声の主を先頭に風紀委員達は飛ぶ。ジョロキアの指示を無視し、シルバーカリスが居る白鳥のボートの上へと。
「とぉーう!」
「せぃやぁッ!」
シルバーカリスの白鳥ボートの上に飛び、方向転換の効かなくなった風紀委員を出迎えるのは…シルバーカリスの半回転からの鋭い横蹴り。クリーム色のジャケットをはためかせ、ピンと伸ばされゆく脚は風紀委員の鳩尾へと伸ばされ行き――
「ぐふぅッ!」
一番最初に飛んだ風紀委員の腹部に深々と刺さった。その身体を後方へと押し出し、動かして。今飛んだ者、今飛ばんとする者たちの方へ。
「うわっ…!」
「おわっ!」
腹部に横蹴りを貰い、白目を剥く風紀委員の身体に押され2人の風紀委員が押し出される形で海へ落ち、水しぶきを上げる。だが…勢いは止まらない。続々と他の白鳥のボートの上から風紀委員たちが飛んでくる。けれどそれは…足並みの合っていないものであった。
「へぶぅ!」
着地したところでそこは白鳥のボートの端っこ。着地後の隙もカバーしなければいけない不利な状況から戦いが始まる。そんな風紀委員に対し、シルバーカリスは左手を前へ出していた構えからスイッチし、右手を前に。ステップインからのスマッシュを顎側面に食らわせ殴り飛ばす。
「ハイッ!」
「くぅッ…やるなッ…てっ…うわわっ…!」
次に軽くステップし、態勢を真直ぐに。白鳥ボートの上に着地した風紀委員を振り向き様に踵側で回し蹴る。彼はそれをガードしたまでは良かったが、何しろ体重が乗った一撃だ。そのまま押し出され…その身体は海面へと引き寄せられる。
瞬く間に戦闘不能が2人。海の上に3人が叩き込まれたところで…ジョロキア以外の風紀委員は敵の強さを…事態を把握する。そして止まる。その勇ましかった勢いが。集まる。どことなく縋る様な雰囲気の視線がジョロキアへと。
「ジョロキアさぁん…どうしよ?」
いつの間にかジョロキアの後ろに来ていた角刈りの風紀委員。さっきの横柄な態度は打って変わり、彼は瞳を揺らす。不安げに。だが、ジョロキアはつっけんどんな態度で硬く腕を組んで動こうとしない。
「お行きなさいな。俺に構わず。可愛い女の子と触れ合うチャンスですよ? 劣情のまま突っ走ればいいじゃないですか。盛りの付いた豚の如く」
「あの子は綺麗だとは思うけど…こう、こっちの趣味としては妹系と言うか守ってあげたくなるような子が良いというか…」
「貴方みたいな人種と言うのは、どうして決まって従順で、自分に抵抗だとか攻撃してきそうにない女性を好むのでしょう。自分が優位に立てていないと不安になるのでしょうか?」
私怨がありありと窺えるジョロキアの刺々しい対応。だから言う事を聞けばよかったのに。そうとでも言いたげなあてつけがましい物言いは…ジョロキアがへそを曲げていることを示す。彼の実年齢よりかは少し幼い、見方によっては可愛らしい反応であったが…角刈りの風紀委員。彼は必死であった。
「ジョロキアさん。良く考えて。俺と貴方は運命共同体…俺の致命傷、すなわち…失脚は貴方に対する報酬の保証が無くなるという事――」
「まぁ、良いですよ。そうなったらそうなったで。貯金ぐらいあるでしょう? そうなれば契約など関係ありません。カツアゲして丸裸にして…20階層の極寒の大地に捨ててやりますよ。私怨を原動力に」
ジョロキアの算段。考えは角刈りの風紀委員の顔に静かな笑みを作らせた。彼の思い通りにならないこと。彼の先を行った優越感を感じたような。そして語り出す。両目を閉じ、明らかに優位に立った雰囲気を醸しながら。
「フッ…甘いな…。実はこの間あった柘榴ちゃんソロライブの特等席取るために全財産突っ込んだ。――楽しかった。俺にはもう心の中に輝く柘榴ちゃんとの思い出しか残っちゃいないのさ。次の給料日まではな。お前に出来るかな? 実利を無視し、憂さ晴らしで報酬と言う果実を実らせる金の木を切り倒すことが。消せるかな? この俺の中に燦然と輝く柘榴ちゃんの微笑みを」
角刈りの風紀委員は静かに語り始め、やがて両腕を開いて万能感に浸ったような悦に浸った表情をジョロキアに見せた。しかし、彼は激怒すると思いきや…ただ静かに笑うだけだった。
「ふふっ…初めてですよ。ここまで俺をコケにしたおバカさんは。…お前今日の仕事終わったら体育館裏な」
後半に露わになるやっぱり怒っていたジョロキアと、そんな彼が途中で怖くなる角刈りの風紀委員。揉めに揉めるそれらを差し置き、命令されなくともシルバーカリスへと向かっていく挑戦者は複数存在。だが、所詮は個々の力だけを恃む命令系統の確立できていない個の寄せ集まりだ。シルバーカリスの白鳥のボートに着地したところを狩られ各個撃破。戦える全体数を減らしていく。海に浮かぶ散っていった者たちを白鳥ボートに回収する者達を含めて。
そんな…まだまだ収まりそうのない戦い。それを傍観するのは、シルバーカリスの勝利条件のキーであるマリグリンと…風紀委員達に捨て置かれ、マリグリンの乗る白鳥ボートの上で彼を監視することに徹したガリだった。
「今のは危なかったな。良いのか? 加勢しに行かなくて」
妙に余裕のある笑みを口元に、マリグリンは言う。けれどその思惑はガリには当然見え透いているものであった。
「その手には乗らないぜ。俺が行ったところで足手まといになるだけだし」
ガリはマリグリンの口車に乗らない。次第に劣勢になりつつあるシルバーカリスを目にしつつも。微かに今こうしていることに迷いを感じた風ではあったが、己の役目。実力。出来ること…導き出される最善手を冷静に考え、自分自身にも言い聞かせて。そして彼らの見る先で…新たな動きがあった。
「特撮ヒーローに立ち向かう雑魚並みに気持ちよくやられますね。貴方達。日曜日の朝みたいな雰囲気感じましたよ。もう。とりあえず今から俺が隙作るので、そのうちに攻撃お願いしますよ」
「…ハイぃ」
角刈りの風紀委員と言い合いをしていたジョロキアがブレザーを脱ぎ、首に巻かれたネクタイを解いて投げ捨てると、白いYシャツの第二ボタンまでを外して腕を捲る。彼の傍にはおそらく殴られたのであろう張れた頬を両手で押さえ、涙目なっている角刈りの風紀委員の姿が在り…彼の見守る中、ジョロキアは飛ぶ。何とか風紀委員達を捌くシルバーカリスの居る白鳥ボートへと、正面から。
「くッ…!」
白鳥のボートの正面。そこはファンシーな顔をした白鳥の首が高々と立つ場所。それが攻撃を遮る障害物となり、空中での迎撃を主としていたシルバーカリスの戦法と彼女の心に迷いを齎し、苦々しくその表情を歪めさせる。
迷いの中で放たれたシルバーカリスの前蹴りは空を切った。そのまま横に薙ぎ払えたならばジョロキアの胴を捕らえ、そのまま海面に叩き込むことが出来ただろうが…その軌跡上には白鳥ボートの首。ジョロキアはそれに両手を伸ばし掴むと、それを軸に振り子のように身体を動かし、シルバーカリスの傍に着地した。
「男として女性に手を上げるのは本意ではないんですけどねッ」
着地とほぼ同時にジョロキアは着地時の体勢のまま、身を低くしたその態勢で左フックをシルバーカリスの腹部へ向けて放った。――しかし彼は拳を止める。拳の先に在る危険にギリギリのところで気が付いて。
――エルボーブロック…!
止まった拳の先には、フックに合わせて降ろされた肘。拳を逸らすのではなく、肘の最も硬く、尖った箇所とぶつけ合うことで破壊を目的とした角度で置かれたそれを構える少女、シルバーカリスは…少しばかり残念そうに、しかし楽しんだ風に微笑んでいた。
「そのまま振り切ってくれたなら左手持っていけたんですけど」
「まったく…油断も隙もない」
シルバーカリスとジョロキアは短く言葉を交わし、前者は降ろしかけた脚を地に付け、対の脚で入れ替わる形で縦蹴りを。ジョロキアは距離を取りつつ半身になり、上体を仰向けに逸らしてそれを躱す。目と鼻の先を通り過ぎ、前髪に蹴るシルバーカリスの足に奥歯を噛みしめつつ。
だが、攻撃を躱し切った時…生まれる。片脚で態勢を維持しつつの攻撃を繰り出したシルバーカリスに隙が。なるべく動きを最小限に攻撃を躱し、機会を窺っていたジョロキアは直ぐに態勢を立て直すと同時に顔の前に拳を構え、ガードを固めてステップイン。シルバーカリスの腹部を狙い、右フックを放った。
「ふッ!」
「うッ…!」
ジョロキアの右フックはシルバーカリスの前腕で逸らされたが、その衝撃によって彼女はその態勢を崩す。
「そこですッ!」
シルバーカリスは横ではなく、体重移動をして前へと倒れ始める。そこをジョロキアは狙う。左フックでシルバーカリスの身体を。しかしそれはブロックされた。彼女の右腕で。そして――
「よいしょッ」
「うぐっ!」
シルバーカリスは己の身体ごと、ジョロキアを白鳥のボートの屋根の上に押し倒した。シルバーカリスが上、ジョロキアが下となり、間も無く彼の腹部の上にシルバーカリスが馬乗りになる。――当然それは、加勢するタイミングを窺っていた風紀委員達すべての目に付き、彼らに…様々な感情を抱かせた。
「オーイ! 何イイ思いしてんだ! ずるいぞォッ!」
真っ先に騒ぐのは角刈りの風紀委員。ジョロキアへの憎しみも相まって、彼の口から出る言葉は刺々しい雰囲気で、表情も怒りや不満…嫉妬。それら負の感情を混ぜ合わせた様な激烈な物であった。
「これがそう見えますかッ! 早く加勢に…!」
だが、ジョロキアはそれどころではない。リーチの優位があるシルバーカリスから次々と打ち下ろされるパンチを両腕で何とかブロック、はたまた顔を逸らして躱しつつ、身を捩ってこの状況から脱そうとしながら必死に彼は叫んでいる。角刈りの風紀委員を含める一部は嫉妬からか、美味しい思いをしている風に見えるジョロキアを制裁するため、2人の居る白鳥のボートの上に飛ぼうとしたが…背が低くヒョロイ体系の風紀委員。彼が注目を集めるように片手を上げたことによって一瞬…風紀委員質の目がそちらへと向けられた。
「じ~つ~は~、最近こういういいもの作れてぇ。ジョロキア君にダメージ与えるならこっち方面の方がいいかなって」
一同の視線が集まる先にて、ヒョロイ風紀委員は片手に収まる程度のサイズの…メタリックな箱を取り出した。各々はそれがなんであるかすぐには気が付けない。だが…角刈りの風紀委員。彼は暫くして理解した。それがなんであるかを。
「それってアレ? 昔のカメラ?」
「うん。そだよぉ。これを使って今のジョロキア君の今のザマを…ね? 結構有意義に使えそうでしょ?」
「ほほぅ…それは名案…。報酬の交渉に置いてジョロキアさんと良い話が出来るに違いない。よしッ…撮って! いい感じの絵が取れたら加勢しよう! 正直第三者として見てても悪くないしな!」
「アイサ~」
ヒョロイ風紀委員はその箱…ビデオカメラのレンズをシルバーカリスにマウントを取られるジョロキアへと向ける。その目的を同じくする者への仕打ち…対応は彼らが一枚岩ではない事。気に入らなければ足を引っ張る性質を如実に表していた。
「こッ…このゴミカス共がァー! ぶっ! くおぉッ!」
窮地に立たされる中、どうにかして支払う報酬額を減らそうと考えを巡らせるビジネスパートナーに裏切られる形となるジョロキアは絶叫。その直後、ハイサイクルで繰り出されるシルバーカリスのパンチを横っ面に貰った。下にいるジョロキアが逃げ出さない様に体重を掛け続けるシルバーカリスの…当てることをとにかく重視したそれほど体重の乗っていない一撃が。
「――くそがぁ!」
それではジョロキアの意識を断ち切ることはできなかったようで、彼はシルバーカリスからの攻撃を拒絶するかのようにがむしゃらに拳を突き出し始めた。攻撃は最大の防御を地で行く形で。それはシルバーカリスの腹部や腕などに命中するが、所詮は肩の力だけを使った拳だ。余りにも軽く、痛みを与えることはできるものの彼女の動きを止める物にはなりえない。
「そういえばさ、これで撮った動画ってどうやって見るん? やっぱりビデオカメラから直接?」
「階層転移の本あるでしょぉ? いまいち登録される条件が解ってないけど、アレの最後のページにサムネイルみたいに出てくると思うから、それタッチすれば見れると思う。たぶんビデオカメラに録画されたオリジナルの動画みれば登録されるんじゃないかなぁ」
「あー。前1階層であったライブの映像そんな感じで見れたっけ。いつの間にか消えたよね。アレ何だったんだろ」
「ビデオカメラで撮ったものが全部プレイヤーに共有されるとなるとカオスなことになるから、まさひこが仕様変えたんじゃなぁい? ゲーム落とさず変えられるのか知らないけど」
ジョロキアの弱みを握り、戦後処理にて優位に立ちたい風紀委員のリーダー格。ただこの窮地を脱したいジョロキア。1つの目的を持つ者たちが一枚岩ではなく、多数派が自分たちの勝ちを疑わないこの状況。纏まりかけたがまた分裂した状況は…シルバーカリスにとってチャンスであった。この中で最も脅威であろう敵…ジョロキア始末するには打って付けの。
風紀委員達は暫く手を出してこない。そう踏んだシルバーカリスが攻撃の手を少し緩め、力の限り暴れるジョロキアの意識を断ち切るための一撃をどこから叩き込むか機会を窺い始めた時…それは起こった。
「フンガッ!」
「ッ…!」
突き出されたジョロキアの拳はシルバーカリスの胸部へ。控えめな膨らみを下から持ち上げる形で殴り…その柔らかさがジョロキアの拳に伝わる。周囲からそれを見ていた風紀委員達は絶句。一瞬だけ、時が止まる。
「…あっ…違いますよ! 皆さん! これは事故で疚しい気持ちは――」
状況を理解したジョロキアはすぐさま視線をシルバーカリスから離し、風紀委員達の方へやった。己の尊厳、名誉を守るために。しかし――非情である。現実は。こういった時、男の味方をしてくれるものなど居はしない。
「うわ~っ…ジョロキアさぁん…そりゃないっすよ。まずいっすよ。アレですよ? そういうのが許されるのは悲しい妄想の塊みたいな創作の中の世界だけの話ですよ? 普通に犯罪ですからね? ソレ」
「そうだよぉ~? 僕達みたいのでも分別付いてるのにジョロキア君…うわ~っ…明らかにポリス案件。どうします? バッチリ撮れちゃいましたけど」
周囲から向けられる羨望と嫉妬交じりの攻撃的な視線。どいつもこいつもヒソヒソ話をし、断罪ムードが周囲に漂う中でジョロキアに直接的に話しかけるのは…角刈りの風紀委員とヒョロイ風紀委員だけ。やり玉にあがるジョロキアは追い詰められていく。己の上に乗るシルバーカリスの挙動すら見ていられなくなるほどに。
「なんですか、人を痴漢みたいにッ! うわ~って言わないでくださいよ! 事故、これは事故なんですッ!」
「痴漢ってそういう言い訳するの~? うわ~」
「くるしくなぁ~い? 女の敵! うわわ~」
当然ジョロキアは弁解をする。角刈りの風紀委員とヒョロイ風紀委員に冷やかされながら。実際、やろうと思ってしたことではなかったから、ジョロキアは強気だ。攻撃を繰り出さねば…自分がやられる可能性があったのだから。その反面解ってもいた。風紀委員達にとって真実はどうでもよく、一見して役得である自分を攻撃できるのであれば彼らは何でもいいのだとも。
そんな…結論ありきの絶望的な釈明を強いられるジョロキアの上…その状況を好機とする者が1人。それは紛れもないシルバーカリス。もう自分との闘いどころではない様子のジョロキアを見下し、彼女は唇に舌を這わせる。この絶好のチャンスに目を細め、微笑を浮かべて。彼女は握る。右手に固い拳を。
「隙ありッ!」
「へぶぅッ!」
ジョロキアの横っ面を打ち下ろしの右で強打。地獄の様な論争を繰り広げていた彼の意識を断ち切った。ある種の介錯だったのかもしれない一撃を振り下ろした後、シルバーカリスは膝立ちになる。白目を剥いて動かなくなったジョロキアの上で。そして彼の上から退いて抱き上げると…白鳥のボートの側面へと上体を乗り出し、その運転席の中へと彼を押し込んだ。
「じょっ…ジョロキアさぁん! よそ見するから…! いい感じに弱み掴めたから今加勢しようと思ってたのに!」
「よそ見するような事言うからまずかったんじゃな~い?」
「いや、ちがうもん。俺は悪くないもん…どうしよ?」
「みんなで行けば大丈夫でしょ。ジョロキア君の真似すれば」
勝ちを疑わず、舐めに舐めた態度であった風紀委員達とシルバーカリスの間に流れる空気が…流れが変わった。勝敗が解らないものに。そして角刈りの風紀委員とヒョロイ風紀委員の間で言葉が交わされる中で…シルバーカリスにとっての追い風となる事態が起きる。
自然エリアの島の影。そこから派手に水しぶきを上げて疾走してくるジェットスキー。それは間も無く白鳥ボートが寄せ集まる海域へとやってきて…その上に乗っていた2人の少年が白鳥のボートの上によじ登った。
「シルバーカリス、よくやってくれた。今助ける」
「せめてここで見せ場作って置かねえと後で花子に何言われるか解ったもんじゃねえし…頑張らないとなぁ」
淡々とシルバーカリスの奮闘を褒める錆色のスチームパンク風のドレス姿の一見中性的な美少女にしか見えない少年と…なんだかさえない表情をした、錆色のスチームパンクなスーツ姿の目つきの悪い少年がそこに立つ。セラアハトとリック。その2人が。
「もう、遅いですよ」
そろそろ来てくれるだろうと思っていた味方に対し、シルバーカリスは憎まれ口を1つ叩き、姿勢を戻すとネクタイを弄り…拳を構えた。対する風紀委員達は突如現れた敵にびっくりした様子であったが、彼等は今まで以上にやる気を高めたようだった。その目に…外見だけなら中性的な美少女、女装したセラアハトの姿を瞳に映したことによって。
塩パグ学園島最後の戦い。最終ラウンド。火蓋は切って落とされる。沈みゆく夕日を背景に、海鳥の声と波の音…吹き抜ける風の中で。その場に居る大多数は自分たちの勝利を疑わず、臆することなく、駆けて行き…やがて拳を激しく交える。心に灯る闘志の火。人が誰しも持つ闘争本能の熱を感じながら。
割と真面目に殴り合い描写しようとすると…行きつくところ取っ組み合いになることに気が付いた。書いてて思った。
もっと言うと剣と剣の斬り合いなんかで打ち合いになるなんてのもそうそうないのでは…? 攻めることを考えるなら相手の身体狙うでしょうし。
斬り合い途中にキャラ同士のお話噛ませたいときとかに使えそうな定番表現だとは思うがね! 鍔迫り合いのときとか!