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まさひこのパンケーキビルディングとその住人。打砕く者と守る者。  作者: TOYBOX_MARAUDER
海賊の秘宝と青い海、俗物共の仁義なき戦い
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夕焼けのハイウェイ~戦友との別れ~

グルメの方を先にあげる的なニュアンスで書いたが…こっちのほうが筆が乗ってしまってな。と言うことでまさひこが先だ。今回は大凡1.25万字。後2話か3話ぐらいで塩パグ学園島終わりにしたい所存。誰が勝つのかって? ふふ、おませさん…勝利と言うのは人によって定義を月の満ち欠けの如く変えちまうものなんだぜ?


 この世界を彩る、眩いほどの橙色。海鳥が飛ぶ空を、風に揺れるヤシの木が根付く白い砂浜を、穏やかに波を立てる海を。皆等しく優しく照らす太陽はまだ沈まない。誰かが見ているであろうこの夕日は、1日を振り返らせてくれる落ち着いた色であろうが…塩パグ学園島。そこに限っては例外であった。


 疾走する軽トラックの群れ。何の罪もない塩パグ学園島ユーザーを乗せるコンパクトカー。走る豚、自転車。バイクとケッテンクラートに乗る者たちが並走し、行う格闘。都市エリアへと続く長い高架橋の上にはそんな非日常的な光景が広がっていた。都市エリアへ向かう車線も、離れる車線にも。その様相は治安維持部隊と複数の謎の勢力、ただその場に居合わせた塩パグ学園島のユーザーとで形作られていた。


 その中にはこの戦いに…負けられない者は少なくない。特に自分たちの居場所をただ守ることを目的とする塩パグ学園島…風紀委員の者たちは。


 「ぎゃああああ!」


 「ぐうっ…!」


 「うおっ…イタァイ!」


 「ぶえっ!」


 少数ではある。しかし、強大な敵。表情の読めぬ鉄仮面を付けたそれへと風紀委員達は向かっていき、やすやすと蹴散らされる。響くは悲鳴。砕け散るバイクと後続には撥ねられる人体が立てる鈍い音。その一方的な有様は、スズメバチに千切られるミツバチの如く。


 だが、その圧倒される風紀委員の中でも1人…毒にも薬にもならない、中肉中背の少年は未だに生き残っていた。深手を負いながらも、片手でバイクのハンドルを操作。ケッテンクラートに車体を寄せ――対の手に握った剣を横に振って。


 「クソッ…!」


 振り切られた直剣は何かに当たることは無く、手応えは伝わらない。直後に返ってくるのはモーニングスターで直剣が叩かれる強い衝撃だ。


 「がアッ!」


 刹那、彼の頭を襲う針の太く長いモーニングスター。致命傷。刃物なんぞが齎す威力の比ではない、圧倒的な重量で意識を丸ごと強制シャットダウンする一撃。現実でならば棘が頭蓋骨を突き崩し、本体が打撃部を陥没させるほどの。


 …一方的に蹴散らされる風紀委員としては頑張ったほうだった。彼の仲間である風紀委員はその様子を眺め、次なる攻勢に身構えたが――


 「――そんな攻撃じゃ俺は倒れないッ!」


 …生きていた。毒にも薬にもならない風貌の少年は。傷がついた場所に現れる光傷跡を顔に張り付け、なんだか主人公っぽい事を言い、態勢を立て直して。当然明らかに致命傷であった攻撃を受けて持ち直した彼の様子を…彼の仲間も、ケッテンクラートに乗っていた鉄仮面たちも、なんだか驚いたようにほんの一瞬固まって凝視した。


 「副隊長…なんでアンタ気絶してないんすか…? 超生命力ビルド…? ハッ…チーター…!?」


 「違う、スキルの力だ」


 敵味方の垣根を超え、少年の方へ懐疑の目が一斉に向けられる。その時、バイク部隊も…ケッテンクラートの鉄仮面たちも互いを攻撃しようとはしない。その場の空気を読み、言葉を交わさずとも出来上がった紳士協定を遵守。毅然と振る舞おうとして、どこか痛いところを突かれたような少年の言葉に耳を傾け――再度彼の事について追求した男が、再度口を開く。横目遣いで、酷く疑い勘繰ったような顔をして。


 「本当かなぁ…最近なんですけどね、スキルとかパラメーターとかってほとんどがダミーパラメーターって聞きましたよ。唯一嘘付かないのが建築とか鍛冶、料理とかのクラフト関係で、力とかスタミナとか…フィジカル系はある一定以上上がらなくなるとか」


 「いやいや…そんなのただの噂だろ? まさひこはちゃんと仕事してる。今俺が倒れなかったのがその証明だ。今は戦闘中、後にしろ」


 「ふーん…どんなスキルに振ったらそんなの取れるんすか? 僕ちゃんに教えてくださいよ」


 「それは…秘密だ。それにこれはユニークスキル。俺だけのスキルだ。もう取れない」


 少年は顔を背け、仲間たちからの質問攻めに余裕に見せたい半笑いを浮かべつつの防戦一方。仲間たち…攻め手は疑念の宿る目に、確信の色を強めながらさらに詰めていく。…その時の明らかに苦しい少年の釈明、その姿は、言葉よりも周囲の者たちの疑念を確信へと近付ける。


 「ユニークスキルあるなんて初めて聞いたぜ」


 「先着1名様のスキルなんてあるか普通。ゲームの競技性に疑問符をつける仕様では?」


 「だよな。アンフェアすぎる。仕様書にあったら鼻で笑われるレベル」


 「伝説の糞仕様として後世まで語られそう。ゴーサイン出した企画は一生吊し上げられそう」


 バイクに乗る風紀委員達は仲間内で話し合い、自分達の認識を確認。その上で疑念を確信へと押し上げ、大人しくその様子を眺めていた鉄仮面たちの方へと視線を向けた。


 「言い訳が苦しすぎる…やっぱコイツチーターだわ。鉄仮面さーん、こいつブッ飛ばしてから勝負再開しましょう」


 「違うッ…仲間を売るのかッ!?」


 少年の周囲に居た風紀委員達は鉄仮面たちに提案。鉄仮面は声無く親指を立てて見せ、得物をモーニングスターからマインゴーシュへ持ち替え、目の辺りに嵌められた丸いガラスに騒ぐ少年を映す。当然、その間の少年の言うことなど誰も耳を貸そうとはせず、彼に向けられるのは敵意だけだ。間違っても味方をしてくれるであろう者などいやしない。


 「俺たちゃゲーマーとしての矜持ってもんは忘れちゃいねえ。俺はなァ…努力もしねーで借り物の力を振るっていい気になって…自分が良けりゃ…勝てさえすりゃいいっつー信念も美学もねえ、目先ばっかの畜生みたいなクソッタレが一ッ番許せねえんだ…」


 おそらく今生き残っている風紀委員の中で一番人望があるプレイヤーなのであろう、ホワイトリリーの髪色の男が突如として語る。瞳を伏せ、静かに。隅でバイクを運転し、事の顛末をただ見ることしかできないバイク部隊の部隊長を差し置いて。そして――その瞳は少年の方へと向く。


 「チートを使った勝利…チーターの力を借りて得た勝ち星なんざ汚点も同然。お前の素性…知らなかったとはいえ、今雪がせて貰うぜ…チーターなんかと轡並べちまった不名誉をなぁ! イクゾー! オマエタチー!」


 「クッ…血迷ったかッ…ッウワー! 何をするッ、離せッ…! ズボンを…あっ…パンツを脱がせないでッ! あぁッ…! イタァイ! いたたた…オウッ!」


 静かになったと思ったら急に一部に群がり、騒がしくなる前方。花子とシルバーカリスはマリグリンが乗る自転車を両サイドから挟み、ハンドルに手を置きながらその方向を見ていたが、寄って集ってタコ殴りにされていたバイクの上から…人らしき何かがこちらに向かってくることに気が付いた。その時聞こえた彼の声は…大凡強い痛みを感じた風なものではない。一部、何か別のダメージを強く受けていたようだが。


 「ウワアアアアア!」


 人間針山とでも言おうか。複数のマインゴーシュが背中に突き立てられ、尻にミニカラーコーンを深々と突き立てられたそれは転がって――花子たちの方へと向かってくる。プレイヤーであれば明らかに気絶に至るであろうダメージを受けつつも、元気に大きな悲声を上げて。


 迫りくるそれを目の前にし、今リックとセラアハトに連絡を済ませたところのシルバーカリスは目を見開き、マリグリンは言葉なく驚愕。花子は顔を大きく引き攣らせると――


 「うわっ…こっちくんな!」


 進むことしかできない豚と自転車。故に取り得る行動は回避ではなく、防御。花子は身を引きつつ切り札として外部に見られたくない雷の魔法を咄嗟に、反射的に使用。深紅の稲妻を刀身のないレイピアの柄を握る右手に纏わせ――


 「ギャッ!」


 強烈なバックフィストを…針山と化した少年の横っ面へと叩き込んで弾き飛ばした。魔法の雷の力か、それは大きく飛んでいく。バチバチと鋭い音を立て、時折爆発するように身体の内から赤い雷を放出して。夕焼け空とその色に染まる海をバックに。何も遮る物のない…高架橋の低いガードレールの向こう側へと。


 「ばばばばばば!」


 魔法の威力がこの世界でどれ程の物なのかはわからない。だが、制裁を受けて人間ハリネズミと化したそれは、その声を激しく震わせ絶やすことなく落ちていく。声は遠のき、高架橋のガードレールの向こう側。橙色の空と水平線の彼方まで続く大海原の水面へ。やがて聞こえなくなった。


 その後で花子たちの間に静けさが訪れ、彼女たちの前方にいる風紀委員達と鉄仮面との間で戦闘が再開。再び賑やかさが戻る。その場に存在する、何の罪もない…訳も知らないプレイヤー達の乗る車、バイクを盛大に巻き込んで。


 場はまさに阿鼻叫喚。悲鳴と破壊が辺りを支配し始めた時――マリグリンの視線は、柄だけになったレイピアを苦々しい顔をして放る花子の方へと向けられていた。


 「…変な物見せつけられたわ。良く育ったウジ虫みたいな」


 「…黒頭巾お前ッ…人を…!」


 忌むべき行為。タブー中のタブー。人殺し。それもNPCを対象としたものではない…プレイヤーを対象としたそれの罪深さを知っているかのように、マリグリンは声を震わせるが――対する花子。彼女はいつも通りの表情で振り返る。ある種の覚悟…開き直りなのか。一切の、一抹の動揺すらも見せずに。


 「ハンッ、だからなんだってのよ。こちとらこの世界に閉じ込められたときに腹は決めてあるわ。殺るか殺らないか。うじうじ考えるような根性なしとは違う…私はやる時はやる女――!」


 一切取り乱すことなく、罪悪感、自責の念…そんなもの微塵も感じた風なく、彼女が語るその最中――悲鳴と共にスピンしてくるコンパクトカー。シルバーカリス、マリグリンは其れの接近に目を見開き、雄弁に語る花子は反応に遅れる。各々回避するための行動を行うが――


 「ぶっ!」

 

 「わわぁー!」


 「おわッ!」


 「プギー!」


 「ピギー!」


 花子もシルバーカリスもマリグリンも…そしてベイブもプラクティカルも。回避に間に合わず、突っ込んできたコンパクトカー跳ね飛ばされた。マリグリンの乗っていた自転車は無残に拉げて、各々を跳ねたコンパクトカーは、後ろから花子たちを追跡するばかりで仕掛けて来なかった軽トラック部隊の一部に激突。派手に爆発炎上する。


 空中に漂う妙にスローに感じる時間。眩いばかりの夕日と、その色に染まる海。それらが広がるガードレールの向こう側へと飛んでいく花子と、自分達の後ろを走っていた、それは長い、複数人の風紀委員が乗せられたカーゴトレーラーを牽引する、軽トラックの方へ吹っ飛ばされるシルバーカリスとマリグリン。前者は赤い稲妻を身体に纏わせ、高架橋へとそれを伸ばして何とか張りつくが、横転して起き上がろうとするベイブとプラクティカルと共に走り行くバイク部隊から、軽トラックやバイクの残骸だらけの道路の置いて行かれ、後者の…シルバーカリス。彼女はカーゴトレーラーの後ろ端に着地。マリグリンは軽トラックの運転席の上へと尻もちをついて落ちた。


 「豚泥棒! もう抵抗しても無駄よ!」


 着地したシルバーカリスを出迎えるのは…塩パグ学園島の中では珍しい、あまり容姿の良いとは言い難い、太めの体格、艶々したツインテール、メタルフレームのメガネ、切り揃えられた前髪が印象的な女性の風紀委員と…そのファンクラブの様な取り巻き。所謂オタサーの姫とその信者から成る部隊だった。


 ――あの人たちを始末して軽トラックを奪えば…。


 シルバーカリスは心の中で呟いて、女風紀委員…武器も持たずに両腕を組む姫と、その前には彼女を守らんとする格好をつけたような、好戦的な笑みを浮かべる風紀委員達を見据える。…マリグリンは己の状況を話したようで、彼の方へ行っていた風紀委員もシルバーカリスの方へと振り返った。


 …敵の数は6人。先ほどコンパクトカーに吹っ飛ばされたことによってサーベルはどこかに行ってしまった。肩に掛けた銃剣付きのライフルを取り出せば武器にはなるが、時間がない。シルバーカリスは言葉を発さぬまま、静かに脇を締め、ファイティングポーズを取ると――


 「ぐぅッ――」


 一番近くに寄ってきていた風紀委員へステップイン。彼は驚き剣を振るが、その手首を手の甲で受け止めると、顔面に1発軽めのジャブを放ち、怯んだところでボディに体重の乗った刺さる様なボディーブローを1発。くの字に曲がる身体をカーゴトレーラーの縁の向こう側へと殴り飛ばした。


 「ぐえぇっ! ギエッ!」


 その後で響くは大きな断末魔。それも聞こえるのは一瞬で、彼の身体が後続の軽トラックに撥ねられたことによって静かな物となるが、入れ替わる形で軽トラックのスキール音が聞こえ、それが中央分離帯に激突する音が響き――爆発音が続く。


 夕日の色と爆発の炎の色に染め上げられ、爆風と潮風にグリニッシュブルーの髪とクリーム色のスーツの端やインナーの襟を靡かせるシルバーカリスは更に前へと出る。仲間がやられて浮足立つ風紀委員達へと向かって。態勢を、立て直される前に。


 「皆ッ! 私を守って! 豚泥棒から!」


 騒ぐ姫。態勢を立て直しかける風紀委員。だが、遅い。その間にシルバーカリスは1人蹴落し――


 「がはっ…!」


 後ろから斬りかかってきた男の鳩尾に、深く腰を落とした肘打ちを食らわせ、それを盾にし――


 「くらえぃ!」


 「ぐあッ!」


 次に斬りかかってきた風紀委員の剣を受け、2人同時にカーゴトレーラーの側面へと押し出した。


 「うわああああ!」


 あとから響くのは風紀委員の悲痛な断末魔のみ。6人も居たはずの風紀委員はあっという間に姫含め2人となった。その事実は、姫の顔に危機感の色を混ぜ…残り1人の男に行動を起こさせた。中央分離帯側に向いているシルバーカリス。彼女の背へ向かい足音を殺し、剣を振り上げて。しかし――


 シルバーカリスは彼の接近に気が付いていたようで、急に振り返り、彼の方へ右腕を突き出し、手を開いた。それによって男の動きはぴたりと止まる。彼女のした行動。静止を求めるかのようなアクションに何か意味を見出して。


 …開いた手を握りこぶしに変え、人差し指を立て、シルバーカリスはカーゴトレーラーの背面側へと指を指した。男はその方向に顔を向け、その方向を一瞥。次に己の背後、背の低いガードレールと背の低いコンクリート壁の向こう側に広がる、それは美しい夕日色に染まる海と空を見、彼女が何を言わんとしているのか理解すると、シルバーカリスの方へ顔を向け、二度ほど真顔で頷き、ゆっくりとした足取りで腕を振り上げたまま、カーゴトレーラーの背面側に移動。その後で――シルバーカリスへ向けて一度頷いた後――斬りかかった。


 「うおおおおおっ! ゲフゥッ!」


 だが、彼の剣はシルバーカリスの身体に届くことは無く、その長い脚で胸部を蹴り上げられてカーゴトレーラーから蹴り落とされ――アスファルトの上を転げて行って見えなくなった。


 その様子を見届けたシルバーカリスはふぅっ、と一仕事終えたかのように息を吐き、ネクタイを弄りながら姫とマリグリンの方へと振り返った。数で圧倒的に勝るオタサー部隊側の勝利を疑わなかったマリグリンはその顔を引き攣らせ、姫は容姿の良いシルバーカリスを魅力に気が付いた様子で、演技か本心か…自分の身体の前で両手を組み、上目遣いでシルバーカリスを見据えながら歩み寄る。――甘えた風な様子で。


 「お兄さんカッコいいなっ、お兄さんになら私好きにされてもいい…か・も」


 シルバーカリスが女である事に気が付いていないのか、姫は披露する。渾身の甘え。媚び売り。オタサーと言う己の王国を築き、維持してきた百戦錬磨の業、その集大成を。――しかし、それが通用するのはおそらく――女への耐性のない男のみ。ましてや女のシルバーカリスなどには…効果があるとは思えぬもの。


 ――そう。現実は…非情であった。


 「そうですか。じゃあ降りてください」


 「ブフゥッ!」


 慎重なシルバーカリスが敵を己の傍に置いておくわけもなく、姫は淡々としたシルバーカリスに腹部を押すように蹴られ、カーゴトレーラーの側面の向こう側へと押し出され…アスファルトの上を豪快に転がっていき――後続のコンパクトカーに轢かれ、動かなくなり、ハンドル操作を誤ったコンパクトカーは中央分離帯に乗り上げた。


 ――あとはマリグリンさんだけ…。


 そう心の中でシルバーカリスが呟いた時、軽トラックの運転席の方。そちらの方で何やら物音が聞こえてきた。…マリグリンはお行儀よく待っているわけではなかったのだ。


 「ウワー! ヤメテクレー!」


 「俺も負けるわけにはいかないんだよ! 降りろオラー!」


 開け放たれた軽トラックのドア。そこの中へ手を伸ばし、ビビる運転手の胸倉を掴んで引きずり出さんとするマリグリンの姿。シルバーカリスがそれに気が付き、駆け寄り始めた時には遅く、運転手はアスファルトの上へと放り出され、入れ替わる形でマリグリンが運転席へと乗り込んでいた。


 「いい加減お前たちの顔は見飽きていたところだ。ここでこの腐れ縁も断ち切ってやるよ!」


 マリグリンは今日何度目かの勝利を確信したような笑みを口元に浮かべ、軽トラックのハンドルを操作。中央分離帯や一般プレイヤーが乗るコンパクトカー。ついてくるだけで特に何かしたわけでもなかった軽トラック部隊の車両に横からぶつかり、シルバーカリスを振り落とそうとし始める。


 「うっ…くっ…うわわっ…あっ…!」


 反応が遅れたシルバーカリスは軽トラックの荷台の低い縁に捕まろうとしたが、大きい横ぶれでそれも敵わず、何度目かの強い激突によってバランスを崩し――荷台の上から投げ出された。


 スローに感じる時間。身体が宙に浮く感覚。猛スピードで遠ざかるマリグリンの軽トラック。背後から迫る無数の乗り物たち。シルバーカリスは歯を食いしばり後頭部に両手を回し、身体を丸めて衝撃に備えた。


 ――あと少しで都市エリアに着く。そこに紛れられたら負けだけど…まだ高架橋の上。まだ…負けじゃない!

 

 強く、強く。負けを認め掛ける弱気な己の心に言い聞かせ、シルバーカリスは目を強く瞑る。そして――次の瞬間、背中に感じた感触は意外な物だった。


 柔らかいクッションの様な感覚。衝撃でそこそこの痛みは感じたが、アスファルトの上と比べれば全然マシなもの。耳に届くはバイクのエンジン音。豚が鼻を鳴らす音。強く瞑った目をゆっくりと開けてみれば、フリルのたくさんついた黒と紫のドレスを風で強くはためかせてバイクに跨り、口元から白い歯を覗かせて笑う、花子の横顔が見えた。


 「お客さん、どちらまで?」


 「花ちゃん…!」


 気障に笑い、気障に言う花子に感極まったようにシルバーカリスは呟いて、ゆっくりと起き上がる。目に付くのは摺り傷だらけの塗装の禿げた、大型のバイクに乗る花子。彼女の向こう側にはサイドカーが見え、縦に重なる豚が2匹。自分が乗っているのも同じようなサイドカーであると気が付いた。


 …両サイドカーのバイク。恐らく分捕ったか、アスファルトの上に転がっていたのを鹵獲したか。バイクの状態から見て恐らく後者。鉄仮面に結構派手に転がされていたと思っていたが、不安感無く動くそれのサイドカーの上で、シルバーカリスは正面を見る。その灰色の瞳に映るのは、少し前までシルエットだけが見えていた、今はハッキリと見える、煌びやかに輝き出す都市エリアの摩天楼。その手前にはバイク部隊を駆逐し終えて軽トラック部隊へ襲い掛かるケッテンクラートに乗る鉄仮面たち。その中を猛スピードで突破するマリグリンの乗る軽トラック。


 シルバーカリスはポーションの口を咥える。このベビーな仕事はまだまだ終わらないと察して。自分たちの勝利を強く信じながら。金から勝利への渇望に切り替わる心中をうっすらと感じて。


 


 *




 少しだけ紫色が混ざりかけた夕焼け空。街灯などの煌びやかなライトが灯り、ライトアップされて輝き出す高架橋と周囲に見える摩天楼。何重にも張り巡らされた立体交差と高架橋から成る、道路が入り乱れる都市エリアの道路。空には砲や爆弾を積んだ飛行船が飛び、辺りでは爆撃音や銃声。怒号と…武器と武器を打ち合わせるような音が絶え間なく響く。その有様は…まさに混沌。大規模な市街戦の様相を呈す。

 

 そんな都市エリアの領域に今差し掛からんとする爆走する軽トラックと、その後を追う大型バイク。100キロ越えの猛スピードで最高速度70キロ程度のケッテンクラートに乗る鉄仮面たちの追撃を振り切り、逃げるマリグリン対金が欲しい花子とただ勝ちたいシルバーカリスとの戦いは、無関係の罪なきプレイヤーたちが乗る乗り物に満ちる、新たなる局面、戦場へと遷移しようとしていた。


 「アイツ多芸ね。自転車には乗っていたし…車まで運転できるなんて」


 「ゴルドニア島にあったのは馬車ぐらいでしたよね?」


 「えぇ。――もしかしたら、アイツどこかに匿われていたのかも知れないわね。プレイヤー側の陣営に」


 「気にはなりますけど…それは僕達が知るべきことではないでしょう。ゴルドニア島に引き渡せてお金が貰えたらそれで終わりです」


 まさに仕事人。私情を挟まず、目的、勝利条件を忘れないシルバーカリスの物言いに、花子は彼女の方を一瞥。ふんと鼻を鳴らして笑うと視線を再び前へと戻した。その彼女の見る視線の先には、バイクを跳ね飛ばし、クラクションを鳴らしながら道を開けさせるマリグリンが運転する軽トラックがある。


 「なんか凄腕の傭兵って感じで格好良かったわよ。さっきの」


 「えへへ…キマッてましたかね?」


 花子はクスクスと笑い声を立て、シルバーカリスは己の形の良い顎のラインに人差し指と親指のラインを合わせるように当て、お茶目に格好をつける。衣類や髪を強く向かい風にたなびかせ、この状況を楽しみながら。


 そんな束の間の、何の実りのない話。その最中にもマリグリンの軽トラックは速度を落とし、大きく弧を描き下る、螺旋状の立体道路へと入って行く。周囲の高いビルに取り付けられた超巨大モニターには、自分達の正義と塩パグ学園島の関係者に無条件降伏を呼びかけるハチの姿が映っていて、シルバーカリスの目を引き付けた。


 「うーん…ハチさんがあんなこと言ってるってことは、塩パグ学園島側で徹底抗戦をしている部隊があるのかもしれませんね」


 「戦闘データ収集のためにモグモグカンパニー側が降伏を許さないというスタンスで臨んでいると思っていたから意外ね。塩パグ学園島側が見せる抵抗も」


 「あの人たちにとってここが居場所なんでしょう。だから勝てないと解ってても戦うんですよ。たぶん」


 「意地と誇りを掛けての塩パグ学園島のラストスタンド…か。良いわね。滅びの美学が垣間見れて。精々その散り際の火花に巻き込まれない様に注意しましょうか」


 サイドカーを両端に付けた大型バイクを花子は涼しい顔をして運転。スピードを落としつつカーブを曲がっていく。その時、目に付くのはマリグリンの軽トラックの他に…立体道路の他、色とりどりに輝くビル群の享楽的な光。その一角、モダンなガラス張りのビルの中には、旧帝国陸軍の軍服を身に纏い、ライフル…シルバーカリスがその背中に背負う物と同じ、38式歩兵銃を両手に駆け回る背の低い緑色のおっさんやハチと同じ種族であろう獣人、それらを小隊長として指揮するモーニングスターとマインゴーシュを持つ鉄仮面の姿も見て取れた。


 けれど、そんな景色…混沌に焼かれる塩パグ学園にシルバーカリスが集中して居られたのもほんの一瞬。花子の運転が荒くなり、スキール音を立てながらバイクをドリフトさせ始めた。至る所から伸びる道路の合流地点。ジャンクション。そこへと差し掛かったことによって。


 「ぷごごっ…」


 「ふごふごッ」

 

 ベイブとプラクティカルは落ち着かず、花子のドライビングテクニックを信じるシルバーカリスは、あと少しで追いつけそうなマリグリンの軽トラックを見据える。だが――彼の運転する軽トラック。なかなか無茶な運転をしているせいか、盛大に周囲の乗り物を横から体当たりする形でぶつかる。主にカーゴトレーラーで。見ていて不安なるその運転は…だんだんと酷いものになってきて――


 「わっわっ…うおっ…ハンドルがぁ!」


 花子たちが見据える前で、マリグリンは絶叫。螺旋を描く道路の障壁へ突っ込み、突き破って――その先へと飛び出た。障壁。いとも容易く突き破られたところから見て、素材をケチって作ったのであろう。軽トラックを止めるどころか勢いすら録に殺しはしない。


 突き破られた向こう側には、海と陸地の境界線と言う事もあって、下方には島を脱出せんとする船舶が犇めく海面が。軽トラックが飛ぶ先には、カーブを経ての都市エリアへ真直ぐ続く、そこそこの数の乗り物が窺える道路。飛んだ地点とその道路の合間には何もなく、道路に届かなければ海面に落下、もしくは船舶の甲板に激突する様な状態。故に…マリグリンは口を大きく開け――


 「おぉっ? おおおおおおおっ!」


 困惑交じりの咆哮を上げた。己の心にかすかに見えた恐怖の萌芽を、消し飛ばさんとし――アクセルをべた踏みしながら。


 「シルバーカリスッ! バイクを乗り捨てて飛ぶわよッ!」


 「花ちゃんに合せますよ!」


 マリグリンの乗る軽トラックは道路に着地するか、その下の海へ落下するか…微妙なところであったが、花子はすぐに決断を下し、シルバーカリスの返事を耳にしながらマリグリンが突き破った障壁。そこへと向かって猛スピードで進み――


 「逃がすかァッ! 5万ゴールドッ!」


 バイクが接触する少し前に花子は吼えながらバイクの上からジャンプ。身体に赤い雷光を纏わせ、それをほぼほぼ自分と同時に飛んだシルバーカリス、サイドカーに未だに乗るベイブとプラクティカルに繋げると、障壁の向こう側、今マリグリンの軽トラックが着地しようとする道路の方へ手を伸ばした。


 橙色と紫色が混ざる空。煌びやかに輝くモダンな建物をバックに、少女2人のシルエットと2匹の豚のシルエットは連なる形で飛ぶ。彼女たちの乗っていたバイクは、サイドカーを付けていた事もあって障壁に阻まれ、バイク本体だけが飛び出し、下方、海面へと落ち行く。その落下地点へ向かってくるは1隻のジェットスキー。船舶の間を縫い、それはやってくる。


 「うおっ、あぶねっ!」


 「躱せッ! リック!」


 そのバイクが落とす影。それを真下から見上げるはジェットスキーに跨るリックと、その後ろに乗るセラアハト。降ってくるバイクを走り抜ける形で彼らは避け、ほんの一瞬、花子たちが軽トラックのカーゴトレーラーの上へ着地する瞬間を見届けた。


 「…影ではなかったとするなら…花子は黒か。…イメージ通りだった。いいもん見れたわ。生きててよかった」


 「ねぇリック。まじめにやって」


 「真面目に運転してますぅ。真心込めてェ。で、どうするよ? 上陸する? 俺としては海上から先回りするってな感じのほうがいいと思うけど」


 「僕も同じ考えだ。このまま行こう」


 大小さまざまな船舶が外へと向けて向かう高架橋の下に広がる海上を、頬をほんのり染め、満足げなリックはジェットスキーを運転。セラアハトと共に――その場を去った。


 そんな彼らの向かった方向、その真上。そこには道路のカーブ、障壁に斜めに乗り上げた…軽トラックから外れたカーゴトレーラーの上に乗る花子とシルバーカリス、ベイブとプラクティカルの姿。何とか食らいついた彼女たちの視線の先には、無事道路に降り立ち、走り出そうとするマリグリンの軽トラック。しかし、それに注視していられたのも一瞬。2人と2匹が居るカーゴトレーラーは傾きかける。シーソーの如く…道路側ではなく、海側へと。


 「ヤバっ…落ちるッ…!」


 「ここで見失うわけにはいかないッ!」

 

 花子は焦り、シルバーカリスは強気に吼える。表面がつるつるしている軽トラックの荷台で。それにあっという間に勾配が付くことによって上るのは難しくなるが…2人の2匹は必死に脚を動かし、何とかその向こう側にある道路へと行こうとする。何とかカーゴトレーラーの上から潰れた障壁の向こう側へと行けそうかと思われたとき――問題は起きた。


 「あっ…!」


 今、カーゴトレーラーを乗り越え、障壁の向こう側へと進もうとしたところで――花子は足の甲を…カーゴトレーラーのフレームに躓かせた。着地から脱出を試みるまでの咄嗟の出来事。魔法を使うという考えはあったが、精神的な動揺。焦りにより魔法を思い描くことが出来ず、ゆっくり…仰向けに。カーゴトレーラーと共に重力に引かれ始める。


 正面に見える障壁の向こう側へと飛んだシルバーカリスは花子の方を振り返り、焦ったような顔をしていたが…もう遅い。助けには入れないタイミングだ。


 ――後から追い付く形になる…か。


 花子がそう、諦念にも似た感情を心に抱いた時、背中を上方に強く押す衝撃。それは2回…花子を背を叩き、彼女をカーゴトレーラーの向こう側へと押し上げた。


 その時、花子は顔を横に向け、瞳を動かし…その衝撃の正体を見定めた。碧い瞳に映るは…紛れもない。今カーゴトレーラーと共に船が行き交う海面へと落ち行く2匹の戦友の姿。宙でひっくり返るカーゴトレーラーが被さることによって見えなくなりかける、短い脚をバタつかせ、落ちていくベイブとプラクティカルの姿だった。


 「ブギギーッ!」


 「ビギッ…ギュイーン!」


 声が遠のいて行く。高架橋の下へと。今、この場までの綱渡りの様な…艱難辛苦の道のりを共に駆けた戦友2匹の声が。花子は奥歯を食いしばり、彼らを見据える。


 「プラクティカルッ! ベイブぅぅぅぅッ!」


 自分を庇った戦友に花子は手を伸ばし、叫ぶが…雷の射線はカーゴトレーラーに…そしてすぐにカーゴトレーラーで潰され、酷く拉げた障壁によって完全に遮断されて、救うことは叶わなかった。


 「――いったッ! こっ…腰がぁっ!」


 その後で花子は腰からアスファルトの上に落ち、その痛みに腰を抑えて小さく悶える。


 その少し離れたところでは、大型バイクに乗る塩パグ学園のユーザーを銃剣で突き刺すシルバーカリスの姿。すぐに彼女は肩にライフルを掛け、奪ったバイクに乗り、花子の元へとやってきた。

 

 「ベイブもプラクティカルも良い豚でした。だけど今は戦友との別れを惜しんでいる場合じゃありません。彼らの犠牲を無駄にしないためにも…僕たちが勝たねば!」


 「解っているわ…今は感傷に浸るべきではないぐらい」


 花子はシルバーカリスに言われた通りシルバーカリスの後ろに乗る。後ろ髪を引かれるような心持で、悲しそうな顔をしながら。


 案外こういうことにもドライなのか、それとも花子より精神が強靭なのか。解らないが…感傷に浸った様子もなく、シルバーカリスはハンドルを操作。バイクを走らせ始める。たくさんの乗り物が行く、道路を。道行く車の間を縫い、より前へと。

 

 戦友を失った痛みを胸に、花子はシルバーカリスの腰に手を回す。自分ほどではないが、荒い運転と猛スピードでマリグリンに追いつこうとする、シルバーカリスが運転するバイクに振り落とされない様に。


 橙色と紫色が混ざり、黄昏色になる空の下…煌びやかに輝くモダンな建物たち。炎が上がり、煙が立ち込める地上。空には…モダンとは程遠い…空飛ぶ化石。飛行船、複葉機。飛行船の大砲がガラス張りのビルを叩き、複葉機が鉄の雨を敵対者に降り注がせる。悲しいほどに一方的な…剣で銃に挑む塩パグ学園島のラストスタンド。自業が招いた、けれど意地が成し得る散り際。その最後の輝きの中、花子とシルバーカリスは前を見据える。空の色、ライトの色、そして…炎の色。それらに照らされ、彩られて。

ちょっとぶつかったぐらいで車が爆発するのかって? あれだ。映画的な…場を盛り上げるための過剰表現だよ。良いじゃない…創作の世界なんだもの。

そして…今回具体的に銃器の名前が出たが…まずかったらこのお話は修正されるだろう。たぶん大丈夫なはずだ…注意事項見る限り…。

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