物語の外の住人と圧倒的ヒロイン力
たぶんこれの次と…その次で塩パグ学園島は終わる形になります。そして…前回言った鬼畜な猫屋敷さんは…居なくなった。まあ退屈はしないはずさ。楽しんで行ってくれたまえ。
穏やかな波が打ち寄せる白い砂浜。やや強く吹く潮風がそこにあるヤシの木、内陸にある南国風な生い茂る木々へと駆け巡って、涼やかなざわめきを絶えず立てる。燃えるような真っ赤な夕焼け空の下にある…それらを織りなす自然エリア。そこに居合わせた者たちには、そんな風情を味わっている余裕などなかった。
響く悲鳴。車体に人体が跳ね飛ばされ、ホイールで轢かれる音。煩いぐらいに唸るエンジン音。逃げ惑う人々とそれを追う者たちの声。自然エリアの入り口にて、歩道を行くコンパクトカーを運転する少女、猫屋敷花子の耳にはそれらが強く聞こえていた。潮風も、木々の騒めきも。それらすべて塗りつぶすほどに。
「花子さぁん! まずいですよ! こんなやり方ー!」
口元に邪悪な笑みと輝く白い歯を覗かせる花子の行いは、シーシルキーテリアの襲撃から逃れるべく同じ車の後部座席に乗り合わせる制服姿の少年、ガリを戦慄させ…その行いに異を唱えさせたが、花子の様子に変化はない。一切の迷いのない瞳を携えたまま、アクセルを踏む足に力を込めたまま。
「いいじゃない…ゲームなんだもの。そういうロールプレイよ!」
現実とゲーム。時には前者を、時には後者を。場に応じて都合よく選択し、己を肯定する花子。ただ言い繕いはするものの、そこに負い目だとかそういった色は在りはしない。純粋にこの状況を楽しんだ様子で彼女はハンドルを握っている。クラクションを鳴らし、歩道に居る人々に危機を知らせる様な事もなく、シーシルキーテリアの襲撃により混乱状態にある彼らが、歩道から退く猶予、隙すらも与えずに。ただ無駄な犠牲を重ねることを無上の喜びとした様子で。
そんな…狂気の運転を繰り広げる1台のコンパクトカーの接近。広がる悲鳴、只ならぬ物音からシーシルキーテリアの隊員達もその接近に気が付く。だが、劣勢に立たされる塩パグ学園島治安維持部隊の対処と、逃げ惑う塩パグ学園島のユーザー。それらの対処に追われていたために反応は遅れ…身構えた時には既に遅く、互いが互いを押しのけ合い始めた時、それは突っ込んできた。
「こっちにッ…!」
「うあっ…ひっ…轢かれッ…!」
「ちょっとぉッ! こっちくんなぁッ! うおあぁーッ!」
治安維持部隊。塩パグ学園島のユーザー。そして、シーシルキーテリアの隊員。それらを、分け隔てなく、平等に…花子の運転するコンパクトカーは跳ね飛ばし、轢き、逃げ惑う人込みの向こう側に見える森の中へ消えゆく、マリグリンが乗るコンパクトカーを追っていく。それが通り過ぎた後に残るは半殺しにされた者。意識を断ち切られるレベルの深刻なダメージを負ったもので舗装された歩道だ。
その死屍累々の有様を…花子はバックミラー越しに一瞥。言葉にはしないが、満足げな顔をし、フンと鼻から息を吐き出すとコンパクトカーを森の中へと進めていく。進めば縦にコンパクトカーが揺れるほどの道なき道を。その道のりは、マリグリンが墓穴を掘ったこと。彼が乗る車両を撃つ必要がないと確信させてくれるほどの物。他には、車両後部に武器や何やらがシーシルキーテリアの隊員によって投げ付けられ、音を立てていたが、それに反応するのは肩を跳ねさせビビる気の弱いガリと…中指を立てて挑発するチビぐらいだ。
「シルバーカリス。私の脚に投げナイフの残りが幾つかあるから、それ持っときなさいよ」
「あぁ~…マリグリンさんに投げてましたね。確か。いつの間にあんなもの買ったんですか?」
「UFOキャッチャーの景品」
「…仕事の後にでもセラアハトさんが入手経路を聞いてくると思いますから、上手い事誤魔化せるように理由考えておくと良いかもしれませんね」
揺れるコンパクトカーの中、ハンドルを両手で握る花子の提案を受けたシルバーカリスは、花子のスカートを少したくし上げ、太腿に巻かれた黒革のナイフホルダーから細長い投げナイフを2本ほど抜き取る。先端だけが鋭い、ペーパーナイフの様なそれは、武器としては非常に心細い物であったが、刺突による一撃にて敵を瞬時に無力化出来るポテンシャルを感じられた。
――花ちゃんより格闘が出来る僕向きかも。
2本の投げナイフを右手の手中に、逆手に収めたシルバーカリスは絶え間なく揺れるフロントガラスの向こう側にある、マリグリンの運転するコンパクトカーの後部に再び視線を戻す。道を行くというよりは押し開く。細い草木をなぎ倒してそうする進み方故か、彼のコンパクトカーと花子の運転するコンパクトカー。それらの距離が縮まるのは必然だった。
暴力的で無茶苦茶で…塩パグ学園島ですら味わえない興奮を感じるエキサイティングな様子を、後部座席にて見ていたガリとチビの心の中に芽生えるのは、ちょっとした好奇心。彼女たちがなぜマリグリンを追っているのか。そのことについて。自分たちに関係のないことである事を理解しつつも、ガリはシルバーカリスと花子へ視線をやり、口を開いた。
「思ったんですけど…なんでシルバーカリスさんと花子さんはあの金髪追ってるんですか?」
「仕事よ、仕事」
ガリの問いかけに返すは花子。相変わらず、負い目など微塵にも感じた様子無く。その胎の座ったというか、堂々というか。ただ金を得るためのタスクを、どんな犠牲を出そうともドライに淡々と熟そうとする姿勢は、ガリとチビに花子とシルバーカリスの素性を考えさせ、妄想を膨らませる一因になって、彼ら2人を互いに引き寄せた。
「…ガリさん。コレもしかして噂に聞く暗殺ギルドって奴じゃないですかね?」
「やっぱそうかな。NPC消して金稼ぐ組織だって言うし…ゴルドニア島絡みなのかな。最近いろいろ水面下で揉めてるって話聞くし…でもこんな滅茶苦茶やるかな。暗殺者って。イメージと違うんですけど」
「計画があって不意打ちならどんなやり方でも暗殺に定義されますよ。今現在はターゲットに気が付かれて強硬手段ってな感じでしょうけど。しかし…良い物ですね。麗しい。女暗殺者とか言うジャンクフードみたいなラノベの登場人物のような属性…ドストライクですよ」
「そんなことより知り過ぎたからボコられるとかないよね?」
「は? ご褒美なんだが? 殺されない限りどんとこいですよ。いい加減ガリさんにも俺と同じステージへ上がるぐらいの気概を見せてほしい物ですね」
フロントガラスの向こうに見える獲物に集中する花子とシルバーカリス。その2人をチラチラ見ながらチビとガリはお互いに聞こえる程度の音量で会話を交わす。不整地を行くことにより、揺れるコンパクトカーの車内には草木がぶつかる音なども絶え間なく聞こえ、上手い事彼らの話し声を掻き消しているようで、花子もシルバーカリスも気に掛けた様子はない。
その会話が終わったタイミング。花子たちの前を行くマリグリンのコンパクトカーは少し開けた場所へと出…ふっと、下方向に吸い込まれるようにして消えた。直後に聞こえるのは何か大きなものが水面に落ちる音。その森の切れ目手前までコンパクトカーを進めた花子とシルバーカリスはドアを開け放ち、悠々とした歩みで切れ目の向こう側へ。チビとガリは互いの顔を見合わせた後、その場のノリと勢いで彼女たちの後に続くことにした。友人であるゴリの居る島の対岸。そこへと進路を取っている事もあって。
森を抜けた先には、段差の下にある深さのある綺麗な小川。橙色と紫色の混ざる空の下、その小川の中にコンパクトカーとそこから出てきたマリグリン。そして、コンパクトカーの持ち主であろう黒髪のロングヘアの少女が小川の対岸に今泳ぎ着こうとする姿が在った。そこへと向け、花子は38式歩兵銃を向けている。引き金に人差し指を置き、いつでも発砲できるような体制で。
「その場で敬礼だぁ! マリグリン二等兵! これ以上の抵抗はぁ! 貴様の身を危うくするぞォ!」
花子はノリノリだ。圧倒的な優位。勝ちを確信できる状況下で、たちの悪い笑みをその顔に、ふざけた言葉選びでマリグリンに制止を求めて。傍から見れば悪役としか思えぬそれは、彼女の連れであるシルバーカリスの顔に苦笑を齎すほどのもの。対するマリグリンは追い詰められた表情のまま、小川の対岸へと上がり、そこで立ち止まった。
だが、彼の前に一つの影が現れる――
「やめてください」
マリグリンの前で両手を広げ、颯爽と立ちふさがるロングヘアの少女。彼女は毅然とした態度で、透き通る声で…揺るがぬ意思の宿る目で花子を見上げ、言う。吊り橋効果か。マリグリンに垂らしこまれたか。花子にはそれは解らなかったが、恐怖に脚を微かに震わせながらの彼女の健気な姿は、花子の注意を引き、動きを止めた。
「マリグリンさん、私に構わないで逃げてください。この人たちは私が何とかします」
ロングヘアの少女は、マリグリンを庇うかのように立ちふさがったまま静かに言う。恐怖と不安を強く感じながらも、なおも強くあろうとしつつ。その有様は花子を白けさせ、シルバーカリスに躊躇いなくぶっぱなしそうな花子への危惧と…同じような可能性を感じたガリに不安を。そして、チビに安い感動を齎した。
「でも…」
「大丈夫です。私の事なら心配いりませんから」
煮え切らないマリグリンとロングヘアの少女が織りなす物語。眩く美しい勇気の輝きを感じざるを得ない彼女を目の前にし、花子は左手を腰の小物入れに。そこにある水晶に触れてパネルを出現させて、流し目でそれに目をやった。
花子が見ている物。それは、この場所の属性。そして彼女の碧い瞳に映るのは都市属性の文字だ。その事実は…花子にとって茶番としか思えないマリグリンとロングヘアの少女のやり取りを終わりにするきっかけとなり、気が気じゃない様子だったシルバーカリスを安心させた。
――都市属性とそうじゃない場所。線引きはかなりいい加減なものね。
プレイヤーが作った建築物があるところから、どれ程までの範囲が都市属性となるのだろうか。そんなことを考えつつ、花子は未だに三文芝居をしている2人組の方へと再度視線を向ける。
「早くッ…行ってください!」
「君を置いては行けないよッ!」
「いいからッ!」
「…クッ…!」
迷うマリグリン。勇気を振り絞るロングヘアの少女。それらを見下しつつ、パネルを閉じた2人の物語の傍観者。外側に居る人物である花子は、マリグリンの方へと向けていた38式歩兵銃を両手で構えなおし、冷めた目を携えて口を開いた。
「あのー、お芝居の途中申し訳ないんですけど、そろそろ撃とうかなって思ってて…退かなくて大丈夫ですか? そこの金髪の脚撃ちぬきたいんで、このままだと貴女の腹部ごと撃ちぬく形になりますけど」
非情。無慈悲。芝居の外側の住人、花子の淡々とし、冷めに冷めた呼びかけは、黒髪ロングヘアの少女を現実へと引き戻す。戸惑いと共に、ノリと勢いで大きくなっていた気を通常時のサイズに戻し、役になりきることで得た仮初めの勇気を散らせて。
「えっ…あー…その…この流れへの配慮とか…忖度とか…そういうのは…?」
「無いです。こっちは仕事なんで」
「そっ…そうですかぁ…」
ロングヘアの少女の引き攣った笑み。シュンとした反応、なんだかやるせない弱々しい返事は、聞いている者の心を切なくさせる程のものであったが…彼女によって守られようとしていたマリグリンの心中は、そんなもの気に掛けていられる余裕などなかった。
「おねがーい! あれに捕まったら大変なことになるっぽいの! 見捨てないでッ!」
マリグリンは行動に出る。このどう見ても詰みである状況を引っ繰り返せるかもしれない可能性。ロングヘアの少女に縋りつき、目をうるうるとさせ、彼女の片手を両手で掴みながら。その醜態は…ロングヘアの少女の心にあった今の今までマリグリンに抱いていた幻想を打ち壊す威力のあるもの。その顔は見る見るうちに後ろめたさの混じる、引き攣った笑みに変わっていく。
「いや…あの人本気っぽいし…よくよく考えたら私がそうまでして付き合う義理ないっていうか…」
「黒い鎧の人たちから君を助けたよ! 借り返して!」
「うーん、そう言われれば借りある様な気もしますけど…この状況下で私が出来る事って、一緒に銃で撃たれることぐらいじゃないですか?」
「それは…なんかほら…うーん…あるかもしれないよ? 何か。良く考えて?」
「えぇ…私が考えるんですか…」
美しい人間賛歌から一気にギャグに早変わりする目を逸らすロングヘアの少女と、必死の形相のマリグリンのやり取り。笑える程度の醜くさとコミカルなそれらを花子は勝ち誇ったように見下しつつ、一瞬だけシルバーカリスとアイコンタクト。顎でマリグリン達の方へとしゃくると、シルバーカリスは頷き、段差を降りて、小川の中に浮くマリグリン達が乗っていたコンパクトカーを踏み、向こう側に。ロングヘアの少女の背に隠れる情けないマリグリンへと近寄っていく。
――意外とあっけないものね。
花子は今回の仕事の感想を心の中で呟きつつ、未だに往生際悪くあたりを見回すマリグリンに銃口を向けたまま、段差を降りて小川の対岸へと移動し始める。その後をなし崩し的に行動を共にすることになったガリとチビが続き、やがてその場に居た者たちは小川の向こう側にて集結した。
「いった! ちょっ…乱暴はやめよう!? もう降伏してるんだから!」
赤紫色の空の下、響くマリグリンの悲鳴。今までの恨みを晴らすかのような、無言のシルバーカリスによる膝裏への靴底での蹴り下しを受けた彼は両膝を地面に付き、腕を着ていたセーターで申し訳程度に拘束されて――
「あっ…ぶたないで! 煽ったこと謝るからッ…! いてっ!」
次に振り上げられたシルバーカリスの拳を恐れ、目をしょぼしょぼしていると頭を拳で軽く殴られた。
その散々舐め腐り、煽り倒してきた者のへの制裁が済んだシルバーカリスはなんだか非常に満足げな顔を1つし、鼻からフンと息を吐き出すと、清々しい表情をしながらネクタイを弄る。
「クククッ…ぷぷぷっ…あー笑える、超ウケるわ」
「情けなさ過ぎて笑いを禁じ得ない」
傍ではその取りを見ていたガリは笑いをこらえた風な顔をし、チビがにやつきながら言葉を発する。ロングヘアの少女は誰も傷付かなかったことに安堵して胸を撫で下ろしている。
そんな…目標の身柄を手中に入れたゴルドニアの音楽隊の活躍の一幕。彼女たちの残る仕事は脱出のみとなった。リックも動いてくれているし、ほぼほぼ勝ちと言っても過言ではない状況。その中で一行は塩パグ学園島からの脱出に向けて行動を開始する。部外者3人。目標1人。仲間2人の合計6人の構成で。
*
赤に紫が混ざる空。物悲しくも美しい、今日1日を照らした太陽との別れを感じさせる黄昏時。愛する人と一緒に見ることが出来たなら、それはロマンチックでムーディーであろう夕焼け空の下、同じ色に染まる広く美しい海を駆けるジェットスキーが1つ。自然エリアの外周を回る形で走っていた。
それは花子たちが自然エリアに到達する少し前。セラアハトとリックがその場へとやってきた時だった。いろいろあり過ぎた昨日今日と言う時間が、まるで嘘かの様な穏やかなひと時。ジェットスキーの上、白と錆色のスチームパンクな女装姿のセラアハトはスチームパンクな男物のファッションに身を包むリックの腰に手を回しながら、ぼんやりと沈みゆく太陽の方を眺めていた。
「夕日、綺麗だね」
「んー? おぉ、そうだな。超綺麗。つかお前この世界の生まれだろ? 飽きるほど見てるもんじゃねーの?」
「僕もそう思ってたけど…一緒に居る人が違うだけでこんなにも違う物なんだなって思ってさ」
「まあ…俺はナイスガイだから当然か。1.5倍増しぐらいには良く見えるかも」
「それ、自分で言う?」
一緒に行動するようになってからと言う物、常にピリピリしていたセラアハトであったが、今は可笑しそうにクスクスと笑いながらリックと会話を交わす。
その会話の最中、リックは思う。この世界の階級と言う物がどんなものかは知らないが、自分と同じぐらいの見てくれの年齢で、人を束ねる役職についているセラアハト。彼の小さな背にいろいろな物がのしかかっているのだろうと。故に今は話に付き合う。人が現実から目を背ける場である塩パグ学園島らしく、現実に引き戻すような仕事がらみの…無粋なことは言わずに。ただ実りのない世間話を楽しんで。
話のネタ。話題。ほんの一瞬リックは考えを巡らせる。その時、脳裏に浮かぶのはゴルドニア島で見た港町の中の風景。なだらかな斜面に沿って作られた、美しい白を基調とした建物が並ぶ場所。手を繋ぐ美少年、美男たち。街中に一切見当たらないプレイヤー以外の女性。けれど存在する…子供たち。
頭の中にあるゴルドニア島の風景を思い出しての疑問。気になったことを…リックは話題にすることに決めた。
「そういやさ、少し気になったんだけど…ゴルドニア島って同性愛が普通なの?」
「ゴルドニア島だけじゃないよ。ゴルドニアファミリアの領土では男同士。ゴルドニアラビットヘッドでは女同士。異性愛はその2つに属さない島の人たちだけ。少数派だよ」
「へぇ…よくそれで人口維持できるな。ゴルドニアラビットヘッドとは犬猿の仲だろうし…」
パタパタと聞こえる衣服が風にはためく音と波の音。心地よい向かい風を感じながら、リックは気になっていたことをセラアハトに尋ねる。しかし、セラアハトはどうにもリックの問いかけ。そこから感じる当たり前を…妙に思った風であった。
「? 子供作るのに異性愛である必要は無いよ?」
セラアハトは頭上に疑問符を浮かべるかのような、きょとんとした顔で発言。リックの知る世界とセラアハトの暮らす世界。その2つの世界の常識。当たり前がかち合った瞬間、リックは己の思う前提から一歩引いた。この世界。この異世界では…自分たちの世界の常識は通用しないのだと。
――子供の作り方が自分たちが知る方法とは違う? この世界の謎に迫る手掛かりになりそうかも…。
謎を追い求める男。リック。彼は少しだけ…また一歩、この世界。まさひこのパンケーキビルディングの謎に迫れたような手ごたえを感じつつ、己の唇に舌を這わせて濡らすと、顔を横に向けてセラアハトの横顔を一瞥。それから口を開く。ただの世間話が、自分の好奇心を満たすためのものになったことを感じつつも。
「気になったんだけどさ…この世界ではどうやって子供つくんの?」
「えっ…どうって…」
リックの問いかけに、セラアハトは頬を染め、視線を斜に逸らして口ごもる。男ではありはするが、今の見てくれはどこからどう見ても中性的な美少女な彼の反応は…人を傷つけることに楽しみを見出している風な激烈な性格である花子や、絵にかいたような八方美人。サバサバし過ぎるシルバーカリスからは見ることは叶わない…可憐なもの。ほんの一瞬だが、リックに気の迷いを起こさせる程度には破壊力のある反応であった。
――なんでお前が一番女子っぽいんだよッ。
心の中で今のセラアハトにリックが突っ込みを入れていると、セラアハトは視線を上げ、下唇を噛みしめていた口を開いた。
「その…恋人同士ですることあるでしょ? それをした後で…一定のゴールドを使うと…ね?」
――恋人同士ですること…まあ…エロい事だよな。で…ゴールド?
リックは前を向き、頭の中に疑問符を浮かべる。NPCがゴールドを欲する理由。どの階層に行っても、どの世界に行っても意思疎通できる知的生命体が等しく欲しがるもの。ゴールド。彼らは…NPCはゴールドをただの物品やサービスとの交換券として使っているわけではないのだろうか。セラアハトの会話とで生まれた疑問。説。それらからリックは己の思う前提を…大きく後退させるべきだと認知した。
――金貨は…本質的には決まった形にされた綺麗な石ころで、それが価値がある物だと誰もが思うから金として機能するわけで…。それとも何か決まった用途があるから価値が保障されているのか?
セラアハトの話に付き合ってやるつもりが、段々とリックの中で目的が逸れていく。このゲームと言う体の世界。その謎。真実が気になる好奇心を抑えることが出来なくて。自然と彼の顔も難しそうなものとなり、通常時でも人相の悪い顔がさらに悪い物となる。
「…お前らって金を何に使ってんの? 物品とかサービスの交換以外に使用用途があるとか? 大前提として金の信用を保証してくれる通貨の発行権持ってるのが居るはずだよな?」
「通貨の発行権…? 良く解らないな。お金は…普通にいろんなものに変化させるためにある。食べ物とか…資材とか…。もちろん人と人との間での物やサービスとの交換なんかにも使われるよ」
リックの問いかけにセラアハトは要領を得ない風であったが、金の使い道。それについては大まかに応えてくれた。そしてそれは、リックの理解とゆるぎない確信を築くのを助ける。彼らNPCと呼ばれる存在は、金を…ありとあらゆるものに変える能力。魔法の力を持っているのだと。
――現実世界にも変異魔法はある。紋章術に属していたはず…けど…自分の知るそれは一時的な仮初めの物。本当の命を生み出すことの出来るこの世界の住人の魔法とは根本的に違うよな…。
ゲームの世界だからと言う理屈に則れば大体の問題は解決できる。各階層で使われる言語が日本語、それに少し英語が混ざる程度の物である事。ゴールドがどの階層でも貨幣として機能している事。地下遺跡にあった時間的な矛盾を生じさせるプレイヤーの物らしき遺体の存在。だが、ゲームとしてしまうと説明が付かないものが幾つか出てくる。現在の科学を超えているであろう、人と寸分変わらぬ心を持つNPCの存在。現実の世界ですらなんであるか解っていない、動作方法が現実のものそのものである、人の未知の力である魔法が持ち込めている理由など。
その他にも気になる点はいくつかあったが、考えたところで答えは出ない問題。出たところで自分の今の立場に影響があるわけでもない。少なくとも直ぐには。そう…どこか諦念の色の伺える考え方をし、リックは思案の区切りとすると顔を上げ、前を見る。そろそろ自然エリアの入り口の丁度対面側につくことを、視界の端に映る島の様子から感じつつ。
「…僕も聞いて良い? リックの居た世界の事」
自然エリアにあるであろう桟橋を探すかのように、島の方へと視線をやり始めるリックの背に額を付け、セラアハトが問う。静かに…呟くように。意識はしていないのであろうが、ラブコメの香り。それっぽい色を感じざるを得ない雰囲気で。
その甘くなりゆく雰囲気の中、ほんの2か月前ぐらいには当たり前だった日常。現実を…リックは思い浮かべる。懐かしくもずいぶん遠くに感じる故郷の事を。
「この世界より退屈。見てくれは塩パグ学園島の街並みを寂れさせたみたいな感じ。やる事と言えば学校…教育機関な。そこ行って家に帰っての繰り返し。んまぁ、バカな連れと遊んだり、気になる女の子の気引こうとしたり…楽しいことは幾らでもあるけど」
過去を。思い出を。自分自身を。省みて振り返るには絶好の夕焼け空をリックはどことなく遠い目をし、仰ぎ見て、言葉を紡ぐ。そこから窺えるのは懐かしさ。一種の郷愁の類。一見大した変化の感じられない彼の後姿は…セラアハトにとって少し寂しそうに見えた。
「――ねぇ、リック。元の世界に帰りたい?」
戦いの最中。戦場の中とは思えぬ静かな時。自分とリックしか居ないのではないかと錯覚するほどの穏やかな時の流れの中、セラアハトは問い掛ける。心の中でどのような返答が帰ってくるか。解り切ったうえで。
「今の暮らしは退屈しねえけど…そりゃな。元居た世界には家族も友達もいるし。心配させてるだろうし」
「そっか。…僕もいつかリックの世界に行ってみたいな」
「あぁ。良いぜ。退屈だろうけどな」
――まぁ…そうなるか。
そう、心の中でセラアハトは呟いて、リックの背から身体を少し離し…気持ちを切り替えるかのようにどこまでも果てしなく続く、黄昏色に染まる水平線へと目をやった。ジェットスキーのエンジン音。船体が海面の上を走る水音。散る水しぶきと…海鳥の鳴き声。強く感じる風のなかで。
その時、セラアハトの瞳に妙なものが見えた。スモーキーブルーの鉄の箱。複数のそれらが、水面を走ってこちらに、自然エリアに向かってくる姿。大凡セラアハトの知る船、今まで見て来た船舶とは明らかに違う物。その堅牢そうな姿は…敵からの攻撃を想定したものであるとすぐに理解できるもの。敵か味方かは解らないが、セラアハトはすぐにリックの肩を叩き、その謎の船団が居る方を指差した。
「リック、あれはなんだ?」
セラアハトの白く華奢な手の、指先の向こう側。スモーキーブルーの鉄の箱の集団。それを一目したリックは目を見開き…慌てた様子でジェットスキーの運転を荒いものにして、自然エリアの島の方へと進み始めた。声も上げず、猛スピードで。
「どうした?」
「内陸に避難する。アレが敵だったら拿捕コース間違いなし」
海上の鉄の箱。それはリックが知る物だった。第二次世界大戦を舞台にしたゲームや映画。歴史の中で登場する兵器。ヒギンズボート。見てくれだけではなく、武装までしっかり作られているとするのであれば、機関銃を2門備えているはず。こちらがプレイヤーである可能性がある以上、手加減してくれはするだろうが撃ってくる可能性は非常に高い。そうなればジェットスキーはスクラップになり、自分達の身柄は抑えられる。故にリックには選択肢はなく、その只ならぬ様子に訳を聞かずともセラアハトは彼の判断を尊重する形となった。
束の間の穏やかな時間が終わり、再び現実に…戦場に引き戻されるリックとセラアハト。彼らは都市エリアで見聞きした現実世界の兵器たち。それらの手が自然エリアに伸び始めたことを認識しつつ、緩めていた気持ちを再度引き締める。各々の使命。各々の勝利を胸に、目前に迫る上陸地点である…白い砂浜を見据えて。
二章で百合…三章で露骨な薔薇…! 読者を左右に振り回していくスタイル。
ついてこい…! 選ばれし強者たちよ…! 私はやりたいようにやるぞ! 今後ともなぁ!