マリグリンの最後の勝負
ごめんよ。滅茶苦茶伸びたからまた分ける形となりました。400行超えた辺りから変だなとは思ってたんだよ。この様だよ。1.4万ぐらいがデフォに成りつつあって、感覚がマヒしつつあるのだと最近理解しました。矯正するつもりは…ありませんが。
次こそは…塩パグ学園島最後。最後になると思う…!
どこまでも続く水平線。その向こうに沈みゆく真っ赤な夕日は、真っ白い砂浜と並び立つヤシの木を赤く染め上げて、その場をなんとも言えないほど幻想的に、ロマンチックな雰囲気に仕立て上げる。赤く、赤く。潮風で波立つ水面を煌めかせながら。
自然エリアの終点。その果てにある、ボート乗り場。都市エリアや学園エリアからも人が集まる塩パグ学園島の中の人気スポット。海へ伸びる桟橋を備えた、派手さのない、白く塗装された木板の建物、立てられたパラソルが点々とする中心には、お土産でも売っている建物であろうか。白い石材で出来た、一際大きな桟橋を備えた複合商業施設らしき建物が窺えた。
白い砂浜と森の境界線。森を切り開いて作られた巨大な駐車場。そこには沢山の車が犇めき、空きスペースなどないほどの混雑を見せていた。周辺には不安そうな顔をし、階層転移の本を手にする塩パグ学園島のユーザーと彼ら彼女らの恋人であろうNPC。他には…塩パグ学園島の治安を守る者として、使命を全うせんとする風紀委員達の姿もあった。
その駐車場と白い砂浜の広がる境界線へ続く下り坂。そこに並ぶ車の列。その最後尾に…銃創が複数見て取れる、ボロボロの車が1台やってきた。度重なる争い、修羅場を乗り越えた者たちが乗る車が。
「解ってましたけど避難民ばっかりですね。コレもう待ってても動かなそうですよ。車降りて進んだ方が良くないですか?」
森を切り裂き広がる、開放感のある赤く染まる砂浜と海。そこへと向けて延びる車で成る長蛇の列。後部座席からフロントガラス越しに見えるそれを、赤い夕陽に目を細めながら眺めていた学生服に身を包む少年、ガリは、着崩したクリーム色のスーツ姿の車の運転手であるシルバーカリスに提案。彼女は少し考えた風な時間を少し置いた後、車のエンジンを切った。
「…そうですね。気を引き締めて行きましょう」
シルバーカリスは小さく、呟くようにしてガリの意見に同意を示し、運転席側のドアを開けて外へ。ガリもマリグリンを連れて車から降りる。一行の向かおうとする先、下り坂の向こうには遠目にだが、沢山の人と風紀委員らしき者たちが窺えて、まだここが塩パグ学園島の勢力かであり、戦火に晒されていないことを各々に悟らせた。
「シルバーカリスさん。それ持ってくんですか?」
ガリは運転席からサイドガラスに掛けて突き出た、トライデントを引っ張り出さんとするシルバーカリスに声を掛ける。塩パグ学園島の規則に則れば、鎧やプライマリウェポンと言える大型の武器。それらは…この塩パグ学園島に置いては排除の対象。プライマリウェポンに分類されるであろうトライデントは無用な争いの火種を生みかねない懸念材料に他ならない。けれど、シルバーカリスはその手を止めなかった。
「風紀委員の人たちも味方が1人でも多く欲しい状況で、わざわざ敵を増やす真似をするほど愚かで融通が利かないわけではないでしょう。大丈夫。上手く言い包めて見せますよ」
「そうですか。確かにその武器無いとシルバーカリスさん丸腰ですしね」
塩パグ学園島の状況。風紀委員の立場。ガリの言葉の裏の懸念。それらを踏まえ、読み取り…シルバーカリスは語りながらトライデントを引き抜き、穂先を上に、右手に持ったトライデントの柄を右肩に掛けて歩き出した。ガリも彼女の考えを理解したような言葉を返し、マリグリンの背を押す形でその後に続き始める。
なだらかな下り坂。車の列が埋める車道の脇にある歩道には、車を降りてボート乗り場の方へ歩く塩パグ学園島のユーザーたちがそこそこの密度で窺える。誰も彼も状況が解っていない…不安そうな雰囲気で。それらの一部となりながら、シルバーカリスは人差し指で叩いたブローチを口元に持っていく。
「こちらシルバーカリス。聞こえますか? どうぞ」
下り坂の向こう側。真っ赤に染まる、まだ遠く見える回収地点を灰色の瞳に映しつつ、シルバーカリスは呼びかける。歩みをそのままに。
『リックだ。聞こえてる。どうぞ』
ほんの少しだけ時間を開いたものの、ブローチからはリックの声が返ってきた。いつもと変わらない風な声色が。
「状況を報告します。現在回収地点前。ボート乗り場とその周辺はまだ塩パグ学園島側の勢力圏のようです。シーシルキーテリアと技能実習生、モグモグカンパニーとの戦いで花ちゃんがやられました。リックさん達は予定通り合流できそうですか? どうぞ」
シルバーカリスは淡々とあったことを報告する。花子がやられた事も包み隠さず。だがその事実は…花子の腕を買っているのであろう。リックの言葉と詰まらせた。ほんの少しの間だが…困惑の混じった時が流れる。
『――了…解。そうだな。1つ確認したい。花子は今傍に居るのか? 蘇生出来そう? どうぞ』
返ってくるは何か考えた風なリックの言葉。戦力として花子を当てにしているからこその問い掛けだろう。深くは考えず、シルバーカリスは口を開く。
「いえ。車運転中の出来事でしたし、助ける間も無くやられてしまいまして。一緒ではないです。どうぞ」
『そっちの状況は解った。実は言うとこっちはあんまりいい状況じゃない。周りは武装した技能実習生だらけだ。身動きが取れない。どうぞ』
わかってはいたが、今回踏んだヤマ。仕事は…思った以上に大変な物だったことをシルバーカリスは今一度理解する。想定外に次ぐ想定外。その中で…真面に身動きできるのは自分だけ。だんだんと近くに見えてくるボート乗り場周辺の建物群を目にしながら、シルバーカリスは進んで行く。一番勝利に近い位置に居るのが、自分であると理解して。
「ふむ。状況は解りました。では、引き続きリックさんは合流地点に向かってください。僕は…単独で他の階層に脱出できる手段を探します。それが成功した場合、改めて合流する階層を連絡する形に。何か異論は? どうぞ」
『異論なし。上手く行ったら夕飯奢るわ。あんま無茶するなよ~。通信終わり』
緊張感がないというかリックらしいというか。周囲敵だらけの状況下でも比較的に落ち着いて聞こえる彼の声は、以降ブローチから聞こえなくなった。そしてシルバーカリスは目的を新たにする。マリグリンを連れた単独での塩パグ学園島からの脱出。場合によってはこの場を守備する風紀委員と一戦を交える覚悟をその胸に…広い駐車場の横に差し掛かり、正面に見える建物群。そこから海へと延びる桟橋沿いに、疎らに伺える停泊中の白鳥のボート。それらに目をやりながら。
「ガリさん、今って白鳥ボートのレンタルってやってると思います?」
「うーん。テナント借りてる個人経営の飲食店とかならともかく、塩パグ学園島が経営するレジャー関係は死んでると思いますよ。ゴリさんは乗れるとか言ってましたけど…塩パグ学園島的にはホーム存亡の危機ですし…お金稼いだところで意味ないって思うでしょうし」
シルバーカリスからの唐突な問いに、常識的な観点から己の見解を述べるガリ。シルバーカリスが今見える限りのボート乗り場周辺の状況を見て、推測したことをそのまま言葉に出したかのような事を。ただガリはそこでは止まらず、言葉を続けて行く。
「ただ、ボートを強奪するつもりであれば行動は早く起こした方が良いです。ハイ。今は危機が目に見える形で表れていないので秩序は保たれていますけど…シーシルキーテリアや技能実習生の襲撃があった時、劣勢になれば塩パグ学園島住人間でのボートの奪い合いは必至。地獄の底、垂らされた蜘蛛の糸に群がる亡者のように殺到するのは間違いないです」
「ふむふむ…」
この状況に当てられたか、戦いの喜びの中で戦士の才能が感化されたか。ガリは右手でやけに静かなマリグリンの腕を掴みつつ、いやに鋭い目つきを携えて歩を進め…塩パグ学園島のユーザーならではの見識を示してくれた。背後から聞こえる、今まで以上に胎の座った声色のそれは、シルバーカリスに猶予がないことを悟らせ、これからの戦いの相手が時間である事を理解させて、歩みの速度を上げさせる。
歩みを進めるごとに道路の勾配はより緩やかに。道路の上には真っ白い砂が散り始め…やがて人のごった返す白い石畳の上に。その時には目前には白い石材で出来た、イルカやクジラ等の海洋生物のシルエットが水色で描かれた、海際の観光地に相応しい複合商業施設の姿が間近に。夕日の赤に染まるそれを見上げ、一行は広場の中に居る人の合間を歩き…中心が吹き抜けになったその中へと入って行く。
3階建ての各階層から突き出た、透明感を感じる淡い水色と白のカラーリングのテラス。その向こう側には何か物でも売っているのであろうテナント。空きもなく、全ての部屋に店が入っていて、お土産はさることながら、喫茶店やレストランなども充実している。全てが全て営業中であり、席は満席。正面には少しばかし遠目に見える、海へと大きく突き出た石の桟橋。そのバックには沈みゆく、眩くすら見える赤い太陽が窺えて…海上には白鳥のボートが行き来する姿がシルエットとして見えた。
「ゴリさんの読みは正しかったと…しかし、都市エリアの街並みにしてもそうですけど…塩パグ学園島の前身ってどんな集まりだったんでしょうね。島を買ったうえでこの投資…お金がいくらあっても足りなさそうですよね」
シルバーカリスは鼻に届くコーヒーの芳醇な香りとドーナッツの甘い匂いに人差し指を口元に当てながら小さく呟く。
「塩パグ学園島を作ったギルドは建築スキルに秀でたプレイヤーを囲っていた中堅ギルドだって聞きましたよ。今と比べればほんの小さな。1階層の開発に大きく関わったとか。あと…黒い噂では技能実習生とはまた別体系の…人身売買なんかもやってたって」
「人身売買ギルド…ですか。穏やかじゃないですね」
マッチポンプでNPC達を住処を追い出し、困っている彼らを雇用、使役する。言われてみれば確かに人攫いの片鱗が窺える…塩パグ学園島運営の闇の一面。人身売買のノウハウがあったからスムーズに技能実習生などを労働力として使えたし、塩パグ学園島を作る金も確保できた。ガリの噂話程度の話は、どうも信ぴょう性があり、思わずシルバーカリスを呟かせ…彼女の抱いた疑問を納得へと持って行ってくれた。
「あのー、ちょっと失礼しますよー」
ふと、一行の耳に届く敬語ではありはするものの、横柄な印象の声。その声は進むシルバーカリスとガリ、マリグリンの前から聞こえて来て…行く先の前に居た塩パグ学園島のユーザーたちをサッと両脇にへと散らせた。そして割れた人混みの先、複数の人影が夕日を背に、横並びになってやってくる。
――さて、お出ましですね。
この塩パグ学園島最後の大勝負。未だにシーシルキーテリアや技能実習生が追い付いてきた感じはない。この状況下でこの勝負に勝てさえすれば脱出は確実とも言っていいだろう。だからこそ、シルバーカリスはより気を引き締める。なるべく穏便に、迅速に。争いを起こさず…話し合いだけで事を収め…どうにかしてボートを入手すること。勝利までの最短距離。目的を念頭に置きながら。
「その武器どうしたんです? ここは学園島…規則知らない訳じゃありませんよね?」
一行の前に広がる眩しく赤い、夕陽の光。それは前からやってきた5人の人影によって遮られて…その者たちの顔、姿が良く見えるようになる。
横並びになる5人組。中心に居るのは身長160センチぐらいの…風紀委員の制服に身を包んだ、この集まりのリーダーらしき少年。顔右側面の髪が肩ほどの長さの、ローズマダーの前髪が眉までの長さのアシンメトリーマッシュ。二重の目じりの吊り上がったパッチリとした目、好戦的な雰囲気の顔付き。左耳にはピアスが輝き、その赤の瞳は…トライデントを持つシルバーカリスを見据えていた。大凡塩パグ学園島の住人とは思えぬ刺々しい雰囲気で。けれど、その両サイドに居る4人は紛れもない塩パグ学園島の住人といった感じだ。リーダーが居ることによって得られる仮初めの勇気。それに気を大きくしたような表情の、無駄に上から目線な感じの。
――なるほど。傭兵ですか。
急激に肥大化した塩パグ学園島。この広大な領地を管理する人間が足らなくなるのは自明の理。故に居るであろう外部勢力の人間。塩パグ学園島の規模、そして、さっきのガリの話。よくよく考えて見れば想定が出来た存在。雰囲気から、塩パグ学園島の背景から…シルバーカリスはローズマダーの髪色の少年の素性を瞬時に見抜き、一瞬目を細めて…口を開いた。想定できなかった存在が心に落とす、影によって芽生えた不安を苦々しく思いながら。
「規則は知ってますけど、シーシルキーテリアの人たちに襲われたときに武器落としちゃいまして。丸腰は不安なのでどさくさに紛れて失敬してきた…って感じなんですけど…マズいですかね?」
シルバーカリスは愛想のよい、人懐っこい笑みを浮かべる。可能な限り突っ込みを受けないであろう言葉選びで事情を説明しつつ。
「つまり自然エリアの入り口周辺から逃げ延びて来た人な訳ですか…。こちらもその時の状況を聞いています。なかなか大変な状況だったと」
そんなシルバーカリスや、その同行者のガリ。マリグリンを…ローズマダーの髪色の少年は見つつ、左右に歩き始める。目の前の3人の反応を窺うように。疑った風に。
「そうなんですよぉ…疲れましたし、少し休める場所があれば――」
「逃げ延びて来た避難民から聞く話では、自然エリア入り口でシーシルキーテリアと交戦したのは風紀委員とユーザーの混成部隊。となると…貴女は敵と剣を交える距離に居て、得物を奪ったうえで車に乗ってここまで来た。…なかなかの豪運の持ち主だ」
ローズマダーの髪色の少年はシルバーカリスの言葉を遮り…足を止め、再び彼女の顔を注視。顔を下から覗き込むようにし、ヘラヘラした笑みをその顔に浮かべる。何か言いたげにする態度、言葉遣いは…どんな間抜けでもその真意を気が付かせるほどの、あてつけがましいものだ。
「日ごろの行いが良いからですかね。僕」
けれど苦々しく思い、顔を苦々しく歪めるのは心の中だけ。相手の言いたいこと。腹の内など微塵も察した風のない愛想笑いをその顔に貼りつけたまま、シルバーカリスは話を合わせた。だがそれは、ローズマダーの髪色の少年の言った状況を、肯定する一言となる。
「自然エリア入り口では結構な規模の渋滞が発生していたと聞いています。森の中でやっと途切れるレベルのやつが。車はどうしたんです? まさか奪ったとか?」
「いや、車は俺のです。シルバーカリスさんが助けを求めて来たので乗せました」
度重なる質問責め。なかなか痛いところを突いてくるそれにシルバーカリスが少しばかり言葉を詰まらせた時、ガリが機転を効かせてくれた。けれどそれも新たな疑問を抱かせるもので…シルバーカリスを見ていたローズマダーの髪色の少年の瞳はガリとマリグリンを交互に見る。
「注視してもHPバーが見えない。この金髪の男はNPC。それを連れながらシーシルキーテリアから逃げる…難しいでしょうね。不可能に思えるほどに。常識的に考えてこちらの女性の方…シルバーカリスさんの連れではないとすると…妙ですね? 貴方はこのNPCと一緒に…2人きりで車に乗っていたことになる」
ローズマダーの髪色の少年は話を淡々と詰めていく。ガリを流し目で見、言葉こそ丁寧であるがいやらしい笑みをその顔に…なかなか鋭い洞察力を発揮して。そんな怒涛の攻めを受け、ガリは俯いてしまった。しかし――
「…だろうが…」
俯いたガリが何かを呟く。彼の隣にいるシルバーカリスにも上手く聞き取れないそれは、当然ローズマダーの髪色の少年の耳に届くはずはなく、だが唇が動くところは見えたようで、顔を覗き込むように身体を前のめりに、くの字に曲げた。
「聞こえませんよ? 言葉と言うのは通じて初めて意味が――」
「人の愛の形は人それぞれだろうがッ! いいだろォ!? 男が男好きでもよォ! オォン!? 文句あっか!」
上から目線のローズマダーの髪色の少年の言葉を遮り、突如発せられるガリの迫真の叫び。見開かれた目、迫真の表情は…ローズマダーの髪色の少年を思わずたじろがせた。――まあ演技。ガリの声は本心ではないだろう。
「ひっ…あっ…すっ、すいません…!」
そしてローズマダーの髪色の少年は思わず謝る。息を荒くするガリの雰囲気に気圧されて。しかしそんな弱みを見せたのも一瞬。ローズマダーの髪色の少年は姿勢を戻して咳払いを1つし、再びシルバーカリスへと向き直った。眉間に皺を寄せ、先ほどのいやらしい笑みが演技であったかのような、気難しい顔をして。
「あのですね、もうまどろっこしいので単刀直入に言いますけどね、貴女達怪しいんですよ。嘘を吐いていないとすれば戦ってここまで来た。でもそんな実力者がこのゲームの中でさえ現実逃避決め込む様な連中の中に混ざるわけがない。となれば敵対勢力の先遣部隊に他ならないって訳ですよ!」
ローズマダーの髪色の少年は切れの良いポーズでシルバーカリスを指差し、己の中にある疑念を吐露。その迷いなき声、強い意志宿る瞳は…彼の中でもう答えが出ているかのような物であった。客を装った何者がであると…こちらの素性を看破したような。けれどその物言いは、彼の両脇に居る4人の心に大ダメージを与えているようで、彼らはどことなくではあるものの、いたたまれない風にした。
――これ以上話では自体は好転しない。足止めを食らえば食らうほどシーシルキーテリアや技能実習生の介入のリスクが高まる。風紀委員も集まってくる…かくなる上は…。
建物の切れ目の先にある桟橋まで大凡70メートルほど。風紀委員達も集まりきってはおらず、目の前の5人の他に今一生懸命他の階から降りて来ているのが疎らに見える程度。マロンほど駆け引きや話術が達者でも、花子ほど悪知恵が働くわけでもないシルバーカリスの脳内に浮かぶ選択肢は1つ。…実力行使だ。
「そう言われても僕は本当に――」
時間は敵だ。経過すれば経過するほど行く手を阻む障害を生む。やがては超えられない壁さえも。まだそれが飛び越えられるうちに、破壊できるうちに――シルバーカリスは行動を起こした。言葉を紡ぎながら…右手にあるトライデント。それをローズマダーの髪色の少年の足首目掛けて横なぎに振って。しかし――
「おっと!」
「ッいだぁーい!」
警戒していたためか、彼はそれをジャンプして躱し…薙がれたトライデントの穂先は隣にいた風紀委員の膝を直撃。悲鳴を上げさせた。そして染まる。周囲の見る目が…疑念ではなく、確かな敵意に。だが、シルバーカリスは止まらない。不意を打ったことによって得られたアドバンテージを存分に生かすべく。一切の迷いのない灰色の瞳を携えて。
「かはっ…!」
飛んだローズマダーの髪色の少年は空中に居る。自由に動けはしない。全くの無防備とは表現できないが…近しい状態だ。そんな彼にシルバーカリスは白いタイルの床を蹴って肉薄。その胸板を突き上げる形で肩からのタックルを食らわせ、突き倒し…そのままその向こう側まで走った後、トライデントを手に振り返った。その視線の先には何も言わずとも反応してくれたガリがマリグリンを引っ張ってついて来ている。
「ガリさんは例の物を。ここは僕が」
「…ご武運をッ」
幾多もの犠牲を払いやってきた道のり。その険しき道の最後の峠。その最後に…シルバーカリスはついて来てくれた善意の協力者、ガリに擦れ違い様に勝利へと続く橋渡しの使命を託し、己は――向かってくる3人の風紀委員を見据えて身構えた。ガリと風紀委員達の間を隔てるかのように、ガリの健闘を祈る言葉を耳に。
場は広く、トライデントが引っかかりそうなものはこの建物の両端にある、店のテラス席にある手すりや…白と青のパラソル。パイン材とアイアンのテーブルや椅子ぐらい。間合いには障害になりそうなものなど在りはしない。その中でシルバーカリスは戦いを開始する。迫りくる3人の風紀委員を相手に。
「ホイッ!」
「ぐわッ!」
先ずは先頭の1人をトライデントで薙ぎ払う。遠心力の乗った重たいトライデントの一撃は、細い剣のカード越しだろうと確かな衝撃を伝え、鈍い痛みと共にその身体を弾き飛ばす。
「よッ!」
「がッ!」
シルバーカリスは止まらない。柄を下から持ち上げる様な形で動かし、柄頭でもう1人の顎を叩き上げた。敵の間合いが自分の命に届かぬであろう距離から、トライデントの間合いを生かして。
「せッ!」
「カハァッ…!」
刹那、そのまま腰を深く落とし、真直ぐ柄頭を突き出して最後の1人の腹部を深く突き、突き倒す。瞬く間に、流れるように3人を始末した動きは、見ていてほれぼれするようなものであり…周囲の無関係な塩パグ学園島のユーザーたちの視線を一挙に集めた。
しかし、その攻撃の終わり。片足を前に踏み込んだ態勢で止まったシルバーカリスに、体制を立て直したローズマダーの髪色の少年が突っ込む。片手に持った赤い柄、赤い肉厚で幅広な刀身のシックルソードを手に。
「くッ!」
「ッ…今の反応しますか」
飛び掛かっての袈裟斬り。シルバーカリスは咄嗟に持ち直したトライデントの柄でシックルソードの重い一撃を受け、その後で押し返す。得物で圧倒的な優位にあるシルバーカリスも、仲間があと少しで駆けつけてくれそうなローズマダーの髪色の少年の顔にも…余裕はない。前者は他の風紀委員が駆け付けてくる前に相手を倒し、後者は他の風紀委員がやってくるまで何とか凌ぐ。そんな勝利条件が2人の戦いの間にはあるから。だが――それは戦いでの勝敗の話。戦いが継続されるのであれば成り立つ話だった。
「あっ! シーシルキーテリア!」
「なんですって!?」
シルバーカリスは唐突にローズマダーの髪色の少年の背後を注視し、指差し発言。ピンと伸びる細く白い指先にその場に居る塩パグ学園島の関係者の視線が向く。
「見張りは何をやっていたんです!? こんなところまでシーシルキーテリアの侵入を――」
仲間の…クライアント側の不手際にイラつき、眉間に皺を寄せて咎める様な事を言いながらシルバーカリスの動きに聴覚で警戒しつつ、振り返ったローズマダーの髪色の少年の視線の先。そこには困惑する…恰幅の良い制服姿の男の姿。注目されることによって表情を硬くさせ、汗を額に浮かべさせるそれは、誰がどう見てもただの塩パグ学園島の1ユーザーであった。
「あっ…あっ…俺、なんかやっちゃいました?」
30階層の荒くれ者、シーシルキーテリアの到来と言う戦慄。それが齎す緊張と静けさの中、注視される男は己自身に指を指し、野太く震えた声で周囲の者たちに問い掛ける。目を泳がせ、落ち着かない様子で。
「アッレェ?」
ローズマダーの髪色の少年はほんの一瞬固まった。小首を傾げ、目を点にして。彼の耳には己の背後。そこから聞こえる石畳を蹴る硬い足音が1つ…遠のき、やけに大きく響いて聞こえていた。
「ジョロキアさぁん! 前、前! ハッタリだ! ブラフだよぉ!」
止まっていた時計の針は動き出す。2階のテラスから顔を出す茶髪で角刈りの風紀委員の声が、緊張が齎した静寂を突き破ったことによって。そしてローズマダーの髪色の少年、ジョロキアは振り返る。己の背後へと――
その時、彼の赤の瞳に映るのは、赤い夕陽を浴びつつひらひらとたなびくクリーム色のジャケット。それを着る、両手でトライデントを握り、桟橋の方へと全力疾走するシルバーカリスの後姿だった。道の両サイドに寄っている塩パグ学園島のユーザーは見ているだけで止めようともしていない。
そんな…一連の騒ぎ。ジョロキアが目を見開き見据える先のシルバーカリス。彼女の灰色の瞳の先には、桟橋へと今差し掛かったマリグリンを連れたガリが居た。さらに彼の視界には赤く染まる海と空。その前者に…桟橋付近の海域ではあるが、NPCと恋人ごっこを楽しみ、白鳥のボートに乗るプレイヤーの姿が疎らに。注視する先には…白鳥のボートに乗った、見知った人物が手を振ってやってくるのが見えている。
「ガリー。そんな走り回ってどうしたん? というか…それ誰?」
「あっ! ゴリさんナイスタイミング! その白鳥ボートこっちに寄せて! 早くッ!」
「どうしよっかなぁ…今ナナちゃんとデート中でさぁ。ねーナナちゃん、ガリが――」
「うるせーゴリラ! うだうだ言ってないでさっさとしろッ! こっちはお人形遊びに付き合ってる暇はねーんだよ!」
今ガリがどういう状況にあるのか。そんなこと知る由もないゴリが、人形相手に惚気たりするのは仕方がない。だが、ガリには余裕がなかった。己の対応がゴリにとって理不尽であろうことも理解しつつも。そしてその理不尽な反応にもゴリは応えてくれた。不満げに口を尖らせつつも、ガリの言う通りに…白鳥のボートの側面を桟橋に寄せて。
「よぉし…良いぞ…」
桟橋に横寄せされたやや後方にいる白鳥のボートを見下し、ガリは小さく呟き…己の後方。こちらへ走ってきているシルバーカリスへと振り返り、彼女がこちらへ問題なく来れていることを確認。次にいやに大人しいマリグリンの方へ振り返りかけた時――。
「マリグリン、お前が先に――おわっ!」
臀部上部に押されるような強い衝撃をガリは感じた。次の瞬間に感じるのは白い石材の桟橋。その向こうにある赤く染まる水面へと重力によって引かれる…抗いようのない感覚。水面に着水するまでの滞空時間…ガリの視界の端に映るのは口角を吊り上げ、白い歯を覗かせ意地悪く笑うマリグリンの姿だった。
「ご苦労!」
マリグリンは笑っていた。本当に本当に攻撃的に、この上なく強い幸福感に心を満たしたように。勝ちを確信した彼のその笑みを後目に、ガリは落ちる。奥歯を噛みしめ、目を見開き…大きな音を立てて赤い水面に波紋を広がらせて。次にマリグリンの瞳に映るは白鳥のボートの進行方向に落ちたガリを心配し、覗き込もうと白鳥ボート側面に身体を乗り出すのはゴリだった。
「大丈夫か! ガリ!」
「退けぇッ! ゴリラオラぁッ!」
「ウッウホォッ!」
マリグリンは隙だらけのゴリの顔面を横から蹴っ飛ばし、桟橋と白鳥のボートの間の水面に叩き落すべく後頭部に踵落としを食らわせ、水面に叩き込むことによって彼を排除。彼の疑似恋愛相手のナナちゃんをそのままに白鳥のボートに乗り込むとペダルを漕ぎ始める。顔を横に向け、今複合商業施設の中から桟橋の上へと差し掛かったシルバーカリスを横目に捉え、緊張とスリルを感じた独特な光を瞳に宿し、勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
「ハーッハッハッハッハ! ショーダウンだ! 俺を甲斐甲斐しく守ってくれた黒頭巾に言っておいてくれ! 愛してるってさぁ!」
白鳥のボートは桟橋から遠ざかり始める。赤に染まる大海原へと向かって。桟橋の中腹、今マリグリンの白鳥のボートに近い場所から飛べば、それの屋根の上に着地出来そうではあるが、シルバーカリスは桟橋の上に出たばかり。ガリも今やっと水面上で態勢を立て直したところであった。
「…クソッ…今追いついてやるから待ってろよ…まだ勝負はついてないぜ…!」
周囲を取り巻く戦いの熱がガリを変えたのか、闘志の炎をその目に彼は遠ざかるマリグリンの白鳥のボートを睨み、水面に浮かびつつ小さく唸った後、口に入る海水の強い塩味に口元を歪めて吐き出した。そして力なく浮かぶゴリを引っ張りつつ剣のサイドアームとして持っていた大振りのダガーを抜いて、縄で結ばれ停泊している白鳥のボートの方へと泳ぎ出す。早すぎるようにも思える勝利宣言をした、マリグリンに追いつき…報復すべく。
ガリが長い桟橋の中腹にある停泊中の白鳥のボートにたどり着き、縄にダガーを突き立て始めた時…シルバーカリスとの距離はより近いものとなっていた。そして、それらの背を追うは大勢の風紀委員。その先頭にはジョロキアの姿がある。
「ジョロキアさん! 前衛お願い! 捕まえられたらボーナス出すから!」
「幾らです? こう…1000ゴールド単位で色を付けて貰えるなら今まで以上に頑張れるような気がします。敵はおそらくシーシルキーテリアの先遣部隊…そのことをどうぞ念頭に」
「じゃっ…じゃあ…2000ゴールド!」
「盛者必衰、諸行無常。波打ち際の泡沫のように儚く消える訳ですか。塩パグ学園島も」
「わかった! 8000ゴールド出すからァッ!」
「よろしい。その言葉が聞きたかった。最初の一撃は俺が受けますから、その隙に貴方たちは攻撃をお願いしますよ」
クライアントがピンチになろうが意に介さない報酬第一の傭兵根性を露わにするジョロキアは、己の直ぐ後ろにいる角刈りの風紀委員と追加報酬の約束を取り付けた後、ようやく走るスピードを落としたシルバーカリスとの戦闘を意識する。
――彼女は強い。武器の性能差から考えて圧倒的に不利…サシでやり合えばまず負ける。けれどこちらには数と言う最強の武器がある。最初の一撃さえ受けきれば、自分たちの勝利は確実な物となる…。
相手側の強み。自分側の強み。勝利条件を冷静に頭の中に浮かべ、ジョロキアは進んでいたが…シルバーカリスの今差し掛からんとする先。赤い夕陽の直射日光で見づらくはあったものの…停泊中の白鳥ボート群。その内の1つが…確かに動いているのが見えた。刹那――シルバーカリスがその白鳥ボートの上へと飛ぶ。
「フッ…それで逃げ切るつもりですか。面白い…」
マリグリンの白鳥ボートを追い、大海原へと旅立つシルバーカリスをその上に乗せた白鳥ボートを瞳に映し、ジョロキアは立ち止まった。その後で口角を上げて笑い、呟き…今己に追いついてきた風紀委員達の方へと振り返る。
「モーターボートの用意を」
ジョロキアはほぼほぼ勝ちを確信しているかのような余裕の笑みをその顔に、人差し指で前髪を上へと払いつつ角刈りの風紀委員に命令。しかし…その命を聞いた角刈りの風紀委員は引き攣った愛想笑いと共に顔を背けた。
「実は…モーターボート類は一週間前からここには置かない様になってたんですよね…塩パグ学園島のユーザーはマリンスポーツ楽しむ様なお客さんあんまり居ないし…NPCといちゃつくなら白鳥ボートで良いかなって」
ものすごく言い辛そうに、ご機嫌を窺うような笑みをその顔に、角刈りの風紀委員はチラチラとジョロキアの顔色を窺いながら言葉を紡ぐ。その思っても見なかった発言にジョロキアは固まり…その後で奥歯をギリリと鳴らして噛みしめて、目をかっぴらいて振り返った。
「そうと解ってんならよォー…突っ立ってないで停泊中の白鳥ボート動かす準備しろォー! 今頃あいつ等本隊に連絡してやがるぞォー!」
「えっ…じゃあもう降伏しか…」
「善意が備わってるか怪しいちっさい脳みそのシーシルキーテリアに殺生与奪の権利委ねて見るわけか。ハッ、よう天才。凡人には思いつけない名案だな! 向こうもお前にシンパシーを感じて仲間だと思い込むだろうし間違いないよ! クソッタレが!」
一部は傍観、一部はジョロキアの意を汲み停泊中の白鳥ボートへ。その最中、繰り広げられるはブチキレたジョロキアと角刈りの風紀委員の会話。前者の激烈で辛口な皮肉交じりの発言は、後者のガラスのハートに亀裂を入れるには十分すぎる威力であり…彼の顔を悲しみでクシャクシャに歪ませて、身体を震わせた。
「……うっ…うぅ~…そんな酷い事言わなくていいじゃん…モォウ!」
角刈りの風紀委員は目に涙を溜め…やがて泣き始めた。怒りつつ、幼子のように。両手をギュッと握りしめ、肩で息をし…嗚咽交じりに。恐らくは十代後半。そのいい年こいて泣く男の姿を見ていられなかったのであろう。一際ヒョロく、背の低い風紀委員が透かさず彼らの前に割って入った。
「ちょっとちょっと~、ジョロキアくんやめなよ~。泣いちゃったじゃ~ん。あ~や~ま~ん~な~よ~」
角刈りの風紀委員の嗚咽が聞こえるその中で、背の低い風紀委員に行いを咎められたジョロキアは何とも思った風もなく、咳払いを一つし…瞳を閉じていつもの冷静さ、雰囲気を取り戻す。
「うぅん…あぁ、失礼。取り乱しました。貴方も手が空いてるなら白鳥ボートの用意をお願いします」
「と言うかノリで追っ掛けて来たけどぉ、あの人たち追う意味あるぅ? 追うつもりならジョロキア君も白鳥ボートの縄解くの手伝って?」
「彼らの身柄を抑えることによって、こちら側からシーシルキーテリア側に偽情報を流させることが出来ます。ただでさえ外部との連絡が絶たれている状況です。より正確な外部の状況も聞き出せもするでしょう。あと戦闘以外はパスで。そういう契約なんで」
「はぁ~? ちょ~感じわるぅ~。ジョロキア君って友達居ないっしょ?」
「数はいませんが、一部の方々と深い交友があります。今はそんなことどうでもいいんです。さっ、働いてください」
普段とは違う活気のある賑わい方を見せる複合商業施設。それから大きく海へと突き出た桟橋の上、集まった風紀委員達は縄が解かれ、大海原へ解き放たれた白鳥ボートへと乗り込んでいく。集まり、軍勢、船団を織りなし、行く手を遮る塩パグ学園島ユーザーに道を開けさせて。
赤い空、赤い海、赤い夕陽。眩く感じる夕日色の赤の世界の中、白鳥ボート軍勢は先んじて沖へと繰り出した2つの白鳥ボートを追い始める。赤い夕陽を正面に、誰も彼もが一生懸命ペダルを漕ぎ、大して速くもない白鳥ボートをより早く動かそうと必死に、額に汗を浮かべ。この時、金目当ての傭兵を除けば、彼らの気持ちは1つであった。自分たちの居場所を守る事。それを核とし、一丸となり…今、この行為がそれに繋がるとただ信じて。
塩パグ学園島最終話で付けたい題名が多すぎる。
うーん、真面目にやるか…己の感性が喜ぶ激闘、徒手空拳の白鳥ボートデスマッチにするか…悩むのう。
あぁ、ちなみに次の話は割と早めに上がると思います。今回上げたのはその半分なので。また分けることはないと思うが…解らん。アクションは…誰が何をしたか細かく書く形になるから地の文が増えてしまうのさ。許せ。2万文字行かない程度に調整しようとは思う。