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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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最凶のエンジョイ勢

シンキロクダァ…!(1.6)


 ライトアップする建物。街灯。橋。燦然と輝くそれらに容赦なく大小さまざまな鉄の雨が浴びせられ、砕かれたガラスがキラキラと光を反射させながら散っていき、その下に居る者を突き刺し、削り取り…爆発音、破壊音は絶え間なく、街の中で至る所で響き渡る。


 夕日の橙色が夜の紫色に押され、段々と昼の気配を夜の気配が飲み込み始める頃…4車線ある、自然エリアへ向かう一直線の道。その隣には空白を挟んで自然エリア方面から都市エリアへ向かう道。それらは結構な高さの、サイドを煌めくビル群に挟まれる広く長い高架橋。その前者の上を走るバイクが1つ。先を行く軽トラックを追っていた。


 「…少し気になっていたんだけれど…シルバーカリス。アンタその背中にある銃…撃ってみたりした?」


 沈みゆく夕日と橙色の街灯の明かりに照らされながら、花子はバイクを運転するシルバーカリス。彼女が背中に背負うライフル銃…38式歩兵銃を眉を少し寄せ、何か考えたように眺めていた。


 「いえ。射撃部の友達はいますけど、銃の扱い方解りませんし…小道具だと思っていたので銃剣以外弄ってもないです」


 シルバーカリスは道行くコンパクトカーやバイク。今回の塩パグ学園島の騒動に巻き込まれただけの一般ユーザーたちが運転する車両間を縫い、より前に進みながら答える。花子の表情は依然変わらぬまま、さらに口を開いた。


 「ふぅん…弾はある?」


 「僕のジャケットの右ポケットに。でもなんかお尻…? 底の部分に金属の板みたいなの付いてましたよ?」


 「大丈夫。それは問題ないわ」


 バイクを運転するシルバーカリスの身体に掛かる38式歩兵銃のスリング。それを外して花子は己の手中に38式歩兵銃を持つと、手慣れた手つきでボルトを引き――シルバーカリスのジャケットのポケットに手を入れて、弾丸のセットされたクリップを3つ手に取った。


 ――まさひこのパンケーキビルディング特有の金属…? 弾数は…15発か。


 弾頭が水色でやや透き通っている。その透き通る向こう側にはジャケットとは違う、素材で作られていると思われる弾芯の影。花子はそれを妙に思いながらも手にある3つのクリップの内、2つを腰の小物入れへ。1つを弾倉上部にあてがうと、クリップにセットされた弾丸を親指で押し込み、弾倉に装填。ボルトを戻してクリップを弾き飛ばてから…辺りをキョロキョロ見まわし始めた。


 「この世代のライフルなら…リーエンフィールドが好きなんだけど」


 そう、花子が呟いた時…シルバーカリスの運転するバイクに並走し始める…コンパクトカーが1台。新手の敵かと思い、シルバーカリスも花子もそれへ注目した時、運転席のサイドガラスが下げられて、金髪のチャラついた雰囲気の男が顔を出した。


 「ヘイヘーイ! 彼女ォ~、俺達と遊ばなーい?」


 なんだか一生懸命背伸びをし…それっぽいチャラ男を演じている風な男。その助手席、後部座席にはNPCと思しき無難な容姿の少女たちの姿。シルバーカリスは早々に何も聞かなかったように顔を前へと向け、視線をマリグリンの軽トラックに。花子は――手の中にある38式歩兵銃。それを丁度いいものでも見つけたかのような顔をして構え――


 「そんなもので俺を撃つ必要は無いぜ…もう既に…君の視線に俺の心は撃ち抜かれて――」


 何か言う男へ銃口を向け――引き金を引き絞った。


 刹那、響く銃声。銃口から引く硝煙。鼻腔を擽る火薬の匂い。発射された弾丸は――コンパクトカーの運転手である、金髪の男のしたり顔へと真直ぐ向かっていき――その眉間をぶち抜いた。


 運転手を無力化されたことによって他の車に、バイクに…そして、コンクリートの壁に突っ込んで爆発炎上する金髪の男が乗っていたコンパクトカー。衝撃と爆炎に焼かれるNPCの悲鳴を耳に、その有様を眺めるは…バイクの後部シートに後ろ向きに座り直し、風に濃紺の髪を揺らし、碧い瞳に炎の赤を混ぜる、口角を上げた花子と――彼女の凶行の一部始終を見ていた、罪のない無関係の塩パグの一般ユーザーたち。後者は蜘蛛の子を散らすかの如く、シルバーカリスが運転するバイクから離れていく。


 「ちょっと着弾点が左に逸れたような気がしたけど…悪くないわね。的が良かったから最高にスカッとしたわ」


 「良かったですね。と言うかコレもう剣とか要らなくなるんじゃないですかね」


 「モグモグカンパニーが大々的に大量生産して市場に流し始めたらそうなるでしょうけど…そうなるかは怪しいわね。いろいろ調整すると思うわ。出すにしても。あそこのギルドマスターは何かと拘るから」


 「なるほどぉ…じゃあまだ僕のルツェルンハンマーの出番はありそうって事ですね。なんか安心しました」


 呑気にシルバーカリスと世間話をしながら花子はボルトを引いて空薬莢を排出。勢いよく薬室から飛び出た薬莢は、弾頭のあった部分から白い煙を立ち昇らせ、まだある夕日の光と橙色の街灯の明かりをそのボディに鈍く反射させながら回転。高速で進むバイクの上からは流れるように見えるアスファルトの上に落ち、甲高い金属音を立て…一瞬で見えなくなった。


 そんな凶弾が起こした一部始終。実際何の害もあるわけでもない不快害虫。ただ不快感、嫌悪感を抱かせるからと言う理由で人に駆除される…それと同じ理屈で始末されたコンパクトカーの運転手。彼の末路をバックミラー越しに見ていたマリグリンは震えていた。目を真ん丸くし、目じりに涙を浮かべ、口を大きく開けて歯を恐怖に浮かせて。未知の銃。それを操る花子が…その気になれば自分を撃ち殺すことが可能であろうと言う事実を理解して。


 ――いや…あいつらは俺を殺せない…!


 だが、マリグリンは…弱気になりかける心を奮い立たせる。自分の持つ情報に価値がある限り…自分の命はその情報と同じく価値のある物だと、そう信じて。


 その最中にもバックミラーに映る、シルバーカリスと花子を乗せるバイクは迫ってきて――あと少しで横並びになりそうになったとき…シルバーカリスの後ろにいる花子。彼女が何かに気が付いたように後方に目を向けたのにマリグリンは気が付いた。


 花子の目に映ったもの。それは…1台のコンパクトカー。運転席には浅黒い肌の男。助手席には…マゼンタ色のローツインテール。片方に罅の入った丸メガネをかけた女。後部座席にはセラアハトに撃たれた尻を気にした様子で摩る、肌の白い坊主頭の男の姿だった。


 それらマリグリン暗殺を目的とする3人組…ピータン、ラズ子、かたゆでたまごマンの3人組は、まだマリグリンを諦めてはいなかったらしい。その彼らの姿は…花子に、執念と不屈の精神を感じさせるが…それとは別の何かが、彼女の顔を笑顔にさせ、マリグリンはほっとしたような顔をした後、前を見据えた。まだ時間が稼げそうだと言った様子で。


 「帰って来たぞッ! コンチキショー!」


 煌びやかに輝く都市エリアの高架橋の上を走るコンパクトカー。ホワイトボディ-にうっすらと流れゆく街の明かり、風景を映すそれの助手席のサイドガラスが開き、そこからラズ子が顔を出して片腕を振り上げる。酷く怒った風に。もう任務と言うよりは私怨。邪魔者に対する報復を目的とした心構えが窺えた。…罅の入った丸メガネを着用したその姿では…格好は付かず、とてもコミカルに見えはするが。


 しかし――面と向かった白兵戦。正々堂々の殴り合いなら彼女、彼らの方が強い。けれど…今は状況が違った。競い方が。状況は限りなく花子とシルバーカリス…ゴルドニアの音楽隊に優位に働いているのは明らかで…その事実にラズ子達が直面するのに時間は掛からなかった。


 彼女たちの目の前で、バイクの後部シートに座る…フリルの付いた黒と紫色のドレスの様な服を着る少女…花子は、道の隅を走っていた赤いコンパクトカーに銃口を向ける。口角を上げながら、照星越しに――驚く、何の罪もない無関係なプレイヤーを見据えて。


 「ふふふっ…」


 刹那、鳴り響く発砲音。銃撃を受けて運転手が行動不能になったことにより、制御不能となった赤いコンパクトカーは、低いコンクリートの壁を乗り上げて、高架橋の下…都市エリアの道路の上へと落ちていく。それをこれ見よがしに見せつけ、銃が本物である事を示した花子は、ボルトを引いて次弾を薬室に装填。次に銃口をラズ子達の乗る白いコンパクトカーへと向けた。口元に白い歯を輝かせ、それは邪悪で、攻撃的に笑いながら。


 「回避行――ぶっ!」


 「危ないから引っ込んでろ!」


 ピータンに何か指示しかけるラズ子は、蛇行運転を始めたコンパクトカーに揺られ、転げる形で車内に引き戻され、その後でピータンから叱られる。だが、妙だった。その間、撃てるタイミングはあっただろうが…銃声は聞こえない。


 敵…花子の銃、ボルトアクションライフルはそこそこ連射が効く。しかもこの距離だ。1発1発そんな慎重になって撃つようなものでもなく、彼女の悪意のある笑みは弾切れ等の懸念を抱えた風な物でもなかった。


 そんな…疑問。違和感を抱きつつ、かたゆでたまごマンが恐る恐る花子の方へ視線を向けると――


 「プークスクス! ねぇ、シルバーカリス。さっきの見た? 精鋭らしいけどビビった時のリアクションは達人レベルね」


 「いっ…いやぁ…僕は運転で忙しかった物で…」


 ケタケタと可笑しそうに、キャッキャと上機嫌で笑う花子と、敵意を持たれない様に無難などっちつかずの反応を半笑いで示すシルバーカリスの姿が視界に飛び込んできた。前者は脅かした相手が良いリアクションを見せてくれた時のような…明確な悪意の伺える、悪戯っぽい顔。その有様は――紛うことなきクソガキ。そう形容するのが一番な姿であった。そしてそんな有様に歯ぎしりし、特に腹を立てるのは…ラズ子だ。


 「あいッつホントムカつく~…絶ッ対性格悪い。ピータン、跳ね飛ばせません? アレ。と言うかどうやって作ったんですかね。ライフルとか…。マジ卑怯」


 「ムキになるな。一般車を遮蔽物にして追跡する方がいい。この先の自然エリアでは奴らはバイクから降りざるを得ん。そこで勝負をかける。今は堪えるんだ。ヤツが遊んでいるうちは勝機がある」


 ラズ子は目じりを据わらせ、静かだが苛ついたような顔をして笑う花子の方へと指差し、ピータンの横顔を見据えるが…対する彼は冷静なようで、殺気立つラズ子に困ったような顔をしつつ、前を見据えたまま妥当な意見を述べてハンドルを操作。この騒ぎについて何も知らないプレイヤー達が乗る車を遮蔽物にする形で進み始める。


 「…そんなの私も解ってますぅ、言ってみただけですぅ」


 ピータンの指摘にラズ子はご立腹。膨れっ面で腕を組むと彼の方から顔を背けてしまった。しかし…そんな悠長にしていられたのもほんの一瞬。シルバーカリスの運転するバイクの方で動きがあった。


 少女の物とは思えぬドライビングテクニックで、並走する見ず知らずのプレイヤー達の車の間を縫い、シルバーカリスはバイクをラズ子達の乗るコンパクトカーの助手席側へと着け…後部シートに座る花子は銃口をラズ子へと向けた。口元に笑いをこらえたような、悪意に満ちた笑みを浮かべながら。


 当然、ピータンも回避行動に出る。それでも銃口を向けられているというのは物凄いプレッシャーで、コンパクトカーに乗る3人の表情は自然と強張る。そして、次の瞬間――


 「ばーん!」


 花子が大声で銃声の音まねをし、ワザとらしく銃口を上げて見せた。その声により銃口の先に居たラズ子は咄嗟に伏せ、ピータンのハンドル捌きは荒い物となってコンパクトカーの挙動が機敏な物となる。


 「アッハッハッハッ! あー、面白いッ」


 「花ちゃん…」


 ラズ子達の耳に届くのは、開け放たれた助手席のサイドガラス。そこから入ってくる上機嫌な花子の笑い声と、彼女の行いに呆れ、咎めるかの抑揚の…シルバーカリスの声。怒りで顔が真っ赤になったラズ子はすぐさま頭を上げ、コンパクトカーのサイドガラスのフレームに片手を置き、対の手を振り上げた。


 「性格悪いぞー! お前ーッ! 年上に対する敬意は無いのかーッ!」


 「あら、そういうこというと…撃っちゃうわよ? ほらほらッ、ほらッ! 行くわよ! ほらッ! ばーん!」


 「くぅッ…!」


 「ハッハッハッハッ! アンタの顔!」


 ラズ子の渾身の抗議の声は、花子を楽しませるだけの結果となり…果てには再度同じ手口でおちょくられて…ラズ子は閉口した。怒りに震え、目じりに涙を溜めて。そして運転席で居心地悪そうにコンパクトカーを運転するピータンの方へと振り返った。悔しそうに唇を歪めながら。


 「うぅー…ピィタァン! アイツちょーうざい! なんか投げられそうな物!」


 「あったらこうしてはないぞ。…泣くな。お前幾つだ」


 「……今年で19…」


 「言葉のままに受け取るのか…。…反応に困る」


 ピータンが運転するコンパクトカーはシルバーカリスが運転するバイクから遠ざかる様に動くが、小回りの利くバイクにすぐに追いつかれ…ウザ絡み。害悪としか思えぬ行為を繰り返す花子の銃口がコンパクトカーへ向けられる。そのストレス。解消できぬイラつきは…筆舌に尽くしがたい物で、自然とラズ子達の心に報復心を灯す。


 ふと、その時…舐めプをし、特に反応の良い…今にも怒りで泣き出しそうなラズ子を揶揄っては大笑いする花子の声を聞きつつ、ハンドルを握って前を見ていたピータンの目に…マリグリンの軽トラックが向かう先にてトンネルがあるのが見えた。


 ――あそこなら撃たれて壁に突っ込む羽目になっても高架橋の下に落ちることはない。遅れは取るが…追跡は続けられる。となれば…。


 猛スピードで進むマリグリンの軽トラック、シルバーカリスのバイクと…ピータンが運転する白いコンパクトカー。それらが例のトンネルに差し掛かるのに時間は要らなかった。トンネル上部に取り付けられた眩い橙色のライトが等間隔に道を照らし、そこを走る乗り物に乗る者たちに一定のリズムで、明かりの強弱を感じさせる場所。先ほどまで遠景に橙色と紫色の空と、その色に染まる海が見え、近景にライトアップされたビル群が並ぶ流れゆく外の光景は、トンネル半ばの高さに縁取られた窓に収まる形となった。


 …ピータンはなるべく花子たちをひきつけるようにハンドルを操作。突っ込むタイミングを窺い始める。そんな時――ラズ子を揶揄って笑っていた花子の視線が…ふと、自分達の方から離れ…マリグリンの軽トラックの向こうを見据えた。なんだか目を見開き、碧い瞳を爛々と輝かせて。その瞬間を見計らい、ピータンはハンドルを今、切った――


 「くたばれいッ!」


 「! 花ちゃん、振り落とされないでくださいよッ!」


 しかし…ピータンたちを舐めているのは花子だけ。バイクを運転するシルバーカリスは相手側がどういう行動を取りえるか。それをしっかり理解し、意識していたためか…バイクのスピードを落とし、結構急な角度のウィリーを決めて、前輪に接触しそうであった急に寄せてきたコンパクトカーをギリギリで躱す。その間、調子に乗っていた花子は声もなく、焦りに焦ったような顔をし、シルバーカリスの腰に片腕を回してしがみつき、バイクとマリグリンの軽トラックとの差が開くが…シルバーカリスはすぐにはスピードを上げることはなく、慌ただしく態勢を立て直さんとする花子へ向けて、何かを小さく囁いた。


 そしてシルバーカリスの乗るバイクの前輪が流れゆく道路に着き、花子が後部シートに再び腰を据えた時…花子はシルバーカリスの肩越しに…38式歩兵銃を構えた。明確な意思。目的が窺える目と…やる気満々な微笑を口元に携えて。


 「…! ピータン、マズいぞ! あの嬢ちゃん…!」


 「解っているッ!」


 花子が先ほど見ていたもの。それがなんだか遅れながら気が付いたかたゆでたまごマンが騒ぐ。だが、彼の気が付いた事、懸念は…とっくにピータンも気が付いていた。何せ前を向いて運転していたのだから。気が付いたからこそ、攻撃に転じたのだから。


 彼らの懸念は…マリグリンの軽トラックに…今、追い抜かれんとしている。――楕円の銀色のタンクをトレーラーに積んだ…タンクローリーが。


 刹那、トンネル内に木霊す火薬の爆ぜる音。コントロールが効かなくなるピータンの運転するコンパクトカー。ピータンもラズ子もかたゆでたまごマンも…身体にダメージを受けた風ではなかったが、何が起きたのかは察することが出来た。妙に遅く感じる時間の中で、バックミラーに映るバイク。風ではためくクリーム色のスーツ姿のシルバーカリスの肩越しに38式歩兵銃を構え、その銃口から硝煙を引かせる黒と紫色のドレス姿の少女、花子が…コンパクトカーの後輪を撃ちぬいたのだと。


 さらに立て続けに2発の銃声がトンネル内に響き、ピータンが運転するコンパクトカーの前に居る、後輪を撃ち抜かれたタンクローリーの挙動が危ない物となる。けたたましくスキール音を立て、進行方向を塞ぐような形で不規則に蛇行して。当然失速するため、スピードを上げてきたシルバーカリスのバイクにすぐに追いつかれる。


 「ラズ子、かたゆでたまごマン! 脱ッ――」


 何か指示の様な物を出すピータンの声が聞こえる。その時の妙に遅く感じる時間の刻みの中で、ラズ子のマゼンタ色の瞳に映るのは…バイクの後部シートに座り、38式歩兵銃の弾倉に弾丸を込め終え、クリップを弾き飛ばしてボルトを戻す、攻撃的な笑みを顔に浮かべる花子の姿。バイクとコンパクトカーがすれ違う…ほんの一瞬の間にそれを見た。


 「Present for You! ハーッハッハッハッハッ! 今ポッカポカに暖めてやるわッ!」


 直後、互いの姿は見えなくなる。横転しかけるタンクローリーが視線を遮り、影を落としたことによって。コンパクトカーがタンクローリーの横っ腹にぶつかる前に車外に飛び出した3人の耳には…音だけは聞こえた。遠ざかる勝ち誇った花子の高笑いと…罪のないプレイヤー達の車と自分たちが乗っていたコンパクトカー。それらがタンクローリーに激突するけたたましい音、衝突した時に上げられるプレイヤー達の悲鳴が。


 「絶対撃つ! あの女は絶対撃つ!」

 

 「んなもん解ってらぁ!」


 「無駄口叩いてないで走れェーッ!」


 何とか車外に脱出したラズ子は前回り受け身で、かたゆでたまごマン、ピータンはハンドスプリングで道路に着地し、すぐに走り出す。額に冷たい汗を浮かべ、立ち込める燃料独特の匂いをその鼻に感じながら必死の形相で、タンクから燃料を漏らす横転したタンクローリーから遠ざかるべく。しかし――直後、銃声が1つ。タンクローリーから漏れた燃料がテカテカとアスファルトを濡らす個所に跳弾音と共に着弾。火花を散らせ…ふっとそこに――火をつけた。


 「わっわっわッ…! あんのパッパラパーッ!」

 

 「うおおっ…ヤバーい!」


 「総員退避ーッ!」


 弾丸が付けた火花から起きた火が、燃料が漏れたアスファルトの上を這い、タンクローリーの方へと向かっていく。音もなく、静かに…迅速に。ラズ子とかたゆでたまごマン、ピータンの3人はただ必死に走る。ただ巻き込まれたプレイヤー達と共に。だが――燃え広がる火の手は…間も無く、タンクローリーにまで到達した。


 少しして響く爆発音。トンネルの中部に取り付けられた窓ガラスを割るほどの衝撃波がトンネル内を駆け巡り…爆心地を中心に黒い煙と赤い爆炎が上がって、周囲の物を消し去った後で轟々と燃え盛る。…その有様は、後続が通り抜けることはできないだろうと確信できるほどのものだった。


 そんな惨状をはるか遠くから瞳に映すは…衝撃波に髪や衣服を強くはためかせる、心底楽しそうな涼し気な笑みを口元に浮かべる花子だ。彼女はバイクの後部シートに座ったまま、空の色より赤く、トンネルの橙色のライトより赤い…爆炎に照らされ、彼女は38式歩兵銃のボルトを引き、空薬莢を排出する。鼻に届く燃料が焼ける独特の臭いすら愛し気に感じた様子で。


 「ズッコケ3人組を始末し…自然エリアに続く陸路は炎の壁で封鎖。私たちの手札は魔法とライフルのモンスターハンド。ふふふっ…フハハハハハハー! 今回のゲームは頂きね! オールインしたっていいわ!」


 「うふふっ…ですね。今日の晩御飯が楽しみになってきました。と言うか花ちゃん射撃上手いですね。本当に軟式テニス部なんですか? 凄く手慣れてましたし」


 「ん? あぁ…小さいころから銃触ってたから慣れてるのよ。毎回射撃部の大会の個人戦に助っ人で呼ばれるぐらいには」


 「なるほどぉ…。なら、残り9発の使い道も期待しちゃって良さそうですね」


 「えぇ、任せて。この私に掛かれば百発百中よ」


 勝利と…その余韻。その味に酔いしれ、その顔に微笑を浮かべ花子とシルバーカリスは言葉を交わす。2人の行く先には…トンネルの出口が見え、橙色から赤に変わる空が出迎える。夕暮れ時の終わり際。そんな…どこか物悲しい色の。


 緑色の板の標識には白文字でこの先あるエリア…自然エリアの名が記され、その向こう側には建物の中を通る真直ぐの高架橋。その更に先には…青い海を経ての大き目の、自然豊かな島が窺えた。そう遠くは無い位置に。おそらく…この争いの終点となる場所が。マリグリンの軽トラックも、シルバーカリスと花子が乗るバイクも…そこへと真直ぐ向かっていく。この戦の決着を着けるために。

 



 *



 

 白い砂浜。南国のトロピカルな木々、花々。生い茂る自然の中に良く言えば趣のある、悪く言えば古臭いレンガ造りや土壁の建物等が点々と集落を作る島。沈み際の赤い夕陽の光に照らされるその場所。自然エリア。そこは…普段は連れのNPCにゴブリンと称される緑色のおっさんをシバキ倒し、格好をつけ、イキリ倒す塩パグ学園島の中でも攻撃的なプレイヤーで満ちる業の深いところであるが、今日と言う日に限り…様子は違った。


 学園エリアに続く勾配の付いた高架橋と自然エリアの接続点。そこと、高架橋の側面に段々に設置された、鉄筋とアスファルトで増設、舗装された駐車場にはコンパクトカーが溢れかえっていた。そこにいるプレイヤーの全てが…戦火から逃げて来た塩パグ学園島のユーザーたち。その中には、コンパクトカーに寄りかかり、眼下に広がる海と砂浜を眺めるガリとチビの姿もあった。


 「俺ここ嫌いなんですよね。自然エリア。ここ利用する奴は特に。こんな非常事態にもゴブリン討伐隊とか組織して。鏡見てみろっつーの」


 「どうした急に。チビ」


 「ガリさんも思いません? ここで行われるゴブリンに対する仕打ちと言うのは、いじめられっ子がされるような仕打ちです。ここの歪んだユーザーの大体は同じような目を現実世界で味わっている様な人種…咎めるどころか自分たちを迫害した連中と同じような事を、他にして楽しむ。同じ痛みを知っているなら止めるべきだとは思いませんか?」


 「あぁ~…愚痴りたい…そういう感じ? でもチビはターゲットにされる感じじゃないよな。普通に誰とでも仲良く出来そう。それよりさ、ゴリさんは?」


 「ゴリさんはナナちゃんと一緒に白鳥ボートに乗りに行きましたよ。…それでですね! 俺やゴリさんのことは関係ないんです、この話では! ここのユーザーはねえ!」


 突如として語気を強めて面倒臭くなるチビ。彼を相手にし、面倒そうに顔を引き攣らせるガリ。何の実りのない会話が本格的に始まろうとした時…2人は今居る駐車場の下方。方角的には都市エリア方向。海上からやってくる異変に気が付いた。


 黒地に白で書かれたモサモサの毛のシルキーテリア。その首の前にトライデントと杖が交差する旗を掲げた、海上から猛スピードで迫る黒い船団。30階層の厄介者の介入に。


 『ここは海を汚染する諸悪の根源! すなわち…クジラを間接的に虐殺する場だァ! 故に制裁は免れん! 覚悟しろッ! この黄色い猿共がァー! 俺達白人様が直々に道徳と言う奴を教えてやるぜェ!』


 耳を劈くノイズ音の後、響く拡声器からの声は白人を語るにしてはネイティブな日本語。その声から成る主張、荒っぽさは…この30階層。塩パグの憤怒である程度過ごしたことがある者ならば、嫌でも知ることになる存在、シーシルキーテリアを彷彿とさせるものだった。


 「うわ~…シーシルキーテリアじゃん。行くなら都市エリアっしょ…なんでほとんど何にもない自然エリアに…。つか学園島とクジラ関係ないよね」


 「大方混乱に乗じて島でも掠め取ろうって腹じゃないですか? シーハイエナとかに名前変えたらいいと思う。で、ガリさん、どうします? 逃げます?」


 「うーん…俺達叩かれたりするかな? 風紀委員が殴られるだけで終わらない?」


 「そうですねぇ。内陸への道は渋滞してますしねぇ。進めたとしても歩くよりマシ程度になりますよねぇ…向こうがやる気ならボコられるかもしれませんねぇ」


 ガリとチビが話している間に、黒い船に乗っていたシーシルキーテリアの隊員が砂浜に降りてくる。得物は様々であるが、全員が全員、統一されたデザインの真っ黒い鎧を着こんだ姿で。当然…それは塩パグ学園島としては受け入れられないもの。風紀委員達が武器をその手に、彼らの前へ立ちふさがる。


 「おうおう、クジラに欲情するデブ専の上級者共じゃねえか。学園島がヤバくなったと見るとすぐに噛みついてくるたぁ…子犬ちゃんらしい姑息でお利口さんなやり方だなァ」

 

 「ハッ、バカが。俺たちはそんなんじゃねえ。命には重さってのがあるんだよ。まずは白人。その次にクジラってなぁ。解るか? お前らがクジラ様を害する行為は…癪に障るんだよ。俺たちにとってはなァ!」


 「ほーん…知能がクジラレベルだから仲間意識ある感じか。間違ってねえじゃねえか。俺の認識は。んで、お喋りしに来たわけじゃねえんだろ? 子犬ちゃんよ。オラ、来いよ。ロリポップキャンディがやったようにボコって天日干しにしてやっからよォ!」


 「勝手に認識変える会話の出来ねえ黄色い猿がァ…上等じゃねえかよ。いいぜ…遊んでやらァ。生けとし行ける者全てに通用する共通言語…暴力でなァ!」


 噛み合っているのか居ないのか。少し首を傾げてしまいそうになる一際身体の大きな黒鎧の男、学ランを肩に掛けた応援団みたいな服装の風紀委員からなる、リーダー同士の辛辣な口喧嘩の後…早速激突するシーシルキーテリアと風紀委員達。前者は装備で、後者は人数で優勢。更に後者には彼らに加勢する塩パグ学園島のユーザーも雑ざる。けれど、勾配の付いた高架橋の側面に作られた駐車場。そこから一部始終を見下す形で眺めていたガリとチビには、この戦いに参加する意思はなかった。


 「車乗って安全そうなところに退避しましょうか。ガリさん。コレ風紀委員負けたら問答無用でボコられるパターンですよ」


 「そうね。ついでにゴリさん迎えに行こう」


 さっさとその渦中から離れ、2人は自分たちが乗ってきたコンパクトカーに乗り込む。ハンドルを握るのはガリ。助手席にチビが座る。そこにセットされたチャイルドシートを上から潰すような形で。


 「…ゴリさんのナナちゃんと結婚。子供を作るという計画は水泡に帰す訳ですね。今日の騒ぎを見る限り。このチャイルドシートも無意味…儚いですな、夢と言うのは」


 「思ったんだけどさ、NPCと恋人ごっこ、家族ごっこって闇深すぎない? 後者に至っては闇と言う表現も生ぬるい闇黒。客観的に見て狂気のドン引き案件ですよ」


 「ふふ…そうかもしれません。でも、良いじゃありませんか。人は誰しも他者には見せられない闇を抱えている…けれどゴリさんのそれは誰の迷惑にもならないのですから。というかガリさん…アンタの口からそんな言葉が出るなんて意外ですね。アンタもダークサイド(こっち側)の住人でしょうに」


 「強いて言えば…リアルな女の子と2人っきりでいて…やっぱり…違ったの。ときめきが。その時にワンステップ先に進めたの。俺は」


 世間話から突如始まる自慢にしか聞こえないガリの惚気。チビは目を据わらせ、歯を剥きだしにして、サイドガラスへと視線を顔を逸らしながら、ものすごく気に入らなそうな顔をする。腹の中で昼食にもっと高い物を奢らせるべきだったと酷く後悔しながら。けれど、ガリはそれに気が付いた様子無く、コンパクトカーを運転。込み合う駐車場から何とか抜け…進路を自然エリアの内陸部へととった。


 「それで、ゴリさんの居場所は?」


 「島の端っこです。ここの丁度対面。そこでナナちゃんと白鳥のボートに乗っているはずです」


 「了解。と言うかゴリさん凄くない? この状況でエンジョイできるとか」


 「頭の中に大規模な花畑があるのかもしれませんね。北海道にあるレベルの豪勢なやつが」


 チビから行先を聞いたガリであったが…コンパクトカーはすいすいとは進めない。止まっては進んでを繰り返す。まだ自然エリアの土は踏めず、その前の勾配の付いた高架橋の上。戦火から逃れてきた避難民たちの乗り物でなる、渋滞によって。けれど、案の定歩くよりはマシ程度な速度で進めるため、ガリもチビも降りようとはしない。


 砂浜にて窺えるシーシルキーテリアと塩パグ学園島を守らんとする者たちとの争いは規模を増していく。大きな変化は大凡そこからであったが…ガリとチビの乗るコンパクトカー。その後方から突如、派手な衝突音と共に人の悲鳴が響いた。それはガリとチビの注意を引き、彼らの顔と視線をバックミラーへ引き寄せ…目を見開かせた。


 「空から軽トラが…!」


 「いかん。脱出だ」


 慌てるガリ。いやに冷静に呟くチビ。2人はバックミラーを覗き込んで中央に寄っていた身体を勢いよく車のドアの方へと離し、慌ただしくドアの向こう側へと出た時…放物線を描いて飛んで来た軽トラックが、彼らの乗っていたコンパクトカーの前方にいた車の後部を潰す形で突っ込み――


 「くっそ…」


 その軽トラックの運転席から金髪の美男が這い出てきた。つるの部分がへし折れ、斜めになった伊達メガネを鼻の前にぶら下げ、悪態を吐きながら。しかし、彼がのんびりしていたのは這い出るまでの時間で、ガリとチビを含める塩パグ学園島のユーザーの注目の集まる中、立ち上がると伊達メガネを落とし、慌てた様子で高架橋の際。歩道へ出、内陸の方へと走り始めた。人を押しのけ、酷く後ろを気にした様子で。頻りに振り返りつつ。


 直後、高架橋の向こう側から迫るバイクのエンジン音。その音を立てる乗り物がチビとガリの居る勾配の付いた高架橋の上へと飛び出た。


 見上げる者たちの瞳に映るは…前輪を高々と上げて飛ぶ、バイクに立ち乗るクリーム色のスーツ姿の中性的な少女と…その少女の首元にしがみつき、落下の恐怖に顔を青くする…背中に38式歩兵銃を背負った黒と紫のドレスを着た少女の姿。赤い夕焼け空をバックに、それは金髪の美男、マリグリンが乗っていた軽トラックより少し奥にある、渋滞で身動きが取れないコンパクトカーの上へ…後輪から突っ込んだ。


 「いてて…いや、意外と平気…?」


 「クソッ、もうバイクはダメね…シルバーカリス、行ける?」


 「大丈夫です。それにしても…思った以上に飛びましたね。K点越え。花子選手、今のお気持ちは?」


 「えっと…うーんと…日々応援してくれている皆さんの声援が、私をK点の向こう側に…じゃなくて! ふざけてる場合じゃないわよ! マリグリンは!?」


 コンパクトカーのルーフパネルがいい感じに拉げて緩衝材になったらしく、2人の少女…シルバーカリスと花子は冗談を言い合える程度には無事だった。ただ、バイクがルーフパネルに深く刺さったせいか、彼女たちは早々にバイクを放棄。車の上から降り、辺りをキョロキョロと見まわし始めた後、マリグリンが乗っていた軽トラックへと向かい始めるが…潰されたコンパクトカーの持ち主が怒った様子で車の中から出て来て…彼女たちの背後に迫る。


 「ちょっとちょっと! 車潰れたんですけど! 弁償して――」


 「うっさい! 外野は海水浴でもしてなさいよ、ほらッ!」


 「あッ…暴力ッ!? ちょっ――うわあああああーッ!」


 至極真っ当な抗議の声。それは、彼の胸倉を両手で掴み、持ち上げ…申し訳程度の手すりの向こう側に投げた、花子による暴虐によって除去。無いものとされた。


 その行いは、周囲の注目を更に集める。悲鳴の後に聞こえる、人が水面に着水する効果音をバックに。戦慄とともに…砂浜で行われるシーシルキーテリアと風紀委員達の乱闘を見物していた者たちの目さえも。歩道を行く者の足さえも止めて。その動けばかえって目立ってしまう状況は…塩パグ学園島のユーザーに紛れてその場から自然エリアへ移動しようとしていたマリグリンの足をも止めた。――しかし、彼はただ大人しくしているわけではなく、なるべく動きのない行動を起こす。


 「ねぇ、俺と白鳥のボートに乗りにいかない?」


 マリグリンは近場にあったコンパクトカー。それのサイドミラーを手の甲で叩き、上体をそちらの方に倒して顔を周囲から見えない形とする。気障なポーズを取り、渾身のキメ顔を携え…ゆっくりと下げられるサイドミラーの向こう側に居る、可愛い顔をした少年を見据えて。しかし、彼はとても辛辣な…渋い顔をしていた。


 「いや、俺そんな趣味ねーし。女に声掛けろよ。シッシ!」


 マリグリンに返ってきた言葉は冷たい言葉と…座った目つき、冷めきった瞳から来る辛辣な視線。下げられたサイドミラーは上がり、閉じられてコンパクトカーは進みだした。その場に残るのはやるせない顔をするマリグリンだけ。しかし――彼に落ち込んでいる暇はなかった。少し距離を置いたところに居る、自分が今さっきまで乗っていた軽トラックの辺りでうろつく花子とシルバーカリス。それに片手を振りつつ向かっていく、彼女たちを知っている風な痩躯の少年と背の低い少年。彼らの動きを感じ取り、より強い焦りを抱いたことによって。


 「シルバーカリスさん、何やってるんですか?」


 「あっ、ガリさん! 丁度良かった! 今落ちて来た軽トラックに乗ってた人見ませんでしたかッ?」


 手掛かりに成りそうなものを見つけ、弾むシルバーカリスの声。そのハスキーな聞き心地の良い声はハッキリとマリグリンの耳に届き…彼の心を焼く。焦りと緊張の炎で。じっとりと。だが、走り出したり、急な動きをすることはせず…再度近場に来たコンパクトカー。それのサイドミラーを手の甲で叩いた。…もう、この方法しかなかった。徒歩で逃げ…発見されれば撃たれるのは目に見えているのだから。


 「すまない…悪い奴らに追われているんだ。何も聞かずに俺を逃がしてほしい」


 物憂げな色気を感じる表情。サイドミラーのフレーム上部に片手を付き…渾身のポーズを決めて…ミラーの向こう側にいる、黒髪ロングヘアで童顔の、冴えない少女へ呼びかける。焦りと緊張とで内心テンパり、言葉選びが妙なものになったセリフを一切の淀みなく言い切って。


 けれど、ロングヘアの少女はすぐに行動は起こさない。声を発さず頬を赤く染め…頷くだけだ。彼女が自分から車の中に招き入れてくれるまで待っていたらどうなるかわからない。花子とシルバーカリスはチビとガリの話を既に聞き、4人で歩道の人込みを縫い、今自分の居る位置に迫ってきているのだから。


 「ごめん…失礼するよ」


 マリグリンは塩パグ学園島で働くときに受けた研修。その経験をフル活用した臭い言葉遣い、態度を意識し、少女の乗るコンパクトカーの後部座席へ。そして、ドアを閉めた直後――人込みの中から黒と紫のドレスを着た少女が現れた。


 その少女、花子は着剣された状態の38式歩兵銃を手に、道行く人々を見ながらサイドミラーの前を横切る。その横顔はまさに狩人。獲物を求めるのではなく、追うことに楽しみを見出した虎の目は、彼女の狙う獲物であるマリグリンの心臓の鼓動を激しくし、背中に冷たい汗の感覚を感じさせた。


 「あのぅ…どこに行けばいいですか?」


 前へと進んで行く花子の後姿に、目を逸らせずにいた時、ロングヘアの少女がマリグリンに声を掛け…その問いにマリグリンは我に返り、ほんの一瞬の間、これからの事を思案させ――口を開かせた。


 「…この島の端にあるボート乗り場。そこに向かってくれ」


 ロングヘアの少女は訳も聞かず頷き、コンパクトカーを運転。車線を歩道と接するところから道路中央へと移し、コンパクトカーを進め始めた。何かのロールプレイ。そんな感覚だろうか。何処か今の状況を楽しんだ風な彼女を後ろから眺めつつ、マリグリンはゆっくり…静かに姿勢を低くする。自分自身が追跡者たちの目に触れぬように。


 進んでは止まって。また進んでと繰り返すコンパクトカー。それに暫く揺られていると感じていた傾きが水平になった。


 ――コンパクトカーが自然エリアに上陸したか。 

 

 マリグリンは今コンパクトカーがどの辺に居るのかを理解。腹の中で呟きつつ、ただジッと身を低くして息を殺していたが、ふと…砂浜の騒ぎが、こちらに向かい始めたことを音で察知した。


 「剣で槍相手するとかムリゲー!」


 「森の終わりだー、塩パグ学園島の終わりだー!」


 「逃げるなお前らッ! 総員突撃! 武器のない者は奪い取るか倒れた仲間の物を拾えッ!」


 「ヒャッハー! オタク狩りの時間だぜェ! とりあえず全員シバいて駐車場に集めろーぃ!」

 

 逃げてくる塩パグ学園島のユーザーの足音。それを咎める風紀委員の怒声。それらを追い立てるシーシルキーテリアの隊員の歓喜の声。それはもうマリグリンの乗るコンパクトカーの直ぐに迫っていて、周囲からはコンパクトカーの扉を開け、車外に逃げだす様な慌ただしい音も聞こえ始めている。


 本当の争い。それから最も遠かったであろう夢の世界、塩パグ学園島。その住人ともあらば他者との争いなど出来るわけもなく、霧散するのは当然の光景であった。当然…マリグリンが乗るコンパクトカーに乗る少女も例外ではない。ただ、彼女は怖くなって動けなくなったようで完全にフリーズしてしまっていた。その微かに震える後姿は――マリグリンに行動することを強いた。


 「俺が運転する。助手席にいて」


 「えっ…はっ…はいっ」


 マリグリンは身体を起き上がらせ、運転席に座る少女の肩に手を置きながら言う。顔を横に向け…人が散り散りに逃げていく高架橋の上を横目で見て。そしてその時――マリグリンの視線と散る人の流れに逆らう形で歩道を歩いていた…黒と紫色のドレスの少女。それとマリグリンの視線が合う。日が陰り掛け、遠目でおぼろげではあったが、はっきりと確信を持てるほどに。


 「そこにいたかァ! 5万ゴールドォ!」


 その後で…マリグリンは顔を引き攣らせつつ、スムーズな動きでロングヘアの少女が退いた運転席へと着く。…耳には嫌に大きく聞こえる花子の歓喜の声。鉛玉が飛んでくるかもしれない恐怖を飲み込み、歯を強く食いしばりながらアクセルを踏み込んだ。


 ――射線は通らない。タイヤには当てられない。何より…あいつの目的から言って俺自身にも当てられない。


 マリグリンは己に言い聞かせながら、乗り捨てられた車両にコンパクトカーを突っ込ませ、退かし…自然エリアの森への進路を確保すると、そこへとコンパクトカーを進ませる。塩パグ学園島のユーザー、風紀委員、シーシルキーテリアの隊員を轢きながら、道なき道へと。その間、マリグリンの読み通り…発砲音は聞こえなかった。

 

 だが、当然…今の今まで自分を追いかけまわしてきたセラアハトの猟犬達はお利口に待っていたわけではない。バックミラーに映る光景には…ロングヘアの少女同様怖くて固まっていた塩パグ学園島のユーザーを車外に引きずり出し、そのコンパクトカーに乗り込む花子、シルバーカリス、チビ、ガリの姿。花子が運転席に付くそれは…少し道を逸れ…事もあろうか人がたくさんいる歩道へと乗り上げた。


 ――まさかッ…


 車が走るには適していないであろう、でもなだらかな林。マリグリンはそこを進みながら、心の中で呟き――固唾を飲んで背後の様子を見ていたが――頭の中にあった懸念。推測は…形となった。


 彼の見る鏡の世界に映る…歩道に乗り上げたコンパクトカー。それは少しバックしたかと思えば…プレイヤー達を物ともせず、跳ね、轢きながら高架橋を下り始める。罪のないプレイヤー達の悲鳴を目一杯周囲に響かせて。


 「クソッ…やっぱりあいつ等イカれてる…!」


 見る者を戦慄させる強硬手段中の強硬手段。赤の他人でも畏怖を抱くレベルのそれから狙われるマリグリンは強くハンドルを握り、歯を食いしばる。助手席からの不安そうな視線を感じながら、それに構う余裕もなく。


 決着の場になるであろう場所。自然エリア。どさくさに紛れて土地を手にせんと湧く、火事場泥棒、ハイエナ共。対処に追われる治安維持部隊。巻き込まれる一般ユーザー。それらの中を縫い、己の目的を遂げんとする外道は…ここに来て真骨頂を見せ始めた。赤い夕陽、空の下、視界が効かなくなりつつある森の中へと…戦いの場を移して。

人は…誰しも獰猛な一面を持っているものです。人を傷つけて楽しむ一面も…人間性の一部。理性で抑え込まなきゃいけない部分だとは思いますがね。

特に対戦型のゲームを好んでやる人たちは良く解ると思う…負けたものを煽ったり、屈辱的な倒し方をしたりと。私はそんなことはしない。やられたらやり返すぐらいで。…まあ、今回の猫屋敷さんはちょっとやり過ぎな気もするが…その方がキャラ立っていいだろう? 半端にやるキャラより、私は突き抜けた方が好きだとも。

というか…たぶん次でさらに悪い事するので…失望されかねんな。まぁ…ゲーム内の出来事と考えればなんてことない行為ですが。

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